23話『命がいくつあっても足りない』

目標ターゲット視認十体。お願いします!!」

 

 木々の間から走り抜けたハナの背後に、十体の醜い影が迫る。

 人間の五歳児ほどの体躯に、薄汚れた荒布を貼り付けた魔物、ゴブリンだ。

 

「うおおおおおお!! 『ハードスイング』!!」

 

 野獣のような雄叫びと共に、大剣が振り抜かれ、迫り来るゴブリン達を迎え撃った。雷鳴と間違うほどの轟音で空を斬り裂いた大剣の通り道に、空間を歪ませるほどの斬撃が作られ、前方を薙ぎ払うように拡散する。

 ハナはその光景を真正面で見た。真正面ということは、斬撃に向かって突っ込む形となるわけで。

 

「あっっっっぶない!!」

 

 眼前に迫った斬撃を避けるために、地面に身を投げ出した。

 間一髪、スライディングすることで焼け付くような熱を伴った斬撃を躱すことに成功したが、全身に冷や汗と鳥肌が一気に襲った。

 

「ラスティンさん!! 殺す気ですか!!」

「がはははは、すまんすまん、手が滑った」

 

 悪びれのない笑い声を聞きながら、ハナが背後に視線をやると、そこには先程まで迫ってきていたゴブリン達が真っ二つになり、物言わぬ肉塊となって転がっていた。

 手が滑ったにしては狙いが的確すぎる。

 

「毎度毎度!! 命がいくつあっても足りません!!」

「その割には随分器用に避けるじゃないか」

「そりゃ死にたくないですからねぇ!!」

 

 言い争いの場はイニヒェン山中。山の中腹の辺りで、二人はギルドで受けたクエストをこなしていた。

 クエスト内容はゴブリン50体討伐。

 数を聞けば大抵の冒険者が多いと驚く数だが、イニヒェンでのクエストでは少ない方の数字だ。

 一口に魔物と言っても、多くの種類や特性がある。

 陽の光を好むものや、暗闇を好むもの。水がなければ生きられなかったり、乾燥に強いものや、洞窟のような閉鎖された空間に集まるものもいる。

 そんな中、イニヒェンの魔物は、他の地域の魔物と違い膨大な数で徒党を組む厄介な集団本能を持つ。本来集団で行動しない魔物や、竜種も少なくない数の集団で行動する。元々集団を好むことで有名なゴブリンは特に数が多く、一つの群れだけで最低百はいるほどだ。

 一個体での戦闘力はさほど高くないのだが、数の利というのはすさまじく、多数を相手することに慣れていなければ、たちまち数に飲まれ魔物の餌となってしまう。

 それ故にイニヒェンでのクエストは、数は多いが難易度が高いため報酬が高く設定されている。

 

「ラスティンさんが一対多数が得意なのは知ってます。でも、仲間の私まで巻き込むのはやめてください。これ言うのもう何万回目ですか」

「ハナはしっかり避けてくれるからな」

「そんな期待しなくていいので、私を巻き込まないでください!」

 

 ハナの心からの叫びを豪快に笑い飛ばし、ラスティンは大剣を鞘に収める。

 ほとんど諦めに近い力ないため息を吐いてから、ハナはゴブリンたちの着けている汚れた装飾品を外し、麻袋の中に放り込む。

 決して、ハナにゴブリンの装飾品コレクターなどという、世の中に需要のない趣味があるわけではない。討伐系のクエストでは、本当に依頼数を達成したのかを証明するために、討伐した魔物の体の一部、もしくは装飾品を集める必要があるのだ。

 ハナの持つ麻袋には、三十体分ほどのゴブリンの何かの動物の骨を使って作られた装飾品が入っている。

 

「にしても、相変わらず凄まじい制圧力ですね。どんなに数が多くても、絶対攻撃に巻き込むなんて」

「まぁな。攻撃範囲の広さなら、誰にも負けねぇ。この剣が敵を逃すなんて、絶対にないからな」

 

 そう言って、ラスティンは誇らしげに大剣の柄を撫でる。

 『虚空の大剣フォルクス』。二メートルの巨大な刀身を持ち、重量のある攻撃を広範囲にぶつける。まさに、一対多数の戦闘のためにあると言ってもいい、強力な大剣だ。

 

「こいつは、優秀だが嫌われもんなんだ」

「そうなんですか?」

「あぁ、この剣の存在が公開された時、多くの人間がこれを求めたさ」

 

 それは、ハナの知らない電気信号の世界の話。

 『虚空の大剣フォルクス』は、フェアリーラグナロクのサービス開始から二年経った時実装された装備だ。

 装備すると、攻撃力はもちろん、防御力が飛躍的に上昇する。前線で敵の攻撃を一手に引き受けられるほどに。

 入手難度はそう高くなく、誰でも簡単に手に入れることが出来た。だからこそ、多くの前衛を持ち場とする人々が求めた。

 しかし、『虚空の大剣フォルクス』には、唯一にして絶対の短所があったのだ。

 それは、装備が出来ない。

 『虚空の大剣フォルクス』の重量はフェアリーラグナロクの中で最も重く、装備するためには膨大な筋力値を必要とした。

 そのため、手に入れることが出来ても装備ができないと、嫌われものの装備として名を轟かせることになった。

 

「それを装備できるラスティンさんって……」

「俺も最初驚いたんだがな。使い始めたらしっくりきたもんで、今じゃ大事な相棒さ」

 

 その大事な相棒に、先程危うく真っ二つにされかけたハナは、苦い顔を浮かべる。

 だが、おかげでクエストの進みもいい。

 

「さて、少しくらいロマンを探し始めてもいいか?」

「珍しく仕事をサクサク進めると思ったら、やっぱり忘れてませんでしたか」

「当たり前だろ。むしろ、そのためにここに来たといっても、過言ではない」

「そこは過言であってほしかったです……」

 

 しかし、ラスティンのおかげで楽にクエストが進んでいるのだ。多少のわがままに付き合うくらい、パーティーメンバーなのだからしてもいいだろう。

 そう思い、ハナは口を開く。

 

「探すのはいいですけど、当てはあるんですか?」

「当然無い!」

「胸を張らないでくださいよ……でも、何十年も探されて無いんだから、当てがないのは当たり前か……」

「誰も行ってない場所に行けばいいんじゃないか?」

「誰も行ってない場所?」

「例えば、山頂付近なんかは、あんまり人が訪れたことないんじゃないか?」

「確かにそうですけど……」

 

 イニヒェンの山頂。確かに、誰かが向かったという話は聞いたことはない。

 それもそのはず。イニヒェンの山頂は、魔物たちの領土テリトリーだ。特に、翼竜ワイバーンやゴブリン達の巨大な群れが住処としていると聞く。

 山を越えるのなら、イニヒェン山脈にいくつか存在する峠を通ればいいし、植物の採取なら山の中腹で十分事足りる。

 山頂まで足を運ぶ理由は皆無に等しいし、下手をしたら命に関わる。

 

「でも、山頂まで歩いて登るのだけで一日近くかかります。今からじゃ、帰ってくるのは明日になりますよ?そんな準備してきてないですし」

 

 容易く登山を提案してくるラスティンに、ハナがそう反論すると、何かを企んだ笑顔が返ってくる。

 

「すぐに山頂まで行ければいいんだな?」

「え、えぇ、まぁ。でもさすがにそんなことって、わぁ!」

 

 続く言葉を待つのさえもどかしいとばかりに、突然ラスティンはハナを持ち上げると、脇に抱えた。

 

「ちょ、ラスティンさん!?」

「ちゃんと掴まっとけよ」

 

 たった一言言ってから、ラスティンはフォルクスを引き抜いた。

 

能力解放モードチェンジ――――狂戦士バーサーカー!」

 その言葉と共に、ラスティンの体が闘気で包まれる。

 ラスティンの職業戦闘戦士ウォーリアーにだけ許された、真の力を解放する奥義。

 戦闘騎士ウォーリアー守護騎士ガーディアンと同じように隠された能力は解放する力がある。自身の体力と引き換えに、攻撃力を何倍にもはね上げる、狂戦士バーサーカーモード。

 なぜこのタイミングで。とハナが戸惑った瞬間、それは起こった。

 

「『アーススマッシュ』!!」

 

 フォルクスが輝いた直後、大地が引き裂かれたのかと思うほどの爆音が響き、ラスティンとハナは上空にいた。

 

「へ?」

 

 素っ頓狂な声を上げて遥か下にある地面を見たハナは、木々の間が大きく抉れている箇所を目の当たりにする。

 小さくゴブリンの死体が見えることから、先程まで自分がいた場所だということはわかったが、突然のこと過ぎて理解が追いつかない。

 さらに、ラスティンの握るフォルクスは、輝きを失っていない。

 

「『バーンストライク』!!」

 

 今度は、上空で体を捻り、フォルクスを振る。

 風のオーラを纏ったフォルクスは、爆風を撒き散らしながら空を斬り、ラスティンとハナに推進力を生み出した。

 

「おし、後は頼んだ」

 

 ラスティンの言葉で、ようやく自身を抱えるおっさんの意図を理解したハナは、今すぐにでも解き放ちたい怒りの言葉を押さえ込み、杖を強く握って魔力を集中させる。

 高度な技術によって紡がれた繊細な魔力を操り、ハナは三つの魔法を同時に展開する。

 

「『ウォーターエリア』!! 『サイクロンフォース』!!」

 

 展開していた三つの内の二つの魔法の名を叫ぶと、二人が吹き飛ばされている先に、宙に浮く水の塊が出現した。

 ウォーターエリア。指定した空間内に水を出現させる、初歩的な魔法であり本来は小さな桶を満たす程度だが、ハナが出現させた大きさは一般的な民家一軒分ほどある。

 本来であれば、重力に従って落ちていってしまうその水の塊を宙に浮かせているのは、もう一つの魔法、サイクロンフォースだ。持続的な暴風を巻き起こす魔法を使い、水の塊を宙に保っているのだ。

 猛烈な勢いで水の中に突っ込んだ二人は、水の抵抗力を使って減速し、ようやく勢いが止まる。

 それを確認してから、ハナは最後の魔法を発動する。

 簡単な浮遊魔法だ。高速で飛び回れるようなものではないし、膨大な魔力を消費するため数分中に浮く程度しか出来ない。上位の飛行魔法であれば、空中で出来ることは増えるのだが、そんな高度な魔法は洗練された魔法技術を持つハナにも荷が重い。そして、ハナの目的を果たすのには数秒宙に浮ければ十分だ。

 ハナは水の中から抜け出すと、ゆっくりと草の生い茂った地面へと足をつける。その後、杖を一振りして発動していた魔法を解除した。

 空中にある水の塊も、それを支える風の力も無くなり、水の尾を引きながら大剣を抱えた巨体が降ってくる。

 ベチャッという鈍い音を立てながら地面に人型の窪みを作ったラスティンを無視するように、ハナは熱の魔法を練り上げて自身の濡れた衣服を乾かす。

 

「さ、行きますよ」

「出来れば回復魔法をかけて欲しいんだが。あと俺も乾かしてくれ」

「行・き・ま・す・よ?」

 

 何とか顔を持ち上げたラスティンの言葉に返ってきたのは、目が笑っていない笑顔。どう見ても怒っている。

 一切ラスティンの言葉が届いていないかのように振る舞うハナの表情が、全てを語っていた。

 

 ――――無茶しやがって、ぶっ飛ばすぞ

 

 さすがにあんな無茶をして怒らない方が無理である。むしろ、感情を抑えて手を出していないだけハナは賞賛に値する。ここが魔物の領土テリトリー内で無ければ、間違いなく殴っていたし魔法の五、六発は出力最大で制裁として発動していただろうが。

 

「行きますよ?」

「はい」

 

 威圧力満点のハナに繰り返され、さすがのラスティンも素直に従っておくことにした。

 狂戦士バーサーカーモードを終了し体を起こしたラスティンは、服の水分を軽く払うとフォルクスを抜く。それに合わせるようにハナも杖を構え、魔力を練り上げた。

 大量に感じる魔物の気配。あんなにも大胆に魔物達の領土テリトリーに侵入したのだ。餌として歓迎されるのは当たり前である。

 遠くで何かが飛び立つ音が聞こえ、周囲の茂みから複数の視線を感じる。

 

「どのくらいいると思う?」

「ゴブリンが百、上空に翼竜ワイバーンが七十ってところですかね。どうやら両方の巣のど真ん中に来ちゃったみたいですね」

 

 ラスティンの問いにハナが答えたと同時に、上空がおびただしい数の翼竜ワイバーンによって占拠され、届く日光が遮られたことで辺りが薄暗くなる。

 巣のど真ん中というハナの予想は正解である。ハナたちが降り立ったのはゴブリンと翼竜ワイバーンが巣としている場所がちょうど被った地点。ゴブリンと翼竜ワイバーンは生息域が地上と空中で違うため、魔物同士手を組むことがある。非常に厄介であるが、二人は冷静だった。

 

「援護します」

「任せた」

 

 茂みからゴブリンたちが飛び出してきたと同時に、戦闘が開始された。

 八方から襲ってくるゴブリンたちの動きは本能的で、逆に上空の翼竜ワイバーンたちの動きは統制されている。相反する二つの動きは非常に厄介であり、普通の冒険者であれば片方に対応している間に、もう片方の物量で押しつぶされてしまっていただろう。

 だが、この二人は違った。

 

「散りゆく氷の弾丸よ、敵を撃ち抜け! 『アイスショットガン』!」

「『ハードスイング』!」

 

 ハナが撃った氷の散弾が降下してくる翼竜ワイバーンを仕留め、落下してくる死体をラスティンが弾き飛ばして飛びかかってくるゴブリンを吹き飛ばす。

 イニヒェン山脈での戦闘で最も重要なのは、同時に相手することである。数の多い敵を一体一体攻撃していたのでは、全て倒し切るまで体力も魔力ももたない。そのため、一度の攻撃で巻き込める限界まで巻き込みダメージを与える。それがここでの戦い方だ。

 フォルクスをくるりと手の中で回したラスティンは、地上と上空同時に刃の餌食とする。その背後は、迫った敵をハナが水の魔法を駆使して倒すことで守られる。

 

「ハナ! あれをやるぞ!」

 

 ラスティンの言葉にハナは頷くと魔力を全力で杖に込めた。

 

「十秒お願いします」

「おう!! 『エネルギーシャウト』!!」

 

 ワッとラスティンが発した叫びは、叫びでありながら破壊の力を持っていた。

 音が大気を震わせ、同時にその震えが衝撃波となって拡散する。

 近くにいた魔物は吹き飛び、離れた位置にいても意識が飛かけるほどのダメージを与えるそのスキルは、対象を選別し仲間であるハナには一切の被害をもたらさなかった。

 そして、大きな背中に守られたハナは練り上げた魔力を求める形に作り上げていく。

 

「大いなる水の精よ、大いなる大気の主よ、我が心に寄り添いて、全てを阻む偉大なる力を顕現せよ! 『フロストオベリスク』!!」

 

 世の人間が大魔法と呼ぶ壮大な魔法の一つ。本来であればハナと同じ職業クラスである上級魔導師アークウィザードが三人いなければ使えないものだ。

 周囲の水分を一瞬で凍らせ、自身を中心に氷の巨塔を作り出す魔法であり、この魔法を一人で使えるのは水属性の魔法を武器として戦う魔導師の中でもほんの一握りの、繊細で熟練された魔法技術を扱える者だけだ。

 突如形成された氷の巨塔は、上空を飛んでいた翼竜ワイバーンを数頭巻き込み凍結すると、術者であるハナとラスティンを外界から匿うようにそびえ立った。

 

「おぉ〜相変わらずすげぇな」

「お褒めの言葉は後でお願いします。魔力結構使うんで早くしてください」

「はいよ」

 

 そんな軽いやり取りの後、ラスティンは大剣を担ぎ上げる。

 「伏せとけよ」の一言を忘れずに言った後、一気に刃を氷に突き刺した。

 

「『ストレイブインパクト』!」

 

 爆発のような轟音が響き、ハナが作った氷の巨塔の頂上まで届く無数のヒビが入る。

 そして、ラスティンが突き刺した刃を横なぎに振るうと共に、崩壊した氷の破片が周囲に撒き散った。

 鋭利なもの、大きく鈍重なもの、様々な形の破片に変わった氷の弾丸が、猛烈な勢いで敵を殲滅する。

 『ストレイブインパクト』は使用者を中心に、効果範囲内の対象に均一なダメージを与える衝撃波を生み出す対集団戦特化のスキルである。効果範囲が狭く絞られれば絞られるほど威力は増すため、今回のハナの作り出した氷の巨塔に限ったスキルの力は軍事ミサイル並の威力を秘めていた。

 拡散した破片から逃れることは難しく、遮るもののない空にいた翼竜ワイバーンはもちろん、地上のゴブリン達も遮蔽物である木の幹を抉りとって飛び散る冷たい弾丸の前に為す術なく体を貫かれていった。

 スキルという概念システムを超えた攻撃方法により、どれだけ多くを攻撃したとしても威力は物理法則に則ったものだ。

 数秒で繰り出された全体攻撃。敵の九割以上を一瞬で削り取った攻撃の中心に立つ二人の存在は、魔物たちが恐れ逃げ出すには十分過ぎた。

 

「ふぅ、まぁこんなもんか」

「そうですね。すみませんがしばらくは『フロストオベリスク』規模の魔法は無理です」

「わかってるよ、回復するまで休んでてくれ」

 

 大魔法を使ったハナを労わるように言ったラスティンは、フォルクスを軽く振ってから背中の鞘へと戻した。

 ハナは大魔法を一人で使えるほどの腕を持つ魔導師ではあるが、そのMP総魔力は平均に届くか届かないか程度の量しかない。

 しかし、魔法を使う際に消費する魔力を熟達した技術で操作することで、必要最低限の魔力だけで、且つ濃縮された魔力による高火力の魔法を発動することが出来るのだ。

 と言っても『フロストオベリスク』はどんなに上手く魔力を抑えても消費する魔力は途方もない量である。しばらくは単純な魔法しか使うことは出来ない。

 そういうわけで戦闘は一時的にラスティンがメインで行うことになるのだが、全く問題は無かった。

 心配の必要が無いほどラスティンは強いのだから。

 

「さてと、山頂までは一時間ってところか」

「だいぶショートカットしましたからね」

「やってよかっただろう? 結構上手くいったし今度からあれでも――――」

「絶対嫌です。なんで毎回命かけなくちゃいけないんですか」

 

 二度とあんな無茶な近道は御免です。とハナに睨まれ、シュンとするラスティン。見た目がおっさんなのもあって、なんだか異様な光景である。

 山頂への道を歩きながらハナは地図を取り出した。

 酒の湧く泉などという幻想のものを探すのだからと、出発する前に冒険者ギルドで最新のイニヒェン山脈の地図を買っておいたのだ。冒険者ギルドは、そういった冒険に必要なものを売っていたりもする。回復薬などは安物のものしかないため、そういったものは専門の店で多少値は上がるが最新の物を買うのだが、地図などは他の冒険者からの情報を詳細に記録し定期的に更新されている上に、魔物の勢力図なども書き込まれているので、冒険者ギルドで購入した方が質がいいものを手に入れることが出来る。

 ハナは麓からの距離と遠くに見える山頂の距離、そして太陽の位置などから現在地を地図で探った。ラスティンの無茶のせいでいろいろと感覚が狂っている箇所はあるが、ゴブリンの縄張りと翼竜ワイバーンの縄張りが重なっている地点が書かれていたため、大雑把ではあるが現在地を把握することが出来た。

 近くにも大きな魔物の縄張りがあるため、そこは避けていくべきだろう。危険だからではなく、単純に殲滅に時間をとられるからだ。

 

「私としてはこのまま山頂を目指し、付近にある魔物の縄張りを叩いて水場を探るべきだと思います」

 

 自分の魔力の回復具合を計算して、山頂近くの縄張りまで行く時間があれば、自分も魔力が回復し全力戦闘が可能なので殲滅も容易と結論づけたハナの意見に、ラスティンはしばし悩む。

 魔物が縄張りを作る場所には水場があることが多い。魔物とはいえ生物である以上水が必要不可欠というのは当たり前であり、山からの湧き水が出る地点を縄張りとして取り合うのはよくあることだ。

 山頂付近に行けば、川の源泉となっている水の湧き場は多い。その水場のどれかが幻の泉というのは、至極合理的な意見だ。

 しかし、

 

「いや、近くの魔物の縄張りを片っ端から潰してこう」

「へ?」

 

 サラッと無茶苦茶なことを言ったラスティンに、ハナは素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「いやいやいや、何時間かかると思ってるんですか!?」

「問題ないだろ。別に酒の湧く泉が山頂付近にあるなんて、結局は俺たちの憶測なわけだし、こういう時は数打ちゃ当たるを信じた方がいいだろ」

「確かにそうですけど、問題はそこじゃないですよ! かかる時間が問題なんです! 私の魔力だって底を尽きてますし……」

「大丈夫、一人でどうにかするさ。幸い、狂戦士バーサーカーモードは残ってるしな」

 

 ワクワクとした目を隠そうともしないラスティンに、ハナはそれはそれは大きなため息をついた。

 

 この人、こういう時言う事聞かないからなぁ……まぁ、いつも聞かないけど……

 

 出会ってまだ数ヶ月だが、ラスティンにブレーキが効かないことをよく知っているハナは、大人しく諦めることにした。

 せめて、宿の夕飯の時間に間に合うまでには帰れますように。

 そんなハナの願いは、すでに大きく傾き始めている太陽に否定された。

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