13話『復讐は否定しない』

「あ、あの!!」

 

 突然かけられた声の主は、先ほどギルド支部長の部屋にいた少女、リーシャだった。

 思い詰めたような目を真っ直ぐ二人に向けるリーシャに、フユキは首を傾げて、

 

「リーシャさん、だっけ?どうかしたの?」

 

 そう問われ、リーシャは意を決したように唾を飲むと、

 

「氷王龍の洞窟への調査クエスト、私も連れて行ってはくれませんか!?」

 

 リーシャの言葉に、チルとフユキは今日何度目かになる顔を見合わせるという動作をすることになった。

 どうしようかというチルの相談の視線は、任せるよという人任せなフユキの視線で応じられる。ちなみに、丸投げするなと恨めしげな目を向けたところ、スっと視線を外された。コノヤロウ。

 ため息をつきたいのをグッとこらえたチルは、リーシャの顔へと視線を移した。

 年齢は十五歳ほどだろうか。冒険者として危険に身を投じるのには若すぎるのではないかとも思ったが、この世界では歳が二桁になれば働き始めるのが普通らしいし、冒険者ギルドに登録できるのも十二歳以上らしいので珍しい年齢ではないようだ。可愛らしく整った顔は焦燥と悲愴によって病んだようにやつれ、身に纏った清潔な衣服の袖口から包帯と滲んだ血が見える。

 何かに駆り立てられたように赤い目をした彼女を見て、チルはこらえたため息が漏れ出そうで仕方なかった。

 

「わかってると思うけど、私たちは調査に行くのよ?」

「はい、わかっています」

「本当に?あなたの仲間の仇を取る気なんて、これっぽっちもないのよ?」

「………………はい」

 

 俯いたリーシャに、チルはついにため息が漏れ出てしまった。

 彼女の姿は、俯いた姿を見ている方が長いような気がする。実際、つむじの形も覚えかけている。

 

「私ね、昔から相手が何を考えているのか、大体わかるの。それをいいと思ったことは全くと言っていいほどないんだけどね」

「………………」

「そんなことができなくても、今のあなたが復讐に染まってることくらいわかる」

「………………はい」

 

 道行く人々は、道のど真ん中で立ち止まる三人を訝しげに見て通り過ぎていく。

 傍から見たら、チルがリーシャをいじめているように見えるだろうか。……見えるな、確実に。嫌な役回りである。

 

「悪いけど、そんな相手を連れて危険な場所に向かうなんてできない。あなたの考えなんて、直感だけでもわかるわ。あの支部長に、私たち二人のレベルを聞いて、もしかしたら一緒に戦えば倒せるかも、とか思ったんでしょ?」

 

 リーシャは俯いて答えない。いや、答えないことが答えといったところか。

 そういうやり取りが実際あったのだろう。あの支部長め、こうなることがわからないほど馬鹿な人間には見えなかったから、こうなるとわかってやりやがったな。

 

「復讐しか頭に無いようなのと、一緒に戦うなんて私には出来ない。復讐なら他所を頼りなさい」

 

 そう言い残して立ち去ろうとするチルに、リーシャは震えた声で、

 

「初めての…………初めての仲間だったんです……!!」

 

 再び上げられた彼女の瞳には、今にも零れ落ちそうな涙が溜まっていた。

 

「右も左も分からなくて、困っていた私を、笑顔でパーティーに入れてくれた、初めての仲間で、友人だったんです……!!そんな人達が、目の前で死んでいく……生き残った私が復讐するのは、当たり前じゃないですか!!」

 

 果たしてそれは、決意の言葉と取るべきなのだろうか。

 仲間を想う心、死を悔やむ気持ち、立派だ。人としては満点だ。

 でも、チルにはそれが、酷く歪んで見えた。

 なぜなら、

 

「じゃあなんで、私達に頼るのよ。自分の復讐でしょ?自分でケリつければいいじゃない」

 

 チルはリーシャに近付くと、しっかりと目を見て、

 

「いい?あなたの今しなきゃいけないことは、復讐を考えることでもない、背に隠してもらえる強者を探すことでもない、落ち着くことよ。大切な仲間のために復讐する?立派かもね。でもね、まずはその大切な仲間に生き残らせてもらった命を、大事にするのが先じゃないの?」

 

 チルの言葉は辛辣で、それを受けたリーシャの心を深く抉った。言葉を失い、再び俯かねばならないほどに。

 

「私はソロだったけど、今まで色んなやつと組んできた。レイドやレギオンレイドも何度も経験した。でもね、最後に背中を任せるって決めたのはたったの八人よ。自分の心の管理プレイヤースキルの足りないやつと、肩を並べて戦う気は、これっぽっちもない」

 

 投げつけるように言って、リーシャに背を向けてチルは歩き出す。

 その後を追うように歩くフユキは、リーシャの姿が見えなくなるほど離れてから、

 

「ちょっと強く言い過ぎじゃない?」

「ああいう他のことで頭いっぱいのやつには、こんくらいしなきゃ伝わんないわよ」

「そうだけどさ……」

「でもあの子、一度も『強いんだから何とかしろ』なんて言わなかった。そこだけは、認めていい」

「あぁ、チルその言葉大っ嫌いだもんね」

 

 『強いんだから何とかしろ』。その言葉は、チルが最も嫌悪感を抱く言葉だった。

 ゲーム内で、チルのことを高レベルプレイヤーだと知ってパーティーに誘ってきたプレイヤーのほとんどが口にする言葉だ。

 自分で何をするでもなく、ただただ人に任せてその恩恵にしゃぶりつこうとする者の言葉。

 私は、お前らのために強くなったんじゃない。

 そう言い返したくてたまらなくなり、数分後にはログアウトして二度と関わらないようにしていた。

 だがリーシャは、一度もそんなことを口にしなかった。

 それはつまり、チルとフユキの力を頼りながらも、自分で復讐を遂げるという意志があるということ。

 

「けど、結局私たちが関われば戦闘であの子の出る幕はない。無駄な保護対象がいながらまだ慣れてもない戦闘を強敵相手にする。そんなクソムズゲーやるほどマゾじゃないわよ」

「いいじゃんクソムズゲー。僕は好きだよ」

「うるさい。誰でもあんたみたいに身も心も守護騎士ガーディアン向きの生粋のマゾじゃないの」

「ちょっと待って、チルって僕のことそんな風に思ってたの!?」

「何、今さらでしょ」

「いやいや、サラッと流さないでよ!」

 

 その後、フユキの叫びは全て無視されるのであった。

 

 

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「よろしかったのですか?マドラ支部長」

 

 リーシャが飛び出すように出て行き、開けっ放しになっていた扉を閉めながら、エイルは呆れたように言った。

 

「よろしいも何も、冒険者のやることは縛ることは出来ないだろ。何せ、自由の象徴なんだから」

「ですが、リーシャさんは間違いなく『キラージェイソン』を討伐しようとしますよ?命にかけても」

「だからあの二人を今回のクエストに指名したのさ」

 

 茶の片付けをしながら、やっぱりかとエイルは半目でマドラを見る。

 

「まさか、あの二人に『キラージェイソン』討伐をやらせる気ですか?フユキさんはともかく、チルさんは昨日冒険者になったばかりですよ?」

「さぁね。昨日フユキが受けたクエストはなんだったかな?」

「ガレオンベア六体討伐です」


 討伐証明部位として目玉をくり抜いてくるというグロい光景は、記憶に新しいところだ。

 

「ほぉ、ガレオンベアねぇ……確かガレオンベアのランクはB。ここらでは一番強い魔物だったね」

「はい、生息地は街からかなり離れてはいますが、我がギルドの担当地域です」

「それを六体も一人で討伐、それも半日かからず……レベルの高さも実力も、間違いなくランクS、最上級だ。たかが特殊魔物個体ネームドモンスターごとき、討伐できない方がおかしいさ」

「確かにそれは否定しません。ですが、だからといって無理な期待をするのは――――」

 

 エイルの言葉は、乱暴に開かれた扉の音で遮られた。

 開かれた扉の前に佇んでいたのは、ずんぐりとした体型に髭でおおわれた顔の背の低い男。見るからにドワーフだ。

 慌てて対応のためにエイルが駆け寄ろうとしたが、マドラの無言で上げられた右手に動きを止める。

 

「なんじゃ、いきなり呼びつけおって。わしは暇ではないんじゃがな」

「そう気難しいことを言うんじゃねぇよ。俺とあんたの仲じゃないか」

 

 そんなやり取りをする二人に、状況が飲めないエイルは、

 

「あの、マドラ支部長、この方は?」

「あぁ、エイルには言ってなかったか。俺の兄さ」

 

 返ってきた答えに、エイルはマドラとドワーフの男を交互に見て固まる。

 兄?ドワーフが?しかし、マドラは見るからに人間である。

 

「腹違いな上に、百も歳が離れとるがな」

「でも呼んで直ぐに来てくれるあたり、妹思いじゃないか」

「お前が緊急事態だと急かす使いを寄越したからじゃ。ほとんど引っ張られるように連れてくるとは、非常識すぎるとは思わんのか」

「中々いい腕だったろ。コーズって言うんだぜ、使いに行かせた冒険者は」

「そんなことはどうでもいい。なんの用じゃ」

「そう急くなよ、テトラ兄さん」

 

 マドラが呼んだ名に、エイルはハッとしてマドラの顔を見る。

 テトラとは、先ほどチルが口にしていた鍛冶師の名だ。

 

「少し頼みがあってね。兄さんのところに、チルって客が武器を依頼してるだろ?」

「依頼されとるな。素材不足のせいで思うように進んどらんがな」

「それ、明日までに完成させてくれないか?」


 唐突なマドラの言葉に、テトラは眉を寄せる。

 

「なぜじゃ?」

「どうってことはないさ、その武器が完成しないと彼女が緊急ギルドクエスト遂行に動くことが出来ない。それだけじゃ」

「緊急ギルドクエストじゃと?」

 

 疑問の声を上げるテトラに、エイルはチル達に渡したのと同じ『キラージェイソン』について書かれた紙を渡す。

 

特殊魔物個体ネームドモンスターじゃと?しかもガレスの住処か……」

 

 最近衰弱期が近づいているガレスのすぐ近くで発生した特殊魔物個体ネームドモンスター。関係性を疑わないという方が無理な話だ。

 しかし、今この情報を教えてきたということは……

 

「まさか、討伐させる気か?」

「俺が依頼したのは、あくまで調査だ。その過程で討伐されたのであれば、それに越したことはないがな」

 

 相変わらず、本心を隠す気が微塵も無いなこの小娘は……

 マドラはドワーフと人間のハーフであるため、長大な寿命を持つ。既に年齢は二百を超えているのだが、それよりもテトラは百も年齢が上で、さらにはテトラにとって腹違いとはいえ妹であるマドラは十分小娘である。

 

特殊魔物個体ネームドモンスターの討伐は、調査を重ねた上で王都の上級冒険者が討伐にあたる。商工の要の都市であるとはいえ、こんな地方の街の冒険者が手を出していい問題ではないじゃろ」

「そうだな。確かにそうすべきだ」

 

 反論する気がないのか大きく頷くマドラは、しかし強い意志を持った顔で立ち上がった。


「だが、この街の冒険者が殺されたんだ。これはうちのギルドが倒すべき相手。この街が受けた傷はこの街の力で返す、それが俺のやり方だ」

「そのために、また新たに冒険者が殺されるとしてもか?」

「なぁに、死にゃしないさ。そうならない人選をしたからな」

「確かにあの二人は強い。片や神器を使いこなす者、片やその強さ故にあらゆる武器がついていけなくなる者じゃ。じゃがな、決してお前が使っていい駒ではないんじゃぞ?」

「自分の力でやり返す、そんなことが出来るのは若い連中だけさ。俺たちのように長い年月を生きた者は、それを時に導き、時に利用し、後押ししてやるのが仕事だからな」

「ふん、そのためにわしの作った装備までも利用しようというのか?」

「タダでやってくれとは言わない。相応の礼金は払うつもりだ」

「金などどうでもいいわい。例え渡されたとしても、明日すぐに完成は無理じゃ」

「ほぉ、速さと性能が売りの鍛冶師から、無理の言葉が出てくるとはな」

「どんな名匠であっても、打つ鉄が無ければ刃は作れん。レンブルグ王宮騎士団を名乗る者達が素材を買い占めているのを知らんわけじゃないじゃろ」

「あぁ、知っているさ。それに関するクレームが山のように来るからね」

 

 事実、この数日で街の職人から来る素材の買い占めによるクレームは後を絶たない。その職人から製品を仕入れて売る商人が同じように苦情を口にし始めるのは時間の問題だろう。

 素材を売る業者にとってはいい顧客かもしれないが、それによる経済的損失は大きい。

 だが、マドラはレンブルグの大臣とも繋がりを持つが、その程度の経済的影響も考えられない馬鹿はいないはずだ。

 しかし、今そんなことを気にしても、すぐにどうにかできるわけではない。

 

「今日呼び出した理由は実はもう一つあるんだ。エイル、そこの棚に入ってるのを持ってきてくれ」

 

 そう指示され、エイルは部屋に備え付けられている棚の引き戸を開けると、大きな布で包まれた何かを取り出すと、テトラの目の前に置いた。見た目通り、かなり重い。

 テトラが包みの結び目を解くと、ふわりと花開くように広がった布の上に、メロンほどの大きさの虹色に輝く鉱石が乗っていた。

 

魔鉄鋼ミスリルか。しかも相当の純度で魔力が染み込んどるな」

「高純度魔鉄鋼ミスリルさ」

「どこでこんなものを?」

「ヘソクリみたいなもんさ」

 

 そう簡単に手に入るような代物ではないが、相手はギルドの支部長だ。ヘソクリで高純度魔鉄鋼ミスリルを持っていてもおかしくない…………はずだ。

 

「これで作れと言わんとしているようじゃな」

「これで作れと言っているんだよ」

 

 憎たらしい笑顔の妹にため息を吐いたテトラは、包みを結び直すと引っ掴んで再び扉を乱暴に開けた。

 

「明日までに完成させればいいんじゃろ?」

「あぁ、頼む」

「請求書はきっちり送り付けるからな!」

 

 そう声を荒立ててドカドカと部屋を出ていくテトラの後ろ姿を見送って、マドラは一仕事終えたとばかりにわざとらしく汗を拭うフリをする。

 …………というか、やっぱ金は要求すんのかよ

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