21話『敵は誰』

 響く鳴き声はまるで鼓動と共に早くなるかのように苦しさを増していた。

 見守ることしかできない三人は、目の前で起こる神秘的な光景に目を奪われる。

 濃密に脈動する魔力は周囲の空気さえ研ぎ澄まさせ、流れる冷気はガレスを守るように渦巻いている。魔法を使うリーシャは舞い踊るかのような魔力の流れに心を打たれ、魔力に馴染み無いチルとフユキでさえも身体中の神経を通し魅了されてしまっていた。

 

「あはは、言葉が出ないってこのことだね……」

「素敵です……」

「元の世界でも、こんな神秘的なの見たことない……」

「それはチルが引きこもりだからだよ……」

「うっさいわね……ぶん殴るわよ……」

 

 あまりの感動に、フユキに対するチルの言葉も上の空といった感じで覇気がない。

 そして、ガレスの苦しみの声が最も高くなった時だった。

 

「っ!!」

 

 魅了されていた思考が乗っ取られるかのように、チルの脳内を警報のような感覚が支配する。その感覚に従い素早く振り向いたチルは、すぐ目の前に迫った火球を蹴りで弾いた。

 

「あっつ!」

 

 右足に伝わる熱に顔を顰めたが、動きを止めること無く流れるようにダガーを引き抜き構える。危なかった。『ノーチェックカウンター』が発動していなければ、間違いなく直撃していた。

 チルの声に我を取り戻したフユキとリーシャが振り向くと、三人の視線が一点に集中した。

 視線の先にいたのはキラージェイソンと同じ黒いオーラを纏った鎧を着た兵士たち。あの魔物と似た雰囲気だが、それよりもはるかに体は小さく、反比例するように秘めている存在感は大きく上回っている。先程チルによって気絶させられていた兵士たちが、操り人形のような不自然さで体を起こし迫ってきていたのだ。

 

「くはははは! 馬鹿どもが!! ガレスを殺せ!!」

 

 気絶から覚めたブラヴァが地面に拘束された状態で叫ぶと、兵士たちはあまりにも異様な姿勢で走り出した。

 

「ったく、この世界は往生際の悪い奴らばっかなの?」

「どうする?」

「当然、三人で守るわよ」

「ゆ、指一本触れさせません……!」

 

 決意の言葉を口にした後、フユキが再び『エレメンタルガード』を発動する。味方が受ける環境からの影響をキャンセルするスキルだが、その効果は使用者から一定の距離を離すと二分しかもたない。

 だが、チルのスピードがあれば十分だ。

 

「『アサルトヒット』!」

 

 戦い方をこの世界の法則に預けた一閃がガレスの後ろから迫る兵士の一人に直撃し、腹部の鎧を叩く。しかし、兵士はそれにより後ろに押されたが、痛みを感じていないかのように迫ってきた。

 

「チルさん! どいてください! 『イオスパイク』!」

 

 その声にチルが横にズレると、すれ違うように鋭い突きが兵士の兜を当たり、大きく仰け反らせた。その隙を逃さず体勢を低くしたチルが相手の足を刈るようにして払い転ばせると、

 

「氷よ! 我が剣を氷結の刃とせよ! 『付与エンチャント・フロスト』!」

 

 すぐさま腕と足を狙った突きが放たれ、現れた氷柱が兵士の動きを縛った。

 

「ナイス」

「いえ」

 

 短いやり取りの後、二人はガレスの周りを飛び回るように駆ける。

 もちろんチルよりリーシャの方が動きが遅いため、リーシャがチルの後を追うような形になるのだが、近くに迫った兵士から優先的に拘束を成功させていった。

 そんな二人を排除するように行われた攻撃は、全てフユキのもとへと強制的に吸い寄せられ、ガレスへの攻撃も同様に不発に終わっている。

 

「貴様ら……貴様ら何者だ……? 『暗黒魔石』によって強化した兵をこうも容易く……」

 

 次々に自分の部下が無力化されている光景を見て、忌々しげな呟きが為される。呟いたのはブラヴァ。自分を拘束していた氷柱を魔法で破壊し自由を取り戻した彼は、突然現れ任務の邪魔をする三人の冒険者に舌打ちをした。

 このままでは任務遂行が不可能になる。それだけは、絶対にあってはならない。彼に任務を申し伝えたあるじの目的が達成されないなど、許されざるこのなのだ。

 

「貴様ら全員、殺してやる」

 

 殺意の全てを詰め込んだような言葉の後、ブラヴァは取り出した紫の小さなガラス玉を飲み込んだ。

 黒いオーラが溢れ出し、体に急速な進化が始まり、さらに魔力が膨れ上がる。激しすぎる変化はブラヴァの体に悲鳴をあげさせ、心を侵食していった。

 やがて彼は人間ではなくなった。

 

「コロス……スベテ……」

 

 おぞましい声を発しながら、ブラヴァは最後の兵士の拘束に成功したリーシャに向けて飛びかかろうと地を蹴った。

 しかし、

 

「きゅるるるるる♪」

 

 可愛らしい鳴き声と共に空中に飛び出した青い影がブラヴァを吹き飛ばした。

 クルリと楽しそうに旋回した影の正体は、ガレスのサイズを十分の一にした小さな小竜ミニドラゴンだった。

 

「きゅー?」

 

 小竜ミニドラゴンは自身が吹き飛ばしてしまい壁に激突したブラヴァを見て羽ばたきながら首を傾げたが、すぐに興味を失って楽しそうに周囲を飛び回る。

 

「あれって……」

 

 突然現れた愛らしいドラゴンにチルが目を丸くすると、衝撃から立ち直ったブラヴァが睨む。

 

「コノ……コロスゥ!!」

 

 苛立ちが頂点に達した叫び声を上げながら、ブラヴァは小竜ミニドラゴンに飛びかかったが、ヒラリと空中で回転してそれを避けたドラゴンは、面白がるように笑った。

 

 コォォォォォォ……!

 

 すると、体を起こしたガレスがよく通る声で鳴いた。その声は今までのような声とは正反対の喜びに満ちたものだ。

 ガレスの鳴き声に答えるように頷いた小竜ミニドラゴンは、旋回をピタリと止め上の洞窟へと続く通路へ飛び去って行った。

 その背中を追おうとしたブラヴァだったが、ガレスの吐き出した吹雪のようなブレスに阻まれる。

 

『人の身で魔の力に侵された愚か者が。覚悟せよ』

 

 突然響いたのは透き通った力強い女性の声。

 チル、フユキ、リーシャが声の出処に目を向けると、そこにはブラヴァを睨みつけるガレスがいた。

 いやいやそんなまさかと顔を見合わせた三人だったが、次に響いた言葉に固まることとなる。

 

『我が名はガレス。氷王の称号の下にその忌まわしき力、断罪してくれるわ!』

「「「…………しゃ、喋ったぁぁぁぁぁぁああああああ!!」」」

 

 三人の叫びが木霊する。

 その叫びに驚いたのか一瞬ガレスの視線が近くにいたフユキの方へと向くが、走って迫るブラヴァに視線を戻しブレスを吐き出した。

 凍てつく冷気の嵐が鎧ごとブラヴァを襲う。本来であればそれだけで大抵の生物は凍死するが、ブラヴァの強化された肉体は耐えるどころか立ち向かうように歩を止めない。

 すると、ぶつかるブレスは次第に白い輝きが強くなり、一本の線へと収束していく。

 そして、破壊の閃光がブラヴァを貫いた。

 冷気のブレスだったはずが、ブラヴァを貫いて反対側の壁に突き刺さった閃光は氷を溶かすように砕き穴を開けた。

 

「嘘でしょ……」

「こんなのレーザーと同じじゃないか……」

「これが、氷王龍の実力ですか……!」

 

 ガレスが口を閉じたことでブレスが途切れると、体の中心に大きな穴が空いたブラヴァが力無く倒れた。

 

『弱き者が……』

 

 悔やむように言ったガレスは、ゆっくりと開いた口が塞がらない三人の方を向いた。

 

『若き人間たちよ、迷惑をかけたな』

「しゃ、喋れたの?」

『当たり前であろう。人間の言葉など我にとっては簡単だ』

「でも、さっきまでは……」

『すまぬな。我も力を大きく消耗していて、言葉を伝えるほどの魔力の操作ができなかったのだ』

「あの……お子さんは行かせてしまって大丈夫だったんですか?」

 

 心配したようなリーシャの質問に、ガレスは『子だと?』と首を傾げた。

 しばらくして何かに気がついたのか、

 

『あれは子ではない』

「え? でもさっき思いっきり出産してたじゃない」

『あれは自我無き我が器に過ぎぬ』

「器、ですか?」

『そうだ。我ら"古来種"も無限に生きることが出来る訳では無い。二百年に一度、自身の力の全てを委ねた器を産み、自らの意思を移すことで記憶と力を受け継いでいるのだ』

「つまり、さっきの小さいドラゴンはあなたの分身みたいなもの、ってこと?」

『うむ、簡単に言ってしまえばそういうことだ。おかげで今の我には本来の実力の百分の一も残っておらぬわ』

「百分の一であれって……」

 

 ガレスの言葉にドン引きしたように後ろを向いたフユキは、直線上に破壊された跡を見て顔を引き攣らせた。

 

『なんだ? 本来の我はあの程度ではないぞ?』

「あのブレス一つでも僕が全力で防御してもタダじゃ済まないレベルなんだけど」

『くあははははは。人間ごときに防げるような代物ではないわ』

 

 高笑いしたガレスは、フユキからチルへと視線を移す。

 

『助けられてしまったな。そなたがあの時動いていなければ、もしかしたら我は消滅していたかもしれぬ』

「別に。思ったことをやっただけ」

『人間に救われることなど、もうないと思っていたのだがな』

「前にあったのが驚きよ」

 

 何があるかわからぬものだと感慨に耽けるガレスに返してから、チルは「そういえば」と振り返った。

 

「結局、一番情報知ってそうなやつが死んじゃったわね」

「そうだね。他の兵士も理性が無いみたいだし」

「キラージェイソンと同じような呪いにかかってるみたいなんですけど、なぜか解呪の腕輪の効果が無いみたいで……」

 

 三人が困ったように話し合っていると、それを見ていたガレスがキョトンとして、

 

『何を言うか。奴はまだ生きてるぞ』

「えぇぇ!? いやどう見ても致命傷でしょ! 体に風穴空いてんのよ!?」

「すごい悔やんだようになんか言ってたじゃないですか……!」

『我は言ったはずだ、断罪すると。殺すことが罪を斬ることではないわ』

 

 呆れたように言ったガレスは倒れるブラヴァに少し近づくと、優しく息を吹きかけた。宝石のように輝く風がブラヴァを包み、傷口を虹色の氷が塞いでいく。

 さらにガレスが大きく翼を羽ばたかせると、台風の中にいるような暴風が吹き荒れ、ブラヴァと兵士たちに纏わりつく黒いオーラを引き剥がしていった。

 

「ま、まじですか……?」

「あんな超回復と強制的な呪いの解呪なんて、王宮に仕える魔導師たちでも無理だろうね」

「もう驚く方がバカバカしくなってきたわ……」

 

 今さら何があっても驚くまいとどこか諦めたチルは、フユキとリーシャに目配せして散らばって拘束していた兵士たちをブラヴァのところに集めるように拘束し直した。一箇所に集めた方が、また暴れだした時に対処しやすいと思ったのだ。まぁ、ガレスがいれば無駄な心配なのだろうが、用心に越したことはない。

 

『我も手伝おう』

 

 ガレスは一言そう言って一箇所に集められた兵士たちに向けて小さく息を吹きかけた。すると、ブラヴァを含めた九人の兵士たちに骨が潰れそうな重さの重厚な手枷足枷が付けられた。

 

「さて、拷問を始めようかしらね」

「ちゃんと問の部分やってよ?」

「当たり前でしょ。聞かなきゃただの暴力じゃない」

「やりかねないから言ってるんだよ……」

 

 フユキの言葉ももっともである。関節を鳴らしながら空を殴る姿は、明らかにこれから暴力を振るいますと宣言しているようなものだ。

 

「炎よ、我が剣を紅蓮の刃とせよ『付与エンチャント・フレイム』」


 リーシャが魔法を展開すると、少し土埃に包まれながらも美しい輝きを失っていないレイピアの刀身が炎で包まれる。

 

「多少手荒でも問題ないですよね」

 

 サラッとそんなことを言ったリーシャは、完全に殴るのではなく焼く拷問する気満々である。「この子も大概やばいな」と思ったフユキだが、彼女に関しては仲間の恨みもあると思い口を閉じることにした。というか、先程からちゃっかり常識のあるツッコミ役風のフユキであるが、普段はツッコミされる側なので大概やばい。

 すると、ガレスの力によって傷が塞がったブラヴァの瞼がゆっくりと持ち上げられる。

 

「き、貴様ら……!!」

 

 怒りを噛み締めるかのように自分を見下ろす三人と一体を睨みつけたブラヴァは、施された拘束を解こうと藻掻く。

 しかし、氷で出来た拘束具は金属と同じ頑固さで抵抗を拒んだ。

 

「我々が誰だかわかっているのか!? 貴様ら全員死罪だぞ!」

 

 ブラヴァの脅しの言葉に、ガレスは目を細めた。

 

『お前が纏うその鎧に刻まれた刻印を背負う者達は、我に手を出すほど愚かではないわ!』

 

 威厳のある声は警告を示しているように放たれ、ビクリと声を向けられた男の方が跳ね顔が青ざめる。

 その様子が何よりもブラヴァの正体が名乗るものとは違うことを証明していた。

 

「あんた達がキラージェイソン――――あの化物みたいな魔物ををこの洞窟に放ったの?」

 

 怯えるブラヴァに、チルが問いを発した。

 すると、

 

「…………そうだ。氷王龍と相打ちにでもなってくれればよかったんだがな、たった四人の冒険者しか殺せぬ無能な魔物が……!」

 

 吐き捨てるように舌打ちをするブラヴァに、リーシャのレイピアを持つ手に力が入った。

 今すぐこの場で斬ってやりたい。きっと、チル達がいなければ実行していたであろう衝動を、噛んだ唇と共に抑え込む。キラージェイソンは確かにリーシャにとって仇だ。そして、それを解き放った目の前の男こそが全ての元凶であり、真に自分が倒すべき相手でもある。

 しかし、リーシャは気持ちを抑えた。

 なぜか。簡単だ。

 自分にその資格がないと思ったから。

 ここまで来れたのは間違いなくチル達の力があったからで、リーシャ一人では今この場に立ってすらいなかっただろう。

 他者に頼って仇を討っても、自分の感情に任せた一撃を行う資格は無い。

 だから抑えた。

 けれど、その我慢に不服だったのが一人。

 

「ぐはっ!!」

 

 腹部から蹴り上げられたブラヴァが頭から地面に落ちた。

 能力値ステータスの力を、相手が死なないギリギリまで使って蹴りを放ったのは黒い暗殺者。

 チルは腹部の痛みに呻くブラヴァにスタスタと近づくと、容赦なく顔を踏みつけた。

 

「求められた答え以外で口開いてんじゃないわよ人殺し」

 

 この空間の気温よりも冷えた声が、大した声量でも無いのに響いた。

 そしてチルは足をどけることなく質問を続ける。

 

「キラージェイソンはどこから連れてきたの?」

「そ、そんなもの言うわけが――――ぐぅ……!!」

 

 回答を拒否したブラヴァの顔に圧力が加わる。踵をねじ込むようにチルが力を入れているのだ。

 

「三秒答えが遅れる毎に力を加えていくわ。脳が潰れる前に言ってよね。嘘を少しでも吐いたら骨が無くなると思いなさい」

 

 言葉通りに加えられていく力。絵に描いたような拷問である。

 そしてそう時間を置かず、頭蓋に走る痛みにブラヴァは観念した。

 

「主より賜ったのだ! 『暗黒魔石』と一緒に!」

「その『暗黒魔石』ってのは何なの?」

 

 未だどけられぬ脳を潰しかねない拷問器具に、悲鳴が出そうになるのを堪えながらブラヴァは答える。

 

「闇の力を封じた結晶体だ! 大いなる力が手に入るとしか聞いていない! 本当だ!!」

 

 あのガラス玉は『暗黒魔石』という名なのか。明らかに危険なネーミングである。恐らく体内に取り込みだけでその危険性を発揮できるのだろう。

 

「で、それをあんた達に渡した主ってのは誰なの?」

「そ、それは――――」

 

 ピタリとブラヴァのもがきが止まった。急な変化にチルは足に込めた力をそのままに、新たに力を加えることをやめた。

 この時、チルがボヤいていたこの世界の敵の往生際の悪さを警戒してダガーを抜いていなかったのは幸運だっただろう。次の瞬間に発動したチルのスキルは、彼女の命を救うものであり、そしてそのスキルは戦闘状態では発動しないものだから。

 『バックフリップ』。瞬時に動いたチルの体が、持ち主の意志を無視して人間離れした筋力で大きくバク宙を行う。

 一秒にも満たない速度でフユキの真横に着地したチルが驚きに目を丸くしたと同時に、ブラヴァを中心にして紫色のオーラが爆発した。その爆発は小規模のものであったが、中心と触れていたチルを巻き込むには十分なものだった。

 三人が自分の武器を構えるとガレスも警戒したように唸る。

 対する爆発を起こしたブラヴァは、グラりと枷が付いたまま、まるで見えない糸に釣り上げられるように不自然な挙動で立ち上がった。

 

『下がれ!』

 

 緊張したガレスは一言そう言い放つと、三人を庇うように翼を広げる。

 一拍の動きの間が空き、先に動いたのはブラヴァだった。

 ガレスの吐き出したレーザーのようなブレスと、無防備な棒立ちのままの人間の体とが衝突する。

 しかし、

 

「あははははは、さすが"古来種"のブレスだ。僕の防壁が必要になるとはね」

 

 ブレスの駆け抜けた先から陽気な声が発せられる。

 ブラヴァの声と別の声が不気味にコーラスするその声は、ガレスの破壊の一撃を楽しむかのようだ。

 

「んー、案外うまくいってるじゃないか。開発中の魔法だと聞いていたんだけど、これは成功だね」

 

 体の調子を確かめるように、けれどあまりにも不自然な動きでブラヴァは関節を動かす。

 人が変わった? チルは浮かんだ疑問をすぐに打消した。

 外見が変わっていない。唯一さっきと違うところは首の辺りに光の輪が見えることくらいで、動きは操られているようだ。人が変わったのではなく、取り憑かれている。

 結論にたどり着いたチルはフユキを見る。

 危険。二人の間で意見は一致した。

 フユキは即座にアロンダイトを構えるとその力を解放する。この洞窟で出会った敵は、めんどうなことに何度も何度も倒す度に変化して再び襲ってきている。最速の攻撃で注意を引くのがフユキの役目だ。

 ボンッという空気が押しのけられる音が重く鳴り、フユキの姿が圧倒的な速さで掻き消えた。相手が回避出来ない攻撃範囲を作り出し、確実に攻撃を成功させる。

 そのためにフユキが選んだスキルは剣によるものではなく、表面積が大きい盾による打撃『シールドバッシュ』だ。

 

「神速の剣、アロンダイトか」

 

 するりと盾の軌道が変わり、手応えを腕が迎えることは無かった。

 外したわけじゃない。外された・・・・……!!

 アロンダイトの効果が切れる直前に振り向きながら急ブレーキをかけたフユキは、その事実に目を丸くする。

 ありえない。アロンダイトの効果が使われた攻撃に干渉するなど、絶対にありえない。

 

「アロンダイトの速度は音をも超える。確かに手出しできるような生半可な速度じゃない。その程度のこと、僕が知らないわけがないだろう?」

 

 嘲笑うように放たれた言葉に思考が奪われたのはチルとフユキだ。リーシャは何が起こったのかさえ理解出来ていない。ガレスは見えていても言葉の含む意味を理解するには、この世界の知識だけでは足りなかった。

 なぜ、アロンダイトの効力を知っている?

 フユキはこの世界に来て、自分の装備の能力を他人に明かしたことは無かった。そうする必要がなかったのだ。もっと言えば、使う必要がなかった。

 それだけフユキの持つこの世界で神器の階級を持つ装備は強く、それを使わなくてもいいほどにフユキ自身も強かった。

 つまり、フユキの装備の力を知っているのは、アロンダイトとガーラルムが存在していたゲームの世界を知る者・・・・・・・・・・だけなのだ。

 

「あ、消えても無駄だよ。僕のスキルの範囲内で見つけるなんて簡単だからね。それに君、この守護騎士ガーディアンの結界の外に出れないんでしょ? 寒いもんね」

「っ!!」

 

 その忠告は明らかにチルに向けられたものだ。チルの戦い方を、強みを、そして手に入れたばかりの正確にに知る者のいない情報を知っているが故の発言。

 まさに今フユキに気を取られている隙に潜伏スキルを発動させようとしたチルは、切っ先を制されたように動きを止めた。

 

「大丈夫、今すぐ何かしようってわけじゃない。さすがに君たちの相手はできても、"古来種"の相手はこの体じゃ苦重すぎる」

 

 ガレスの射殺さんばかりの睨みを飄々と受けながらブラヴァは、いや、ブラヴァに取り憑く何者かは懐から『暗黒魔石』と思われるガラス玉を取り出した。

 

「この無能が僕達のことを喋りそうだったから魔法が発動したわけだけど、どうやらこれのもう一つの使い道は話してないみたいだね」

 

 ケタケタと笑うと、ブラヴァに取り憑く何者かは『暗黒魔石』を持つ手の周囲の空気が揺れた。

 パキンッ

 儚い音が響き、床へと落ちるガラスの破片と共に黒いオーラが力無く霧散する。

 

「役立たずは必要ないんだよ」

 

 感情の消えた声。冷たい外気に音が溶け込んだ時、それは起こった。

 何の前触れもなくブラヴァの体が肥大化する。キラージェイソンのような強化されたことによる肥大化ではなく、内蔵に空気が蓄積するかのように丸く膨らんでいく。ブラヴァだけでなく、拘束されていた兵たちも同様に膨らみ、氷の拘束具が砕け散る。

 そして、弾けた。

 破壊を詰め込んだ大爆発が起こり、洞窟を形成している氷を容赦なく吹き飛ばす。さらに、その場にいた複数の命も巻き込んで――――

 

『させんわ!』

 

 ガレスの一声で氷が生き物のように動き出した。爆発に砕かれながらも城を作り上げるかのように、空間そのものを再形成する。

 元に戻すのではなく、新たな形での再形成。

 爆発源を包み込み、内部で威力を抑え込んでいるのだ。

 チル、フユキ、リーシャは保護されるかのように隔離された氷の防壁の中でそれを見つめた。

 何も出来ない。

 ガレスがいなければ、この洞窟ごと吹き飛んでいたであろう大爆発が、たった一声で動き出した氷によって封じられている。

 結果として、三人はただ呆然と助けた相手に助けられることになった――――






――――――――――――――――――――

あとがき

結局ヌルッと終わってしまいました……

あと1話挟んで新章突入なのでどうかご容赦ください……

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