幻の泉編
22話『おっさんと苦労系女子』
アラトリアスには、二つの巨大な大陸といくつかの島国が存在する。
その大陸の一つ、ルーン大陸には三つの国がある。
世界最大の魔法大国エオスリン。
世界最大の鉱石大国ダミア帝国。
世界最大の技術大国レンブルグ。
まぁ、その内の二つの国が現在戦争中だったりするのだが、それは今は置いておこう。場所はルーン大陸の東に位置するレンブルグと北のエオスリンとの間にある広大な山脈『イニヒェン』。
そのイニヒェンでの出来事である。
――――――――――
切り立った山の中腹辺りにある小さな小屋の中で、一人の男が寝息を立てる。人一人が住むには狭すぎる、高さも2m程度の本当に小さな小屋だ。
そんな小屋に、一人の女性が現れる。若葉色のローブを着た、二十歳ほどの若い女性だ。
直後、突然の爆音が周囲の空気を薙ぎ払った。
「いっつまで寝てるんですか!! もう麓じゃお昼過ぎてますよ!!」
小屋の外から響いてくる女性の声。ちなみに、爆音の原因は女性が放った火球が小屋の扉を吹き飛ばした音である。
「ほら!! 起きてください!! 次は小屋ごと吹っ飛ばしますよ!!」
「うおっ!! な、何事だ!?」
女性が起こした爆音で、眠りから目覚めた男は、外の世界が丸見えになっている壁の一部ごと抉られている扉に驚きの声を上げた。
「毎回毎回!! 私が起こしに来るまで寝てるのはやめてください!! ここまで登ってくるのも大変なんですよ!?」
吹き飛ばされた扉の面影もない大穴から、小屋の中に侵入してきた女性は、床に転がっている男の前に仁王立ちした。
「あ~……ちょっと待ってくれ。まだ脳が動かん」
「何言ってるんですか、動かす脳も無いくせに」
女性の失礼極まりない発言に、男は眠気に唸りながら身体を起こした。
「うぅ……やっぱり固い床に何も敷かずに寝ると、身体が痛くなるな……」
「しょうがないでしょう。あなたが寝れるような布団もベッドも無いんですから」
女性は、男の身体に目を向け呆れたように言った。
男の身体は3mを優に越す身長に、人間二人分もあろう肩幅。明らかに、人間としてあり得ないレベルの巨体である。
「ラスティンさん、あなた自分が
女性の呆れたような言葉に男、ラスティンは深めのため息を吐いた。
「すまんがハナ……水をくれ……その後二度寝に移行する」
痛む頭を押さえながらのラスティンの言葉に、目の前に立つハナと呼ばれた女性は左手に持っていた、何の装飾も施されていない簡易的な杖を取り出した。
「欲しいのはこれですか?」
にこやかにそう言って振られたハナの杖が青く輝いた。
「大いなる水の精よ、浄化の津波で我が敵を屠れ『アクアウェイブ』♪」
その後、ラスティンは二度寝できずに大津波に飲まれ小屋の外に放り出されたのであった。
「いててて……おい、寝起きの人間に上位魔法をくらわせるとはどういう神経してるんだ?」
「別にいいでしょう、二日酔いの頭痛より痛くないでしょうし」
「……確かにそうなんだが、なんか違う気がする……」
ラスティンが寝ていた小屋から徒歩二十分程のところにある麓の村の酒場にて、ラスティンはハナに不満を垂らす。
この店は村一番の酒場だ。といっても、この村にはここしか酒場はないのだが。
「ラスティンさんが悪いんじゃないですか。夜中までここで飲み明かして、その上二日酔いで昼過ぎまで寝てるとか、ダメ人間もいいとこですよ」
「俺は宣言したはずだ。ダメ人間だと!」
「胸を張って言うな!! ていうかラスティンさんもう四十歳越えてるんでしょう!! いい加減ちゃんと仕事してください!!」
「仕事はしてるだろう!」
「一週間に一度や二度でしょう! ラスティンさんは大丈夫でも、私が食べていけないんです!!」
「別にいいだろう、十分稼げてるんだし」
「稼げてたらこんなこと言わないですよ!! 掘っ立て小屋に住んでるあなたと違って私は宿屋に寝泊まりしてるんです! どんなに節約してもすぐお金無くなっちゃうんですよ!」
「俺だって好きであんな掘っ立て小屋に住んでるわけじゃないぞ!」
「知ってますよ! あなたがその無駄にデカい図体で宿のベッド壊しまくって出禁になったこともね!」
「しょ、しょうがないだろ! 俺だって好きで
「と・に・か・く!! 今日という今日は働いてもらいますからね!! このままじゃ宿代払えないんですよ!!」
大声でラスティンを叱りつけるハナが、それはそれは深いため息を吐いて席に着くと、店の奥からバーテンダーの服を着た初老の店主が近付いてきた。
「おやおや、またやっとるのかお二人さん」
「あ、す、すみません!」
呆れも混じったような店主の言葉に、ハナは慌てながら頭を下げた。
「いや大丈夫だよハナさん。この店もこんな日が高い時間じゃ他に客もいないのでな」
そう言って店内を見渡す店主。
店内はラスティンとハナ、そして店主の三人しかいない。
「最近じゃこの村に冒険者が訪れることも少なくなってな。お二人さんみたいなおもしろい人間が少ないのだよ」
どこか寂しいような店主の言葉に、ラスティンは笑顔で言う。
「まぁまぁ、ここの売り上げは俺が安定させてやるからよ」
「ほっほっほ、頼もしいの。昨日もラスティンさんのおかげで余っとった酒が売れて助かったよ」
「確かに、こんなデカい図体が役に立つって、そんな感じのことくらいですからね」
おかげで財布はすっからかんだ、と豪快に笑うラスティンにハナはため息とともに額に手を当てた。
「この村も昔は観光地として、それなりに賑わってたんじゃがのぉ……」
「そうなのか?」
「おや、お前さん知らんのかい?」
「そういえばラスティンさん、基本山に籠ってるからそういう噂話聞かないですもんね」
「あぁ、酔うと記憶曖昧になるしな」
それはそれで、もうちょっと大人な飲み方した方がいいのでは、とハナは半目で視線を向けるが、相手の悪酔いの仕方を知っているため、それは置いておく。
「この村には、昔から酒の湧く泉が山のどこかに隠されているって伝説があったんですよ。それを探すために、多くの冒険者や商人が訪れていたそうです」
「ほほう、酒の湧く泉ねぇ」
ラスティンの目がきらりと光る。
どれだけ酒が好きなんだと突っ込むべきところなのだろうが、ロマンを感じる話であることは確かだ。
山のどこかに隠されている幻の泉。
それも酒という魅力的なものが湧き出るとなると、酒飲みの多い冒険者や、儲けのための商人を惹き付けるのは当たり前のことだろう。
「それがなんで、今じゃこんなに寂れてるんだ?」
「その噂が流れたのはわしが若い頃、もう何十年も前じゃ。大勢の人間が、どれだけ探しても見つからない泉を探し続けるような物好きは、この世にそうおらんじゃろ」
「なるほどね、デマってことになったわけか」
「確かエオスリンの騎士隊も捜索してたんでしたっけ」
「そうじゃの、一時期エオスリンの鎧を着た者たちがいた時期もあったのぉ」
「エオスリンって言ったら、世界三大大国の一つじゃないか」
この山の向こうにある魔法大国エオスリン。唯一神を祀る聖教会と呼ばれる組織が政治を行う、いわゆる宗教国家というものである。
経済力や軍事力、あらゆる国力が世界最大規模といわれ、三大大国などと一括りにされてはいるが、実際はエオスリンが世界最高の国家と言っても過言ではない。
「酒の湧く泉が神に背くものではないかを確かめるという名目じゃったか。本当は、教皇の私腹を肥やすためだとかなんだと噂されておったが、見つからなかったものをどうこう言っても仕方なく、それがきっかけでここの観光地としての魅力はどんどん落ちていった、というわけじゃ」
「エオスリンは、豊富な魔法技術を駆使して探索を行ったようですし、それで見つからなかったということは、デマとされるのは無理ないですね」
店主とハナの話を聞いて、ラスティンは顎に手を当てて考える。
酒の湧く泉……世界最高の国家でも見つからなかったもの……
「おやじ、その泉から出る酒はうまいのか?」
「そうじゃのぉ、ずっと見つからずにあるような泉じゃ。それはそれは強烈な酒なんじゃないかの」
「強烈な酒ねぇ、いいな!! おいハナ!!」
「な、なんでしょう」
机をバンと叩いて立ち上がったラスティンに、ハナはびっくりして顔を引き攣らせた。人の数倍ある身体が目の前に立ち塞がると、なんとも威圧力がある。
「探しに行くぞ!! 酒の湧く泉!!」
「…………はぁ!?」
「くぅ!! わくわくしてきた!!」
「な、何を馬鹿なこと言ってるんですか!! 絶対イヤです!!」
ほんとに何を言ってるんだこの人は。と、驚きと呆れを抱えながらハナも立ち上がって真っ向から目の前の巨人を睨みつけた。
「今日という今日は仕事してもらわないと困ります!!」
「こんなロマンある話を見逃せと!?」
「なんでいつもほとんど倒木みたいな生活してるくせに、こんな時だけやる気なんですか!!」
「ロマンを追い求め探求する、それが冒険者というものだろう!!」
「人並みに働いて生活をする、それが人間というものです!!」
鼻息荒く言い合う二人を、店主はまぁまぁと落ち着かせ、とりあえず座らせた。
酒の湧く泉を探しに行きたいラスティン、仕事をしてほしいハナ。
いつもこの酒場に来て喧嘩する内容は、だいたいラスティンがわがままを言って、ハナが嫌だと怒る。店主にしてみれば見慣れた光景である。
「わかりました、山の魔物の討伐依頼を受けて、そのついでに探しましょう」
「ついで……」
「探しに行くだけ良いと思ってくださいよ。もちろん、依頼優先です」
ハナにそう言われ、ラスティンはやる気に満ちた目で再び立ち上がった。
「よし、なら行こうすぐ行こう」
「ほんとにあなたは……年齢と好奇心が合ってないです」
店主に飲食代を支払いながら、ハナは四十代半ばの脳筋巨人に本日何度目かわからないため息を漏らす。
「冒険は好奇心と共にあり。ってな」
「なんですか、誰かの受け売りですか?」
「おう、十七歳のガキにおっさんの俺が教わったことだ」
「おっさんの自覚はあったんですね……でも、いい言葉です」
「ま、俺はあいつらの中でも飛び抜けて問題児の一人だったからな」
「それ胸張って言うことなんですか?なんだかそのラスティンさんの昔の仲間の人達の苦労が今わかります」
ハナの軽口にがははははと豪快に笑ったラスティンは、巨大な剣を担ぎあげる。
その剣の鞘には、赤薔薇を背景に佇む龍の紋章が描かれていた。
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