7話『合法チートだからね?』

 砕け散った水晶玉の前で、先程までの大騒ぎが嘘のように全員が絶句していた。正確には全員ではなく、約一名を除いてだが。


「2……265……だと……?」


 絶句によって生まれた沈黙の中、驚愕の声が聞こえる。

 それを引き金に、ザワザワと冒険者達が騒ぎ出した。


「ま、まさか、ここまでの数値とは……驚きです」


 顔を引き攣らせながらそう言うエイルは、落ち着いた雰囲気は残っていたが、余裕が無さそうだった。さらに、どこか「またか……」と言いたそうな顔で額に手を当てていた。


「あはは、まぁ、さすがだね」


 そんな中、唯一絶句していなかったフユキが、実に愉快そうにそう口にした。まるで、こうなることなんて初めからわかっていたかのような口ぶりだ。


「ご、ごめんなさい! い、いや! 私触っただけですよ!? 何もしてませんよ!?」


 焦りながら謝罪と弁明をするチルは、もう数値なんてどうでもよかった。ていうか目に入ってすらいなかった。

 ブンブンと手を振り、首を振り、いきなりの水晶玉の爆発を一番驚いているのはチルなのだ。あ、数値とか爆発したことへの驚きでは無い。

 やっばい! あれ絶対高いやつだよね! そうだよね! だってギルドが所有してるものって値段設定異常なんてお約束だもんね! べ、弁償になるのかな……でも最悪フユキが払えば!!

 弁償という単語が脳内を支配していた。ちなみに、最悪フユキに丸投げすればという考えは人として失格だが、異世界転生したばかりで無一文なチルなのだ、多少甘く見るべきだろう。


「あの……その水晶玉っていくらくらいするんですか……?」


 どうしたものかと頭を悩ませるエイルに恐る恐るチルが問うと、エイルは顔を上げ苦笑いを浮かべながら、


「金貨二百万枚。まぁ、一般的な家庭の五十年分の収入……でしょうか」


 その言葉に、音さえ置き去りにする速度でチルは隣に立つフユキの後ろに行くと、眼前の背中を押した。


「と、とりあえず全部こいつが払います! どうせちゃっかり大儲けしてるでしょうし! そのくらい余裕でしょ!?」

「えぇ!? いやさすがに僕も金貨二百万枚なんて大金持ってないんだけど! ていうか大丈夫だから!」

「大丈夫なわけないでしょ! どう考えても請求先私でしょうが!」


 唐突なチルの行動に、フユキがバランスを崩しながら返すと、その様子を見ていたエイルがクスリと笑った。


「測定時の破損は故意的なものを除き、弁償等の義務はございませんのでご安心ください」


 そんな言葉をかけながら、エイルはおかしそうに笑う。笑いながら、「どうしよう……」とも呟いていたが。

 エイルの説明によると、この水晶玉で測ることができるレベルは250まで。そもそも250を超えるような人間はベテラン冒険者の中でも一握りしかおらず、全て化け物級の強さらしい。

 つまり、遠回しにチルを化け物呼ばわりしているようなものらしい。

 そして、そんな化け物がチルの隣にもいると教えてくれる。


「いやー、僕も水晶玉ぶっ壊しちゃってさ。数値は同じ265だったんだけど、まさか同じように弾け飛ぶなんて」


 265までが限界なのかもねー、とチルと違って申し訳なさの欠片もない笑顔でそんな事を言うフユキに、エイルが少しイラッとした視線を送っているのをチルは見逃さなかった。

 なるほど。高額なものをニ回も壊されちゃ頭抱えるわ。しかも、犯人の一人がまったく悪びれてないし。

 先程のエイルの様子と絶句しなかったフユキのわけを理解したチルは、さらに申し訳なく思うのであった。

 一通り周囲のざわめきが収まると、水晶玉の欠片の上で消えかかりそうに輝いていた数字が形を崩し、一枚の紙へと姿を変えた。

 それを手に取ったエイルは、一通り目を通して慌てたように、


「測定が完了しました。これが結果になります」


 そう言われチルが渡されたのは上等そうな紙だった。滑らかな手触りの純白の紙には、金の装飾と黒いインクで文字が書かれている。

 書かれている言葉が、異世界なのになぜ日本語なのかは置いておくとして、そこにはチルのこの世界での個人情報が書かれていた。先程の水晶玉は触れた者の詳細情報も出してくれるという話だったので、それだろう。まさかこんな印刷機能があるとは思わなかったが。



―――――――――――



名前:チル

職業:暗殺者

出身地:日本

年齢:17



―――――――――――



 そんな詳細情報を見て、チルが思ったことはたった一つ。

 え、出身地が日本って誰もつっこまいの??

 チラリとエイルを見るが、それどころではないといった感じで頭を抱えていた。

 いや絶対この世界に日本は無いと思うんだけど……

 そうは思っても、実際出身は日本だし、なんなら国外に出た経験もないチルは純日本人だ。全く間違ってなかったのでスルーしておくことにした。たぶん荒くれ者の冒険者は出身地がわけわかんないところとか日常茶飯事なことなのだろう。

 そんな結論に至ったところで、頭を抱えていたエイルが顔を上げた。

 

「裏面はステータスの詳細です……」

 

 そう言われ、持っていた紙を裏返し目を通す。

 そこに書かれていたのは、


――――――――――――

  

《ステータス》

レベル:265

適性:闇

HP:4300

MP:2010

攻撃力:47800

防御力:200

敏捷力:36888

耐性力:510

魔力:650

特殊技能:潜伏能力、一撃必殺、能力上昇、多段跳躍、降下攻撃、即時反撃

 

――――――――――――

 

 攻撃力と敏捷力めっちゃ高!!というか、桁が違う。

 それに、特殊技能という項目に書かれた一撃必殺という物騒な文字。

 明らかに一般的な数値でないことは理解出来た。しかし、どこかで見たことのある数字である。

 そうか、これはゲームの中で見た自分のステータスとほとんど同じだ。特殊技能という項目は初めて見るが、自分の取得していたスキルや普段ゲーム内でどんな戦い方をしていたかを考えると、全て納得のいくものだ。

 

「攻撃力は攻撃の威力を、防御力は身体の頑強さを。敏捷力は動きがどれだけ素早いか、耐性力は状態異常に対する抵抗の強さ、そして魔力は魔法攻撃使用時の出力や魔力に対する適正を表します。内容に間違いはありませんか……?」

 

 戸惑いながらのエイルにそう聞かれ、チルは「大丈夫です」と頷く。

 そもそも間違いがあっても、それを間違いと認識するだけの知識がないため大丈夫と答えるしかないのだが。まぁ、形式的に聞いてきたものだろう。

 

「では、冒険者の資格を得るための条件が満たされているのが確認できましたので、登録を完了致します」

 

 最低条件がレベル5なのに対し、265という数値は満たしているというより満たしすぎているのだが、それを言い出したらツッコミどころにキリが無くなってしまうのでエイルは触れないことにした。

 ギルド内が再びバカ騒ぎを始めたと同時に、エイルからチルへ小さな鉄のプレートがつけられたチェーンのペンダントが手渡される。

 それを受け取ると、チルが持っていたステータスの紙がポロポロと崩れると、鉄のプレートに溶け込むように消えた。淡い光に数秒包まれた後、プレートには小さく「チル」の名が刻まれる。

 

「それは『冒険者の証』というアイテムになります。それを持っていることが、冒険者であることの証となり、個人を特定する身分証のような役割を持ちます。プレートを握って念じると先程のステータス表を出現させることができるので、ステータス表を求められた際は使用してください。また、紛失された場合は、故意であってもなくても再度発行するのに金貨十枚が必要となりますのでご注意ください。絶対に失くさないように」


 付け加えるように「特にこのギルド今お金ないので、再発行となると……」と言われ、完全に自分とフユキが壊した水晶玉のせいだとわかり、今この注目の中じゃなかったら確実に土下座していた。いや間違いなく。

 申し訳なさそうに目を泳がせる千春に、エイルは気を取り直したように咳払いを一つ。


「知っての通り冒険者の稼ぎ口は民間の依頼、クエストの遂行による報酬となります。あちらにある掲示板より受けたいクエストを選び、こちらの受付まで持ってくるようにしてください。結果報告も全てこちらに、報酬もこちらでの受け渡しとなります」


 エイルに示された方向に千春が視線を向けると、ギルドの入り口横の壁に巨大な掲示板があった。元々茶色いのであろう掲示板は、大量の依頼の紙で埋め尽くされている。

 

「そして、そのクエストを選ぶ基準として、冒険者ランクというものがあります。これは、冒険者の方の実力や実績に応じてF~Aランク、そして一番上はSランクまでがあり、基本的に自分のランクの前後一つまでのランクのクエストを受けていただくようご案内しています。チルさんのレベルは最上位のSランク相当ですが、初期での最高ランクはCまでと決まっているのでCランクからのスタートとなります」

 

 ということは、受けることのできる仕事はその前後のランクであるDとBランクの仕事ということになる。

 ランクの昇格については、受けた仕事の実績からギルド側が判断し、昇格が行われるという。逆に、仕事で失敗続きだったり、冒険者として不誠実な行動――――具体的には犯罪行為など――――を行うと降格や冒険者資格の剥奪まであるそうだ。

 ちなみに、フユキの現在の冒険者ランクはB。もうすぐAランクへ昇格されるだろうとのことだ。三ヶ月でここまで駆け足の昇格は非常に珍しいとのこと。

 

「また、このカウンターでは冒険者の方々をサポートする、さまざまな手続きも行っております。パーティー登録や素材の換金、また飲食の販売もしているので、なにかあったらこのカウンターをお尋ねください」

 

 パーティーとは、数人の冒険者がクエスト攻略のために結成するチームである。冒険者が誰とパーティーを組むかは自由であり、本来は手続きなど必要なく口約束で結成することができるのだが、ギルドを通して正式な手続きを行うことで、報酬の平等な分割を行えたり、冒険者ランクが上がる際にパーティーメンバー全員が昇格の対象になったりと、受け取れる恩恵は多い。

 ひとまずエイルに頼んでその場でフユキとパーティーを登録することにした。今までソロで活動していたフユキが二つ返事で了承し、パーティー登録が行われる。

 また、受けているクエストに関係なく希少なアイテムを入手した際、ギルドの手続きによって換金を行うこともできる。

 飲食の販売については、他の飲食店に比べて安い値段でそこそこのボリュームの食事をとることができる。高級な食材を使った料理や上等な酒などはないが、全て手作りの十分美味しいと言える食事と、酔うのに困らない度数のアルコールを手に入れることができる。その日暮らしの者が多い冒険者には、ありがたいシステムだ。

 

「これで新規手続き時の説明は以上となります。他に何かわからないことがありましたら、お気軽に近くの職員に声をかけてください」

「はい、ありがとうございます」

「えぇ、これからよろしくお願いします。冒険者チルさん」


 エイルに握手を求められ、それに応じたチルはエイルの目をまっすぐと見て、

 

「水晶玉の代金はちゃんと働いて払います」


 エイルは驚いたように少し目を大きくしたが、すぐに元に戻り、


「はい、そうしていただけると非常に助かります」


 会釈を一つしてフユキを引っ張っていく千春に、エイルは堪え切れなくなった笑みを浮かべる。

 フユキが三か月前ここに訪れ、冒険者として登録する際水晶玉を弾けさせた驚きが、まだ抜けきらないタイミングでまた同じ現象に遭遇した。それは彼らの強さを表し、もう十年近くギルドで働くエイルが初めて目にする強さでもあった。

 これは推測に過ぎない。でも、確実に彼らは何かを成し遂げる。それだけはわかった。彼女の笑みは、それが故の笑みだった。

 そしてエイルは、机に散らばった水晶玉の欠片を片付けるのであった。

 …………………………この後、壊れたことを上司に報告するのを想像して頭を抱えたのは言うまでもない。

 

 

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