16話『最初からボス戦』

「『アサルトヒット』!!」

 

 放たれた一閃は、棍棒で防御したキラージェイソンの巨体を容易く吹き飛ばし、遠く離れた岩石の壁にめり込ませた。

 

「ギリギリセーフね」

 

 ホッとしたように言って短剣をくるりと手の中で遊ばせたチルは、再び目を開き広がっていた光景に呆然とするリーシャに振り向いた。

 

「な、なんでここに……」

「なんでって、普通に助けに来たんだけど」

 

 何を当たり前のことを?とでも言いたげなチルの返答に、返す言葉が見つからない。

 そんな沈黙の瞬間、体勢を立て直したキラージェイソンが動いた。崩れた壁の瓦礫を拾い上げると、大きく振りかぶって大砲と間違うほどの轟音と速度で投げつける。

 しかし、洞窟内の空気を切り裂くように飛ぶ瓦礫の弾丸は、目の前に立ち塞がった影に阻まれた。

 

「遅い」

「チルが早すぎるんだってば」

 

 瓦礫を盾で弾いたフユキは、困ったように笑う。

 リーシャに対し一方的な戦闘をしていたキラージェイソンは、突然現れた自身に対抗する力を持った二人に向ける視線に警戒の色を浮かべた。

 

「でかい気配ね。キラージェイソンだっけ?」

「そうそう。持ってるのは棍棒だけど、作中にあんなの使ってたっけ?」

「私あの映画見てないから知らないわよ。それより、あいつ結構強いんじゃない?」

「んー、まぁ、大丈夫じゃないかな」

 

 索敵スキルによって感知した気配の大きさに、チルは目の前の敵に気を引きしめる。

 初めての戦闘らしい戦闘に若干の緊張をしているチルとは違い、フユキの顔には余裕の色が見える。それもそのはず。フユキはこの世界に来たばかりのチルとは違って、戦闘の経験は十分にある。目の前のキラージェイソンはランクとしてはAに限りなく近いがB程度だろう。その気になればフユキ一人でも倒すことができる。

 

「じゃ、チル。その子のこと任せたよ」

「こっちにちょっかいかけさせたらぶっ飛ばすからね?」

 

 チルがリーシャのところへ下がったのを確認してから、フユキは一歩キラージェイソンへと近づいた。

 

「それじゃ、しばらく僕と遊ぼっか。『タウンティングスタンス』!!」

 

 フユキの叫びとともにガーラルムより生み出された鎧が彼の体を包み、全身から威嚇の波動が放たれる。右手に握られる白銀のアロンダイトの刃、立ちはだかるガーラルム、そしてフユキから溢れ出る覇気。その全てが敵対するものの注意を引きつけ、絶対的な脅威だという認識を植え付ける。

 敵寄せデコイスキル『タウンティングスタンス』。敵の注意を味方から引き離し、自身を攻撃の対象になりやすくする、味方を守るガーディアンの基本スキルである。

 そして、巨大な魔物と青年の戦いが始まった。

 

 

 

「はい、これポーション。回復のこれで合ってる?」

 

 一方、リーシャのもとへと下がったチルは、ここに来る途中フユキから渡された小さな瓶に入った赤い液体をリーシャに見せる。

 

「そ、それはグレートポーション!?そんなのいただけません!」

 

 差し出されたものの正体に気づいたリーシャは恐れるように後退り、鈍く痛む体に顔をしかめた。

 

「私まだアイテムとかわからないんだけど、あいつ渡すの間違えたのね。回復のポーションって言われたんだけど」

「グレートポーションは完全蘇生薬エリクサーに次ぐ超高級品の回復薬です!その一本だけでもいったい金貨が何枚必要だと……」

「合ってるんだったらそう言いなさいよ。ほら、怪我人はさっさと飲む」

「いただけませ、え、ちょ、むぐっ――――」

 

 なおも拒否するリーシャに、チルは無理やり後頭部を掴むと瓶をリーシャの口に突っ込み一気に流し込んだ。

 

「ごほっごほっ、うぅ……」

 

 何やら吐き気がありそうなリーシャの様子に、そんなに不味かったのかと空になった瓶を見るチル。どう考えても無理やり飲ませたチルが原因なのだが、彼女がその答えに行き着くことは一生なかった。ちなみに、グレートポーションは新鮮な産地直送の果汁を含んだピーチ味である。ものによっては微炭酸のものもあり、意外と美味だ。

 むせるリーシャがようやく落ち着いた頃、グレートポーションが超高級品たる実力を発揮する。身体中の傷が塞がり出血が止まる。骨が折れていた箇所は痛みと腫れが落ち着き、若干の痣が残る程度にまで回復した。

 まさに奇跡。これほどの奇跡が高額とはいえお金で買えるのだ。命と比べれば多少の高値もリーズナブルと言っていいだろう。……まぁ、一本買う金があれば小さい小屋くらいなら買えてしまうのだが。

 

「ありがとうございます……こんな貴重なものを……」

「別に私のじゃないもん。さ、動けるようになったんならとっとと帰って」

 

 しっしっと追い払う手つきをするチルに、リーシャは申し訳なさと悔しさがごっちゃになったような目で唇を噛んだ。グレートポーションを飲む前に出血していた血の苦味が広がる。

 

「私もたたか――――」

「帰れ。復讐に付き合う気はないの。てか、負けたくせに私たちが来た途端やる気になるとかありえないから」

 

 やる気という点ではリーシャに今までなかったわけではなく、むしろ満ち溢れるほどあったのだが、負けたという点が重要である。誰の目から見てもリーシャはキラージェイソンに負けていた。生きていたことでさえ、キラージェイソンが殺さず遊んでいたからである。

 チルでさえまともに戦えるかわからないのだから、足でまといはさっさと回れ右させるべきだ。それが、チルとフユキがここに来るまでに話し合った結論である。

 

「てか、あれについていけるの?」

 

 そう言ってチルは金属音を響かせる背後の光景を指さす。

 獰猛な唸りと力任せに振り回される棍棒。そしてそれを弾き、時には受け流し、自分の倍はある巨体を圧倒する攻防一体の動き。本物の戦闘が繰り広げられていた。スピードだけでも目で追うことがやっとなほど。

 とてもではないが、リーシャがついていける次元の戦いではなかった。チルも戦力になるかと聞かれると首を縦には振れないだろう。

 チルは呆れたように一息吐くと、ダガーを引き抜き振り返った。


「『シールドバッシュ』!!」

 

 さぁやるぞと踏み出そうとしたチルは、すぐ目の前まで迫ってきた巨体に目を丸くした。

 チルが驚きの声を上げるよりも早く、体が最速かつ最適の動作で動く。

 『ノーチェックカウンター』。不意をついて現れた脅威を排除するために、チルの体はしなやかな無駄のない捻りとともに回し蹴りを放つ。飛来したものの中心を正確に捕らえた蹴りによって、起動が逸れ重い地鳴りとともに壁にヒビをいれたのは、キラージェイソンの巨体。

 

「ちょ、こっちにちょっかい出させるなって言ったじゃない!」

「ごめんごめん、意外と簡単に吹っ飛んじゃって」

 

 まったく悪びれた様子のないフユキに対し、チルは額に青筋を浮かべながら怒鳴る。というより、キラージェイソンはフユキに吹き飛ばされた上にチルに手加減なしの蹴りを喰らっているのだ、加害者というよりむしろ被害者である。

 目の前の光景を呆然と見ていたリーシャは、自分も戦うという意思よりも、目の前のふたりの存在を強く認識する。

 強い。強すぎる。リーシャにとって、キラージェイソンとは圧倒的な強者であり、仲間を抵抗も許さず殺した仇である。それが、まるで遊んでいるかのような余裕を見せるフユキに吹き飛ばされ、あげく吹いた風がわずらわしい程度のノリでチルに蹴飛ばされている。認めたくないほどに、二人の強さは常軌を逸していた。

 

「はいこれ、君のでしょ」

 

 チルの怒鳴りに苦笑いを浮かべながらリーシャに歩み寄ったフユキは、弾き飛ばされていた白銀のレイピアを持ち主へ手渡した。

 

「ありがとう……ございます……」

「さ、キラージェイソンも動けないし、今なら安全に帰れる」

「後ろにしばらく歩けば壁に穴があるから、そこを真っ直ぐ行けば外出れるわよ」

 

 キラージェイソンの方へと目を向けると、筋肉を寄せ集めたような巨体はピクリとも動かない。死んでいてもおかしくない状態である。チルとしてはやる気になった途端敵がこんな状態になるのは若干空回り感があるのだが、そのことは気にしない。

 さらにリーシャは、チルの言葉に記憶を探る。確か、この洞窟は入口から複雑にいくつもいくつも道が分かれた迷路のような構造になっている。リーシャも手探りでここまでたどり着き、そしてキラージェイソンと遭遇したのだ。真っ直ぐ進んだだけで外に繋がる道など……。

 そんなリーシャの心を察したのか、フユキが口を開く。

 

「あぁ、チルがどうしても急ぐって聞かなくてさ。気配で君のいる方向を探って、壁を壊してここまで一直線に来たんだよ」

 

 んな無茶苦茶な!

 リーシャはそう叫びたくてたまらなかった。洞窟の壁を壊して突き進むなど、前代未聞である。壁を一つ壊すだけでもどれだけの時間がかかるかわからない。それを壊した方が普通に行くより早いなんて暴論で行うなど、常識外れにも程がある。

 

「にしても、意外と弱かったなぁ」

 

 そんなことを呟きながら、フユキはキラージェイソンもとへ行きツンツンと剣の先でつつく。それに一切の反応を示さないことと、索敵スキルによる気配がほとんどないことを確認するとフユキは、「僕達も帰る?こいつ引きずって」とチルに提案した。

 しかし、それに対するチルの返答はなく、険しい目付きで枝分かれしている洞窟の奥の道の一つを見つめていた。

 

「何か来る」

 

 その一言と共に、フユキはリーシャを守るように移動し、チルもダガーを構え直す。リーシャは戻ってきたレイピアを片手に、グレートポーションによって回復した体を動かし立ち上がると、警戒したように正面で構えた。

 奥から近づいてくる気配に、チルは目を細める。数は十二ほど。こんなに多くの気配を今まで見逃していたのだろうか。壁越しにリーシャの気配を探り当てることのできた性能を持つ索敵スキルにそんなことがあるとは思えなかったが、事実起こりえてしまっているのだから受け入れるしかない。

 しばらくして、奥の暗闇からいくつかの炎が見え、次第にそれによって照らし出される人影が現れた。

 現れた人影は、皆統一された赤い鎧を身に纏い、鎧の胸には空を舞う鷹の紋章が描かれている。顔は兜に隠れて見えないが、がっしりとした体格をしている。統一されているのは鎧と兜だけのようで、それぞれが装備している武器は剣や斧、杖とバラバラだ。

 

「貴様ら、何をしている」

 

 鎧の集団の先頭を歩く隊長らしき男が、しわがれた声でそう言った。敵意は無いようだが、立ち入り禁止となったはずのこの洞窟にこれだけの大人数がいるのはおかしく思えた。

 問いに対する答えを返そうとチルが口を開きかけた時、フユキの上げた手によって止められた。そして、フユキが口を開く。

 

「僕達はギルドの依頼を受け、この洞窟に特殊魔物個体ネームドモンスターの調査に来た冒険者です」

 

 そう言って、フユキは首に提げていた冒険者の証を掲げる。

 フユキはチルに向かって小声で、

 

「あの紋章、レンブルグ王宮騎士団だ」

 

 その名に、チルは商人たちから素材を買い集めているという組織であることに気づく。

 

「冒険者だと?」

「はい、後ろの二人も冒険者です」

 

 フユキの言葉に、隊長らしき男の兜の向きがチルとリーシャの方へと向く。

 しばらく値踏みするような視線と沈黙が場を支配した後、男が言う。


特殊魔物個体ネームドモンスターとは、そこで倒れているあの魔物のことか?」

「そうです。たった今無力化したところです」

「そうか……あの魔物を倒すか……」

 

 漏れ出た男の呟きに、チルが口を開いた。

 

「あの魔物って、遭遇したことがあるの?こいつに」

「…………」

 

 チルの質問を、男は無視する。

 

「その魔物にはまだ仕事をしてもらわねばな」

 

 男は、後方に控えている仲間に手で合図を出すと、杖を握った騎士が三人の横を素通りし、倒れるキラージェイソンのもとへと近づいた。

 

「なにを……」

 

 フユキの言葉を遮るようにキラージェイソンに近づいた騎士は、腰から抜いたナイフで筋肉質な胸の中心を抉った。それにキラージェイソンが反応した様子はなく、次に懐から紫色の濁ったビー玉のようなものを取り出すと、胸の傷口の中に押し入れた。

 作業を終えた騎士が隊列に戻ったのと同時に、それは起こった。

 倒れていたキラージェイソンから骨が砕けるような音が連続して鳴り、肉が引きちぎれる耳の痛くなるような音が続いて響く。

 

「すまないな。我々を見た者を残すわけにはいかないのだ」

 

 そんな言葉が聞こえた頃にはもう、騎士団はもう一本の道の奥へと消えていた。

 

「ちょ……まじ……?」

「どんどん気配がでかくなってる……」

 

 去っていった騎士団を気にしている余裕は、チル達にはなかった。

 先程まで焚き火の燃えカスのように小さかった気配はぶくぶくと膨れ上がり、突然現れた闇のオーラが生きているかのようにキラージェイソンに巻き付く。次第にオーラは蛇のような形へと変化し、すぐ近くの筋肉を待ち望んだ褒美とでも言いたげに噛み付いた。溢れ出る血は黒く、腐敗した汚物のような臭いを発している。

 

「フユキ!」

 

 チルの声と共にフユキの姿が一瞬ブレる。地面スレスレを飛行するように駆けたフユキは、殴り上げるように剣を振った。さらにそれを追いかけるようにチルは空を蹴る。特殊技能である多段跳躍の力を使い天井近くまで舞い上がったチルは、フユキの斬撃の軌道と交差するように『アサルトヒット』を繰り出した。

 明らかに異質なキラージェイソンの様子。チルもフユキも、敵は変身する前にぶっ飛ばすという思考の持ち主なのだ。

 しかし、そう思うようにさせてくれないのも強敵の厄介な点である。キラージェイソンにまとわりついていた黒い蛇のようなオーラは、迫り来る二つの刃に噛み付いた。霧のような見た目に反しその力は強く、牙に挟まれた刃は固定されたかのように動かない。それどころか、柄を握る持ち主さえ振り回そうとし始めた。

 

「風よ、我がつるぎを疾風の刃とせよ!『付与エンチャント・ウィンド』!」

 

 次の瞬間、ヒュッという甲高い音が二度鳴り、チルとフユキの武器に噛み付いていたオーラの首が撥ねられた。

 噛みつきによる拘束が解かれた二人は、すぐさまバックステップによりオーラから距離をとる。そんな二人とすれ違うように現れた三つの風の斬撃が空気を震わせキラージェイソンの体を叩いた。だが、斬撃は小さな金属音と共に砕け散り、空気と一体となって消えてしまう。

 

「ありがとう、助かったよ」

 

 十分な距離を確保したフユキは、風の斬撃を放ったリーシャに感心したように礼を述べた。

 礼を受けたリーシャは悔しそうに、

 

「いえ、私程度じゃ傷一つつけれず……」

「そうみたいね。でも、目覚ましのビンタくらいにはなったみたいよ」

 

 リーシャのすぐ横に着地したチルは、先程まで動かなかったキラージェイソンが周囲に黒い血を撒き散らしながら動き出す様子を見てそう言った。

 地面と壁の岩石を削るように体勢を起こしたキラージェイソンは、ダラりと脱力しながらオーラに噛み傷をつけられた二本の足で立ち上がった。最初に遭遇した時よりも大きくなった気配。仮面に唯一開けられた穴から見える目に生気は無く、糸で操られている人形のような印象を受ける。

 そして、変化は止まらない。

 沸騰したかのように身体中がブクブクと蠢くと、徐々に筋肉が合成されていくかのように増え、オーラによる噛み傷も塞がり、その大きさは一回りも二回りも大きくなり、決して狭くはない洞窟を塞げるほどのものへと変わった。さらに、体に噛み付いていたオーラは、今度はキラージェイソンの全身を包み込み、紫色の鎧へと変化。持っていた棍棒は残忍な斧へと姿を変えていた。

 

「これって、第二形態ってやつ……?」

「……にしては……強化され過ぎじゃないかな……」

 

 

 獣のような雄叫びが、洞窟に木霊した。

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