終章そして序章

「そうか……兵士達の正体は掴めず、か」

 

 マドラは考え込みながら渡された情報を整理した。

 その情報を持ってきたのは二人の冒険者。まだ三ヶ月だというのにベテランでも難しい討伐クエストをクリアしまくる守護騎士ガーディアンと、その隣で辛気臭い顔をする暗殺者アサシンだ。

 氷王龍の洞窟での事の顛末を話した二人は、エイルが入れてくれた茶を飲んだ。香りは紅茶だが、舌に乗った味は植物をそのまま齧ったように青い。それが意外と癖になる不思議な茶だ。

 

「まさか依頼した次の日には討伐してきてしまうとはね。恐れ入ったよ」

「急ぐつもりは無かったんですけど、急ぐ理由は出来てしまったので」

「あぁ、わかっている。立入禁止を違反したあの子については、それなりのペナルティは付けるさ。まぁ、おかげで怪しい連中の情報も掴めたんだ、結果オーライってところだな」

 

 ペナルティというのはどれほどのものなのだろうか。

 チルがその疑問を、口にすることは無かった。

 

「氷王龍は?」

「洞窟と一体になりました。いずれ舞い戻るとも」

「ふむ……まさか、"古来種"の衰弱期が体の入れ替えのためだったとはね」

 

 大爆発を抑え込んだガレスの体はボロボロの状態だった。

 元々力のほとんどを自身が産んだ分身に譲渡していたこともあり、寿命間近だったガレスは崩壊寸前になってしまったのだ。

 しかし、洞窟と一体となり体を自ら消滅させることで、意識と記憶を分身の小龍ミニドラゴンに移すことが出来、再び完全な状態となって復活するのだそうだ。

 そうして、ガレスはチルに『あるもの』を託して消え去った。

 

「君たちが洞窟に行っている間に、本物のレンブルグ王宮騎士団と連絡が取れた。素材の買い占めはもちろん、氷王龍の討伐に関して計画すらしたことはないそうだ」

 

 チル達が洞窟で出会った兵士達の正体は、ますます迷宮の奥へと沈んでいくことになった。

 買い占められていた素材は、少しずつ正常な流れで適切な消費者へと売られ始めるだろうとのことらしい。

 洞窟での一件があったのは昨日のことで、既に正常な流れには戻り始めているらしい。さすがは商工の街、入ってくる物資は毎日滞ることは無い。

 その後、エイルから大量の金貨の入った袋を報酬として渡され、この件に関しては終わりということになった。

 もちろん、怪しい存在については直ちに王都へ報告される。

 

 

 

 

 それから、三日の時間が流れた。

 チルのダガーが限界を迎えたこともあって、二人はクエストに行くことは無かった。金銭的にも余裕があったため、特に急ぐ必要は無いので初クエストの疲れを癒すくらいしてもいいのではということになったのだ。

 お金もあるということで、チルは街をぶらぶらと歩いていた。

 人混みは好きじゃないがこの街に住んでいると言っても過言ではない今において、街のどこに何があるのかを知っておくべきだと思ったためである。マップ把握は重要だ。

 宿屋『フルート』には既に半年分の宿泊費を支払っている。言ってしまえば、今チルは三食付きのアパートの一室を半年契約で借りているようなものなのだ。ゲームは無いが快適な生活を送れている。

 昼前の日差しに伸びをしながら、チルは大通りと繋がっている小道に入った。

 こういう場所には案外隠れ家的なカフェがありそうだ。もちろん、ネットの知識で実際に見つけたことはおろか、カフェに行った記憶などだいぶ歴史を遡る必要がある。

 大通りから外れているせいだろうか、耳に入ってくる音は随分と静かだ。

 寂れたパン屋を眺めながら歩を進める。そんなチルに向けられる視線を感じ取り目を向けると、そこには黒とも茶色とも言えない毛の猫の黄色い瞳があった。

 この世界は魔物という元いた世界では存在しない生物がいるが、馴染みある生物もちゃんと種を繁栄させている。

 猫はチルに興味を失ったのか、建物の間に体を滑り込ませるとどこかへ行ってしまった。

 そのまましばらく歩くと、チルの鼻に香木の焼かれる落ち着く匂いが入ってくる。匂いに誘われて進路を右に曲げたチルは、一人の少女を見つけることになった。

 鮮やかに日光に照らし出された金色の髪をボブにまとめた、子供と大人の狭間にいる年齢の少女。リーシャだ。

 チルを誘う匂いは、彼女の足元から立ち上る煙からのものらしく、その煙が捧げられているのは人工的に加工された白い石――――墓石だった。

 周囲には同じような石が規則正しく並べられており、ここが墓地だということを言葉なく示していた。

 

「チルさん」

 

 リーシャはスキルで消されていない気配に気付き、顔を上げた。

 下げられた頭に、上げた片手で軽い挨拶をしたチルは、服のポケットに手を入れてリーシャの近くまで歩く。

 

「仲間、連れて帰ってこれたのね」

「はい。マドラ支部長が数人の冒険者の方を派遣してくださったので。昨日葬儀が終わったところなんです」

「そっか」

 

 キラージェイソンによって殺された四人の冒険者の遺体は、マドラが編成した冒険者たちによって無事に回収された。

 幸い腐敗もさほど進んでおらず、連れ帰ってから教会にて厳かな葬儀が行われた。

 参列者が誰だったとか、どんな空気だったかはチルにはわからない。葬儀に行っていないのだから。

 

「髪切ったんだね」

「はい、なんだかあのままでいるのは違う気がして」

 

 気持ちの区切りで容姿を変える。よくあることだ。

 失恋したりといった人生の失敗を区切る意味もあるが、新しい生活など今までとは違う一歩を踏み出す意味もある。

 

「良い匂いね」

「レベンダーの香木です。現世の声を煙に乗せて天へと届けてくれるという言い伝えがあるので」


 伝えたいことがある。リーシャの心が現れたもののようだ。

 その伝えたいことをリーシャが伝える前に、チルは口を開いた。

 

「ねぇ、龍の花って知ってる?」

「龍の花……ですか?」

「そう。昔お母さんが読んでくれた本に書いてあったの。雄々しく、それでいて気高く、でも儚い。難しい一輪の花」

「初めて聞きましたが、綺麗な花なんでしょうね」

「そうかな。私は知らない。けど、きっとあなたの仲間が生きていたら、咲かせられてたかもね」

「?」

 

 首を傾げるリーシャに、チルは小さく笑った。

 

「信じ合える仲間との絆が龍の花を咲かせるの。おとぎ話の絵空事。でも、私は信じてた。そんなこと信じるなんて似合わないって知ってるけど、それでも信じてた。今までも、たぶんこれからも」

 

 なんでこんな話をしたのか、チル自身わかっていなかった

 ただ、なんとなリーシャには話すべきだと思った。

 

「チルさんは咲かせられる仲間はいたんですか?」

「さぁね。信じあってたかはわかんない。私は本気だったけど、世間の人からしてみれば遊びの中での信頼だから」

「そうですか……」

 

 レベンダーの香木の煙の高さが増す。あと二時間は燃えそうだ。墓参りの時間としては十分過ぎるだろう。

 だからチルはもう少し会話を続けた。

 

「この後どうするの?」

「…………わかりません。ペナルティでランクはFになっちゃいましたけど、一つ下がっただけなので特に変化があったわけじゃないですし。むしろ、この程度のペナルティで許されるなんて……」

 

 リーシャへのペナルティはランクの降格だった。

 Eランクから最下位のFランクへの降格。普通の冒険者なら泣いて悲しむところだが、立ち入り禁止区域への侵入という命に関わるような重大な命令違反を起こしたのに、冒険者資格を剥奪されてもおかしくないことなのに、マドラが下したのはそれだけだった。

 そのことに、チルは深くため息を吐いた。

 きっと、マドラはあえてリーシャを冒険者でいさせ続けたのだろう。

 死んだ仲間の思いのためか、それともマドラの思惑のためか。どちらにしても、チルはどうにも気に入らなかった。

 

「なんで冒険者になったの?」

「………………」

 

 チルの質問に、初めてリーシャは答えを返さなかった。

 俯いて、墓石をじっと見つめている。

 

「チルさんは、どうして冒険者になったんですか?」

 

 代わりに返ってきたのはそんな問いだった。

 

「別に、成り行きみたいなとこはあるかな。まぁ、強いて言うなら売られた喧嘩を買ったから、かな」

「け、喧嘩ですか?」

「そ。あいつから」

 

 そう言ってチルは空を指さした。

 リーシャにはその意味はわからなかったが、彼女のステータス同様ぶっ飛んだことのように思えた。

 そして、少し考えてリーシャは先程の答えを言う。

 

「力が欲しいんです」

「それは、なんのために?」

「助けるためです。大切な人を」

 

 その言葉が向けられた先は死んだ仲間でないとチルは思った。

 別の誰か。そして、リーシャが元々抱えている何か。

 チルは、会話を打ち切るように墓石に手を合わせた。

 会ったことも無い今は亡き冒険者たちへ向けて、生き残った彼らの仲間のことを話した。

 心の中で発せられた言葉は外に出ることはなく、返答もない。だが、それでよかった。

 チルはリーシャに背を向けて歩き出す。そして、振り返ることなく、

 

「明日、冒険者ギルドの一階で待ってるわ。フユキバカと一緒にね」

 

 歩き去っていく後ろ姿にキョトンとしていたリーシャだったが、やがて言葉の意味が頭を駆け抜ける。

 そして、墓石に向かい手を合わせた。

 あの時助けてくれてありがとう。死なせてしまってごめんなさい。救ってくれた命を無駄にしようとしてごめんなさい。挫けそうになってごめんなさい。戦う力をくれてありがとう。楽しい冒険の時間をありがとう。

 全ての気持ちを込めて、

 

「いってきます」

 

 レベンダーの香りは、はるか上空まで立ち上っていた――――

 

 

 

 

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 チル達が氷王龍の洞窟から帰ってきた次の日の朝の出来事だった。

 東の大国レンブルグ。その首都アーガラムに建てられた巨城。

 大国の権威を無言の鎮座によって示すその城の城門に、一人の男が現れた。

 

「止まれ!!」

 

 城門を守る二人の衛兵が槍を構え、そのうちの一人が叫んだ。

 都市の半分を占める巨城の城門は、常に二人の衛兵によって守られており、怪しい者が現れる事は滅多にない。

 現れた男の風貌は異様なものであった。

 背が高くがっしりとした体つき。半袖のフード付きの上着を羽織り、顔が隠れるほど目深にフードを被っている。袖から伸びる黒褐色の腕は丸太のように太い。

 

「何者だ!!」

 

 槍を突きつけながらの衛兵の問いに、男は低く唸るように答える。

 

「この国の姫君に用がある」

 

 男の答えに、二人の衛兵は槍を握る手に力を込める。

 衛兵達は恐怖していた。

 突然城門までの道を堂々と歩き現れたこの男に恐怖していたのだ。

 彼らは国を守るために厳しい訓練を受け、その実力は人並外れたものであり、その自信もある。

 しかし、その男が放つ殺気の前にそれは無意味であった。

 フードの奥で光る赤い目に睨まれた彼らは、腹の奥の方が冷えるような恐怖を感じ一歩後ずさった。

 この男は危険だ。

 その恐怖に耐えられなくなり、衛兵の一人が洗練された動きで槍を男に突き刺そうと踏み込んだ。


 ガキンッ!!

 

「!?」

 

 無駄のない動作で放たれた一流の突きを、男は受け止めた。

 槍の刃を鷲掴み、素手で。

 言葉にならない驚きの声を上げる衛兵に、男はまるで虫を払うように腕を振った。

 瞬間、鈍い音と共に衛兵は城壁を大きく凹ませ絶命する。

 

「……ぁ!!」

 

 吹き飛んだ自分の仲間を呆然と見つめていたもう一人の衛兵の首に、男の手が伸び掴み上げた。浮いた足をじたばたと暴れさせ藻掻く衛兵の首を掴んだ手に徐々に力が篭もる。

 弾け飛ぶ血飛沫を浴びながら、男は城門を押し開けた。

 

 

 

「ふむ……騒がしいな……」

 外から聞こえる騒音に、一人の青年が柔らかな上質なベッドから起き上がった。

 歳は二十代前半といったところだろうか。スラリと長い足で赤い絨毯を踏みしめる青年の背はヒョロりと高い。体つきはやや痩せすぎているが、貧弱という印象は受けない。縦に長くも整った顔にかけられたメガネの奥にある瞳は神秘的なまでに知的な輝きを放っている。

 男の名はルナバルト。姓はない。

 寝起きの目を擦りながらルナバルトは、ゆったりした白のローブを纏いながら騒音の原因を探して、窓際に歩いていった。

 綺麗に整備された庭から噴煙が上がっている。

 敵襲か。こんな朝っぱらからめんどうな。

 ここはレンブルグの王宮内。ルナバルトはそこに務める魔術師たちをまとめ上げる、宮廷魔術師長の肩書きを持つ。

 そんな彼は王宮での敵襲で戦いに行かねばならないことは必然。

 だからこそめんどうなのだ。それに、寝起きだし。

 そうため息を吐いていると、ルナバルトの部屋の扉がノックと言えるのか怪しいほど強く叩かれた。

 

「どうぞ」

 

 扉の方を振り返らずにそう答えると、扉が勢いよく開かれ一人の兵士が入ってきた。

 

「朝から失礼いたします!敵襲です!」

「そんなものは見ればわかる。数は」

「それが……一人です」

「ほう」

 

 兵士の返答に、ルナバルトは初めて兵士の方を振り返った。

 兵士は鎧がぼろぼろになっており、ところどころに血がついている。さらに左腕は明後日の方向を向いており、折れていることが分かる。

 こんな状態の兵士が伝令に来るなど、余程敵の迎撃に兵が向かっているのだろう。

 

「すぐに行く。時間を稼げ」

「承知しました!」

 

 ルナバルトの司令に兵士は深深と頭を下げると、司令を伝えに走っていった。

 さて……

 ルナバルトは自身のクローゼットに歩み寄ると、装備を取り出す。

 めんどうだ。

 めんどうだが、片付ける。

 それが彼の仕事であり、逃げることも出来なければ逃げるつもりもない。

 ルナバルトはゆっくりと部屋を出るのだった。

 

 

 

 男は王宮内で暴れ回る。

 名だたる兵士が男に挑むが、数秒も持たずに一撃で倒されていった。

 それはもはや戦闘と呼べるものでは無い。まさに蹂躙。男は圧倒的強者であった。

 王宮内をその場にいるものを竦ませるほどの威圧感を振りまきながら闊歩する。そんな男の歩は、ある人物の登場により止まった。

 

「まったく、もう少し寝ていたかったんだがな」

 

 現れたのは金の刺繍が施されたローブを身にまとった長身の男。ルナバルトだ。ローブの中央に描かれた薔薇を背景に佇む龍の刺繍が、不思議な存在感を放っている。

 

「ほぅ……」

 

 現れたルナバルトに対し、男は感心したような声をあげる。

 他の兵士とは違うルナバルトのまとうオーラが、自身と同じ強者のそれであると瞬時に悟ったのだ。

 

「王宮内に不法侵入、大量の兵士の殺害。国家反逆、殺人、傷害、器物破損、まぁその他諸々含めてお前は間違いなく死罪なわけだが、一応、要件は聞こうか」

 

 めんどくさそうに後ろ頭を掻きながらそう問うルナバルトに、男は邪悪な笑みを浮かべた。

 

「レンブルグの王女をいただきにきた。邪魔をする者は殺して構わないと指示を受けている」

「指示を受けている、か。黒幕がいることを教えてくれてありがとう。どーせ黒幕が誰か聞いても無駄そうだな。お前、名は」

「スレイヤ。傭兵スレイヤだ」

「そうか、では遠慮なく」

 

 男の返答にルナバルトは空に手を伸ばす。

 するとどこからともなく漆黒の杖が現れた。

 

「レンブルグ宮廷魔術師長ルナバルトが、お前を死罪に処す」

 

 その一言と共に戦闘が開始された。

 ルナバルトが攻撃に出る前にスレイヤが動いた。

 早い。ルナバルトはスレイヤが自身の視認速度を越える動きをした瞬間に、狙いを定めることをやめる。

 見えない速度で動くのならば仕方がない。まずは防御だ。

 

「『マジックサンクチュアリ』!」

 

 ルナバルトはスレイヤの動きを越える速度で魔法を展開する。魔力を空気中に放出し見えない障壁を作る。スレイヤの接近距離がわからないため自身の半径1mに障壁を張った。

 障壁が完成すると同時にスレイヤの拳が障壁にぶつかり、大音量の爆発音が響き、至近距離に張った障壁から伝わってくる衝撃波にルナバルトは目を細めた。

 ガリッと障壁が悲鳴をあげ、ヒビが入る。本来魔術師としてはるか上位に君臨するルナバルトの障壁に物理的にヒビを入れるなど考えられない。

 しかしルナバルトは驚かない。ルナバルトにはわかっていた。一目この男を見た瞬間に。

 

 ―――――この男には勝てない。

 

 それがわかっているからこそ油断はしない。ルナバルトはすぐさま次の魔法を発動する。

 今相手は攻撃後で最も隙が多い。ならばここを狙う手は他にはない。

 

「『デーモンバインド』!」

 

 ルナバルトが行使した魔法は拘束の魔法。闇のオーラを放つ鎖が無数にスレイヤの足元の地面から出現し、抵抗する間もなく対象を縛り付けた。

 相手を押さえつけ、地に伏せさせるほど強力な拘束の魔法。しかしスレイヤは地に伏すどころか鎖に抵抗し始めた。

 しかしルナバルトにとってそれも想定内。拘束の魔法と並行して展開していた衝撃波の魔法を、自身とスレイヤの間で発動させた。

 

「『エアボム』!!」

 

 その衝撃波でルナバルトは吹き飛ばされつつ後ろに飛ぶことでダメージは少なく済ませたが、スレイヤは鎖に拘束されているため衝撃をもろに受けたようだ。が、ダメージは感じられない。

 それでいい。この魔法は相手と距離をとるために発動させたのだから。

 ルナバルトは即座に体勢を立て直すと、スレイヤと戦闘が始まる前から用意していた魔法を発動させた。

 あの男を倒すためにはこの魔法しかない。

 ここは城内。さらにまだ生き残っている兵士もいるだろう。

 この魔法を発動させれば城の半分は吹き飛ばし、大半の兵士を殺すことになる。しかし、それを差し引いてもこの魔法を発動させる意味は溢れるほどにある。

 それだけこの男は危険なのだ。

 ここで倒さなくては。

 ルナバルトが魔法を発動した瞬間、周囲の空気が停止する。何重にも展開された複雑な魔法陣がスレイヤの頭上に現れ、数瞬して強烈な光を放った。

 

「『雷神の怒りトールハンマー』!!」

 

 それは、まさに神の一撃。

 魔法陣を通して現れた巨大な雷は真っ直ぐと真下にいる標的へと走る。

 絶望的な殺意を空を駆けながら撒き散らし、標的を滅ぼそうとする雷は絶対的だった。

 ルナバルトは、相手に雷に対する耐性があるかどうかは無視した。

 なぜならこの魔法の前に属性耐性など無意味。耐性が意味をなす前にこの圧倒的なエネルギーによって対象を滅ぼすからだ。

 この世界でルナバルトだけが使える絶対の破壊魔法。

 その衝撃に耐えるためにルナバルトは全力で自身の周りに障壁を張った。

 この魔法によって被害を受ける人達には申し訳なく思う。しかし、今ここで目の前のこいつを倒さなければ、間違いなくまずいことになる。

 魔法は正確にスレイヤを直撃した。光に迫る速度で走る雷に、拘束された状態から逃れることは不可能。たとえ直撃を避けれたとて、周囲も巻き込む一撃からなんの防御もなく生き残るなどありえない。

 大音量の爆音と共に周囲を死の爆風が駆け抜ける。

 周囲へと広がる衝撃波にルナバルトの障壁も軋むが、ルナバルトは違和感を覚えた。


 ーーーーーあの魔法が……この程度……?

 

 ありえない。たしかにルナバルトがこの魔法を発動する直前に距離をとったのは、衝撃波をもろに受けないためだ。だが、ルナバルトはこの衝撃波で自身を守るための障壁が吹き飛び、少なくないダメージを負うはずだった。

 ルナバルトは風の魔法を解き放った。噴煙を払い除け、視界を確保するためだ。

 

「ふむ……これは勝てん……」

 

 噴煙が消えた先の光景を見て、ルナバルトは呆れを含んだ声音でそう言う。

 スレイヤは生きていた。

 未だに鎖に縛られた状態で、右手を真上に突き出して佇んでいた。

 

「お前、強いな」

「俺の必殺の魔法を、片手で耐えた男に言われてもなぁ……」

 

 スレイヤの言葉に、ルナバルトは嫌味を言われたと顔をしかめ返す。

 ルナバルトの魔法は防がれていた。周囲へ衝撃波を撒き散らしはしたが、破壊はされていない。完全に魔法の威力はかき消されていた。

 それが魔法そのものをかき消したからなのか、スレイヤが魔法に生身で耐えたからなのかはルナバルトにはわからない。

 

「さて、そろそろ俺も遊んでる暇は無くなってきたもんでな」

 

 スレイヤはそう言うと、いとも容易く自身を縛っていた強固な鎖を引きちぎった。

 その光景に、ルナバルトは乾いた笑いしか出てこなかった。

 そしてスレイヤは地を蹴る。

 蹂躙の続きを開始したのだ。









――――――――――――――――――――

あとがき

次から新章突入します

チル達は一切出てこない全く別の場所で起こるもう一つの物語です

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