19話『イライラとたくましさ』

「フユキ!」

 

 腹部を貫かれたフユキの体を支えたチルは、生物のように脈打つ黒いオーラから離れるようにフユキを引きずった。

 キラージェイソンの巨体から出現したオーラは蜘蛛のような形をしているようだが、自重を支える力は無いのか潰れたように地面を這っている。

 

「フユキ! しっかりして!」

「うっ……大丈夫だよ……」

「そんな苦しそうな顔して大丈夫なわけないでしょ!」

「いや……チルの声がキンキンして頭に響いて苦しいというか……」

 

 スパンッというなんとも景気のいい音が響き、攻撃力最強の職業クラスである暗殺者アサシンの最大威力の一撃がフユキの頭にヒットする。対幼なじみ専用スキル『引っぱたき』だ。

 貫かれた箇所の傷が既に塞がっているのと、出血が全くと言っていいほどない様子に、あぁそういえばこいつ防御力最強の守護騎士ガーディアンだったわということを思い出したチルは、支えていた手を離すと放り捨てるように地面に叩きつけた。

 

「心配して損したわ」

「チルに引っぱたかれたところの心配はして欲しいんだけど。超痛い」

「紛らわしい苦しみ方するんじゃないわよ」

「いやでもあいつに攻撃された時、一瞬状態異常になりかけたよ。僕じゃなかったらほんとにやばかったかも」

 

 どうやらフユキに守られたようなので怒りの追撃はやめておくことにしたチルは、甲高く醜い鳴き声を上げるオーラの化け物に目を向ける。改めて見ると黒い見た目のせいで、ぽっかりと穴が空いたようにシルエットだけ見えるのでなんとも不気味だ。

 ダガーを構えたチルが一歩踏み出そうとした瞬間、心臓が萎むような危機感を覚え後ろに飛んだ。フユキを貫いたのと同じ棘が地面を砕いた。

 

「どうする? さすがにこいつの相手をしてたらリーシャを助けに行くのが間に合わないと思うけど」

「どっちかが残るしかないでしょ。私が索敵スキルであの子を探すから、その間こいつの相手をあんたが――――」

「その必要はありません」

 

 目の前の新たな敵に二人が苦い顔で相談していると、突然背後からチルの言葉を遮るように声が聞こえた。

 そこに立っていたのは、二人が助けに行こうとしていたリーシャだった。引き付けていた魔物たちを倒した彼女は、真っ直ぐとキラージェイソンのいる場所へ戻ってきたのだ。

 

「あれ、あいつらは? 一緒じゃないの?」

「敵を私の連れみたいに言わないでください……先程倒しました」

「意外。逃げ回って死ぬ寸前だと思ってたのに」

「あぅ……否定は出来ませんけど……わ、私だってやれば出来るんです!」

 

 驚く二人の言葉に力を込めて言い返したリーシャは、黒い化物に向かって左手首に嵌めた腕輪を突きつけた。

 

「悪しき呪いを打ち砕け!」

 

 その言葉と共に、輝く浄化の光が腕輪から駆け抜ける。

 光は照らした全てを浄化し、付着した呪いを洗い流し無へと帰す暖かなものであり、呪いとは無縁の者には一切の害を与えず、呪いと縁あるものだけを飲み込んだ。

 肉の焼けるような音が響き、黒い化け物の表皮を削ぎ落とし、形を粉々に砕いていった。そして、最後に残ったのは宙に浮く紫のガラスの玉。

 浄化の光に抵抗しているように思えるガラス玉に、チルは走り出した。

 敏捷力を最大に発揮し、イメージに身を任せ全力でダガーを振り抜く。

 

「『アサルトヒット』!」

 

 正確に中心から真っ二つに断ち切られたガラス玉は、怨霊の呻きのような声を上げながら拡散し、そして光に飲み込まれ跡形もなく消え去った。

 そして残ったのは、ピクリとも動かないキラージェイソンの巨体と、三人を包む沈黙だけ。新たな敵が出現することも無く、沈黙は勝利を示す幕引きとなった。

 その光景にリーシャが喜びに顔を緩ませると、

 

「リーシャって言ったっけ? あんたそんな便利な腕輪あるなら最初に使いなさいよ……」

 

 飛んできたのはそんなチルの呆れたような声だった。

 

「す、すみません……でもこれ、さっき手に入れたもので……あの魔物たちもこの力を借りて倒したんです……」

「さっき?」

「はい、仲間の遺体を発見しまして……」

 

 そこまで聞いて、チルは先を言わなくていいと遮った。リーシャの仲間のことについては彼女のデリケートになっている部分の問題なので、あまり深く聞かないことにしたのだ。

 しかし、そういうことをズカズカ聞くタイプの男が一人。

 

「その遺体は置いてきたの?」

 

 ここまで引っ張ってこれないことくらいわかんだろ。とチルが怒りの視線をフユキに向けたのだが、彼がそれに気づくことはない。

 そして、問いを受けたリーシャは、

 

「はい。仲間たちは後でちゃんと迎えに行きます」

 

 どこか憂いの無くなった顔に、チルは少し驚いた。しかし、彼女の中の何かが解決したのだろうと思い、小さく笑う。

 すると、リーシャは改まった顔をして言う。

 

「チルさん、フユキさん。ご迷惑おかけしました」

 

 そう言って、深々と頭を下げた。

 それを見て顔を見合わせた二人は、力が抜けたように笑って、

 

「いいんだよ。僕達は仕事しにきただけだし」

「戦闘の練習にもなったしね。まぁ、救助の代金はキッチリギルドに請求するけど」

 

 安心させるように微笑む二人に、顔を上げたリーシャは溢れそうな感謝の気持ちを胸にうなづいた。

 そんな会話が一段落すると、チルは微笑みから口の端を吊り上げたような笑いへと変わった。

 

「ところでフユキ、この世界の拷問って合法?」

「な、なに、いきなり……国とかがやるのは合法なんじゃないかな……」

「そう。じゃあ、バレないようにやらないとね」

「え、怖いんだけど……チルに拷問趣味があっても僕にそういう趣味は――――」

「おっと、それ以上私の名誉を毀損するようなこと言ったら拷問より惨いことになるわよ」


 幼馴染の怒りの笑顔にフユキは青くなった口を閉じた。そして、その様子に若干引き気味のリーシャに、チルは呆れたようにため息を吐いた。

 

「あんたらね、十代で認知症って笑えないわよ? そもそもこの状況を作り出したのは誰。今拷問してでも聞き出さなきゃいけない情報を持ってるのは誰よ」

「「…………あっ」」

 

 ハモった声で思い出したと目を開くフユキとリーシャに、チルは肺の空気を全て吐き出すようなため息を一つ。

 

「あのねぇ……フユキはアロンダイトとガーラルムの件もあるしほんとに認知症なの? それとも記憶できるだけの脳の容量がないの? そんでリーシャ、あんたは恨むべき相手かもしれないでしょうに……」

 

 呆れを通り越して憐れささえ覚えるチルの声に、今追うべき相手の共通認識を確かめる。

 それは、怪しい騎士団の存在。鎧に描かれた紋章から、フユキはレンブルグ王宮騎士団だと言っていたが、それがどうにもチルは引っかかっていた。

 キラージェイソンのことを予め知っていたような口ぶり、あの魔物は昨日リーシャ達のパーティーが壊滅したことで発見されたばかりの魔物のはずだ。さらに、そのキラージェイソンを強化したあの怪しい紫のガラス玉の持ち主であり、明らかにあのガラス玉でキラージェイソンが強化されることを知っていた。

 そして、この洞窟にあの騎士団が訪れた理由が氷王龍ガレスの討伐のためかもしれないこと。これが一番引っかかっていた。

 お互いに手を出さないことで相互不干渉の関係にある人類とガレス。それを衰弱期という二百年に一度弱体化するらしいという時期を狙ってとはいえ、わざわざ倒す理由があるのだろうか。もし討伐に失敗すれば相互不干渉の関係は崩れ、ガレスが暴れ出す可能性を騎士団は考えなかったのだろうか。そんなにバカばかりなのだろうか。

 まぁ、拷問する理由の99%は「お前らが余計なことしたせいで戦いがめんどうになったじゃねぇか」という怒りなのだが、その他にも確かめなければならない理由は山ほどある。

 

「でもチル、追おうにも今からじゃあいつらがどっちに行ったのかなんてわかんないよ」

「この洞窟は相当入り組んでいます。闇雲に追っていたのでは見つかるとは思えません」

「ばーか。なんのためのスキルよ」

 

 追うのは無理だという二人の意見を一蹴したチルは目を閉じると意識を体の中央に集中し、小さな物音一つ聞き逃さないよう感覚を研ぎ澄ませる。

 チルの索敵スキルは通常状態で索敵範囲が100メートル近くある。その範囲を狭めれば狭めるほど索敵の精度は良くなり、気配がはっきりした相手であれば姿形まで把握することが出来るほどだ。逆に索敵の制度を下げ索敵範囲を広げることもできる。霞のような気配を掴む程度にはなるが、全力で集中すれば通常状態の十倍近い範囲の索敵が可能だ。この洞窟自体端から端までが2キロ程度なので、全力で索敵スキルを発動すれば洞窟内のほとんど全ての気配を察知できる。

 伝わってくる感覚に対する意識の集中を変えればいいだけなのでスキルのコントロールもしやすく、既にチルは索敵スキルを使いこなしていた。

 しかし、

 

「!? なんか、知らない気配がうじゃうじゃしてる。さっきまではこんなことなかったのに」

 

 突然現れた大量の気配に、チルは戸惑う。

 ぼんやりとした小さな気配ではあるが、固まって存在しているものもありどれがあの騎士団の気配なのかがまったくわからない。当てずっぽうで見つけ出すにしては候補が多すぎる。

 

「たぶんキラージェイソンのせいで隠れていたこの洞窟の魔物たちが、キラージェイソンが倒れたことで表に出てきたのだと思います。強い魔物がいる環境だと、弱い魔物は気配を消すことがあると聞いたことがあります」

 

 大量の気配の正体をリーシャの説明に納得したチルだが、気配を邪魔するものの正体を索敵スキルの精度を上げて確かめようにも、それでは範囲が足りなくなってしまうことに歯噛みする。

 すると、思い出したようにフユキが、

 

「そういえば、ガレスはこの洞窟の一番下にいるって聞いたことあるよ。あと、あの騎士団が来てた鎧ってチルの『影の覇者』と同じような気配を断つ能力があるように思えたから、生半可な索敵スキルじゃ無理なんじゃないかな」

「なるほど……だったら下に向かってる可能性が高いのね……あとあんなに近くに来るまであの騎士団の気配に気づけなかったのはそういうことか……………………って! あんたほんとそういうことは早く言いなさいよ!!」

 

 ボコボコにしてる暇があったら確実に骨の二、三本殺るくらいは殴ってたわ。

 そんな恐ろしいことを考えながらチルは自分より下に意識を集中する。索敵スキルの索敵範囲は球体のようになっている。しかし、意識を向ける方向を明確にしないと基本的には自分と同じ高さの平面でしか索敵することが出来ない。その意識を下に向けることで、チルはすぐに目当てのものを見つけることが出来た。

 

「なに、このとんでもない気配……特別でかいってわけじゃないけど、一点に凝縮されたみたいに研ぎ澄まされてる……」

「たぶんそれがガレスだ。場所はどの辺?」

「この真下。すぐ近くにいる」

 

 チルがそう告げた時、真下の気配が一気に膨れ上がった。索敵スキルで気配に集中していたチルは突き上げるような感覚に襲われ、チカチカと目眩を感じる。そして、チルの目眩と同時に洞窟内が激しく揺れた。

 

 オオオォォォォォォォォォォ……

 

 キラージェイソンの獣のようなものとは違い、美しさを感じさせる透き通る咆哮が微かに響く。その音色は、怒りが滲んだものに感じられる。

 

「ガレスが暴れだした!?」

「違う! 戦ってる! 僅かにだけど十個くらいの気配を感じる。たぶんあの騎士団!」

「こ、この揺れじゃあいつ洞窟が崩れるかわからないですよ……!」

 

 リーシャの不安そうな言葉通り、洞窟内の岩石が小さくだが悲鳴を上げ始めている。このまま揺れが続けば、いつ崩れてもおかしくない。

 

「行こう」

 

 チルの決意したような声に、フユキは困ったように、

 

「行こうって言ったって、下までの道がわからないよ。探しながら進んでってもここが崩れる方が早い」

「すみません、私もガレスが住んでいる場所への道は知らなくて……」

「何言ってんの、誰も正直に行こうなんて言ってないじゃない」

 

 チルの「馬鹿なこと言わないでよ」とでも言いたげな目に二人が首を傾げると、チルはダガーを鞘に納ると少し屈み地面に触れた。

 

「……たぶん、いけるかな」

 

 その言葉からチルが何をしようとしているのか察したフユキは焦ったように、

 

「ちょ、ちょっと待ってチル! 馬鹿なの!?」

「あんたに馬鹿って言われる日が来ようとは思わなかったわ……一発殴っていい?」

「いや殴られても止めるよ!? そんな無茶なこと……本気じゃないよね……?」

「がっつり本気よ。てか一回やったじゃない」

「横と縦じゃ話が違うよ!」

 

 二人のやり取りからハッとしたリーシャは、チルに帰れと言われた時の言葉を思い出す。そして、何をしようとしているのかも理解する。

 ぶち抜く気だ。リーシャを助けに来た時洞窟の壁を壊して来たと言っていた。そして、それと同じことを今度は地面に向けてやろうとしている。地面ごとぶち抜いて下への直通の道を無理やり作る。最も最短最速の手段であるが、下手したらその時の衝撃でこの近く一帯が崩れる可能性もある。

 

「あのチルさん!」

「大丈夫、あんたも連れてくから。あの騎士団に聞きたいことは山ほどあるだろうし」

 

 リーシャの言葉を先回りして了承したチルに、リーシャは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに力強く頷いてからフユキに近づいた。

 

「すみません、守っていただいてもいいでしょうか」

「えっ、乗り気!? 嘘でしょ!? なんでもう腹くくってんの!?」

「ぎゃーぎゃーうるさいのよ。男でしょ、さっさとしなさいよ」

「なんかチルさん、最初と性格だいぶ違くないですか?」

「チルはね、イライラするとその元凶殴るために荒波に立ち向かう漁師並みのたくましさになるんだよ。ていうか君もだいぶたくましいけどね!?」

 

 揺れる洞窟内でどこか気楽さを感じさせるやり取りをした後、ようやく覚悟を決めたフユキがリーシャをスキルで守る。

 そして、深く息を吐いたチルが拳を地面にそっと置く。

 地面の下は岩石。厚さは少なくとも十メートル以上はあるから、一撃じゃ貫通は出来ない。壁を壊した時のようにスキル一つじゃ話にならない。

 連続で、一番威力の高い格闘スキルを叩き込むんだ。

 既にイメージによるスキルの発動はなんとなくコツを掴んでいる。画面の向こうで見たスキルを、忠実に思い描いた。

 

「格闘スキル『瓦割り』!」

 

 振り上げられた右拳がスキルの理に従って、真っ直ぐと地面に突き刺さる。拳から手首、手首から肘、肘から肩へと垂直に突き立てられた一撃は威力を一切の漏れなく地面を形成している岩石に伝えていく。

 そして、その一撃の衝撃が全て浸透しきる直前に左腕を構えた。

 

「『獅子掌撃』!!」

 

 続いて先程の一撃と全く同じ場所に直撃するように放たれた掌底が地面を叩き、『瓦割り』の衝撃を追いかけるように地面を侵食し、大きな亀裂を入れることに成功する。

 さらにチルは、右足を振り上げると、

 

「『雷鎚』っ!!」

 

 振り下ろされた踵は雷のような衝突音を響かせ、亀裂の入った地面にトドメを刺した。

 

「『キャッスルフィールド』!!」

 

 展開された結界に守られ、三人は真下にいるガレス目掛けて落ちていった。

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