18話『本当の実力』
金属がぶつかり生じた火花が破裂するような光で洞窟内を照らす。岩石を破壊する音とぶつかり合う金属音が反響で波打ち、衝突する覇気は飢えた獣の唸りのように空気を喰いながら支配していた。
青年と巨大な魔物の攻防は、燃え盛る炎のように時間が経つほどに激しさを増していた。その間をすり抜けるように動く影が一つ。
「『レイズスラッシュ』!」
キラージェイソンの懐に潜り込んだチルは、回転しながら上昇する二連続斬りを放った。それを援護するようにフユキは相手の斧を盾ではね上げることで隙を作る。
しかし、
「あーもう! なんなのよこれ!」
チルの攻撃は、キラージェイソンを守るように現れた黒いオーラが自分の身を犠牲にすることで防がれてしまった。
同じことがさっきから六度も続いている。どんなにフユキが隙を作っても、どんなにチルが素早く動いて惑わしても、後一歩のところで黒いオーラに阻まれてしまっていた。しかも、出現するオーラは一つではない。二連続の攻撃なら二つ、三連続の攻撃なら三つと、確実に守られてしまう。
「チル! 潜伏スキルを使うんだ! それなら意表を突けるかもしれない!」
「無理よ! さっきから試してるけど、気配を消すなんてまったくイメージがつかないの!」
振り下ろされた斧を受け止めながら飛んできた叫びに、チルは焦ったように返した。
『潜伏スキル』。それは、
だが、現在チルは潜伏スキルの発動方法がわからずにいた。
動きをイメージすることで発動できる攻撃スキルとは違い、潜伏スキルに必要なのは気配を消すという曖昧なイメージである。気配を消すという行為は意識して行ったことなどないので、イメージを掴むということが出来ないのだ。
人との関わりあいが好きではないチルだが、周囲に人がいても自分の存在を消そうとなど思ったことはない。常に堂々と、そして不機嫌な雰囲気を作りだしていれば進んで関わろうとする人などいるはずもないので、わざわざ気配やらなんやらを気にする必要が無い。
装備している衣服『影の覇者』は装備者の気配を消す効果は持っているのだが、ゲーム内で設定されていた効果は本来潜伏スキルを補助するものだ。そのため、非戦闘時は十分存在を隠す力はあるが、戦闘時のお互いの存在を意識しあっている状況ではほとんど意味が無いのだ。
幸い動きをイメージすることで
「チル! いい加減攻撃当ててよ!」
「当てれたらとっくに当ててるわよ!」
七度目の攻撃失敗についにフユキが文句を言うと、チルもそれに怒りが爆発したように叫び返す。
「だいたい、あんたがちゃんと隙作れてないからじゃないの!?
「いやちゃんとチャンスは作ってるんだけど! てかちょっと待って! 僕そんな異名あったの!?」
「身内で一番のマゾじゃない! 当然よ!」
「
ついには敵そっちのけで喧嘩し始める始末。意外と余裕そうである。ちなみに、フユキがマゾかどうかはどうでもいいのでご想像にお任せします。
「ていうか! 文句言ってるくせにあんたも攻撃当たってないじゃない!」
「こいつさっきとは攻撃力が段違いなんだよ! 邪魔者がいないから攻撃できるようにはなったけど、チルの援護がやっとなんだって!」
「ったく! あの子も助けに行かなきゃなんないのに!」
「特殊技能に一撃必殺なんて物騒なの持ってるんだから、一撃でぶっ飛ばしてよ!」
「だから出来たらやってるって言ってんでしょうが! まだどんな効果があるのかもわかってないのよ!」
「ちょ、殺気向けないでよ! 向けるならあっちに向けて! ヒヤッとしたじゃん!」
「うっさいわね! ぶっ飛ばすわよ!?」
チルから向けられた殺気にブルリと身震いするフユキを、チルは今にも殴りかかりそうな形相で睨む。そんな二人の様子に自分が無視され挑発されていると感じたのか、キラージェイソンはけたたましい咆哮を上げる。
「うっるさっ!」
「こういう狭いところで騒いじゃいけませんって習わなかったのかよ!」
その咆哮は口喧嘩中の二人の苛立ちをさらに加速させることとなった。
「『クロススラッシュ』!」「『アサルトヒット』!」
同時に放たれたスキルを体にまとわりつく黒いオーラで受け止めたキラージェイソンは斧を振りかぶり、腰を低く落とした。次第に輝き出す巨大な斧に、チルは嫌な予感がしてフユキの後ろに飛び込んだ。
次の瞬間、大きく振り抜かれた斧から衝撃波が発生し、洞窟を震わせるほどの強力な一撃が二人を襲った。
「やっば! 『キャッスルフィールド』!」
咄嗟に展開された結界を衝撃波が叩き、バキッという不快な音が結界にヒビが入れられたことを知らせた。さらに、結界があるにも関わらず二人の体は圧力に数メートルほど後方に押されることになった。
「ね、ねぇ、魔物ってスキル使うの……?」
「ごく稀に、強力なやつだとそういうこともある、かな……」
「それを早く言いなさいよ! 危うく喰らうとこだったじゃない!」
フユキに文句を言いながら、チルは右手で握るソクレイトダガーに視線を向けた。耐久力を高めるよう設計された肉厚の刃は、度重なるチルの常識外れの攻撃力に耐えているようだが、いつ砕けてもおかしくないほどに消耗しているのがわかる。目の前のキラージェイソンは未だ無傷であり、このままでは決着が着く前にソクレイトダガーが壊れてしまうのは目に見えていた。
ギラギラとした殺気を放つ敵の存在感は凄まじく、戦いに集中するために狭めた索敵スキルの効果範囲のほとんどを占めてしまうほどだ。
そこでふと、チルはあることが気になった。
「そういえばあんた、さっき私の殺気がどうこうって言ってわよね」
「うん、言ったよ。なんというか、ヒヤッとしたよ。肝が冷える感じ?」
フユキの言葉に、とある可能性に気づく。
殺気と存在感、それは紙一重の関係であり、また同一のものでもあるのではないだろうか。人の視線を気配として感じるように、音が聞こえなくても何かが動く気配を感じたり、気配とは意識を発することなのだ。戦いにおいてその意識とは殺気であり、同時にそれが存在感に繋がる。殺気を発する存在は警戒される。当然そこには、気配というものがついてくる。
殺気を抑えろ。ぶっ飛ばしてやりたい苛立ちを心の中に閉じ込め、内側でしっかりと薪をくべて燃やし続ける。そして外側は氷のように落ち着いて、冷静に空気と一体となる。
――――『霧隠れ』
「あれ、チル? どこ!?」
チルのスキルが発動したと同時に、数秒前まで背後にいた姿が消え去る。そのことにフユキが戸惑いながら振り向いたのと、キラージェイソンの悲鳴は同時だった。
キラージェイソンはもちろん、そこにまとわりつく黒いオーラでさえも欺く完全な潜伏。ダガーで腹を切られたキラージェイソンでさえ、何に攻撃されたのかさえ認識できないほどだった。
潜伏スキル『霧隠れ』。スキルとしては最も初級の潜伏スキルではあるが、高レベルのチルが使うことで気配を断つだけに留まらず、姿さえも見えない霧で覆い隠してしまう。
「うわ……チートだ……」
目の前の光景に唖然とするフユキに「あんたに言われたくない」と言いたくてたまらないチルだったが、それよりも言いたいことがあったため、再び潜伏スキルを使う。
「ていうかフユキ、さっさと本気出しなさいよ」
「え、えっと……結構さっきからマジなんだけ、うわっ!」
突然の出来事で戸惑うフユキの言葉は、瞬間移動のように目の前に現れたチルに突きつけられたダガーで遮られる。
「あんた、まだ
「あっ……わす――――」
「忘れてたとか言ったらこのまま動脈引き裂くけど」
「忘れてません! 今すぐ全力でやります!」
押さえ込んだ殺気がたっぷりと込められた声はいつもの五割増しで怖い。ほとんど脅迫に近いことをされたフユキは、脳震盪を起こすのではないかというほどの速さで首を縦に振る。
フユキの装備するアロンダイトとガーラルム。神器級と呼ばれるほどの装備である二つは、ただ頑丈だからそう呼ばれているわけではない。
チルの一撃に激昂したキラージェイソンの咆哮が轟き、再び腰を低くして斧が構えられる。 再度同じ攻撃が来ると察知したフユキはアロンダイトの柄に嵌められた宝石に向かって叫ぶ。
「煌めけ、アロンダイト!」
主の呼び声に忠実に反応した剣は秘められた力を解き放つ。白い輝きがフユキを包み込むと、首に突きつけられたダガーがどけられるのを合図に走り出した。
アロンダイト。聖剣と呼ばれてもおかしくないほどに美しい見た目の片手直剣であるが、切れ味は特筆するほど良くはない。ただ斬るのではなく、叩き斬るという使い方をするものだ。しかし、内に秘められた力は唯一にして絶対の力。
一秒間、使用者の敏捷力を999999999999上昇させる。
その圧倒的なスピードによる一歩はほぼ瞬間移動であり、生物の反応速度などでは比較にならないものだ。一秒という限られた時間しか使用できない上に、一度使うと一分間発動できないという制限があるが、それでも大量のおつりが来る。
一瞬にして十の斬撃が放たれ、キラージェイソンの体を削り取る。オーラによる守りすら反応できない速度。必中の攻撃だった。
できるんなら最初からやれよと言いたいところだが、当の本人が忘れていたのだから仕方ない。忘れていたとはっきり口に出せば殺されかねないので、口が裂けても言わないが。
スキルの発動を直前で妨害されたキラージェイソンは、怒りに任せてフユキに斧を振り下ろした。
しかし、その攻撃をスルりと受け流し懐へ滑り込んだフユキは、ガーラルムを叩きつけるように振った。
「解き放て! ガーラルム!」
圧縮した空気を解き放つような破裂音の直後、キラージェイソンの巨体は見えない衝撃波に押され、壁を叩くこととなった。
ガーラルム。この装備もまた神器の名を持つ装備であり、「効果発動前三分間の間に受けたダメージを衝撃波に変えて返す」という恐ろしいカウンターを可能とする効果を持つ。つまり、今キラージェイソンは自分自身に三分間殴られたのと同じ衝撃を受けたことになる。
これまたできるんなら最初からやれよと言いたくなるのだが、先程と同じ理由なのでツッコミは無しだ。
神速のアロンダイトに絶対反射のガーラルム。
さらに、連続で自分にダメージを負わせたフユキの存在に隠れて、キラージェイソンの意識から外れてしまった影が背後に迫る。
「『アサルトヒット』!」
闇の一閃を受けたキラージェイソンに、今まで受けたことのないほどのダメージが響く。チルが潜伏スキルを使えるようになったことで、特殊技能の一つである『一撃必殺』の能力が発動したのだ。
意識外からの攻撃の威力の倍増。それが『一撃必殺』の能力であり、まさに
一気に形勢逆転され押される側となったキラージェイソンは焦ったように斧を振るうが、ガーラルムによって受け止められ、再び後ろからの攻撃を受けた。
攻撃を続ければカウンターにより攻撃を喰らい、気配の無い攻撃から身を守ることも出来ない。スキルを発動しようとしてもアロンダイトのスピードで妨害される。明らかに詰んでいる状態なのだが、知能が無く本能だけで動いているキラージェイソンがそれに気づくことは無かった。
その結果、怒りに任せて斧を振る単調な攻撃はフユキによって完全に無力化され、もはや意味を為さなくなった黒いオーラの守りを掻い潜ったチルによる攻撃を受け、キラージェイソンは再び地に崩れ落ちた。
「苦戦してたのが恥ずかしいくらいあっさりね」
「ランクとしては間違いなくAの中でも上位ってとこだったけど、意外と弱かったね」
「それにしても、いきなりパワーアップってどんだけ有り得ない相手なのよ」
「あの騎士団をとっ捕まえて、何をしたのか聞き出さないと」
「何回かぶっ飛ばさなきゃ気が収まんない」
「あはは、殺さないようにね」
「ったく、初っ端のクエストがこれってほんとクソゲー」
「まぁまぁ、いい練習になってよかったじゃん」
一般的に化け物と呼ばれる相手を練習台呼ばわりした二人は、笑顔と無表情でハイタッチする。どちらが笑顔でどちらが無表情かはそれぞれの性格通りである。
「さ、助けに行くわよ」
「そうだね、まだ生きてるといいけど」
頷き合って倒れたキラージェイソンに背を向けて二人は歩き出す。
チルがソクレイトダガーに目を向けると、先程よりも激しく消耗しているように思える。ギリギリキラージェイソンを倒すまでもってくれたことに感謝の言葉しか出てこない。このまま壊さずにテトラのところへ持ち帰りメンテナンスしてもらおう。
そう戦いが終わったことによる安堵をチルが感じた、その時だった。
突然フユキに押され体勢を崩したチルは、尻もちをついてしまい鈍い痛みを感じる。フユキに対して怒りの言葉を発しようとしたチルは、視線を上げた先で目を丸くした。
「フユキ!!」
フユキの腹部が黒い棘に突き刺されている。
驚きながらもチルは黒い棘をダガーで叩き斬ると、棘は霧のように消えてしまった。
「がはっ……」
苦しそうに息を吐くフユキの体を支えながらチルが振り返ると、
「……ほんと、クソゲー過ぎるって……」
そこには、キラージェイソンの体から植物のように伸びた黒いオーラが、まるで生き物のように脈打っていた。
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