14話『頑強なる刃』

「チルさんって、綺麗な髪してますよね」

 

 昼食時を過ぎたフルートの建物の裏手。チルの髪を櫛で梳くローラから、羨ましげな声が盛れる。

 芝生の上に布を広げ、その上に置いた椅子の上にチルは座っている。

 ローラによる簡易美容室だ。

 ちなみにチルは先ほど寝起きで朝食兼昼食をとったばかりである。起きるのが遅すぎやしないかって?廃人ゲーマーに早起き求めるんじゃねぇよ。

 その昼食の席で、ギルドからクエスト指名されたことを話したところ、チルの髪を整えると張り切ったローラによってここが開室された。さすがに戦うことになる場所に向かうのに、腰まで伸びる髪は邪魔で仕方なかったためチルもお願いすることにし、現在に至る。

 もちろんカットありである。とはいえ、急にショートヘアにしようというわけではなく、切るといっても肩甲骨の辺りくらいまで。髪が長いままということに変わりはないが、動きやすさは段違いだろう。

 

「それじゃ、切っていきますよ〜」

 

 一言断りを入れたローラの手にあるハサミが、小さな音をたてながら動く。

 長い間放置されたことにより、成長を止めるものが無かった髪が少しずつ切られていく。なんだか新鮮な気分がする。

 ローラは今日まで一切他人の髪を切ったことがないと言っていたが、なぜか根拠の無い自信が満ち満ちているといった様子だったので任せることにした。意外にも手先が器用で、身を任せる側としてどこか安心できた。

 しばらくすると後ろを切り終えたのか、ハサミの位置が前髪へと移った。落ちてくる短い髪の毛が鼻先に当たってくすぐったい。

 すると、ローラが突然「あっ」と小さく声を出して固まった。

 

「え、なに、どうしたの?」

「い、いや、大丈夫ですよ〜」

 

 明らかに大丈夫じゃない。目がぐるんぐるん泳いでいる。

 再度動き出したハサミが心配で仕方ないが、一度任せてしまったのだ、例え失敗しても文句は言わないと覚悟を決め、吹っ切れることにした。

 程なくしてローラは「出来ました!」という言葉と共に、手鏡を渡してくれる。

 それを受け取り覗き込んでみると、伸び放題だった後ろ髪は肩甲骨の辺りで整えられ、前髪は眉にかかる程度の長さだが至って自然だ。もしかしたら元の世界の美容室に行くより、上手く仕上げてもらったような気がする。

 

「すごい、ありがとう。なんか途中不安な声が聞こえた気がするけど、全然そんなことなかった」

「えへへ、ごめんなさい、全体のバランス見ようとしたら想像以上に可愛かったもので……つい声が出ちゃいました」

 

 愛らしく舌を出すローラに、チルは安堵と気恥しさを覚える。褒められるというのに慣れていないのだ。

 

「それじゃ、最後にこうやって……」

 

 そう呟きながらローラは、櫛で間に残った髪を梳いて落とした後、ヘアゴムで髪を後ろにまとめて動きやすいようにしてくれる。

 これで激しい動きをしても髪が邪魔になることは無いだろう。


「にしても、冒険者の死者が出るほどの魔物なんて……ここらじゃ初めて聞くほど珍しいですね」

 

 簡易美容室の片付けを二人でしていると、不意にローラがそう口にした。

 

「そうなの?」

「はい、ここら辺の魔物ってせいぜいランクEがやっと、ってところです。四名もの冒険者の方の命を奪う魔物なんて、聞いたことないですよ。怪我をしたとか、死にかけたなんて話は聞きますが、実際に亡くなられた方がいることはありませんでした」


 少し暗い顔をして布を片付けるローラ。

 特殊魔物個体ネームドモンスターに関する情報は、昨日の夜氷王龍の洞窟封鎖の知らせと共に公表された。

 そによりギルドの掲示板からは氷王龍の洞窟関係のクエストは全て剥がされているため、それにより普段と違うクエストも増えることだろう。

 

「あのフユキさんとパーティーを組むチルさんが強いのはわかります。でも、絶対無茶だけはしないでくださいね」

「わかってる。大丈夫よ」

 

 心の底から心配を口にするローラに、チルは安心させるように返す。

 ローラとは出会ったばかりだが、不思議と長年の友達、というより妹のように感じる。

 チル自身、余計な手出しをするつもりはない。この世界に来て初めての仕事がこうも高難易度とは、あのクソ女神に文句を言ってやりたいが、そんなことよりまずは自分の身を守ることが先決である。幸い、フユキは守りを得意とする守護騎士ガーディアンだ。守ってもらうことは出来るだろう。

 一通り片付けを終え、宿に戻ろうと荷物をまとめていると、建物の陰からひょっこりとフユキが顔を出した。

 

「お、散髪終わった?」

「ちょうど終わったところ」

「だいぶイメチェンしたね」

「フユキさんダメですよ〜こういう時は『可愛い』って言わなきゃ。事実可愛いですし」

「いや〜普通なら言うんだけどね、僕が言うとなぜかチルは『気持ち悪い』って理不尽に蹴られるんだよ」

「だってあのフユキに可愛いとか……」

「あからさまに嫌そうな顔しないでよ……」

 

 ちなみに、照れ隠しとかじゃなくマジで嫌がってるあたり、悲しくなる。

 長い付き合いで、ほとんど自分の片割れのようになっている相手に可愛いと言われるとか、嫌すぎて死にたくなる。というのがチルの内心である。

 

「あ、でさ、チル」

 

 脱線した話を戻すように言うフユキに、チルは首を傾げる。

 

「テトラさんが呼んでる。チルの武器、完成したってさ」

「もうできたの!?」

 

 武器の作成を依頼したのは一昨日の午後。あと一週間ほど先だと思っていたのだが……

 ギルド経由で工房に来るよう伝えられたそうで、ローラの「いってらっしゃーい」の言葉を背に受けて、二人は例の裏路地にある工房に向けて歩き始めた。

 

 

 

 相変わらず昼間だと言うのに薄暗い裏路地を歩いていると、遠くで鉄を叩く音が聞こえてくる。その音を手繰り寄せるように進むと、目的の場所へとすぐにたどり着いた。

 鍛冶師テトラが構える店の表には、以前来た時と変わらず最高品質の装備が並んでいる。

 本来貼ってあるべき場所にない――――というより貼る気がない――――貼り紙に従って、そのまま工房へと足を運んだ。

 次第に大きくなる鉄を打つ音が、はっきりと眩しい火花を伴って確認出来る程の距離になると、作業台を前に高音に熱した鉄を加工するドワーフの後ろ姿が見えた。

 

「おう、ちょっと待っとれ」

 

 二人の到着を見ずにそう言葉を投げたテトラに、二人はその場でじっと待つ。

 鉄が打たれる度に弾ける火花が、一つの芸術としてしなやかに感性を刺激する。規則正しく打たれ奏でる音も、暗い室内で薄く光る鉄の赤い光も、全てがひとつの作品となっているようだった。

 前回来た時に感じたことと全く同じ。テトラは、間違いなく一級の鍛冶師だ。

 しばらくして打っていた鉄を水に浸けたじゅっという音の後、分厚いレンズのゴーグルを顔から外したテトラが振り向いた。

 

「来たなガキども。注文の品は出来とるぞ」

 

 前回とは違う、口調こそ荒いが対等な客としてのテトラの様子にチルが驚いている間に、テトラは奥から一本の短剣を持ってきた。

 作り自体は質素だ薄い布の巻かれた柄に、紺色の鞘。渡されると、今まで持った短剣の中で最も重厚な重さが感じられる。

 テトラに促されて鞘から引き抜いてみると、分厚い刀身は横幅もそこそこある。切っ先も細く尖っているというより、横に広がった刀身を先端で纏めたといった感じだ。

 

「そいつの名は『ソクレイトダガー』。秘宝級じゃ。攻撃力や使い勝手よりも耐久性を突き詰めて設計してある。恐らくお前さんに合った武器、とはいかんが、お前さんの力に耐えることはできるじゃろう」

 

 テトラの説明に、チルは手に馴染ませるように持ち直した。


「フユキ」

「はいはい」

 

 チルに呼ばれ、フユキは持ってきていた大盾ガーラルムを構える。

 試し斬り……と言うと聞こえは物騒であるが、フユキ相手であれば全く問題ない。という幼なじみ想いの欠片もないチルは、ソクレイトダガーを腰を低くして構えた。

 テトラが数歩下がったのを確認してから、スキルを発動させる。

 何度かスキルを発動させたおかげで、この世界でのスキルの扱いはだいぶ慣れてきた。少なくとも、誤発によって被害を出してしまうようなことはないだろう。体を使った格闘スキルならともかく、武器という慣れないものを使ったスキルというのは、扱いにくいと思っていたのだが、そうでもないらしい。


 『アサルトヒット』

 

 横なぎの一閃は、闇夜の衣を纏ってガーラルムに衝突する。

 激しいスパークを撒き散らしながら、互いに後ろに押される。漏れ出た衝撃波が、工房の壁を叩いた。

 

「……まだ、周囲へ威力が漏れ出とるな」

「違和感というか、自分の思い通りに動いてくれないところもある。でも……」

 

 スキルが終了した後に、自分の手の中にあるソクレイトダガーに目を向けると、頑丈な短剣はその強度によりチルのスキルを耐え切っていた。これなら、十分実戦で扱える。

 

「ありがとう。これで戦えそうね」

「じゃが、いくら頑丈とはいえ限界はある。連戦に耐え切れるかの保証はできんぞ」

「大丈夫ですよ。できる限り僕が守りますから」

 

 自信たっぷりなフユキの言葉に、テトラは頷く。

 神器を扱う守護騎士ガーディアンと共にいれば、少なくとも武器を使うのは攻撃の時だけに集中し、防御としての使用は守ってもらうことである程度は回避出来る。

 そういった状況であれば、問題ないだろう。

 

「それで、代金の方なんだけど……」

 

 チルが、最も不安にしているお金のことに関する問題を口にする。

 現在手元にある現金は緊急ギルドクエストの前金として受け取った金貨百枚を、フユキと山分けにした金貨五十枚。

 世間的には大金を持っていることになるのだが、テトラの作った装備はそんな金額を嘲笑うかのごとく高額だ。

 しかし、

 

「それについてはもう受け取っておる」

「受け取ってる?」

「あぁ、お前さんらを支援したいという物好きからな」

 

 実際は妹であるギルド支部長マドラに、請求書を送り付けただけなのだが。

 しばらく納得できないと、誰が払ったのか聞いてきたチルであったが、テトラが伏せ続けたため、諦めてありがたく厚意をいただくことにしたようだ。

 

「ほれ、もう行け。わしもまだまだ仕事があるんでな」


 手でしっしっと追い払うようにして言うテトラに、チルとフユキは「愛想のない人だ」とでも言いたげな視線を交わしあった後、もう一度テトラへと礼を述べてから、工房の出口へと歩き始める。

 無茶をするな。そう告げようとは思ったが、なぜかあの二人が再びここに戻ってくるような気がしたため、言葉を飲み込むことにしたテトラだった。

 

 

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 工房を後にした二人は、薄暗い裏路地を歩く。

 チルは初めて自分の武器として手の中にある短剣が嬉しいのか、鞘に納めたままくるくると手の中で遊ばせている。


「にしても、誰がこの短剣の代金払ってくれたのかしらね」

「僕達を支援したい人、って言ってたけど……」

「あのコーズって人とか?」

「コーズさんはそんなお金ないよ。というか、僕に借金してるし。銀貨三枚だけだけど」

 

 そんな情報に、チルの中のコーズの評価が下方修正された。

 

「あとはエイルさんとかギルド支部長……はないわね」

「マドラ支部長はそんな粋なことする人ではないと思うよ」

 

 正解ではあるのだが、答えとは思えなかったため不正解である。

 特に答えらしい答えが出るわけでもなく、最終的には今日はフルートで早めの夕飯にしてもらおうなどと関係のない話をしながら、裏路地を抜ける。

 その時だった。

 

「っ!!」

「これはっ……!!」

 

 不意に周囲の時が停止し、空気が別世界に来たかのように変わる。場所は街中のままでありながら、世界の裏側へと飛ばされたかのような異質な空間への変わっていた。

 遠くから聞こえていたはずの人々の活気ある騒がしさは遠くへと走り去り、チルとフユキの声だけが鈍い反響で異様に際立って聞こえる。

 チルは短剣ソクレイトダガーを、フユキはアロンダイト大盾ガーラルムを即座に構えた。

 すると、背後からはっきりとしたヒールの足音が突然現れ、二人は驚きながらも自分の力ステータスを発揮した素早さで振り向いた。

 

「驚かせてしまって申し訳ありません。私は敵ではない、どうかご安心を」

 

 チルとフユキが振り向いた先にいたのは、一人の女性だった。

 シワ一つないスーツを着て、四角いメガネを少し高い鼻に乗せるようにかけた短い黒髪の女性。仕事ができるキャリアウーマンを絵に描いたような人だ。

 

「何者?」

 

 チルのその問いは、相手がただ者で無いという直感に従い発せられたものだ。

 この世界に来て得た力の一つである、敵の位置を探る索敵スキル。周囲の気配を無意識に拾い上げるスキルのため、人の多いところでは意識的に発動を抑えていたが、その意識を解放することで一気にチルの中に気配が流れ込んでくる。

 周囲100メートルの気配を掴み、チルが把握しようとした瞬間、驚きに固まることとなった。

 

 ――――こいつ、どんだけ気配デカいのよ……!!

 

 チルが驚くのも当然である。

 目の前の女性は、己の気配だけで他の気配を塗りつぶす程の存在感がある。

 別世界に飛ばされた、と思っていたのだが実際は時が止まっているだけ。そのため、女性の気配に紛れて薄らと動きを止めた気配は感じられるが、掴みどころのない霞のように不安定だ。

 

「何者……その問いをされたのは随分久しぶりな気がしますね……」

 

 女性はチルの問いに感慨深そうな表情をした後、メガネを指で押し上げ位置を整えると、

 

 

「私の名はアリシア。創世神イシスの使いであり、この世界の調和を保つ者です」

 

 

 

 

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