6話『冒険者になろう』
その後の道中は、特に
フユキ曰く、本来
チルの感じていた気配も、一定の距離から近づいてくることはなかった。
そのため街を囲むようにそびえ立つ壁が見えてくる頃には、同じ街を目的地とする商人の馬車の群れと遭遇することになった。
忙しそうに帳簿に目を通す者もいれば、荷台を引く馬をもう少しだと応援する者。そんな彼らを護衛するために武装した者。
道行く人はそれぞれ違うが、それでも目指す場所が同じだからだろうか、同じ志を持っているように思える。
「ヴェルダは東西南北どの方面から来ても、王都に繋がる道の途中にある街なんだ。だから王都への仕入れのためのお金をヴェルダで稼ごうとしたり、王都で売れ残った商品をヴェルダで売りさばいて帰りの荷物を軽くしたりする商人が多い。それに、周辺に生息する魔物のレベルも低いから、始まりの街とも言われるほど新米冒険者が集まる街でもあるんだ。きっと、王都に次いで活気のある街だよ」
街の入口まで続く人の流れは、フユキの言葉以上の活気を感じさせる。
皆、この街は中継地点に過ぎない。商人も冒険者も、最終的な目標は王都で一旗揚げることなのだそうだ。しかし、だからこそ一歩一歩確実に踏み締めようとする人間の溢れるやる気が、この活気を生み出しているのだ。
入口まで辿り着くと、簡易的なアーチ状の門があり、両脇に軽い武装をした衛兵が立っている。
特に検問などをやっているわけでもなく、門も木造の薄いものだ。恐らく、防衛としての役割というより、街の外と中を区切るためだけのものなのだろう。
衛兵に軽い会釈をして、街の中に足を踏み入れる。
石レンガで整備された道に一歩踏み出す、空気が変わったように思えた。
外から見ていた以上の活気、いや熱気と言っていいほどに門から始まって遠くにずっと伸びる大通りは賑やかだった。
「この大通りを真っ直ぐ直進して、この街の裏側の出口を出れば王都に繋がってる。といっても、ここから馬車でさらに一日移動しないと着かないけどね」
「すごい、これがヴェルダ……この世界の街……」
ここまでの往来を前の世界で見ることが出来るのは、都心の渋谷や新宿といった大きな駅前に行かないと難しい。そして、行き交う人々がそれぞれ明確な意志を持っている分、排気ガスや陰鬱とした空気に包まれた、ただ騒がしいだけの駅前よりも遥かに輝いて見えた。
建物はレンガ造りのものが中心だ。外観としてはまさに中世ヨーロッパと言った感じだ。道では馬が懸命に引っ張る荷台の車輪が跳ねると音が響き、それをかき消すほどの声量で自身の露店の商品を宣伝している。至る所で開かれている飲食物を売る露店から漂ってくる芳ばしい香りは、自然と食欲を掻き立てる。
街の光景にチルが見蕩れていると、隣からギュルルルというなんとも生き物らしい音が聞こえてきた。
「あはは、お腹すいちゃった」
いつもであればそんなフユキに対し文句の一つや二つ、いや百個か千個はぶん投げているチルだが、今回ばかりは共感してしまったため口は開かず静かに首肯した。
二人は大通りを歩きながら、『焼きたて!』と大きく書かれた看板の露店を見つけ、そこで空腹を満たすことにした。
「すみませーん、二本ください」
「はいよー!銅貨四枚だよ!」
馬車を改造して屋台にしており、壁に大きく空いた窓から顔を出した手拭いを頭に巻き黒いTシャツを着た、The大将といった男にフユキは懐から取り出した財布から小さな銅貨を四枚取り出すと、それを男に手渡した。
「焼くからちょっと待ってな」と男が、新鮮な赤い肉が刺された肉を鉄板の上に乗せると、油が踊る耳あたりのいい音が鳴り、数分でよく焼けた串刺し肉が出来上がった。
それを受け取ったフユキがチルに一本手渡すと、ずっしりとした重みが手に伝わってくる。二本で銅貨四枚ということは、一本銅貨二枚ということになるのだが、イマイチそれが高いのか安いのか判断しかねる。しかし、この贅沢に串の限界まで刺された肉を見れば、明らかにお値段以上であることは確かだ。
先端の肉を齧ってみると、優しい肉汁が口いっぱいに広がり、口の中で油が染み込んで最高の至福をもたらしてくれる。人間は肉の油に対し幸福感を感じる生き物であり、その幸福感は油の質が良ければ良いほど増していく。まさに幸福の最上級である。今まで食べた肉の中で一番美味しい。
品質の悪い肉を使って量だけ多く見せるという姑息な考えの一切ない、量と質共に完璧な串刺し肉を前に、チルは頬が落ちるという感覚を初めて経験した。
「たぶん今まで食べた肉は腐ってたのね……」
「気に入ったみたいだね」
目をキラキラとさせるチルを見て、フユキは満足そうに頷く。
串に刺さった肉はあっという間に無くなり、若干の物足りなさ。
もう一本、と思わず言いたくなるような絶妙な量である。しかし、そんな店主の思惑に従うのもなんだか癪だし、もう一本食べてしまうと満腹を少し過ぎてしまうような気がした。
そのため、二人は食べ終わった串をゴミ箱の役割を果たしている木箱の中に放り投げると、店主に別れを告げて歩き出した。
おかわりさせるための作戦に失敗した店主であったが、すぐに新たな客を笑顔で迎える。行列ができるほどではないが、客足が絶えない程度には人気のある店のようだ。
「ひとまず、冒険者ギルドに行こうか」
「冒険者ギルド?」
フユキの言葉にチルが首を傾げると、
「冒険者ギルドっていうのは、僕達冒険者に対して仕事を仲介してくれる施設のことだよ。そこで冒険者になるための登録ができる。ちょうど僕も依頼の報告に行かないといけないし」
そう言ってフユキは腰に下げていた麻袋を掲げる。
その中身が何なのかチルは知っているが、思い出したくはなかった。
元の世界では――――というよりゲーム内では――――ギルドというと、同じプレイ方針を持ったプレイヤーが集まり、お互いを助け合うための組織だった。しかし、この世界でのギルドというのは、全ての冒険者をサポートするための公共組織のような存在らしい。
冒険者として働き生きていく、という共通の方針を持った者たちが集まり助け合うための組織、と考えればゲーム内でのギルドとあまり差はないのだろう。ギルドと名乗る存在が、不特定多数あるのか一つに統一されているのかの違いでしかない。
むしろ、一つに統一されている分わかりやすい。
「冒険者になるって、なんか資格はいるの?」
「まぁ、ある程度実力がないと冒険者になれないけど、チルなら大丈夫だよ」
「その期待に根拠は?」
「うーん、なんとなく?」
「根拠の無い期待するのは別にいいけど、それでダメだったらぶん殴るからね?」
「もしそうなったらギリギリ死なない程度でお願いしたいけど。まぁ、ある程度の実力がないといけないっていうのは、冒険者っていう職業が常に戦闘が絡む仕事だから、弱い人が冒険者になって死んじゃうリスクを避けるためだからね。あんなに魔物を平然とボコるチルなら平気さ」
「別にボコってないわよ」
「うーん……そうなのかな……」
先程のチルの戦いぶりを見て、ボコってないは流石に厳しいのではと思ったフユキだが、ここは口を閉じておくことにした。
そんなやり取りをしながら数分道を歩くと、ある建物の前でフユキは足を止めた。
合わせるように立ち止まったチルは、フユキが見上げる建物に視線を向ける。
「ここがヴェルダの冒険者ギルドだよ」
そこにあったのは、レンガ造りの建物に囲まれて佇む三階建ての完全木造の建物だった。
三角屋根に木を組み合わせた壁には、くすんだガラスが取り付けられた窓がいくつかはめられている。
観音開きの扉はなぜかボロボロで、中からは愉快な音楽と笑い声、そしてドタドタとやかましい音が漏れ出ている。
なんというか、清潔感はあるけどボロい。それが素直な感想であった。
フユキは慣れた手つきで両開きの扉に手をかけると押し開けた。
外に漏れ出ていた音が一層強くなる。
中を見回してみると、日も高い内から酒の入ったジョッキを片手に笑って騒ぐ者達ばかりだ。
入口を背に左手にある掲示板の前には、真面目な顔をして話し込む人々もいるが、その反対側の右手ではバカ騒ぎがより盛大に行われている。吹き抜けの二階もあり、そちらでも騒ぐ人々。
「おう!フユキじゃねぇか!」
チルが興味深々で周囲を観察していると、大きな棍棒を背負った男がジョッキを片手にフユキに絡んできた。
「あぁ、コーズさん。今日は仕事いいんですか?」
「いいんだいいんだ!こんな日は飲むっきゃねぇだろ!」
「そう言ってもう三日も仕事してねぇじゃねーかー」
「うるせーよー!」
遠くから飛んできた笑いながらの文句にコーズという男はふざけながら返すと、フユキの隣に立つチルを見て、いじわるな笑みを浮かべる。
「なんだよフユキ、仕事じゃなくて女と遊びにでも行ってたのか?しかもこんな可愛子ちゃんとか?」
「ちゃんと仕事してきましたよ。この子は幼なじみのチルです。チル、この人は冒険者のコーズさん」
その紹介にチルは会釈を、コーズはジョッキを掲げる。
「仕事しながら女拾ってきたってわけか」
「拾ってませんよ、さすがに僕でも拾うものは選びます」
「はぁ?なんだそりゃ。そんで、なんでこんなとこ連れてきたんだ?飯食うならもっとちゃんとしたとこ連れてってやんなきゃダメだぞ」
「そんなんじゃないですよ、チルの冒険者登録に来たんです」
「ほほう?」
フユキの答えに、コーズは品定めするようにチルを見る。
酔って赤い顔にボーッとしたような目であるが、それでもしっかりと見極めるような視線だ。
「うむ、わからんなぁ」
しかし、それは見た目だけであったようだ。
すると、二階からコーズを呼ぶ声が聞こえ、それに大声で返事をしてコーズは歩き去っていった。
「さ、行こっか」
気を取り直したように言うフユキに、チルは冷たい視線を向けて、
「さっきの拾うものは選ぶ発言について言及したいんだけど?」
「あぁ、ほら、さすがに僕も猛獣は拾いたくな――――待って、ごめんなんでもなっ」
素直にスラスラと本心を吐露したフユキが自分の失敗に気づいた時にはすでに、チルの腹パンによって蹲ることになった。
「どこで登録するの?」
「お、奥のカ、カウンター……」
フユキを無視するようにチルは建物の奥へと歩くと、すぐに目的のものは見つかった。
自分の順番を待つ冒険者の列の先に、カウンター越しで統一された制服を身につけやってきた冒険者の対応をする職員と思われる女性たち。
ちらほらとその職員を食事に誘う男性冒険者の声が聞こえるが、いくらなんでも自由すぎると心の中で突っ込んでおくことにして口には出さない。
どの列に並ぶべきか迷っているチルの隣に、ようやく立ち直ったフユキが追いつく。
「右から三番目の列がいいよ。エイルさんが担当してるし」
教えられた列に目を向けると、他よりも列が長いのに一人一人を素早く丁寧な対応で捌く職員がいた。追加で並ぶ人は多いが、それでも順番が回ってくるまでの時間は短い。
その列に並ぶと、ほとんど歩いているのと変わらないほどの速度で自分の番が迫ってくる。
「すごい仕事できる人だ」
「うんまぁ、たぶんこの列に並んでる人全員口説き目的だから、玉砕されるのに時間がかかんないってだけだと思うけど」
出来ればそれは聞きたくなかった。聞きたくなかったが、納得してしまったためチルは口を閉じることにした。
すぐに二人の前に並んでる人は居なくなり、順番が回ってきた。
「次の方どうぞー」
と呼ばれ、カウンターの前まで進み出る。ちなみに、その時すれ違った男が振られて半泣きだったのは割愛である。
カウンターの向こう側に座る職員の女性は、ふんわりとした茶髪をうなじの辺りでまとめた、健康的且つ平均的な肌で、優しげな雰囲気と余裕がある。職員の制服である清潔なブラウスに、明るく派手すぎない落ち着いた色のチェック柄が入ったスカートを柔らかに着こなす、大人であり清楚な魅力を持った美人だ。
「あぁ、フユキさん。依頼の報告ですか?」
エイルと胸のバッジに書かれた女性は、フユキの顔を見るなりどこか安堵したように微笑んだ。
「はい、ガレオンベア六体討伐完了しました」
腰に下げた麻袋をカウンターの上に置くと、エイルはそれを預かり中を覗き見る。
そして、どこか呆れたような困ったような表情を浮かべて、
「あの、フユキさん。討伐証拠品はどの部位でも、一体とわかるものであれば構わないとは言ったのですが……」
エイルがそんな表情になるのも当然である。
なんせ、麻袋の中身は十二個の目玉。討伐した証拠品としてフユキは、巨大熊であるガレオンベアの目玉を二つ抉りとっていたのだ。
さすがに精神衛生上よろしくない物であるため、袋から問題の品を出ていないが抉りとる作業まで見たチルは未だに脳内に焼き付いている。超グロかった。
「毛皮にしようと思ったんですが、嵩張るじゃないですか」
「爪とかでいいんですけど……」
エイルの指摘に、フユキは「盲点でした!」と言いそうな顔をする。
小さなため息を一つ吐いたエイルは、
「この前もゴブリン討伐の証拠に背骨を抜き取ってきたり、ヒッポヒッポタートルの肝を取り出してきたり……グロすぎてこの前他の職員が泣いてたじゃないですか」
「あはは、すみません……」
反省しているのかしていないのか定かじゃないフユキに対して、エイルはもう一度ため息を吐いた。
しかし、すぐにフユキの麻袋をカウンターの下に置くと、引き出しからチャラチャラと金属音が聞こえる小さな袋を手渡した。
「ランクAクエスト『ガレオンベア六体討伐』の報酬、銀貨二十枚です。いつもお疲れ様です」
労いの言葉と一緒に渡された袋の中身はこの世界の通貨だ。
その袋を懐にしまったフユキは、横にずれてチルに場所を空ける。
「そういえば」といった感じでチルを見たエイルに、フユキが口を開く。
「チルの新規冒険者登録もお願いしたいんですが」
なるほどと納得したエイルは、チルに笑顔を向ける。
「初めまして、当ギルドの職員をしていますエイルです」
「は、はじめまして、チルです」
引きこもり特有の人見知りを発動したチルに、エイルはクスリと笑い、引き出しを再び開けて小さなクッションを取り出す。そして、取り出したクッションをチルの前へと置いた。
そのクッションの意味がわからず首を傾げたチルに、エイルは「少々お待ちください」とだけ告げ、カウンターの後ろにある扉から裏へと姿を消した。
待つこと数分。裏から戻ってきたエイルの手には、直径三十センチほどの水晶玉。それをエイルは先程のクッションの上に乗せた。
「登録にあたってご説明いたします」
突然登場した水晶玉に、チルが疑問の視線を向けていると、エイルが変わらぬ優しい声で口を開いた。
「冒険者という職業には危険が付き纏います。魔物との戦闘はもちろんのこと、未知なる土地への冒険、ダンジョン攻略など、あらゆる仕事において死という明確な最後と隣り合わせです。ですので、一定の実力がないと、冒険者の資格を与えることはできません」
エイルの説明に、チルは頷く。
「この水晶玉は、『武力才覚検査球体』。触れた者の詳細情報、そして現時点での実力、才能をレベルという数値で表す水晶玉です」
こんな感じに。そう言ってエイルが水晶玉に手を乗せると、水晶玉の中心部が淡く光り、その奥にゆらゆらと赤い数字が現れた。
8。それがエイルのレベルらしい。冒険者出ない一般人の中では、そこそこ高い方らしい。
「冒険者としての平均レベルは5です。それを下回った場合、残念ながら冒険者となることはできません」
一通りの説明を終え、エイルに「何か質問は?」と聞かれ、チルは首を振る。
「では、どうぞ」
エイルがクッションごと水晶玉をチルの方に近付けると、物珍しさにギルド内の冒険者たちが集まってきた。音楽も小さくなり、皆興味深げにチルを取り囲むようにして様子を窺っている。
そのことにチルは緊張してしまい、動きがロボットのようになってしまった。
ギギギと音が鳴りそうなぎこちない動きで、チルがゆっくりと水晶玉に手を乗せた瞬間、それは起こった。
白い閃光が走る。
チルが水晶玉に触れた瞬間、水晶玉の中心部は真っ白なありえないほどの光を吐き出し、その直後には白からオレンジへ、オレンジから赤へと光の色を変え、ギルド中を光で包みこんだ。
パリンッ
そして、そんな虚しく小さな音と共に、光は消えた。
残っていたのは、キラキラと光る砕け散った水晶玉の欠片と、絶句するエイルとギルド中の冒険者たち、苦笑いのフユキ、そして唖然と絶望が入れ混じって混乱するチルだけだった。
ギルド中の視線が、水晶玉の欠片の上で光る三桁の赤い数字に集まっていた――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます