乙女心はUターン

沢田和早

乙女心はUターン

 今日は黄色いドレスを新調してみたの。どう、似合うかしら。

 何を笑っているのよ。あなただって新品の衣装に着替えたばかりなのでしょう。

 あたしのことを笑える立場にはないはずよ。


 ねえ、実を言うとこれから何が起きるのか、あたしには知らされていないの。

 あなたはわかっているみたいね。頼りにしていいのかしら。

 あたしたち、さっき知り合ったばかりだけれど、心は通じ合っていると思う。

 これは……そう、きっと恋ね。あたしあなたに一目惚れしてしまったみたい。


 えっ、ヤダ、なによ、その迷惑そうな顔。

 女性のほうから告白しているのよ。

 嘘でもいいから少しくらいは嬉しそうな顔をしなさいよ。

 それに今は何とも思っていなくたって、付き合っているうちにきっとあたしの魅力に気づくはず。

 だから大切にしてね。ずっと一緒にいましょうね。


 えっ、何?

 ちょっとあなた、何を言っているの。

 そろそろお別れの時間だ、ですって?

 どういうこと。さっき会ったばかりなのに。


 きゃ、何をするのよ。そんなに激しく突き飛ばすことないでしょう。

 ああ、あなたがこんなに乱暴な人だとは思わなかった。

 いいわ。わかったわ。あなたみたいな人、こちらからお断りよ。

 あたしの相手をしてくれるのはあなた一人だけではないのだもの。


 ほら、もう見つかった。新しい相手。さっきの相手よりもずっとイケてる。

 こんにちは。あなた、一人? あたしもよ。

 実はついさっきまで相手がいたのだけれど、あんまり乱暴だからあたしのほうから振ってやったのよ。

 仲良くしましょう。あたしたちきっとうまくいくと思うわ。


 えっ、何?

 ちょっとあなた、何を言っているの。

 直ちにUターンして相手の元へ帰れ、ですって?

 どういうこと。彼とはさっき別れたばかりだって言ったでしょう。


 きゃ、何をするのよ。あなたまであたしを突き飛ばすなんて。

 あんまりよ。どうしてあたしがこんな目に遭わなくちゃいけないの。

 もう少し優しく扱ってくれてもいいんじゃない。

 わかったわよ。戻るわ。戻ればいいのでしょう。


 ああ、帰ってきてしまった。

 お久しぶり。不本意ながらまた会ってしまったわね。

 あなたまだ一人なのでしょう。あたしもよ。

 こうして再会できたのも何かの縁。

 さっきのことは水に流して、また付き合ってあげてもいいわよ。

 ひょっとして後悔しているんじゃない。

 あたしみたいなイイ女には滅多にお目に掛かれないものね。


 えっ、何?

 ちょっとあなた、何を言っているの。

 つべこべ言わずさっさとUターンしてあいつの元へ帰れ、ですって。

 下手に出ていれば勝手なことばかり言って。怒るわよ。


 いやあー! また突き飛ばされた。しかもさっきより激しく。

 もう、新調したドレスが破れちゃったじゃない。どうしてくれるのよ。

 あなたの顔なんか二度と見たくない。永遠にさよならよ。


 ああ、またあなたね。お久しぶり。

 これ見て。あの人が乱暴に突き飛ばすから破れちゃった。

 ねえ、あなたからも言ってくれない。か弱い彼女をこんな目に遭わせるなんて鬼畜の所業だって。


 えっ、何?

 ちょっとあなた、何を言っているの。

 おまえなんかボロボロのズタズタになろうが知ったことじゃない。さっさとUターンしろ、ですって。


 きゃああー! また突き飛ばされた。あなたたち二人とも最低よ。もう知らない。

 こんな場所には一秒だっていられない。


 あたしは外に出る。外から二人を眺めるともう新しい彼女を作っている。

 そしてあたしと同じように新しい彼女もUターンを繰り返している。

 かわいそうに。きっとあたしと同じ運命をたどるのね。


 あたしは箱の中に身を横たえた。箱が話し掛けてきた。


「お疲れさん。すっかり擦り切れてしまったね」

「最悪よ。二度とあそこには戻りたくないわ」

「そこまで空気が抜けてしまったらもう使われることはないだろうさ」

「ひどい話だわ。あたしみたいにか弱い女性が二人の男の間で何度もUターンをさせられたのよ」

「それは仕方ない話だろう。今日はテニストーナメントの初日。あんたはボールであの二人はラケットなんだから」


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