5話『雑魚には負けない』
冬樹と出会った森から草原を徒歩で四十分ほど。
距離としてはかなり遠く、本来の千春の体であれば、森を抜ける前にバテているはずの距離ではあるが、ゲーム内の力を得たことにより疲れの概念が無くなったかのように軽くなった体のおかげで、休むことなく歩き続けることが出来た。
道中、千春は冬樹と太陽の下青々とした自然を楽しむ……なんてことはなく、冬樹の知っているこの世界、アラトリアスについての話を聞いていた。
「さっき戦ってる時にも見せたけど、この世界には僕達がやってたゲーム《フェアリーラグナロク》と同じスキルがある」
「まったく同じなの?」
「うん、ほとんど効果としては同じだと思うよ。さすがにキーボード操作とかワンクリックで発動って訳にはいかないけど」
冬樹はそこで言葉を切って立ち止まると、「まぁ見てて」と一言告げてから、腰の白銀の剣を抜いた。
輝く刀身には先程の巨大熊との戦闘によって付着していたはずのどす黒い血の汚れは一切なく、太陽の光を受けてさらに存在感を強く主張する刃物を、冬樹はクルリと手の中で遊ばせながら千春から少し離れると、障害物もない広大な草原に向かって低く腰を構えた。
「まずはイメージ。画面で見てたスキルのイメージをしっかりと持って、スキルの名前を頭に浮かべる。口に出してもいいけど、イメージがはっきりしていれば無言でも使える」
突然光を反射していたはずの剣が、強く自ら放った光で輝き始めた。
「『クロススラッシュ』!」
唸るような風切り音を立てながら、右上からの袈裟斬り。刃先の風圧が地面に生えた草を揺らし、続いて左上からの袈裟斬り。
輝きが生んだ残像がゆっくりと消える頃に、冬樹は静かに剣を鞘へと戻した。
「これが
「
「変わらない。この世界にも
冬樹の説明を聞き、千春は改めて冬樹の姿に疑問を投げる。
「そういえば、あんたの剣と盾と鎧ってゲームのものなの?それともこっちの世界で手に入れたもの?」
「ゲームの時のやつだよ。正確には、剣と盾だけだけど。僕の盾《ガーラルム》は鎧の役目も持ってるからね。僕が念じれば鎧の着脱は自由自在だよ、盾がないと操作はできないけど、盾がなくても鎧が消えることはない」
そうなると、冬樹の腰に着けられている剣は《アロンダイト》という名前だったはずだ。
どちらの装備も、《フェアリーラグナロク》ではかなり上位に位置づけられる強力な装備。
「千春のその装備も確か《影の覇者》っていう装備だよね?」
冬樹に言われ、チルは自身の体を見下ろして、あぁなるほどと納得する。
目の前にあるのに見失ってしまうほどの超強力な隠蔽能力、服の存在自体を忘れてしまうほどの軽さ。その全ての説明が、《影の覇者》という装備を現実に再現したものとすれば、まとめて理解出来る。
しかし、
「私、武器がないんだけど。確かこの世界に来る前にゲームやってたけど、その時は武器を装備していたはずよ」
「そういえば、武器ないね。千春ってどんな武器使ってたっけ」
首を傾げる冬樹に、千春は自分のプレイスタイルを思い出しながら、
「近くの街で売ってるやつで、一番攻撃力の高いやつ」
「あ、そっか、そういうの決めないんだったね」
思い出したように納得する冬樹。
《フェアリーラグナロク》の装備には、耐久値というシステムが存在する。
武器であれば攻撃する度に、防具であれば攻撃を受ける度に、設定されている耐久値が減っていく。耐久値が0となった装備は使用不可となり、装備が解除されてしまう。
その耐久値を回復させるためには、ゲーム内通貨を使って専用の施設で直してもらうか、もしくは自分自身で専用のスキルを取得し、修理するしかない。
ほとんどのプレイヤーが自分の愛用する装備は定期的にメンテナンスをし、いつでも万全な状態を保つのだが、千春はそうではなかった。
定期的にメンテナンスをするということは、定期的にモンスターが出現するマップを離れ街に戻るということ。何日もぶっ続けで連戦する千春のプレイスタイルでは、武器は使い捨て。耐久値が無くなり装備が解除されれば、買い溜めしておいた次の武器に切り替え、使えなくなった武器は捨てていく。そのため、決まった装備は存在せず、たまに立ち寄った街で武器を買いだめしては戦うということを繰り返しているので、この世界に来る前に自分がゲーム内で装備していた武器の名前も思い出せないのだ。
もちろん、こんな無茶苦茶なプレイスタイルが可能なのは、千春のゲームキャラであるチルの異常なまでの攻撃力の高さがあるからこそ、どんな武器であろうと問題がないというこれまた異常な事情があるからである。
「じゃあ、スキルを試すのは武器が手に入ってからだね」
「そうね。ひとまず街に行かないと、必要なものは手に入らないし」
そう言葉を交わして二人は歩き出した。
その時、千春の脳内に不思議な感覚が訪れる。巨大熊が現れる直前に感じた、何かが近づいてくるような気配。今度は上空からだ。
慌てて千春が視線を上に向けたの同時に、冬樹も上を睨みながら
日光で視界が正確に確保できないが、上空から迫る気配は真っ直ぐ降下してきている。
やがて、光の中に小さな黒い影が現れたかと思うと、すぐ目の前まで迫ってきた。
「『キャッスルフィールド』!」
冬樹の声を引き金に、薄い膜のような障壁が二人を包む。
鈍い衝突音が響き、黒い影の正体を捉えることが出来た。
鳥だ。白に黒の模様を描く羽毛に包まれ、細長い槍のような嘴を障壁に突き立てている、カラスほどの大きさの鳥だった。
障壁を撫でるように再び上空へ舞い上がった鳥は、今度は横から突進してくる
「アカンプバード。
驚く千春に短く鳥の正体を教えると、背中に背負った盾も構えてアカンプバードの突進を迎え撃とうと地を蹴った。
「『シールドバッ……』」
輝く盾を振りかぶり強烈な打撃を与えようとした冬樹をアカンプバードは旋回しながら避けると、狙いを千春へと定めた。
しまった!
すぐさま千春を守るためにブレーキをかける冬樹だが、勢いがつき過ぎていたため止まりきれない。
迫るアカンプバードの鋭利な嘴を前に、先程まで驚きに固まっていた千春は、なぜか冷静に思考していた。
いや、思考出来たという方が正しい。
突進してくるアカンプバードに集中した途端、動きが遅く思えたのだ。
先程までとても鳥とは思えないほどの速度であったはずなのに、まだ到達までに十秒ほどある速度になっていた。
おかげで驚きから立ち直り、冷静に思考することが叶ったのだ。
そして、イメージする。武器はない。しかし千春、いやチルの持つスキルは、全て武器が必要というわけではない。巨大熊相手に発動したカウンタースキルはもちろん、格闘スキルという武器がない状態で攻撃するスキルも保有している。発動条件がゲーム内と同じならば、装備がない今だからこそ使えるはずだ。
強くイメージする。標的はもちろんすぐそこまで迫った
体に力を込めると、あとは導かれるように、まるで初めからそうしようとしていたかのように、自然と四肢が動き始める。
攻撃圏内に入った対象に対し、ノーモーションのアッパー。顎が砕けるほどの衝撃を受け、宙に舞った対象を追いかけるように跳躍すると、体を捻って胴の中心に回し蹴り。地面と平行に吹っ飛んでいく相手をさらに追撃するために
地面に抉り込むように息絶えたアカンプバードのすぐ近くに軽やかに着地した千春を見て、冬樹は口を半開きにして呆然としていた。
「うん、やればできるもんなのね」
「…………い、いやいやいやいや!なに今の!」
守ろうと思っていた相手を襲った脅威が、逆に返り討ちなうえに瞬殺された光景を見て、冬樹は半笑い戸惑う。
千春が発動させたスキルは三つ。『天拳』『月輪』『雷鎚』。どれも基本的な格闘スキルであり、連続技ではない。
「なんであんなあっさりスキルのコンボできるの?僕でも三つ連続は難しいのに」
「いや、なんかいけるかなって思ったら」
「んな無茶苦茶な……空中でジャンプしてたし」
ちなみに、それは千春が無意識に、というより意識せずとも使用することのできる常に発動状態となっている
「うん、意外といけるっぽい」
「完全にオーバーキルだったけどね、さっきの。アカンプバードってこの辺の
全身の骨が粉々になった状態で息絶えた鳥の亡骸に、冬樹は少し同情してから剣と盾を収めた。
「そういえば、さっきこいつが来る時になんか気配みたいなの感じたんだけど」
「あぁ、それは索敵スキルだよ。ゲームの中じゃ画面脇のマップで近づいてくる敵対モンスターの存在を教えてくれるけど、この世界だと気配で察知できるんだ」
「…………そうなると、私たちの周り結構敵いない?」
「えっ、そんなに気配は感じないけど……」
「地中とかこの先の草の陰とか」
千春の指さす方向を目で追う冬樹だが、遠すぎてはっきりと見ることはできない。
「ところで、どのくらいの範囲わかってるの?僕三十メートルくらいなんだけど」
「えっと……はっきりとはわかんないけど、たぶん気配同士の間の距離から考えると……百メートル超えたくらい?」
「ひゃ……」
驚きに固まるのかと思いきや、呆れてものも言えないとばかりに苦笑いした冬樹は、
「なんというか……チルなんだなって思うよ」
いや、チルなのは当たり前でしょ。
そう言いかけて、千春は心の底から湧き出るような不思議な感覚を味わう。
そうか、チルなのか。今私は、ずっと画面の向こうで見ていたチル自身なんだ。
実感。そう言うにはあまりにも現実とかけ離れているような気がしたが、今目の前にある状況が他に変えようのない現実であることを認識し、深い充足感に包まれる。
今まで切り離されていたものが、一つとなって完成したような。無限の可能性が解き放たれているように思えた。
「よし、今から私のことはチルと呼ぶこと」
「え、うん、いいけど。唐突だね」
「まぁちょっと、心境の変化があったからね。それに、こういうのははっきり分けておいた方がいいでしょ?」
「確かに、じゃあチルって呼ぶよ」
「私もあんたのことゲームの名前で呼ぶから…………って、あぁそっか」
千春はそこで冬樹のゲーム内での名前を思い出して、そういえばと頷く。
冬樹が《フェアリーラグナロク》を始めた時は、タイピングもまともにできないほどのオンラインゲームどころかパソコン自体超初心者だった。そのため、名前を設定する時に自分の本名をカタカナで入力してしまったのだ。
そのため、
「つまり、冬樹のことはフユキって呼ばなきゃいけないってこと?」
「あはは、そうなるね」
なんとも締まらない感じになってしまったが、お互いの存在を再確認した二人は、改めて向き合った。
「ということで、よろしくフユキ」
「こちらこそ、よろしくねチル」
頷きあって、二人は街へ向けて再び歩き出した。
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