第10話 団長、足元足元!

SIDE: アデス・ハルア


これまでの人生、幾度もこういった立ち合いの場に臨んできたものだ。

模擬戦もあれば、命の取り合いの真剣での勝負も少なくない。

尋常の勝負もあれば騙し討ちもあった。

その全てを食い破り、今の騎士団長という大層な地位に据えられた。

剣一本でしか生きられなかった自分には過分な待遇だ。


人を育て、導く立場になり回数は減ったが、今でも若者を模擬戦の場で鍛えることはある。

中には原石を見つけることもあり、今では楽しみの一つとなってきた。


その中でも今回は特段にわしの心を躍らせる相手だ。

なにせ目の前にいるのはまだ10に届くかどうかというほどの子供でありながら、黄1級相当の魔物を単身で打倒した強者だ。


今のわし自身、黄1級相当の魔物を倒せと言われれば十分可能だ。

だが老いた身とあっては不覚を取ることもあり得る。

部下の中ではギリアムとエレイアが万全な準備をしてなんとかといったところか。


それだけの実力を持った相手だ。

一体どうやってわしを手古摺らせてくれるのか、楽しみで仕方ない。


開始の合図から目の前の少年に注目している。

まずは相手の手を見る意味も込めて、先に攻めさせるつもりだったが、一向に動かない。

両手で持った剣を正面に構えているが、腰が入っていないため、踏み込んで払えば楽に剣を弾き飛ばして試合終了に出来る。

だが、この模擬戦はアンディの実力を肌で知るために行う目的なので、それをしては意味がない。

ギリアムから聞いた話では魔術を巧みに使うとのことだったが。


いっそこちらから仕掛けてみるかと思った瞬間。

アンディの足元から爆発的に煙が広がっていく。

土魔術で煙幕を作り出したか。

中々器用な真似をする。

目が細かい砂煙のようで、目潰しを警戒したがこちらには来なかった。

夜の暗さも相まって、松明の明かりが追いつかない。


「目晦ましか。この状況でやるのは有効だが、いいのか?わしは気配だけでお前の位置がわかるぞ」


言葉で誘いをかけて、焦りを引き出すつもりだが、気配は動かない。

この状況で動かない理由は一つだけ。

視界を奪い魔術で仕掛けてくるということ。

すなわち、煙幕は詠唱の時間稼ぎ!


させじと大きく踏み込み、横薙ぎに剣を振るう。

会心の一撃だ。

踏み出しからの横払いはわしの得意とする手だ。


避けられたらもう一歩踏み込んで切り返しの一撃をお見舞いするし、防がれたら押し込んで動きを封じる。

掴んでいる気配から当たりをつけ、胴横に叩きつける。

悪いが、あばらの1本か2本は覚悟してもらおう。


(とった!)


振りぬいた瞬間、剣風で煙幕が薄れ、仄かに人型の影が浮かぶ。

ここから予想できる未来はそう多くない。

横腹に受けた一撃で吹き飛んでいくか、なんらかの手段で防御するか。


さあ、どうする?回避か防御か、あるいはこれでおしまいか?


だが想定を超えて、剣閃は通り抜けていき、アンディの上半身が千切れ飛び宙を舞った。

わしの剣は振りぬかれており、アンディの体を斬り飛ばしたのが自らの剣によるものだとしっかりと理解できた。

切断の証拠に下半身だけが残されている。


「ぬ!」


「きゃぁぁああああ!」


わしの出した声に重なり、誰かの声が聞こえた。恐らくエレイアだろう。

ギリアムからアンディのことを弟のようにかまっていると聞いた。

この光景を見ては悲鳴を上げるのも仕方ないことだろう。


刃の出ていない剣で振るって骨折は想定しても、胴体を切断するまでは想定しない。

どんなに脆い肉体でも、斬撃以外で斬られるのはあり得ないからだ。

鞘付きの剣は鈍器としては威力を発揮しても、剣としての機能が働くことはない。

だが、目の前には実際に上半身を切り飛ばされた人間が確かにいる。


一瞬意識を体が吹き飛んでいく方向に集中してしまい、足が止まった瞬間、足元が爆発した。


唐突に起きた爆発に反応できたのは奇跡だっただろう。

反射的に後ろに跳ねたが、信じられないものを見た。

なんと土の中からアンディが飛び出して来たのだ。

手に持った剣を伸ばし、わしの胴を払うつもりだ。


―いや、違う、狙いはわしの武器か!


払い抜きでわしの右手を狙って武器を叩き落とすつもりか。

子供の一撃とは到底思えない鋭さで、手元に迫る。

すぐさま右腕に力を入れて強引に小手を返し、柄を使ってアンディの剣を止める。


恐ろしく重い音が響いたのを感じ、込められていた力の強さに驚愕する。

わしが後ろに跳んだのに対し、アンディはほぼ真上に跳んだ形になるため、攻撃をいなした次の瞬間には衝突の衝撃も加わり、彼我の距離は開いていく。


一瞬、視線を先程の最初にアンディが立っていた場所の方に向けると、土でできた下半身と、地面に叩きつけられて崩れている上半身分の土塊が松明の明かりに照らされていた。


あの煙幕でわしの視線を遮り、土人形を作り出し、本人は地面に潜り気配を残した。

土の中の気配をわしはそのまま勘違いして捉え、攻撃をしてしまったということか。

大人であれば気配が下に動いたことに気付くが、子供の身長に誤魔化されたようだ。

土人形の上半身を切り飛ばしたことに驚いて、硬直してしまった隙を突かれたか。

それに合わせて地面から飛び出して、あの一瞬の攻防。


見事!

よもや自分の半分にも満たぬ歳の子供に感服させられるとは!


子供の立てる策ではないぞ。

それに術の使い方と機の掴みも絶妙だ。


あれをかわせたのは経験の差だろうな。

並の人間ではやられていたに違いない。

まだ子供でこれか、末恐ろしいな。

だが、まだだ。

まだ終わらんよ。

距離をとって仕切り直しだ。


「がははは!やるなぁ、アンディ!してやられぅごわ!!」


着地に合わせて賛辞を贈ろうとしてわしは深い闇へと落下して行った。


SIDE:OUT










さて今回、俺の立てた作戦は前世で見ていた漫画の影響を受けている。

まず、模擬戦の場所が寸前までわからなかったため、罠を仕掛けることもできず、行き当たりばったりな戦法を取らざるを得なかった。


大人げなくスタンガン並の電撃で開始・即気絶で終わらせることも考えていたが、広場に着いた途端却下した。

人目がありすぎるのだ。


雷魔術はこの世界ではかなり異質だ。

あまり人に見られたくはない。

よく言うだろ?『奥の手は見せるな。見せるならさらに奥の手を持て』ってな。

…あれ?これ言ったの誰だっけ?まぁいいや。


そんなわけで、土と水の魔術だけの縛りという、当初の予定よりも難易度が跳ね上がってしまった。

さあどうしようと思ったところ、ふと前世で見た漫画のシーンを思い出した。

初見殺しにはピッタリじゃね?

頭の中で一通りの流れを組み立て、最後の方だけ少し手を加える。


思い立って即採用。

これなら土魔術だけを使って、さらに度肝を抜くという目的も果たせる。

そうと決まれば、足元の土の表面に魔術を使って粒子を細かくするイメージで動かし、一気に辺りにばら撒く。


ちなみに地面に触れなくても土魔術は発動できる。

ただ距離が離れればそれだけ制御が難しくなるから、普段は体の一部が触れている所を基点に発動させるようにしている。

その方が楽だからね。


思ったより上手く煙幕を張れて、すぐに足元の土を操作し、土を人型に形作っていく。

その最中、団長から気配の話を聞かされて焦るが、動き出したプランは止められない。

動かした土の分だけ下に空いた穴に俺が入る。

土で蓋をしてじっと待つ。


そこでハタと気づいた。

これ、外の様子がわからんぞ。

絶好のタイミングを図らないと飛び出せず、いずれ気配を探られ、団長に見つけられるかもしれない。


そうなるとただ間抜けな姿をさらすだけだ。

その段になってようやく穴だらけ(うまい)の計画に自己嫌悪に陥った時、地面からの振動に気付いた。


―これを探れば団長の位置がわかるんじゃね?


そう思っていると、一足飛びに振動は近づき、一際大きくなった。

と、同時に女性の悲鳴が聞こえた。


一瞬が何倍にも引き伸ばされた感覚に襲われた時、ここだ、と思った。

俺の作った土人形は耐久性を全く考慮していない。

そこに団長の剣の一撃を受けると、煙幕と夜の視界の悪さも相まって、傍目にはスプラッタな絵が出来上がる。

それを見た誰かが悲鳴を上げたというところだろう。

すなわち、今団長は俺の真上にいる。


そう判断し一気に仕掛ける。

足の方の土中を硬化させ、足場を整える。

強化魔術を足だけに限定して全力で発動させ、一気に飛び出す。


全部がスローモーションのように感じ、思い描いた通りに全てが進んだ。

胴を狙うと見せかけて武器を狙う、と見せかけて跳び下がった位置に落とし穴を作る。


強化魔術を用いた一撃で武器を飛ばせればラッキーと思ったが、団長に止められた時は、マジで人間か?と思った。

こちとら両手使っての全力だぞ。


誤算だったのは、団長が思ったより遠くに跳んだということか。

遠く離れた位置に穴を掘るのは実は結構大変で、今の俺では団長の落下地点に半径2メートル、深さ4メートルの穴を作るのが限界だ。


ギリギリまで見極めて、団長を中心に落とし穴を発動させる。

見事、団長は綺麗に落とし穴へと落下していった。


分身奇襲作戦、これにて完了だってばよ!





団長が俺の開けた落とし穴に落ちていくのを見送って、周りを見渡した。

誰か試合終了を宣言してほしいなぁ。


チラッチラッっと順番に見回していくと隊長と目が合い、しばらく見つめ合う形で時間が流れたが、ハッと気づいた隊長が終了を告げた。


「勝負あり!勝者、アンディ!」


その宣言が辺りに響くと、騎士たちが気付き始めたのか騒ぎ始めた。

確かに俺のような子供が団長を倒してしまったら、騒ぐだろうな。


だが周りの騒ぎはどうやら俺が考えていたのとは違うようだ。

ほとんどの騎士が膝をつき項垂れている。


何かショックなことがあったのか?


団長がやられたから?


いやそれはないか。

周りの連中は、どこかお祭り騒ぎの様なノリだったから。

そうすると一体…あっ。


思い当たり、テオの方を見ると満面の笑みで手を振ってきた。

そういうことか…。

恐らく他の騎士たちは団長が勝つ方に賭けたんだろう。


倍率が低かろうと、確実にリターンがある方に賭けるのは不思議ではない。

その結果がこの絶望に塗れた顔の博覧会というわけか。

テオはさぞ儲かったのだろうな。

俺にもいくらか貰えないかな。まあ貰えないか。


そう考えていると、エレイアが走り寄って来た。


「アンディ君!ああ、生きてる…。…はぁあ、よかったー。もう、死んじゃったかと思ったわよ」


さっきの位置からだとはっきりと俺の胴体が斬り飛ばされたように見えたんだろう。

心配かけてしまったか。

何度も体を探って怪我がないか確かめている。

女性が男の体をまさぐるなんてはしたないですよ?


「大丈夫ですって。あれ、身代わりの方ですよ。ほらこのとおり。ピンピンしてますから」


その場でターンをして無事をアピールする。

そうでもしなけりゃいつまでも体をまさぐられ続けるからな。


「アンディ!ちょっと来てくれ!」


隊長に呼ばれ、俺が開けた穴の淵に行く。


「すまんが団長をなんとかしてくれるか。早いとこ出してやってくれ」


そう言われ穴を覗き込むと、穴の半ば辺りに団長がいた。

こちらを見ている目と合い、手を振られた。

どうやら落下中に穴の壁に突き立てた剣に掴まり止まっていたらしい。


まじか。

一瞬の判断で落下を免れるとは、反射神経と判断力がスバ抜けているということだ。

またはこういう時の経験も豊富なのかもしれない。

流石騎士団の頭を張ってるだけはある。


穴を埋めるのも兼ねて、底の方から土を盛り上げていく。

それに乗っかって団長も無事に地上に戻って来た。


「だっはっはっはっは。参った参った、わしの負けだ。こうまで見事にやられてはぐうの音も出んな」


背中を叩かれながら並んで歩いていく。

力が強過ぎて叩かれるたびに半歩ずつ前に押し出されて歩きにくい。


ふと気づくと騎士の人たちに半円状に囲まれている。


「どうやら連中がお前に話があるようだぞ。行ってやれ。お前ら!あまり羽目を外し過ぎるなよ?」


団長に騎士の礼が揃って返される。

それに答礼をして隊長を伴い去っていった。


瞬間、人の輪が狭まり質問攻めにあう。


「お前すげーな!あの団長に勝っちまったよ!」


「あっちで話聞かせてくれよ!」


「俺の給料がぁ…」


「さっきの土魔術よね!?なんであんなことができるの!?」


「あ、そうだ!詠唱は?それに発動体も持ってないのにどうやって!?」


あっという間にもみくちゃにされて、マシンガンの様な質問に晒される。

せっかく雷魔術を使わずに済んだのに、結局目立ったしまってこの騒ぎだ。

仕方ないので一人一人の質問に答えていく。


途中から誰かが持ち込んだ酒のせいで宴会騒ぎに発展してしまった。

俺は子供だから飲めないし、勧められもしなかった。


「そういえば気になったんですが、俺の勝ち方って卑怯だって言われてもおかしくないと思うんですけど、そうやって騒ぐ人がいないんですが、どうなんです?」


気になっていたことを近くの騎士の人に聞いてみた。

名前は聞いてはいたが、覚えていないので騎士Aでいいか。

だって一片に自己紹介されたんだもん。

覚えきれないって。

俺の質問にさっきまで騒いでいた連中が一瞬静まり、耳を傾けている。


「ん?あぁそのことか。まあ確かに普通に考えたら卑怯だって思うけど、そんなので騒ぐ奴なんざ実践を知らない新兵かお貴族様ぐらいのもんだぜ。俺たちは命賭けてんだ。やられたから卑怯だって騒ぐんじゃ騎士の誇りに傷がつく。それに、お前のは立派な策、ってやつだ。卑怯でもなんでもねぇよ」


その言葉に周りが同意するように茶化してくる。


「そうそう!あれは団長が油断してたのが悪いのさ!俺たちとやるときはいつも『常に相手の考えを読め』って言ってたのにさ」


団長の悪口を言っているようだが、口調の明るさと周囲の雰囲気で人望からの軽口だとわかった。

あんな見た目でもちゃんと慕われているんだな。あんな見た目でも。


ワイワイ騒いでいる途中で、子供の体ゆえの眠気を口にし、丁重に席を辞して自分の天幕に戻った。

とは言っても別に眠るわけではない。

今日手に入れた布で服を作るのだ。

そのために態々ランプを借りてきた。


布を効率的に使えて、比較的簡単に作れる甚平を目指す。

これから体が大きくなっていくのを見越して、最初からある程度大きく作っておこう。

今回は布を織り込んで縫っておけば、やがて成長したときに糸をほどいて調整できるだろう。

とりあえず3着は欲しい。

あと下着も。

さあ、チクチク行こうか。






SIDE: ギリアム・スーラウス


天幕に戻り、向かい合って席に着いてから団長が酒を取り出して、飲みだした。

いつもとっておきだと言って、遠征の無事の終わりなど、いいことがあった時に飲むようにしているらしい。


「今日はいい日だな。あんな清々しい負けは久しぶりだ。ギリアム、お前も飲め」


そう言ってもう一つ用意してあったカップに酒を注いでこちらに突き出して来た。

断る理由もないのでありがたく頂く。


「は。頂戴します」


軽く口に含んで香りを楽しみ少しずつ飲み込んでいく。

濃厚な香りが一瞬口に溢れ、切れのある後味が清涼感を演出する。

俺がよく口にする酒とは値段が違うのだろう、いい酒だ。


「あれほど見事に踊らされたのは初めてだ。術と策、両方をうまく融合させた希代の謀りだな。あれに勝てるのはそういない。…負けの言い訳ではないぞ?」


「わかっています。実際俺の目から見ても非凡な戦い方でしたから。考えの浅かった団長がやられるのも納得です」


あの時の土魔術は森の中でみた、建物を作る魔術とは明らかに運用法が違っていた。

戦闘用の使い方というのだろうか、欺瞞と隠蔽と捕獲を詠唱を用いず流れるように行える、まさに異才だな。

もし俺があの場にいたら…。無理、だな。足元からの奇襲でやられるのが関の山だろう。


「…お前は酒が入るとわしに敬意を払わなくなるな。まあ構わんが」


「団長の過去の行いを省みてください」


酒の入った団長の後始末を何度させられたか。

だから酒の席で団長に遠慮をすることがなくなり、次第に敬意も抱かなくなった。

もちろん、普段は弁えている。


言葉の無い時間がしばらく続き、団長の声が静寂を破った。


「まだ10歳かそこいらだろう。あの歳であれだけの実力、欲しいな…」


ピタリと酒を口元に運んでいた手が止まった。


「…本人は宮仕えを嫌がっている節があります。|騎士団(うち)に縛り付けるのは難しいかと」


俺が前に誘った時にも乗り気じゃなかった。

なんとなくだが、アンディは他の何よりも自由を求めている気がする。

あの森の暮らしがそうさせるのだろう。


確かにアンディを引き込めれば騎士団にとって大きな力となるだろう。

だが本人の意思が伴わない限り、いずれは離れて行ってしまう。

そうなれば俺達との関係もぎこちないものになるだろう。

やはり本人の希望通りにしてやるのが一番か。


「むぅ。流石に嫌がってるものを無理矢理にというのは外聞が悪いか。…仕方ない、諦めるとしよう」


そう言ってさらに酒を飲む。

ペースが速い気がするが、それだけ今日は気分がいいのだろう。

そのことをわざわざ指摘する無粋な真似はよそう。


「そう言えば、わしとの戦いでは例の雷魔術を使わなかったな。何故だと思う?」


ふと団長がこぼしたことに心当たりがあった。


「我々と森を移動中にアンディの魔術の異常さを指摘したことがありました。本人は自覚がなかったようなのでその有用性と危険性について話しました。今回使わなかったのは恐らくあの場所の―」


「―耳目を気にして、か。やはり見た目にそぐわない賢しさだな」


頷き同意する。


あの時周りにはキャンプ地の全団員がいたと言ってもいいだろう。

そんな場所で特異な術を使っては詮索の嵐にあうだろうし、最悪危害を加えらることもあり得る。

あの時土魔術だけで終わらせたのはなるほど、最も賢いやり方だ。

追及を受けるにしても、常識の範囲で収まる程度に済むはずだ。


「そう言えば、勝った際の褒美を決めていなかったな」


「なんです?急に」


「いや、わしと勝負をする時に勝った際にどうなるかを話していなくてな。なにか考えておかなくては…」


突然の発言に酒が過ぎたかと思ったが、どうやら本気らしい。


「でしたら、身分証の発行を手伝ってやってはどうです?記憶喪失の身空で寄る辺もないのですから、ささやかながら後見を立ててやるのもいい褒美になるはずです」


「おお!それはいい!そうだな、そうするか!では紹介状の準備…と、今日はもう遅いか。明日まとめてやるとするか。ギリアム、お前も手伝えよ?言い出したのはお前だからな」


是非もない。

アンディには出来る限りをしてやるのもあそこから連れ出した俺の責任だ。


「はぁー…、わかりました。自分も手伝いましょう。明日、書記官とここに来ますので、準備だけはしておいて下さい。自分はこれで失礼しますが、あまり飲み過ぎないようにして下さい。明日の業務に差し支えますので」


少し嫌味な言い方になってしまうのも仕方ないだろう。

この人は平気で予定を無視するからな。


「わかっておるわ。とっとと行け」


ムスっとした顔でシッシッと手を払われる。


「では、失礼します」


天幕を出て自分の寝床を目指す。


遠くではまだ騒いでいる連中の声が響いている。

まったく、明日二日酔いなんぞになっていたら厳しくしてやろうか。

酔いが回った視界を楽しみ、ゆっくりと戻るのであった。

…途中で水をもらって行こう。


SIDE:OUT

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