11話『料金は要相談』
「すご……」
「うわ……」
扉の先で、二人は感嘆の声を上げることになる。
そこに広がっていたのは、壁一面に飾られた装備の数々。
刃物から鈍器はもちろん、鎧や盾なども取り揃えられている。
その品数は通りで見たどの店よりも多く、そして、全てが業物であり、その存在感だけで圧倒されるほどだ。
「さてと……どれが合うかの……」
そう呟きながら、テトラは短剣が飾られている一角へと歩いていった。
きらびやかなものから、無骨なものまで。短剣だけでもその種類は多岐に及ぶ。
「一応表に置いてあるのは上位級のものなんじゃが、こっちの部屋に置いとるのは秘宝級まである。お前さんにあった装備もあるじゃろう」
木箱の台に乗りながら、壁の上の方に飾ってあった短剣に手を伸ばしながら、テトラは言う。
台から下りたテトラの手には、赤い柄に深緑の鞘の短剣。鞘の幅から見るに、中々に小ぶりだ。
「『シャープネスダガー・打ち直し』上位級。そこらで売ってるシャープネスダガーとは、刀身の強度も切っ先の鋭さも違う。本来、シャープネスダガーはその細い刀身のせいで、斬撃のような横の衝撃に弱く、すぐに折れてしまうんじゃが、これは幅はそのままに、刀身の厚さを変えて強度を高めている。さらに切っ先にフレアグリズリーの爪を散りばめることで、貫通力においてはずば抜けとる」
「フレアグリズリーって……確かイニヒェン山脈の山頂付近に住み着く、Bランク相当の高レベルな魔物じゃないですか」
この世界の魔物について、チルよりも詳しいフユキには、その凄さがわかったようだ。が、そんな知識のないチルには、最初の店で見たやつを強化したやつ、くらいにしか思えない。
テトラに渡され、鞘から引き抜く。
テトラの言った通り、刀身は細いが分厚く、切っ先は光に当てられるとたまに朱色に輝いていた。
重さは小ぶりなくせに、ずっしりとした確かな手応えを感じさせてくれるくらいだ。
「さ、その場でスキルを使って振ってみろ」
「えっ……いや……でも……」
「不安そうにせんでもここはそう簡単に壊れん。もし心配なら、おい、坊主」
テトラに呼ばれ、長剣に目を向けていたフユキが慌てて向き直る。
「お前さんの剣より上等なもんは、残念ながらこの店にはない。そんなことより、お前さん
少し挑発するようなテトラに、フユキは苦笑いを浮かべながら、後ろに背負っていた盾を構えながら、チルの目の前に立った。
「思いっきりどうぞ」
チルの攻撃に耐える自信があるのだろう。余裕綽々で盾を構えるフユキに、少しイラッときた。
「ほんと、どうなっても知らないからね」
一言そう言うと、チルは最初の店でやったように、逆手で短剣を持つと、腰を低く構えた。
自分の使いたいスキルを、ゲームで画面越しに見たようなイメージでいいので、頭に思い浮かべる。次に、そのイメージに沿って、体を動かす。たったそれだけで、あとは体が勝手に動いてくれる。教科書通りの決まった形で。しかし、その場の体制などに臨機応変に適した、最適な動作を。
『アサルトヒット』
薄闇のオーラを纏った短剣が、猛烈な勢いで空を駆け、フユキの盾にぶつかる。
激しいスパーク。
次の瞬間、チルとフユキは、同時に吹き飛んだ。
吹き飛んだといっても、実際は仰け反りながら一メートルほど後ろへと押されただけだが。
過去最高に完璧にスキルを発動できた。
そんな喜びがチルの心にあったのは一瞬のことで、すぐにどこか傷つけてしまっていないか確認するために、目を走らせる。
しかし、周囲には傷らしい傷はなく、強いて言うならさっきより埃が舞っている程度。
「いったぁ……腕が痺れてるよ」
おかしそうにクスクス笑いながら、盾を持っていた左腕をブラブラとさせながら、盾を背中に戻すフユキ。
「あ……盾、大丈夫だった?」
「僕の心配じゃなくて盾の心配をしてくるとこチルらしいけど、僕はものすごく悲しいよ」
そんなことを嘆くフユキも盾も無事らしく、ひとまず安堵である。
……しかし、
「やっぱり、ちょっと違和感がある」
素直な感想を述べた。
確かに、スキルは過去最高の出来で発動できた。
だがそれは、過去に行ったものと、それを試した武器が劣り過ぎていただけである。
ほかと比べればましだが、それでも違和感が無くなった訳では無い。
「そのようじゃな。それに、シャープネスダガーが悲鳴をあげとるわい」
そう言ってテトラが指さしたのは、チルの右手。そこには、チルに握られていたシャープネスダガーがある。
しかし、それは最初に手にした時と変わらなぬ姿、とはいかなかった。
刀身にはヒビが入り、時々赤く輝いていた切っ先も、どこか輝きが弱くなっているように感じる。
「あ……ごめんなさい……」
「いや、いい。わしの鍛え方が、お前さんのように力ある者が使うには足らんかった。ただそれだけじゃ」
テトラはチルからシャープネスダガーを受け取ると、まるで労うように隅の木箱に優しく入れた。
「あの……弁償とかって……」
「そんなものはせんでいい。なぜこちらの技術が至らなかったせいで起きたことを、客に弁償させにゃならん」
向上心の塊のような言葉だ。客のせいで壊れたわけではないことを深く理解し、自身が作った物を信じているのだろう。
鍛冶師という者に、チルはテトラ以外に会ったことは無いのだが、恐らく彼ほど鍛治師として尊敬出来る者はいないだろう。
「それに、気を落とさんでも別に捨てやせんわい。もう一度溶かし、また新たなものへ作り変える。素材を生かすも殺すも、それを使う者じゃ。文字通りな」
そう言いながら、テトラは再度壁にかかった短剣を選び始めた。
数分して、テトラが手に取ったのは、柄も鞘も真っ白の短剣。先程のシャープネスダガーよりも大ぶりだ。
「さっきお前さんがスキルを使った時、衝撃が外へ漏れ出ていた。本来あのスキルは周囲も巻き込むようなものではないんじゃろ?それが漏れ出ていたということは、つまりは上位級の武器であっても、お前さんの力についていけなかったということじゃ」
テトラに言われ、チルは初めの店での一件に納得がいく。
短剣の延長線上の壁さえ切り裂いてしまったのは、おそらくその衝撃が漏れ出てしまったことによるものなのだろう。
性能のいい武器を使用したことで、先程はそう周囲に被害が出なかった。というわけのようだ。
「上位級でもだめなら、さらに上じゃ。ほれ」
手渡された短剣は、先程よりも重い。しかし、重すぎず軽すぎず、今まで一番しっくりくる重さだ。
「『ライトフェザーダガー』秘宝級。引き抜いてみぃ」
促されチルが短剣を引き抜くと、不思議なことが起こった。
羽のように軽い。短剣ではなく、体が。刃まで白い短剣は、変わらずずっしりとした確かな重さを感じさせるが、体はこのまま飛べてしまうのではないかと思うほどに軽い。
「刀身は
跳ばない方がいいと言いながら跳ばせるのもどうかと思うが、フユキは素直というか馬鹿というか、チルがまさか跳びはしないだろうとライトフェザーダガーを渡すと、「わ、ほんとに軽くなった」と言いながら、迷わず跳躍した。
鈍い音。そして埃が降ってきた。
「こうなりたくなかったら、室内では跳ばんことじゃ」
「あー、うん。さすがに部屋の装飾品にはなりたくないわ」
頭から天井に突き刺さったフユキの手から、ライトフェザーダガーを返してもらうと、構える。
そして、フユキの背後に回ると、背負われている盾に向かって、スキルを発動させた。
本日三度目の『アサルトヒット』。
正確に盾の中心を捕らえたその一撃は、フユキ天井から引き抜くことに成功したようだ。
「うーん、良いんだけど……」
過去最高に良い。それに、見たところ武器が損傷を受けた様子はない。
しかし、違和感が消えることはなかった。
「ふむ。しかし
「あの、ところでさ、これの値段って、いくらくらいなの?」
「ん?金貨二万枚じゃ。さて、どうしたもんかの……」
「い、いや、ちょっと待って!今聞き流しちゃいけないことが聞こえてきたんだけど!」
この世界での金銭感覚がまだ不明瞭なチルでも、最も価値の高い通過の金貨が二万枚というのが、リーズナブルなお手ごろ価格でないことくらいわかる。
それどころか、超高級品じゃなかろうか。
「ち、ちなみにさっきのシャープネスダガーは?」
「金貨五千枚くらいのつもりじゃったかな。そんなもの今はどうでもいいじゃろ」
「いやよくないわ!てか、どこにいい要素があったのよ!」
高級品が今手の中にあるというだけで恐ろしいのに、先程壊してしまっていた。恐ろしいを通り越して悟りを開きそうだ。
「なんじゃ、今さら金の心配をしとるのか?言ったじゃろ、お前さんらのような子供に支払えるものはないと」
「いや言われたけど!桁が違うのよ桁が!」
「ミ、
地面から聞こえてくる音が怪我しているような声に、チルとテトラが視線を向けると、
「生きてたの?タフね」
「僕はチルから心配の言葉をかけられたことが、一度もない気がしてきたよ。ていうか、あれくらいじゃ死なないよ」
「さっきスキル使っちゃったから、盾の安否だけ確認しといて」
「タフが故にもろに感じるこの痛みを、誰かにわかってほしいよ……」
床に突っ伏しながら肩を落とすフユキに、テトラは少しだけ同情した。少しだけ。自業自得だし。
「金のことは気にするな。うちは出世払いもありじゃ。この先少しづつ払ってくれればいい。わしの装備を使って死ぬなど、そうそうないからな」
自信ありげなテトラは、そう言いながらも頭を抱えた。
「うーむ…………さっきも言ったが、今この店にある素材の中では
「そういえばさっき、いつもはもっといい素材があるって言ってなかった?」
「あぁ、わしの店は素材専門の商人との付き合いもある。良質な素材は優先的に流してもらっとるんじゃ。だがな、少し前にレンブルグの王宮騎士団が根こそぎ買い占めていったそうなんじゃ。街へ来る途中の商人を検問するように積荷のほとんどを買っていたそうでな……」
「それって、問題あることなんじゃないの?」
「それがそうでもないんじゃよ。王宮騎士団の名前を出されれば、商人にとっては大口の客ということになる。なんせ、支払い元が国じゃからの。しかも、言い値で買っていったそうなんじゃ。驚きこそすれ大金が手に入って不満を言うものはおれんのじゃよ」
テトラの説明に、チルは納得したように頷く。
しかし、レンブルグというと今チルたちがいる国であり、世界三大大国と呼ばれるほど発展した国家である。わざわざ検問のように買い占めなくとも、一声発すれば商人の方から集まるのではないだろうか。
そんな疑問をチルが口にすると、テトラは唸りながら考え込むと、
「正確にはわからんが、ガレスの影響かもしれん」
「ガレス?」
聞きなれない言葉にチルが聞き返すと、テトラはまさか知らないのか?と驚いた顔をする。
すると、ようやく立ち上がったフユキが、
「氷王龍ガレス。この街の近くの洞窟を住処にしている
「そんな強力なのが、この街の近くにいるのって大丈夫なの?」
「氷王龍ガレスには知性があるからね。お互いに手出しをしないっていう条件で、人類と共存関係にあるのさ」
「そのガレス?が何か関係してるの?」
首を傾げるチルに、テトラは「確信は持てんがな」と前置きしてから、
「ガレスに限らず"古来種"と呼ばれる龍達は、二百年に一度急激にその力を衰えさせるんじゃよ。原因はまったくわからんが、一ヶ月ほど力を衰えさせてから住処を変えてまた強力な力を手にする。その時期を狙って討伐を試みる者たちがいるんじゃが……」
まさか、と思いチルとフユキは顔を見合わせる。
「確信は持てんと言ったじゃろ。しかし、"古来種"が現れたのは三千年も昔と言われておる。この二百年に一度の習性がいつ発見されたのかはわからんが、こんなにも長い年月で討伐されておらんということは、急激に力が衰えるといっても強力であることに変わりはないんじゃろ」
「確か、"古来種"のランクはSランク、でしたっけ?」
「そうじゃ。古代の文献ではレベル100を超える二十四人のパーティーが瞬殺されたという記録も残っているほどじゃ」
この世界での1パーティーのギルドに申請出来る上限人数は、《フェアリーラグナロク》のパーティー上限人数と同じ六人。
二十四人ということは4パーティーである。つまり、ゲーム的な言い方をするのであれば、
強力な魔物のほとんどは
しかし、それが瞬殺、しかもレベル100を超えるメンバーでその結果なのであれば、
ちなみに、チル達『龍の華』は、《フェアリーラグナロク》時代にたった九人で
「その二百年に一度のタイミングが近づいてきている、というのは間違いないがな」
「どうしてわかるの?」
「"古来種"の二百年に一度のタイミングは炎、地、氷、風の順で五十年ずつのズレがある。そして、わしが当時住んどった地域を住処にしとった炎王龍の力の衰えがあったのは今からちょうど百年前じゃ。順番通りならば、五十年前に地王龍に起こり、次にそれが起こるのは氷王龍ガレスというわけじゃ」
「百年前……」
「なんじゃ、わしはもう三百歳を超えとるぞ?」
ドワーフやエルフのような亜人達の寿命が長いのはファンタジーの常識ではあるが、三百年生きても五十年生きたおっさんみたいな感じなのは少し残念である。
「そのタイミングに合わせるように素材を買い占めているのが気になるわね」
「だね。レンブルグの王宮騎士団がガレスを討伐しようとしている可能性は、ゼロじゃなさそう」
「少なくとも、その買い占めのせいで今わしの所にはミスリル以上の素材はない。残念じゃがな……」
三人で肩を落とす。
王宮騎士団が何をしようとしているのかは、正直チル達の知ったところではない。しかし、それによる買い占めの影響が出てしまうのには困る。かといって、相手は国でありガレスが友好的な魔物であっても結局は魔物であるため、その討伐をしようとしている可能性があるだけで悪事を働いているわけでもない。
誰も悪いと言える相手がいない上に、例えいたところでどうしようもできないのだ。
「じゃが、最善は尽くそう。今ある素材で、お前さんでも扱える武器を作ってやる」
テトラにそう言われ、今日は店を出ることにした。
完成出来次第報告するとのこと。ローラとも顔見知りだそうで――――というか、たまに食事のデリバリーを頼んでいるらしい――――ローラ経由かギルド経由で教えてくれるということで、武器の注文が完了した。
もちろん、値段は異常な数字になるだろうが、ローンでどうにかすることにしたのだった。
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