1話『ポンコツ女神の気まぐれ』

「ん……」

 

 目を覚ました千春は、目に飛び込んできた無数の星が輝く夜空に、数回瞬きすると、身体を起こした。

 ビックリするくらいに身体が軽い。

 起き上がりながら、千春は動かしやすい身体に、驚愕した。

 自慢じゃないが、千春はこの数年、世界の誰よりもまともな運動をしていない、という自負がある。

 ホントに自慢じゃない。というかできない。

 故に、こんなに動かしやすい身体に、少し、いや、かなりの違和感を感じる。

 そんな自身の身体への違和感は一旦無視し、千春は更なる謎に向き合う。


 ……ここはどこだ。


 見渡す限りの星空。地面の下にはさらに星空があり、宇宙の中にいるような感じだ。まぁ、宇宙に行ったことなど、無いのだが。

 というか、なんで地面の下に星空があるのだろうか。

 さらには異様なまでに澄んだ空気。どんな大自然の中にいても、ここまで澄んだ空気は味わえないだろう。これもまた、千春は大自然になど行った事は無いのだが。

 こんなわけのわからない場所。なぜ自分がここにいるのかさえわからない。

 ついさっきまであった出来事は覚えている。

 《フェアリーラグナロク》のプレイ中、届いたメッセージを開いてみると、それが差出人不明の、腹の立つメッセージで。

 その後幼馴染である冬樹からの電話で、そのメッセージに張られたURLを押してみたら、ここにいたと。

 まったくもって意味不明である。

 まぁ、こんな意味不明な状況で、恐ろしい程に落ち着いてる自分が一番意味不明なのだが。

 さて、どうしたものか。

 千春は、座って考え込む。

 こんなわけのわからない状況、現実でありえないような空間。

 どう考えても夢オチである。

 よし、寝よう。

 数秒でそんな結論を弾き出した千春は、その場に寝転がり目を閉じ――――


「待て待て待て待て!!」


 ようとして、唐突に聞こえてきた声を、完全に無視し、千春は目を閉じた。


「無視!? 明らかに聞こえてたわよね!?」


 そんな千春の行動に、衝撃を受けたかのような、女性の声。

 なんなのだまったく。夢オチならさっさと終わらせてくれ、自分。

 自らの能に、愚痴を言いながら、目を開いた千春の目に映ったのは、寝ている千春を見下ろす女性。

 めんどうだ、寝よう。


「寝るなって言ってんでしょ!!」


 怒ったような声の後、頭を突かれた千春は、めんどくさそうに女性を見つめた。


「何よ……夢オチなら早くして……ゲームしたい……」

「この状況で、まだ自分の夢オチだと信じてられる、あなたの神経を尊敬するわ」


 呆れたような頭上からの声に、千春はめんどくさそうに唸りながら、起き上がった。

 仕方ない、自分の夢であろうが、話でも聞いてやるか。

 そう思い、千春は女性に視線を向けた。

 随分と美しい女性だ。銀の滑らかな髪に、出るとこ出て、引っ込むとこは引っ込んでるかなりのモデル体型。そんな大人びたスタイルとは対照的に、幼さと神々しさを感じさせる端整な顔。

 どこかのモデルかなにかなのだろうか。


「やっと起きたわね……」

「あなたがピーピーうるさいからね。というかあんた誰よ」


 ため息混じりに、胡坐をかいて女性と向かい合う千春に、女性はまたも呆れたように言う。


「あなたねぇ……女の子がその格好で、その体勢ってのはどうかと思うわよ……」


 そう言われ、千春は自分の姿を見下ろす。

 ダボダボの無地の白Tシャツを一枚、ワンピースのように着ただけの姿。無論下に何か着るなどという珍しい行為は、基本的にしない。

 普段から千春はこの格好なので、特に驚きはない。まして、同じ女を相手に、恥じらいなどあるわけがない。


「まぁ、それはそれとして、あんた誰よ」

「…………」


 もうなにも言うまいと、ため息を吐いた女性は、指をパチンと鳴らした。

 その女性の動作と同時に、女性のすぐ後ろに豪華なチンツ張りの椅子が現れる。

 それに腰を下ろした女性は、長い足を組み、ゆっくりと口を開いた。


「私は……神よ!」


 ……さて、寝るか。


「ちょっと待ちなさ~い!!」


 横になろうとした千春に、女性の怒声が飛んできた。


「自分から聞いといてその反応は何!? もっとこう……あるでしょ!! いろいろと!!」

「いろいろって何が?」

「驚きよ驚き!! しかもなんでこの状況で寝るって選択肢があるわけ!?」

「そりゃあ……むしろこの状況だから?」

「…………」


 もう本気で頭を抱えたい衝動を堪える女性。

 そんな女性を眺めながら、早く終わるなら終わってくれと思う千春。


「私は創世神イシス!! マジの女神なのよ~……」


 語尾が消えてしまいそうな感じで、泣きそうな声で言う、イシスと名乗る女性。事実、泣きたい。


「……はっ」


 そんな彼女を、千春は鼻で笑い飛ばした。


「この子をここに呼んだのは間違いだったかしら……」


 ボソボソと言いながら、げんなりとするイシスに、千春は欠伸を噛み殺して、


「で? イシス、ここどこ」

「創世神を呼び捨てとは、良い度胸してるじゃない」


 その美しい顔に、怒りを滲ませながら、イシスは続ける。


「ここは私の宮殿、つまり聖地」

「ふーん、そっかー」

「…………(ピキッ)」


 イシスは、笑顔で興味のない返答をした千春を見つめる。

 いや、睨み付けると言った方が正しいか。この笑顔は、当然怒りの笑顔なのだから。


「あなた……少しは感動的なものは無いの?」

「無い。自分の夢に感動するとか、どこの変人よ」


 ほぼ即答と言うべき速度で返ってきた答えに、イシスは絶句する。

 人類、ここまで鈍くなれるものなのだろうか。


「あのねぇ、あなたまだこれが夢だと思ってる?」

「一番その可能性が高いと思ってるわ」


 思ってるというレベルの行為ではないことを、イシスはとっくに気が付いている。


「ふっ、まだ夢だと思ってるようね。残念、これは完全なる現実よ!!」

「あ、そう」

「あれ!?」


 千春を指差し、ビシッと決め、言い放ったイシスは、千春のあっさりとした態度に、拍子抜けする。


「驚かないの?」

「別に、現実なら現実で、特に気にしないし」


 強がってるわけでもないことが、嫌という程にわかる千春の返答に、イシスは、自らが存在してきた全ての記憶の中で、一番の驚きを感じていた。

 実際、イシスは本当の創世神であり、今二人がいる場所は、本物の神の宮殿。

 イシスの言葉は、何一つ偽りは無い。

 ただ、イシスが創りだした世界は、千春が今まで生きてきた世界では無いのだが。まぁ、それについて、イシスは何一つ言って無いので、気にしなくても良いだろう。

 そんな相手を前に、完全に舐めた態度をとれる千春は、中々である。



「あなた……図太いというかなんというか……むしろ感心が生まれるわ」

「褒められるのは苦手だけど、ありがとう」

「一応褒めてるわけじゃないわよ? それと神様に対する態度じゃないわよね? 今さらだけど」


 まぁ、これについてはイシスは半分諦めているのだが。


「さて、千春。そろそろ本題に入ってもいいかしら?」

「いいけど、何で私の名前知ってるの?」

「神様という身分でありながら、その程度もわからなくてどうするのよ」


 それもそうか、と納得する千春は、伸びをしながら、表情で先を促した。

 そんな千春に、多少なりともイラッときたイシスだが、一々反応もしてられないので、そのまま話し始める。


「あなたをここに呼んだのはね!! 私の創りだした世界に挑んでもらうためよ!!」

「…………は?」

「ふふふっ、さすがにこれには驚いたでしょう?」

「いや、むしろいきなり結論から言うとは、中々おもしろみのないやつなんだなって」


 小馬鹿にしたかのような笑いを浮かべる千春に、イシスはついに頭を抱えた。

 ちなみに、さすがの千春も普段からこんな小生意気なわけではない。しかしなぜだろうか、この女神を前にすると小生意気な態度が正しいと思えてしまう。


「もう……なによこの子……しかも神を、それも創世神なんて上位の存在に向かって、おもしろみのないやつ? 心折れそうなんですけど……」


 しばらくブツブツと文句を垂れ流したイシスは、気を取り直して、顔を上げ、高らかに言った。


「あなたには、これからチルになってもらうわ!!」

「は? チル?」

 

 さすがの千春も、この言葉には少し驚いた。

 チル。千春が操る、MMORPGフェアリーラグナロク内で、暗殺者アサシンとして力を振るうキャラクターの名前である。


「さすがにこれは驚いたようね」

「うん、驚いてることくらい、普通に考えれば言わなくてもわかるでしょう?」


 千春のこんな言葉にも耐性が付いてきたイシスは、こんなことでは一々怒らない。まぁ、この後いらぬ耐性が付いたと嘆くことになるのだが。


「つまりは、あなたの世界はRPG的なファンタジー世界で、そこに私のチルで頑張れと、そういうことね?」

「うん、その通りなんだけど。できれば先に言わないでほしかったかな」

「いやいや、こんなとこに来た時点で、こういう展開だなって予想くらいできるわよ。このご時世、一々どこぞのライトノベル的な新鮮な驚きなんて生まれないわよ」

「私のおもしろみがないんじゃなくて、あなたのおもしろみが欠けまくってるんじゃないかしら」

「こういうので驚いてほしけりゃ、もっと斬新なやり方しなさいよ。具体案とかは一切無いけど」

「あなたがいた世界で言う、『現場を知らないのにごちゃごちゃ文句言ってくる奴』のウザさを、身に染みて実感するわ」


 そういうタイプの人間のウザさは、千春にも大体理解できる。そんな人間に会ったことないのだが。


「私が創った世界の名前は『アラトリアス』。あなたの世界でいう、剣と魔法の世界的な感じね」


 世界観は大体想像がついてる、そんな説明はいらん。

 大体の先が読めた千春には、そんなイシスの説明よりも、最初から思っていたのだが、この自称女神のどことなく情けない感じが気になって仕方ない。あと、変に情けない人間に多少のチャラさが感じられるのが、違和感でしかない。

 というか、実はバカだろこいつ。


「それでね、あと二つ大事なことがあって」


 まだ二つもあるのか……。

 大体の人がそうだと思うが、都会の女子中高生が使うような話し方は、大変にイライラする。まさにそれである。

 イシスの喋り方は、千春からしてみれば、十分チャラい。もはやそのウザさは、小うるさいリア充共と同等である。千春は別にリア充に恨みがあるとかでは無いのだが。リア中に対しては、勝手にやってくれという感じなのだが。


「まず一つ目ね、これから千春にはチルになってもらうんだけど、もちろん性能は《フェアリーラグナロク》から引き継いでくるから、あなたのチート性能を手に入れられるわ」


 つまりあれか? あの様々な人から妬まれたあのキャラクターになれると? うん、めんどうだ。


「それから二つ目に、あなたのギルド『龍の花』のメンバーも、私の世界に来てるわ」

「はぁ!?」


 イシスもビックリするほどの、千春の驚愕の叫び。本日一番の驚きである。


「ちょっと待ちなさい! ウソでしょ!? あの変人共がいるの!?」

「う、うん……一応ここに来るためのURLを貼ったメッセージは、『龍の花』の全員に送ってるからね」


 急に迫って来る千春に、イシスは座りながら後ずさる。

 そういえば、『龍の花』の諸君とか書いてあったな。

 今さらながらその事実を思い出し、今度は千春が頭を抱えた。


「はい、じゃあそろそろ説明も終わったし、『アラトリアス』に飛ばすわよ?」

「ちょ、ちょっと待って!! せめてうちのメンバーがいる場所だけでも教えて!! そこにだけは行かないから!!」

「そんなこと言われてもね~、やっぱり神様にはそれ相応の頼み方してくれないと~」

「いいから教えなさい!! ぶっちゃけあいつらにはゲームの世界で会うだけで十二分なのよ!! リアルで会ったら私の身がもたな――――」

「うふふ、神様に無礼な態度を取ると後悔することになるでしょ? それじゃ、いってらっしゃ~い」


 焦る千春を実におもしろそうに眺めるイシスが、パチンと指を鳴らすと、千春の足元に魔法陣らしきものが現れ、輝き始める。


「まぁこのまま行かせちゃうのもおもしろくないし~。一応、あなた以外の人達は全員、あなたより三か月早く『アラトリアス』に転生させたわ」

「ちょ、それだけ!?」

「あ、ちなみにちょくちょく様子は見に行くからね」

「そん時までに私が変な目に遭ってたら、タダじゃおかないからね!!」

「とりあえずの健闘を祈っておくわ」


 満面の笑顔のイシスに、千春が口を開こうとしたのと同時に、千春は光に包まれた。


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