9話『さぁ、武器を探そう』

 この世界で主に流通している通貨は三種類。

 金貨。銀貨。銅貨。

 まず、最も価値の低い銅貨。最も価値が低いため、最も数が多く、また最も多く流通しているものでもある。

 この銅貨を五十枚集めると銀貨となる。

 まとまったお金として渡されるのは、この通貨になる。

 そして、さらにこの銀貨を二十枚、または銅貨を千枚集めると、金貨となる。

 最も価値が高く、人々が欲するものである。

 三つの通貨をこの世界の物価と照らし合わせて日本円の価値に換算するのであれば、銅貨は百円、銀貨は千円、金貨は一万円といったところ。

 この世界の物価は元の世界と差があるため銀貨一枚あれば、贅沢しなければ数日は飲食に困らず、飯付きの宿であれば一日か二日は泊まることが出来る。

 武器の手入れや消耗品を買い揃えなければならない冒険者は、さらに多くの収入を必要とする。

 

「つまり、一日最低銀貨二枚。これが稼げなかったら、冒険者はいつか破産する」

 

 ここは宿屋フルートの食堂。昼の一番の賑わい時から少し経ち、落ち着いた時間帯。

 フユキは三枚の硬貨を机の上に並べ、チルに通貨について説明していた。

 ちなみに、なぜ昼の賑わいから少し経った時間帯なのかは、チルの起きてくる時間がちょうど昼食時だったからである。異世界に転生したところで、チルの朝の弱さはしっかり継続中である。まぁ、昨日色々あって身体的ではなく精神的に疲労があったということもあるのだが。

 長い髪は頭の後ろで結っている。ちなみに、ローラがやってくれた。ボサボサの頭で食堂に下りてきたら捕獲され、綺麗に髪を梳かれた後動きやすいようにまとめてくれたのだ。

 どんな世界、国であってもお金は大切なものだ。なければ何も出来ずに飢え死ぬなどの、重大な問題に直結する。

 この「なければ」というのは、実物もそうだが知識も含む。

 交換レートがわからなければ詐欺にあい、相場を知らなければ適切な金銭感覚がわからず破産する。

 人と関わらず自給自足のサバイバル生活をするのではなく、人と関わりながら社会的に生きていくのならば、お金は命を左右する物だと言っても過言ではない。

 

「わ、お勉強ですか?」

 

 チルがフユキの説明を頭の中で整理していると、いつの間にかお盆を持ったローラがいた。

 昼食の稼ぎ時の片付けを終え、仕事が一段落したようだ。

 宿屋フルートは朝昼夕の三食を、宿泊客ではない人でも有料で食べられる。宿泊客は、そこからかなりの額割引された値段で食事をとれる。

 味も悪くなく、値段も高くない、さらに清潔感のある食堂に、愛らしい看板娘ローラがいれば繁盛しないわけがなく、ご飯時のフルートでは大勢の客で賑わう。その分ローラの仕事量も凄まじいのだが、それを笑顔でこなすローラには感心の言葉しか出てこない。


「ちょっとね、お金について知りたいと思って」

「チルさんって遠い国から来たんでしたっけ?」

「そうそう、僕と同じようにね」

 

 ローラを含めこの世界で関わった人には、この国レンブルグから遠く離れた異国から来たという設定にしている。異世界から来ましたと言うより、異国から来ましたの方が信憑性もあるし、細かい説明の手間が省ける。


「フユキさんにお金のことを教えたのは私ですからね!存分に頼ってください!」

 

 むんっ!!とガッツポーズで言うローラに、チルは苦笑いとともに「ありがと」と言う。


「チルの今の冒険者ランクはC。基本的にCランク以下のクエストを受けることになるんだけど、最低ランクのFのクエストだと、かなり報酬のいいクエストでも銀貨一枚しかもらえない。確実に銀貨二枚を稼ぐならランクCかDのクエストが必須になるね」

「CかDとなると、討伐クエストが主になりますね。まぁ、初っ端からCランクのチルさんには余裕のよっちゃんっですね!!」

 

 期待した眼差しを向けられたチルは返答に困る。というか、今死語が聞こえた気がしたが、あの駄菓子はこの世界にもあるのだろうか。

 これもフユキから聞いたことなのだが、クエストには二種類がある。

 一つはおつかいクエスト。採取や調査が主で、報酬も安い。ランクEやFに該当するものが多い。高ランクのおつかいクエストの場合では、強力な魔物が出る場所へ行くことがほとんどで、これには戦闘が絡んでくる。そういった事例を除けば基本的に戦闘のない、安全な種類のクエストだ。

 もう一つが討伐クエスト。その名の通り魔物の討伐が主で、おつかいクエストとは段違いに報酬が高いが、その分難易度が高い上に、基本的には命懸けだ。護衛任務などもこれに該当し、もちろん戦闘が絡む。需要が高いため、冒険者の数が多いCランクのものが多く、Dランクで報酬がいいものは全て討伐クエストだ。

 戦闘が絡む討伐クエスト。しかし問題がある。

 心と所持品の問題だ。

 昨日フユキの見せたグロ光景。それを受け入れられるかの心の問題。

 そして、所持品の問題は、


「武器がない。一番の問題ね」

「僕はこっちに来た時装備は一式あったからね。でもチルは服だけ」

 

 この世界の女神、イシスの適当ぶりである。フユキは装備を全てこちらの世界に持ってこられたのに、チルは防具であるこの黒い服のみ。

 後々判明したのだが、この防具は『影の覇者』と呼ばれる上下一対の装備で、装備による敏捷力低下が全くなく、さらに見ているだけで見失いそうになるという強力な隠蔽性を持つ。

 チルが影を着ているようだと感じたのは、まさしく影を着ていたからなのだ。隠蔽性はオンオフが自在に変えられるという便利機能付き。今はオフ状態だ。見失いそうになりながら話すというのは、どう考えてもやりにくい。

 

「ほいほい、差し入れですよ〜」

「おー、ありがとう」

「ありがと」

 

 武器の問題をどうしようか悩んでいると、いつの間にか厨房に行っていたローラが、紅茶とクッキーを持ってきてくれた。

 穏やかに湯気を昇らせる薄紅色の紅茶は、かなりの甘口。でも、しつこさは感じさせないほどの甘さで、喉越しもいい。クッキーは麦で作られた淡白な渋めの味だが、甘口の紅茶を引き立ててくれている。

 調和のとれたローラの厚意に舌づつみを打っていると、ローラが一枚のメモを机の上に置いた。

 

「武器でお困りでしたら、このメモのお店をいくつか回ってみてください。ここヴェルダは首都との道の途中にありますからね、色んな物資が集まる街なんです。高級品なんかは首都に流れちゃいますけど、そういったものは手が届かないほど高価ですからね、手頃なお値段で満足のいく物を揃えるならこの街が一番です」

 

 そのメモには、いくつかのお店の名前とその所在地が書かれていた。

 物資が集まりやすいというのは、良質な物もあるがあまり質の良くない物もあるということであり、お店選びは重要なのだそうだ。

 このメモは、今までローラが宿泊客である冒険者の話を聞いて、良質な物を取り揃えているという武具店を書き出してくれたもの。

 なんていい子なのだろう。この子が女神になった方がいいのではないか。

 チルは心の底からそう思った。


「あ、あと裏の鍛冶屋さんには、どうしても満足のいくものが無かったら行ってみてください」

 

 そう言われメモの裏側を見ると、一つだけ書かれた店の名前。


「最初っからここに行っちゃダメなの?」

「いや、ダメというか、なんと言いますか……ま、まぁ、他でいいのがあったらそれに越したことはないので」

 

 何やらそっぽを向いて笑うローラに、チルは首を傾げながら、紅茶を飲む。

 うん、やっぱり美味しい。

 

 

 

 

 ひと段落着いたチルとフユキは、街へ出ることにした。

 ローラに見送られ、人で賑わう大通りを歩く。

 大通りに面しているフルートは、どこに行くにも行きやすい。いい宿屋だ。

 二人はまず、ローラのメモの表の一番上に書かれた武具店に行くことにした。

 大通りをしばらく歩き、枝分かれした道の一つに入ればすぐに見つけることが出来る。

 店内には数人の冒険者と思われる客がいた。繁盛というわけではないが、売れ行きが良くないというわけでもない無難な店構え。店主は少し大柄だが、人が良さそうだ。

 

「お客さん、探しもんかい?」

 

 店内に入った二人に、店主は明るく接客してくれる。


「はい、冒険者になったので私の武器が欲しくって」

「ほうほう、冒険者の方ですか。でしたら武器は大切ですね。何せ命を共にする相棒ですからねぇ」

 

 人当たりのいい笑顔で、店主はチルに店内を案内してくれる。ちなみに、フユキはその後ろをついて行く形だ。

 

「冒険者ランクをお聞きしても?」

「Cです」

「ほほう、冒険者になったばかりでCとは、将来が楽しみでございますね」

 

 嫌味なく客を持ち上げる。この店主は、随分接客が上手い。

 

「どういった種類の武器をお探しでしょうか。当店は刃物から鈍器、飛び道具まで多くの種類を取り扱っております」

 

 そう聞かれ、チルは頭を捻る。

 どういう武器か。やっぱり刃物がいい。チルの職業はアサシンだ、鈍器のようなものは似合わないだろう。

 それに、やはり『フェアリーラグナロク』に沿ったほうが良いのかもしれない。

 チルが長い間愛用してきた武器の種類は、

 

「短刀でお願いします」

「た、短刀……でございますか……」

 

 饒舌だった店主の勢いが急に削がれ、今度は店主が頭を捻る番となった。

 

「短刀……それはどういったものでしょうか」

 

 その問いに、チルは驚く。

 短刀。刀を短くしたもので、日本では忍者が使う刀として描かれることが多い。

 しかし、それがどういうものかと問われれば、即座に答えは出てこない。

 返答に窮するチルに、背後にいたフユキが声をかけた。

 

「そもそも刀って文化が無いんじゃないかな」

 

 合点がいった。

 そもそもこの街は日本というより中世ヨーロッパの方が近い。

 レンガ造りの街中に、刀を引っ提げた着物の人間が歩いている。そんな場違いな光景は想像すらできない。

 まぁ、仕方がない。

 

「じゃあ、短い刃物をお願いします」

「そうなりますと、短剣でございますね」

 

 店主は気を取り直したように笑顔へと変わると、店内に飾られている一本の短剣を手に取った。

 

「『シャープネスダガー』一般級、名のある鍛冶師によって作られたというわけではございませんが、性能は数ある短剣に勝るとも劣らず。切れ味も良いのですが、刺突に向いております」

 

 店主の手から短剣が手渡される。

 その短剣を鞘から引き抜いてみると、そこには本物の刃物があった。

 刃渡りは30センチほど。細身の刀身はよく磨かれており、切っ先が鋭く店内の灯りを反射している。店主の言葉通り、この細身の刀身は、斬るというよりも刺す動作に向いている。

 重さは、金属でできているとは思えないほどに軽い。果たしてそれが、元々さほど重くない物だからなのか、それともチルの向上した身体能力だからなのかはわからない。

 だが、軽い方が扱いやすいかもしれない。

 「ぜひお試しを」そう言って店主は、店の中で少し開けた場所に案内してくれた。武器の試着を試す場所なのだそうだ。

 後からついてきたフユキの後ろには、興味からか先程店内で物色していた冒険者たちも覗きに来ていた。

 試着といっても、手に持って素振りをするだけなのだから、そう面白いものではないのではないかとチルは思ったが、そういうわけでもないようだ。

 素振りなんていっても、正しいフォームなんてわからないから、適当である。

 抜き身のシャープネスダガーを、逆手に構える。この持ち方が正解かはわからないが、なんとなくしっくりときたのだから仕方がない。こういうのは、持ちやすいのが一番なのだ。

 適当に横に切る動作をしよう。そうそう、ゲームでよく使っていた技、『アサルトヒット』みたいに。

 横なぎに斬る単発スキル。

 店主とフユキ、そしてその後ろにいる冒険者たちの視線を受けながら、チルは腰を低くした。

 いつも画面越しに見ていた動作。それをイメージ通りに。

 そう意識したのがいけなかった。なぜならそれは、フユキに教わっていたスキルを発動させるための条件を満たす行為だったから。

 空を斬る細身の短剣は、薄闇のオーラを纏っていた。

 そして、一閃。

 思い切り短剣が振るわれると同時に、フユキが動いた。

 

「『キャッスルフィールド』!!」

 

 その叫びとともに、フユキを中心に銀色の薄い膜が展開され、店主と名も知らない冒険者達を包み込み、チルの振るった短剣と接触した。

 激しいスパーク。フユキの展開した膜である、結界とぶつかった短剣は、そのまま振り抜かれた。チルでさえその動作を止めることが出来なかったのだ。

 ガラスが割れるような音と共に、フユキの結界が紙くずのように吹き飛んでいく。

 そして、ようやくチルの動きが止まる。

 

「あっ……がっ……」

 

 今にも外れそうな顎で、言葉にならない声を出す店主。フユキでさえ、いつもの穏やかな笑みはあるが、焦りが見えた。冒険者たちにいたっては、一人気絶している。

 そしてチルは気づく。自分が何をしたのか。

 イメージ。それは、スキル発動の上で引き金となる存在だということを、すっかり忘れていた。

 店内は、チルが短剣を振った軌道の延長線上にある壁が、大きく裂けていた。フユキの結界によって守られていた先は、無傷であったが、恐らくフユキがいなければ店主たちを巻き込んで斬ってしまっていただろう。

 その恐ろしい未来に、チルは一歩後ずさる。

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

 チルが謝罪の言葉を叫んだのと、手に持っていたシャープネスダガーが砕け散ったのは、ほぼ同時だった。

 






――――――――――――


申し訳ありません、予約投稿を設定し忘れており長期の不投稿となってしまいました

本来投稿されているはずのものは今日一括で投稿致します

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