10話『天才鍛冶師』

 幸い、弁償したのは砕け散った短剣の分だけだった。

 もちろんこれはフユキが支払ったのだが、チルは今後得たお金で必ず返すと約束した。

 なんだかんだで、こういったところは真面目で、この申し出を断ると鉄拳制裁されるのがいつものことなので、フユキは笑顔で頷いた。冗談や切羽詰まるとフユキを盾にするチルだが、それ以外は普通なのだ。

 しかし、先程の一件で、チルはかなり武器を振るということに躊躇いを持つようになった。

 フユキがいたから良かったものの、いなければ間違いなくチルは少なくとも二、三人は殺めていただろう。

 あれから何軒かメモに書かれた武具店を回ってみたのだが、どこでも試着をすすめらた。それをチルはおっかなびっくり、機械のような動作で受け取り、所々糸の切れたあやつり人形のような不格好な動きで、振っているのかわからないほど小さく振る。さらに、イメージも何もなく、頭を空っぽにしながらである。ついでに、フユキのスキルで結界を二重にも三重にも展開した上で。

 前輪にも後輪にも補助輪を付けているようなものである。

 それほどビクビクしながらの試着は、当然うまくいくはずもなく。さらに全て大して振ってもないのに、砕け散るというおまけも付いてくれば、チルが負のオーラを撒き散らして落ち込むのに、そう時間はかからなかった。

 

「不幸のバッドステータスでももらったんじゃない?」

 

 元気づけるためにフユキが言った冗談への反応もなし。普通ならここで、殺すつもりとしか思えないような拳や蹴りが飛んでくるのだが、そんな気配もない。

 いったい、何がダメなのだろうか。

 最初の店の一件で、力は込めないようにした。頭を空っぽにしたおかげで、スキルの誤発もない。

 それはいい。少なくともそのおかげで、武器が砕け散る以外のトラブルは無くなった。

 しかし、そうしたことで感じるようになった、違和感。武器そのものに違和感を感じるようになったのだ。持っただけではその違和感はない。その違和感は決まって、武器を振る時にあるのだ。

 そして、武器が砕け散る瞬間、なぜか拒絶されているようにも思えるのだ。

 いくら考えてもわからない疑問が、余計チルを落ち込ませた。


「もう帰りましょ」

「え?」

 

 急に立ち止まったチルに、フユキは驚いたように振り返った。

 

「もうこれ以上やっても意味が無いわ。どうせまた砕け散って終わりよ。いい加減あんたに弁償させるのも嫌だし、というかそれを後で返すと考えると被害は少ない方がいいわ」

「別に、弁償代くらいいいよ。大した金額じゃないし」

「嫌よ。あんたを締め上げてでも返すから」

 

 真面目なのに、言葉が怖い。

 

「まぁまぁ、最後の一件だし行ってみようよ」

「むしろ最後の一件になるまでに同じことの繰り返しなんだから、最後も同じよ」

「いいじゃんか。それに、今帰っても夕飯には早いし、やることないでしょ?」

 

 そんなのゲームですれば……という言葉が出かけたが、飲み込む。ゲームどころかパソコンもないこの世界で、どうやろうと言うのだ。

 まぁ、落ち込んだまま暇を持て余すのも嫌なので、チルは渋々頷いた。

 フユキはそれを確認してから、薄暗い路地へと歩を進める。

 

「ちょ、ちょっと。ここ大丈夫なの?」

「うーん、大丈夫じゃないかな。それにほら、ローラのメモはここを指してるし」

 

 そう言って手渡されたのは、ローラがくれた武具店のメモ。その裏側だ。

 ローラにどうしても気に入るものがなかったら。と言われていた鍛冶屋に向かっているらしい。

 店の名前は『テトラ』。ローラは他の全ての店名にさん付けをするという、律儀なことをしていた。

 つまり『テトラさん』と書かれいた訳だが、人の名前のように見えてしまう。

 その所在地はかなり細かく書かれている。大通りを抜け、さらにそこから枝分かれした道も抜け、そこから伸びる裏路地を通り、さらに裏路地の裏路地へ行くという、なんとも複雑だ。

 街の最奥とでも言えるような薄暗い道には、人一人いない。

 直に日が落ちるのか、赤みが増した空が少しばかりの光を路地へ供給してくれる。

 見たところ、全て建物の裏側で、店らしい店はない。ここだけ街から切り離されているようにも思えるが、不気味さは感じられない。

 すると、遠くで何かを叩くような音。

 

「ひぅ」

 

 おかしな声をあげ、チルはフユキの背後に隠れた。

 こう見えて、チルはホラーが苦手である。

 そんなチルに苦笑いしながら、フユキがさらに進んでいくと、音は次第に大きくなり、この路地に似合わない暖かな光が見えてくる頃には、はっきりとそれが金属を叩く音だとわかるようになっていた。

 

「つ、着いた?」

「みたいだね」

 

 看板も何もない。商店街の八百屋のような店構えのそこは、店頭にいくつもの武器が飾られており、どれも上等そうだ。武器というものを見慣れていないチルでさえ一目見て、表の通りに並んでいる武器とは一線を画す業物達が鎮座している。

 

「あのー!すみませーん!」

 

 フユキが店の奥に向かって叫ぶが、奥から聞こえてくる金属を叩く音は止まらない。

「あのー!!」

 

 フユキがさらに音量を上げて叫んでみても、結果は変わらず。

 二人で顔を見合わせる。

 再度声を出そうとフユキは息を吸い込む。すると、


「うるさいわい!入ってこい!」

 

 奥からしわがれた声が飛んできた。なぜか怒ったような声音だ。

 二人そろって店の奥へと、入って行く。

 店頭は武器が綺麗に整理され置かれていたが、奥に入ると一変。生活感丸出しというか、あまり人に見せられたものじゃないというか。一言で言えば、めちゃくちゃ散らかっていた。足の踏み場もない。

 通路なのに、なぜか床に積み上げられている鍋などの調理器具。まるで壁紙のように服が壁に張り付いており、なぜか全て子供サイズだ。それも、結構太ってる方の。

 しばらくそんな迷宮のような通路を抜けると、小さな工房へと入った。

 奥には赤く光を放つ炉。壁には色んなサイズの砥石、中央には金床が置かれていた。

 その金床の前に座る人影。後ろ姿なので、顔はよく見えない。

 小ぶりな金槌を片手に、金バサミで押さえた赤く燃える金属を叩いていた。

 高く、澄んだ音が響き、どんどん金床の上の金属は形が整っていく。

 その光景は神秘さが感じられる。一振一振が洗練されており、絶妙な力加減で金属を鍛えていく。

 本当の芸術とは、何の知識もない者を魅了するもの。チルは確信する。この人は、他とは違う。

 そこから三度ほど金槌を振り下ろした男は、まだ少し赤みがかった金属を、脇の水釜の中に放り込むと、人影が立ち上がり振り向いた。

 

「なんじゃお前ら。何の用だ」

 

 小柄な太った男。そう表すしかない。身長は130ほどだろうか、横幅はそれより少し小さいくらい。体の三分の一ほどの短い足の上には、ベルトの上に乗っかったでかい腹。さらにその上には、髭だらけで鼻から上しか見えない。そして、鼻から上は見事にぴっかぴか。毛の位置を上下間違っているのではなかろうか。


「ドワーフだ……」

 

 フユキのそう言うと、男はムッとしたように、

 

「なんじゃ、用がないなら帰ってくれ、張り紙も見ないで叫びおって。仕事の邪魔じゃわい」

 

 はて、張り紙とはなんのことだろうか。

 顔を見合わせる二人に、男は工房の壁に貼られた貼り紙を指さした。

 『御用の方は、そのまま奥へと進んでください』

 ………………そんな張り紙あっただろうか。

 

「あの、表にそんな張り紙なかったと思うんですが……」

「当たり前じゃろう。表にこんな貼り紙をしたら、わしの大切な作品から目が離れてしまうじゃろ」

 

 つまり、表には貼ってなかったと。

 …………………………

 

「いやわかるか!!」

 

 先程まで落ち込みモードだったチルでも、さすがに突っ込んだ。

 奥に進んでくださいという貼り紙を、奥に貼って誰がわかるというのか。

 

「え、えっと……ここは鍛冶屋テトラでいいんですかね?」

 

 目を三角にして額に怒りマークを浮かべるチルをなだめながら、フユキは男に確認する。

 

「わしの店に名前などない。じゃが、テトラというのはわしのことじゃな」

 

 そう訂正と肯定をする男、もといテトラは工房の隅にあった木造の丸椅子を二つ、二人の方へ投げ渡し、「まぁ座れ」とぶっきらぼうに言った。

 その二つをフユキは難なくキャッチすると床に置き、チルを座らせてから自身も席に着いた。

 

「それで、なんの用じゃ?ここは子供が遊びに来るところじゃないぞ」

 

 腕を組んで席へと座ったテトラは、威圧感のある眼差しを向けてくる。テトラの椅子は、背が低く、足が宙に浮いてはいない。

 

「実は、隣にいるチルの武器を探してまして」

 

 フユキの言葉に、テトラは品定めするようにチルを見る。

 そして、一息。

 

「職業は暗殺者アサシン、適性は闇。パワーとスピードはあるようだが、タフさは無さそうじゃな。冒険者には成り立て、最初の武器ってところかの。無難に短剣が最も良いじゃろ」

 

 テトラのその言葉に、二人は目を丸くする。

 まるでチルのステータスを知っているかのように、チルの特徴を言ってのけた。

 この男は、他の店とは違うことがはっきりとわかる。

 すると、

 

「わしの店をどう知ったかは知らんが、ここは初々しい新米冒険者のガキが扱えるような武器は無い。たとえあったところで、お前ら二人じゃ払えんじゃろ。まずは大通りで安売りされている装備を揃えた方がお似合いじゃ」

 

 まるで追い出すようなそのセリフ。いや、追い出そうとしているのだろう。

 しっしっと手で払うような仕草をされては、さすがにいい気分はしない。いつも通りのチルなら、少なからず不機嫌に噛み付くだろうが、今はどうやらそういう心境でもないらしい。

 ローラがどうしても無かったら、というように最後の選択肢として提示した理由も、これなのだろう。気難しい店主。確かにあまりかかわり合いにならない方が良さそうだ。

 しかし、だからといってここで、はいそうですかと帰るわけにもいかない。

 店頭の武器を見ただけで、この店の装備の質の良さはわかった。だからこそ、チルにあった武器が見つかるかもしれない。

 それがフユキの思いだった。

 

「少しだけでもいいので、この店の武器を見せてくれませんか?この街にある武具店を見て回ったんですが、合うものが見つからなくって。ここの武器でもダメならすぐ帰りますので」

 

 その言葉を聞いて、テトラの表情が変わった。少し嫌そうな顔から真面目な顔へ。そして何か考え始めた。

 

「合わなかった。というのはどういうことじゃ?満足のいくような性能のものがなかった、ということか?」

「いや、違うわ」

 

 落ち込みモードで、口数の少なかったチルが口を開く。

 

「試着して振るう瞬間、上手く言い表せないけどしっくりこないというか、すごい違和感を感じたの。それに、振った後はなんだか拒絶されてるみたいに砕け散るし」

 

 フユキにも話していなかった、チルの中の疑問をテトラにぶつけてみる。

 フユキは初めて聞いたことに驚いているようだが、テトラはさらに深く考え込んでいた。

 

「お前さん、冒険者になる時の適性検査での数字はいくつじゃ?」

 適性検査、というのはあの水晶玉に触れて測ったものだろう。忘れたい事故であったが、衝撃的であったがために、記憶ははっきりと残っている。

「265よ」

 

 誰もが驚いた数値。

 チルはそれを言えばテトラも少なからず驚くと思ったのだが、テトラは驚くどころか合点がいったとでも言いたげに頷いた。

 

「それは恐らく、武器がお前さんについていけなかったんじゃろうな」

「ついていけない?」

 

 テトラの言葉に首を傾げる。

 人が武器についていけないということはあるだろう。重さや大きさが合わなければ、上手く扱うことは出来ないだろうから。

 しかし、武器が人についていけないというのは、なんとも納得できない。

 

「あまり世間では知られていないがな、武器にも限界というものがある。それは一般的には耐久度や攻撃力などの性能だと思われるが、実はそうじゃない。これは武器に限らず防具などの装備全般に言えることじゃが、装備は使用者の力を無駄なく正確に発揮するための物、だからその装備を使用する者の能力が高すぎると、装備はそれについていけなくなり壊れてしまうんじゃ。装備の性能が最も発揮されるのは、観賞用として飾られている時でも、保管されている時でもない、使用される時じゃ。お前さんが武器を試着し、振るった時に武器はお前さんの力についていけなくなり、お前さんもその武器では自身の力を発揮出来ず、違和感と共に武器は壊れてしまったのじゃろう」

 

 それは、チルが考えたこともなかった話。いや、武器などとは縁遠い世界で生きてきたから、そこまで深い考えに至らなかったのかもしれない。

 だが、テトラの説明はチルの中の疑念を全て解決してくれた。

 能力が高すぎる。嬉しいことのなのかそうでないのかは、少し複雑なところではあるが、それでも落ち込むようなことではない。

 

「まぁ、そういうことじゃったら、追い払うこともないじゃろう。恐らくお前さんにあった武器は、少なくとも上位級は必要じゃろうな」

「じょ、上位級……?……って、なに?」

 

 聞き返したチルに、テトラは少し呆れたように嘆息する。

 

「お前さん、武器のランク分けも知らんのか。というか、お前さんらじゃな。そこの坊主もわかっとらんじゃろ」

 テトラに言われ、あははと誤魔化すように笑うフユキ。

 

「いいじゃろ、説明してやる。この世には装備の性能によって六つのランクに分けられる。簡易、一般、上位、秘宝、伝説、神器。簡易級は基本的には使われる事はないが、装備ならざる装備、性能が著しく劣っている装備には、このランクが付けられる。一般級はその名の通り一般的な装備じゃ。可もなく不可もなく、市場で流通する装備のほとんどがこの装備にあたるな。表の店に寄ってきたのなら、装備の名前と一緒に一般級だと言われたじゃろ」

 

 チルは思い返す。

 そういえばそんなこと言っていた気がする。

 

「上位級はその上。性能が一般級よりもさらに上の装備は、このランクが付けられる。高級品として取引され、大抵は持っているものの身分を示すために使われる」

 

 もったいないことよ……と悲しげに言うテトラ。

 

「秘宝級はさらにその上。市場で出回ることさえごく稀で、まず間違いなく市場に出された瞬間に世間は騒ぎ立てるじゃろうな。そして伝説級。これはほとんど国家秘匿レベルの、いわば兵器じゃ。一つあるだけで戦争そのもののの行く末を左右する、そんなとんでも装備じゃ。そして……」

 

 テトラはフユキを指さす。正確には、フユキの背負っている盾と腰に下げた剣。


「一目見てわかった。それが無ければ、わしはお前さんらの話を一切聞かずに追い出していたじゃろうな。神器級。神が作った最高峰の装備。歴史を書き換えるほどの強力な装備じゃ。気を付けたほうがよかろう、その装備が世の中に知れたら、間違いなく戦争が起きる。そういう代物じゃ」

 

 工房に静寂が流れる。神器。神が作った最高峰の装備。それは間違いではない。この盾と剣は、この世界の女神である、イシスによってこの世に持ってこられたものなのだから。

 

「さて、説明はこの辺にして、本題に入ろう」

 

 気を取り直したようにテトラが言うと、工房に広がっていた静寂が、緩んだ。

 

「お前さんが試した装備は全て一般級じゃろう。それじゃあ適性検査で265を出した人間にはついていけん。上位級、または秘宝級は最低限いるじゃろうな」

 

 テトラはそう言うと、工房の奥の扉の向こうへ行ってしまった。

 ついて来いとも待っていろとも言われていないが、この場合待つのが普通であろう。

 だが、テトラは違ったようだ。

 

「なにやっとる。早くついてこい」

 

 なんだかいろいろと、言葉が足りない人だ。

 一々文句を言っていては先へは進まない。二人は立ち上がると、テトラを追って、扉の向こうへと進んだ。

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