Flower of Dragon 〜九人で異世界攻略してみた〜
三木
序章
プロローグ『招待状』
『龍の花』。
MMORPG 《フェアリーラグナロク》 において、絶対なまでの力を誇った小規模ギルドである。
たった九人しかいないこのギルドは、名立たる大手攻略ギルドでさえ攻略することが叶わなかった、超高位クエストさえもクリアし、数々のイベント等において、不動のトップの名を刻んできた。
そんな最強ギルド、『龍の花』のギルドマスター、チルこと本名、浅田千春は、日の光を入れないよう、閉め切った暗い室内で、唯一の光源であるパソコンの画面の前で、キーボードを操作していた。
千春の操作に合わせて、画面の中の黒装束のキャラクターが動き、手に持った短刀を振るう。
ここ最近、ゲーム内で特にやることない千春は、いつもの癖でログインした《フェアリーラグナロク》で、ひたすら無意味な狩りを繰り返すのが、日課になっていた。
現在画面内の千春のキャラクターである、チルが戦闘を行っている相手は、『レザルトークン』という、大きな人型のトカゲだ。
結して弱いモンスターではない。古参プレイヤーであれば、苦も無く倒せる相手であろうが、千春のように、何十体も連戦で戦うのは、異常である。
そんな相手を、簡単に薙ぎ倒し続ける千春は、パソコンのスピーカーから聞こえた着信音に、操作の手を止めた。
どうやらメールの着信らしい。
といっても、どうせ迷惑メールだろうが。
千春のパソコンにはよく、多くの迷惑メールが来る。
無論、ウイルスなどが仕込まれたメールや、チェーンメール、如何わしい商品の宣伝メールもある。
しかし、それをはるかに上回る数の迷惑メールが、《フェアリーラグナロク》の、ゲームサイトでのみ使用可能な『フェアリーレター』という機能で送られてくるメールである。
指定したプレイヤーに、メッセージを送る事のできるこの機能で、千春に届くメッセージは、ゲーム内での決闘を求めてくる挑戦状を始め、ギルドへの勧誘や、上級プレイヤーとして前線で戦う千春に嫉妬したプレイヤーからの迷惑メール等々。
本来フレンド同士での連絡や、運営からのイベントやメンテナンスの告知を受け取るために使われるこの機能は、千春にとっては悩みの種となっている。
もちろん、運営やフレンドのみしか受信しない設定にしておくことはできる。
だが、それをすると挑戦状(?)らしきメッセージを無視することとなる。
そんなことをすれば、怖気づいただの、逃げただの、千春にとって腹立たしい噂が、ゲーム内で流れてしまう。
そんな噂が流れるのと、数秒で圧勝できる勝負を受けるのとを天秤にかければ、答えなど簡単に決まる。
そんな悩みの種の中に見つけた、他のメッセージとは、異彩を放つメッセージ。
それは、挑戦状とも取れるのだが、どうも違うようだ。
そのメールにあったのはたった一行の文章と、青字のURLのみ。
《ギルド『龍の花』の諸君、君達は世界に挑む権利を獲得した。君達の健闘を祈る》
メッセージを再度読み、千春は鼻で笑い飛ばした。
「なにが世界に挑む権利よ……」
千春が呟いたその言葉が、一台のパソコンの液晶画面から放たれる光以外、照らすものの無い散らかった部屋に、嫌に響く。
この四畳半程の部屋が、千春にとっての世界だった。
この外の世界に千春が絶望し、諦めた時からの、千春だけの世界。
千春は、深くため息を吐くと、パソコンから離れ、ベットの上に倒れ込んだ。
嫌なメッセージだ。
仰向けになって暗い天井を見つめる千春の頭の中にあるのは、今パソコンに映し出されているメッセージへの苛立ちだった。
別に、千春の何かが悪いわけではない。
千春の容姿は、結して悪くない。腰まで伸びた艶のある黒髪、少し強気な目だが整っていて、同い年の女子高校生と比べても頭一つ抜けている可愛げのある顔。スタイルだって、悪い方ではないだろう。
ただ、人間というモノが嫌いだっただけ。
幼い頃に、社会の理不尽さを知り、人と距離を置いて生きてきた。
中学は、誰とも話さず、誰とも関わらず、空気のように毎日を過ごしてきた。
頭は悪くなかった千春は、大した苦労もせずに、地元の公立高校に行くことができた。
しかし、その高校には、最低限の出席日数を稼ぐためと、進級のための試験を受けるためだけに行っていた。
別に千春の周りの環境が悪いわけじゃない。
両親は、千春が部屋に籠り、ゲームに明け暮れる日々を送っていたとしても、何一つ文句は言わなかった。千春が高校生となり、一人暮らしがしたいと言うと、それを快く了承し、毎月仕送りもしてくれる。
そんな両親に、千春は感謝していた。行きたくもない高校に、最低限ではあれ通うのも、高校を公立の所にしたのも、両親のためだ。
本当は、外の世界のせいじゃない、自分の問題なんだと。そんな事には、とうの昔に気付いていた。
さっきのメッセージに対する苛立ちは、自分への苛立ちでもある。
その事実が、余計に千春の苛立ちを増やしていた。
どこへもぶつけられない苛立ちを抱えながら、枕へと顔を埋める千春。
ふとその時、パソコンのキーボードの近くに置かれたスマホが振動し、お気に入りの着信音が鳴る。
顔を傾け、スマホのある方向を、しばらくボーっと眺めた千春は、めんどくさそうに立ち上がり、スマホの画面に出ている名前も確認せずに、操作し、電話に出た。
『あぁ、千春?』
スピーカーから聞こえる、聞き慣れた声に、千春はめんどくさそうに返す。
「私の番号にかけといて、他に誰が出るのよアホ冬樹」
電話の相手を理解し、通話を切ってやろうかと、本気で考え始める千春。
電話の相手は、千春の幼馴染である、
「それで? なんの用?」
『うん……千春にも届いた? 差出人不明の変なメッセージ』
「えぇ、このふざけたメッセージでしょう? 冬樹のとこにも来たの?」
『まぁね、もしかしたら、『龍の花』の全員に届いてるんじゃないかな?』
「そうね……その可能性が高いと思う」
可能性が高い、どころか、確実に『龍の花』の全員が、このメッセージを受け取っているだろう。
《『龍の花』の諸君》と書かれている上に、冬樹のところにも届いていたという事実で、千春は確信していた。
『どうする? このURL押してみる?』
「そんでウイルスだったらどうすんよ」
冬樹の質問に、千春は少し心配そうに返す。
千春がこのメッセージに書かれたURLを押さなかった理由として、一番は、文章への苛立ちだが、ウイルスの危惧もあった。
この手のウイルスは、千春のパソコンにあるデータを消去するようなものから、パスワードを盗み出すものまである。
千春の生命線ともいえるパソコンが、たちの悪いウイルスに感染するのは、避けたい。
『大丈夫じゃないかな、『フェアリーレター』で受信してるってことは、ウイルスの類は無いってことだし』
その言葉に、千春は、それもそうかと納得する。
《フェアリーラグナロク》の運営が管理しているこの機能を使って送られてきたメッセージに、ウイルスの類を仕込み、気付かれないなどできるわけがない。
「はぁ、じゃあ押してみる?」
『そうだね、このメールの差出人がわかるかもしれないし』
そんな冬樹の真面目な言葉を聞きながら、千春はマウスを動かし、青字のURLに、カーソルを合わせた。
「これでなんかあったら、冬樹に全責任取らせるからね」
『僕も押すから、チャラってことで』
「拒否権は無いけどね」
受話器越しの、どこか楽しむような声に薄く笑いながら、千春は謎の差出人からのURLをクリックした。
その瞬間、画面から溢れだす光の渦。
その光景に、千春が驚き、目を丸くしたのとほぼ同時に、千春は意識を失った。
これが、千春が絶望した世界で、千春が存在していた最後の瞬間だった。
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