17話『仲間の声』
ゲームにおいて、チュートリアルほど大切なものはない。
どんなゲームであっても、操作方法がわからなければただの映像であり、娯楽カテゴリーのエースとも言えるゲームがただのストレス生産機へと早変わりするのに、数秒もあれば十分である。
つまり、チュートリアルが無いゲームはほとんどクソゲーであり、そしてチルが今いるこの世界をゲームに例えるのであれば紛うことなきクソゲーである。そのせいで、チルはこの世界での戦い方を含め全ての生き方を手探りで理解せねばならない。
その結果、この世界での力とはイメージの力であるという結論に至った。スキルはもちろん、この世界では
昨日冒険者ギルドで明かされた自身の驚くべきほど強力なステータス。その数値はイメージを通して動きに反映することが出来、さらに反映による身体能力の向上は計り知れないものであった。
攻撃力や防御力はその名の通り腕力や体の頑強さを向上させ、敏捷力はスピードだけでなくそのスピードについてこられるだけの動体視力を手に入れることが出来る。そして、耐性力は精神的安定を、魔力は馴染みのないものであったが意識を体の中心に集中すると、血液とは別に脈動する感じたことの無い新たな流れを実感できた。
特殊技能と呼ばれる存在は、常に効果を発し続ける一種の才能のようなものだ。『多段跳躍』や『即時反撃』の効力は既にお世話になっているところだが、その他の特殊技能の力は未だ判明していない。この特殊技能もイメージが効力を発揮する引き金となっており、それを使いこなすことがこの世界の戦闘で勝利を掴むための一つの方法なのだろう。
イメージがなければ多少運動神経がいいただの人間。逆にイメージさえあれば人間離れした力を手にできる。
それが出来なければ戦えない。この世界のシンプルで絶対的なルールだった。
壁を砕きながら迫るを、チルは敏捷力による動体視力を発揮し転がるように回避した。
突如として開始されたキラージェイソンとの第二ラウンドは立場が逆転し、チル達が圧倒されていた。
スピードもパワーも先程とは別次元なまでに上昇したキラージェイソンは十分脅威であったが、それと同じほど厄介なものが現れたことで、一気に形勢は逆転されることになる。
立ち上がったキラージェイソンの雄叫びを引き金とし、周囲に飛び散ったどす黒い血液が人型へと変わり、細い槍を持った人間の子供ほどの大きさの新たな魔物となり襲いかかってきたのである。その数は四体であり、動きも単純で体も粘土のように脆いため一体一体は大したことはない。問題は、どれだけ攻撃しても損傷部位が再生し復活してしまうのだ。終わりがない存在は、当然無視出来ないものであった。
「あーもう!キリがない!」
「ダメだ!こいつらが邪魔でキラージェイソンに攻撃できない!」
黒い魔物の頭部を殴って粉砕しながらのチルの苛立ったような声に、フユキももどかしさが隠せないように叫ぶ。戦いにはリーシャも参加しているが、チルやフユキのように一撃で倒すということが出来ず、攻撃を躱しながら援護程度の突きを放つのが限界だった。
攻撃のほとんどを受けるフユキにはまだまだ余裕があるが、それは彼が守りを売りとする
その時、チルの近くに来たリーシャが口を開いた。
「この黒い魔物がいなければ、キラージェイソンを相手出来ますか?」
その問いに、チルは現状を客観的に見て判断する。
こちらが防戦に回らなければならないでいるのは、キラージェイソンの周りにいる邪魔者が原因である。それが取り除かれればフユキも攻撃を行うことが出来、そうすれば十分逆転は出来るのではないだろうか。
「そうね、たぶんだけど」
「わかりました。悔しいですが、お願いします」
言葉の意味がわからず振り返ったチルが言葉を発するよりも早く、リーシャが叫ぶ。
「炎よ!我が
その瞬間、リーシャの持つレイピアの刀身を炎が包み込む。
「後ろに飛んでください!」
その言葉に、フユキは驚きながらも敵から離れるように大きく跳躍する。
間髪入れずに飛び退いたことで空いた空間に、リーシャの突きを延長するように伸びた炎が駆け抜けた。
「ごめんなさい、色々迷惑をかけてしまって」
悲しそうに言ったリーシャは、挑発するように手招きしながら、
「こっちよ化け物共!」
そう言って洞窟の奥に向けて駆け出した。
その後ろ姿を追うように標的をフユキからリーシャへと変えた五体の魔物が動き出す。しかし、その中で最も体の大きい魔物、キラージェイソンは叩きつけられた盾に視線を戻す。フユキが衝撃によって、再び標的を元に戻したのだ。
「まさか、こんな作戦だとは思わなかったよ」
「なんか利用された感じもするけどね」
リーシャの作戦を理解した二人は、武器を握る手に力を込める。風通しの良くなったことで本来の力を発揮出来るようになった。だが、この状況を作ってくれたリーシャにチルはどこか不満げにため息を一つ。
「『タウンティングスタンス』!」
フユキのスキル発動と同時に、チルは地を蹴った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
駆け出したリーシャは、自分がしっかりと追いかけられていることを確認しながら角を曲がった。近付かれれば剣に纏わせた炎で牽制し、遠くなりすぎないように走り続ける。そうして十分チルとフユキが戦っているであろう地点から離れた場所で振り返った。
リーシャの
『
「
そのため、リーシャは魔法を解除した上で迫り来る魔物を迎え撃った。
飛びかかってきた一体の膝に突きを打ち、その後ろから迫っていた次の一体の腹を切りつける。大きく隙を作ってしまう動作であり、その隙を逃さずほか二体が槍を刺そうとするが、それを身を転がして躱した。
ギリギリの戦いであるがダメージを与えることには成功している。けれど、すぐさま敵の傷は再生により回復してしまった。
やっぱりダメだ……
唇を噛みながらリーシャはレイピアを強く引き絞る。
「『イオスパイク』!」
体をバネのように使い放たれた突きは、魔物達を押し退け道を作り出す。突きの勢いを殺さずに無理やり駆け抜けたリーシャは再び距離を稼ぐように走り出した。
しかし、魔物たちはそれを許してはくれなかった。
膝の傷が再生した一体に右足を掴まれ、それによって大きくバランスを崩したリーシャは転倒してしまう。続いて飛びつくように放たれた三本の槍を躱そうと体を動かすが、脇腹に鋭い痛みを感じることになった。槍の一本が掠ったのだ。
「風よ!『
詠唱を省略したせいでわずかな魔力しか宿っていない風の剣を振ると、風の刃と強風が巻き起こる。魔物達の包囲から抜けたリーシャは、転がるように洞窟の曲がり角に飛び込んだ。
「はぁ、はぁ……キャ 、
絞り出すような声で付与を解除したリーシャは、再び走り出そうと足に力を込める。だが、その力は視界に映った光景に消えてしまった。
「――――――――っっ!!」
声にならない悲鳴。
一気に早くなった鼓動が瞳孔を狭め、洞窟内の涼しさとは全く別のもう一つの冷気が体の奥底へと落ちていく。収縮した筋肉が震え、レイピアの切っ先がカタカタと地面を叩く。
そこにあったのは乾いた血溜まりの跡と、二つの潰れた人間の亡骸だった。散乱した装備品が記憶を無理やり引きずり出し、生々しい死の臭いに呼吸が止まる。止まった思考と響く耳鳴りが、自分の置かれている状況を脳から消し去った。
キラージェイソンの犠牲者たちであるリーシャの仲間が、変わり果てた姿で転がっていた。魔導師の少女ルラ、戦士の少年コウザ。あの時、最後に逃げろとリーシャの背中を押した二人だ。頭部が潰れたコウザには当然息は無く、ルラの血で染まった体も動く気配がない。
この先に行けば、逃げるための足止めをしようと最初にキラージェイソンと戦った二人がいる。そう思うと、リーシャの足は力を失い、目を合わせたくない現実という見えない壁が立ちはだかっていた。
仲間を置いて逃げた。あの時リーシャが逃げずに戦っていたとしても、犠牲者が一人増えただけであり、そのことは彼女自身理解している。
それでも、仲間に守られたのではなく自分が見捨てたのだと、自責の念に襲われることは避けることが出来なかった。
涙すらこぼれ落ちないほどに心を強く殴られたリーシャは、背後から聞こえる石が転がる音に振り返った。そして、自分が置かれていた状況を思い出すことになる。
振り返った先には当然先程まで追われていた黒い魔物達が睨んでおり、リーシャは弾かれたように立ち上がるとレイピアを構えた。
仲間の遺体をこいつらに傷つけさせるわけにはいかない。
その一心で立ち直っていない心と体に鞭打ち、魔法を使おうと魔力を練り上げる。
しかし、魔物たちはそんなリーシャを遠くに睨むが襲いかかっては来ない。未だ獲物を狙おうとしているのは確かだが、まるで見えない壁を恐れるかのように近づいてこない。
その時、暖かな一陣の風が、彼女の背中を撫でた。
死の臭いすら断ち切るその風は、どこか懐かしさと安らぎをもたらし、誘われるように視線が足元へと移動した。そして、視線の先にキラリと光るものを見つけ、そしてゆっくりとしゃがみこんだ。
「解呪の……腕輪……」
小さく光るものの正体を呟いたリーシャは、優しく金の腕輪が嵌められた手に触れた。冷たく、そして固くなってしまったルラの手から、リーシャは腕輪を外す。まるで差し出すかのようにするりと外れた腕輪を握りしめ、再びリーシャは立ち上がった。
『リーシャって物知りなんだね!』
『リーシャがいれば俺たちが一流冒険者になるのもすぐかもな』
『僕達もリーシャを全力で助けるよ』
『いっぱい冒険しようねリーシャ!』
幻聴というにはあまりにもはっきりとした、かつてこの腕輪を手に入れた時の会話が聞こえてくる。さらに、わずかながら背中を押される感覚も。
『『『『がんばれ!』』』』
その声に、温かさに、リーシャは目が覚めた。同時に、あの時チルが言った言葉が、胸に小さく火を灯した。せっかく仲間達が繋いでくれたものを受け取っていたのに、自分はそれを無駄にしようとしていた。
戦わなきゃ。戦って、ちゃんと謝らなきゃ。
この腕輪の効果は、たまたま過去に読んだ本で見かけて知っていたリーシャが仲間たちに教えた。
『解呪の腕輪』。その名の通りあらゆる呪いを無効化し、呪いの力を持つものを遠ざける力を持つ貴重なアイテムだ。一度の使用で効力が失われることは無く、装備している者の魔力がある限り使い続けることが出来る。パーティーに加わって、初めて行ったクエストで手に入れた思い出のアイテム。
解呪の腕輪を左手首に装備したリーシャは一歩踏み出す。すると、それに合わせて黒い魔物たちも慌てたように一歩後退る。
やっぱり……こいつら、この腕輪のせいで近づいてこないんだ。
魔物たちの挙動にそう結論づけたリーシャは、しっかりとレイピアを握りしめる。そして、腕輪を嵌めた左手を高く掲げると、
「悪しき呪いを打ち砕け!!」
腕輪が強く輝き、洞窟内を明るく照らした。眩くも温かみのある光が魔物たちに当たると、魔物たちは醜く甲高い悲鳴を上げながらたたらを踏んだ。
「氷よ!我が剣を氷結の刃とせよ!『
展開された魔法がレイピアの刃に新たな力を与える。凍りつくような冷気を纏った刃は、空気中の水分に接触することで白い霧を生み出した。
動きの鈍った魔物たちの足元を狙い、洗練された無駄のない突きを連続して放つ。地面を叩いた切っ先から冷気が伝わり、瞬時に形成された氷柱が敵の足を拘束した。
腕輪の力で弱ってるってことは、こいつらは生き物じゃない。呪いそのものなんだ。
敵の正体を見抜いたリーシャは、迷わず全力でレイピアを振る。魔物の粘土のような体を裂き、槍の反撃を弾いて首を突く。
単純だが確実にダメージを与える攻撃を受ける魔物たちは、損傷した部位の再生を行う。しかし、再びリーシャが解呪の腕輪の力を使うと、傷が焼かれたような音を出し、再生が止まる。首を切り飛ばし再生を腕輪の力で止めると、魔物の体は泥のように崩れ去り、元のどす黒い血液へと戻った。
倒す方法を見つけたリーシャはさらに体を素早く動かしながら自分の理想とする動きを思い描き、それをなぞるように戦った。そして、それはイメージの力へと変わり、彼女自身の身体能力を
そして、最後の一体。三体を血液に戻したリーシャは、最後に拘束されている一体へ歩み寄る。その一歩一歩を恐れ怯えた魔物は、足元の氷を槍で足ごと砕くと、這うように逃げ出した。
「逃がさない……!」
リーシャは小さく息を吐くと跳躍した。先程と追う側と追われる側が逆転し、そして足を自分で傷つけた魔物に逃げ切ることの出来る可能性は極めて低かった。
「貫け!『スピードファング』!!」
高く跳躍したリーシャは輝くレイピアと共に、滑空するように下段の突きを放つ。それを前方に飛ぶことで回避した魔物の背に、リーシャは再び狙いを定めた。
跳ね返るような素早い切り返しで切っ先を上に向けたリーシャは、再び跳躍しながらの上段の突きを放つ。風を切るかのように空を駆けたレイピアは、正確に魔物の背中を捕らえると、そのまま半身を引き裂くようにトドメを刺した。
二連続スキル『スピードファング』。実戦で使用したのは初めてであったが、確かな手応えにリーシャは勝利を確かめるかのように左手を握りしめた。
そして、仲間の遺体のある方向に振り向くと、
「必ず迎えに来るから」
そう言って、元来た道を走り出した。
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