第9話 コレガ パン ト イウモノカ
SIDE: ギリアム・スーラウス
「では、報告を聞こう。掛けてくれ」
団長は天幕に入るなりそう言って椅子に腰かけ、俺に対面の椅子を勧めた。
本来は報告は立ってするのだが、長引く場合は椅子に座ってすることもある。
この人はそういうのは気にせず、誰にでもそうさせているが。
「はっ、失礼します。…ではまず調査の報告から。先遣隊の捜索ですが、およそ2日間で森の入り口を基点に、半円型に探索範囲を設け、探索を続けましたが、魔物及び先遣隊の痕跡共に発見できませんでした」
「…そうか。そうなると先遣隊はやはり……続けてくれ」
団長が無念そうな顔を浮かべた。
遺体の一部だけでもと言われていたが、痕跡すら見つからなかった以上、捜索を続けたとしても発見は不可能に近いだろう。
「は。当初の計画から外れますが、我々は探索範囲を森の奥まで広げることにしました。奥に向かい蛇行する行程で更に2日移動したところ、放棄された村の跡地に辿り着きました。そこで一人で生活をしていた、先ほど団長も見たあの少年と接触しました」
アンディに出会った時の話をすると、一層驚いたようで、腰を浮かしかけて、座りなおしていた。
「待て。あの森の奥に村があったのか?それに子供だと?一人でか?」
「は、間違いありません。部下にも確認をしていただいて構いませんが、誓って嘘は申しておりません」
「いや、疑ってはいないが……俄かには信じられん。あの森を子供が一人で生き抜いていたのか…」
確かにそこだけを聞くと信じられないだろうが、アンディの魔術の腕や拠点の完成度を知れば信じざるを得ないだろう。
正直、そこだけで生活を完結できる環境でアンディは暮らしていた。
俺たちに出会わなければあのまま暮らしていたことを考えると、俺たちのしたことは本当に正しかったのか不安になってきた。
いや、これでよかったはずだ。
どこか大人びてはいるが、まだ子供だ。
外の世界を知らずにいるには、あまりにも若すぎる。
「続けます。そこで情報を収集したところ、例の魔物が既に死んでいることが判明しました。やったのはその少年です」
「…なんだと。それは本当か?」
「事実です。死体は既に解体されていましたが、幸い毛皮と魔石だけは残っていたため、こちらで確保しました」
そう言って目の前の机に毛皮を広げていく。
目の前の物が魔物は死んでいるという事実を告げてくるが、もしこれが生きて自分達を襲ってきたとしたら。
そう考えるだけで冷汗が浮かぶ。
「これは…。確かに報告にあった特徴と一致するな」
腕に当たる部分や足の部分を持ち上げ、確かめるように観察しては頷いている。
「それと、こちらを。この魔物の魔石です」
そう言って開いた毛皮の上に置く。
改めて見ると純度もさることながらその大きさに感嘆のため息を禁じ得ない。
「…大きいな。これだけ見ると、討伐基準は黄1級相当といったところだろう」
「自分も同様の見立てです」
魔石の大きさは個体の強さに依存する。
個体が取り込んだ魔力によって純度が変わってくるが、この魔石は見た事が無いほど透き通っている。
これは魔石に浸透した魔力の質が高いことを示している。
魔石と毛皮、両方を抱き合わせてしかるべき所に売るだけで、一財産になるかもしれないな。
ただ、あくまでも魔石の大きさから黄1級相当と判断したが、実際に戦ってみるとそれよりも脅威度を低く認定されることがままあるので、一概にそうだとは言えない。
黄1級は討伐に訓練された兵士が2個小隊必要とされる強さと言われている。
これに魔術師が加わればもう少し人数は抑えられるが、それでも1個小隊は確実に必要だ。
「一体どうやって倒したのだ?聞いているんだろう?」
「は。それが本人から説明を受けましたが、今ひとつ要領を得ないものでして。ただ本人は雷魔術で倒した、と」
「雷?雷ってあの、空で光るあれか?」
「あれでしょう」
嵐の時などに見る、光りと音でしか存在がわからないものを魔術で使うなど出来るものだろうか?
団長も同じ考えなのか、首をひねって訝しんでいる。
「ふーーーむ。そんな魔術聞いた事が無いな」
「ええ、自分もです。ただその少年なのですが、魔術の腕と魔力量は常人とは思えず、加えてどうやら記憶喪失らしく、あのまま残しておくのは忍びなく思い、今回帰還の折、同行させた次第です」
報告を終えると一つ息を吐きだす。
団長は俯いて腕を組んだまま考え込み、しばらく時間が流れた。
顔を上げた次の瞬間には不敵な笑みを浮かべていた。
この顔は碌でもないことを考えているな…。
「話は分かった。…あとでその少年と話がしたい。そうだな…、夕食後にここに連れてこい。下がっていいぞ」
「はっ!失礼します!」
立ち上がり礼を取り、天幕を出る。
多分アンディは団長に模擬戦という名の暇潰しに付き合わされるな。
俺には止める術はないが、せめて無事に終わることを祈ろう。
そう思い、調理担当の兵の元へ歩みを向けた。
まあ俺もアンディがどう戦うのか興味があるしな。
知らず、口元に笑みが浮かんでいたことに気付いたのは調理場で指摘されてからだった。
SIDE:OUT
天幕の外からかけられた声に気付き、目を開いていく。
「入るぞ、アンディ。…なんだ、寝ていたのか」
エレイアさんが来ると思っていたが、入ってきたのは隊長だった。
「少し横になっていただけですよ。それより、どうしたんです?隊長さん自ら食事の知らせですか?」
「まあそうだな。飯の件で来たのは確かだ。それとお前に話があってな」
そう言って俺の目の前に食事の乗った盆を差し出した。
それを受け取ったのを確認して、隊長が目の前に座り込んだ。
隊長の盆もあり、一緒に食べるようだ。
さっきまで使っていた敷布の上とはいえ、お互い地面に座り込んで食事をする形になっている。
話というのも気になったが、それ以上に俺はこの世界で初めての料理らしい料理という物に感動していた。
少し濁った感じのスープは立ち上る匂いからコンソメっぽい感じがする。
メインと思われる焼き魚は鯖に似ているが、恐らく川魚だろう。
なによりも俺の目を釘付けにしたのは、この世界に来て初めての穀物の主食、そうパンだ。
森で隊長にもらった乾パンは主食とはカウントしない。
あれは非常食だと思っている。
あんな硬いものを日常的に食う主食に分類してはならない。
基本的に森では穀物を手に入れる手段がほとんどないため、これが今生初といっていいだろう。
少し気になったのはスープ以外がそのまま盆の上に置かれていることだ。
衛生的に大丈夫なのかと思ったが、この世界の軍でも効率重視を命題にしているだろうから、これも効率を考えればおかしくないか。
食事から目が離せないでいると、隊長の漏らした笑い声で現実に戻り、居住まいを正した。
「食事が気になって話が入らないと困るだろう。先に食べるとしよう」
そう言われ、がっつくように食べていく。
初めて食べたこの世界のパンは、久しぶりの主食ということもあり、感動的にうまかった。
しかし、食べ進めるとやはり俺の知るパンとはかなり違うようだ。
どこかスカスカした食感とパン自体の硬さも気になる。
それでも久しぶりの味に残すことなく全て食べきった。
隊長は既に食べ終わっており、こちらが終えるのを待って話を始めた。
「では、話をしよう。このまま休みたいだろうが、この後、うちの団長と会ってもらう。おそらく魔物のことについてとお前自身のことについて聞かれると思う。あまり堅く構える必要はないが、最低限の礼儀だけはもつように。まあ、普段通りのお前なら大丈夫だろう」
「俺のこともですか。まあそれはわかりましたけど、魔物のことについてはあまり知りませんよ?いきなり襲われただけなんですから」
「それでも実際に見た人間の意見というのは欲しいんだろう。…それと多分団長に模擬戦を挑まれると思う」
…いやその理屈はおかしい。
俺の意見を聞くというのはまだわかる。
だが、模擬戦に繋がる流れがどこにあったのか理解できない。
しかも相手が騎士団の団長って、あのマフィアみたいなおっさんだろ。
下手したら俺の命が無くなるんじゃないか?
でもこの話をしたということは恐らく避けられないんだろうな。
遺書でも書いとくか?あ、だめだ。紙がねーや。
それにしても隊長、なんで楽しそうなんですかね。
「…なぜ俺に?見ての通りの幼気な子供なんですが」
「フッ、お前に幼気などと似合わん」
鼻で笑われた。ひどい。
謝罪と賠償を請求するぞ?
「あくまで俺の推測で話しているだけだが、間違いないと考えて準備だけはしておけ。解ってると思うが団長は強いぞ?伊達でその地位にいるわけじゃない」
そりゃ騎士団のトップなんだから弱いわけがない。
本心ではあまり乗り気ではないが、ここらで自分の実力を図っておくのもいい機会か。
だが、ただやり合うだけではつまらない。
思いっきり意外な手で度肝を抜いてやろう。
無慈悲な鉄槌に恐れ戦くがいい。グフフ。
「…悪どい顔だな。話は以上だ。問題なければ今から団長の天幕まで行くが?」
「…おっと、失礼。問題ありません。行きましょう」
そう言って立ち上がり隊長に続く。
立ち並ぶ天幕を縫うように進み、周りより一回り大きい天幕の前に着く。
「失礼します。ギリアム・スーラウスです」
そう言って声をかけると、垂れ布の入り口の向こうから入れの返事が来た。
中に入ると、部屋の質素さに少し驚いた。
執務に使っている机から、寝起きの寝台まで簡素な造りで、実用性を重視した団長の意思が感じられる。
応接セットとして使われているだろう、膝ぐらいのテーブルの各辺に置かれた4脚の椅子の内、上座に腰かけていた団長に見た目通りの質実剛健さが伝わってきた。
「よくぞ参った。さあ、掛けてくれ」
そう言われ、隊長が団長の左側の席に座ったのを確認してから、軽く頭を下げて名乗る。
俺は騎士ではないので頭を下げるだけで礼を取る。
「お初にお目にかかります。私はアンディと申します。記憶を失っておりますので、年齢と生まれを知らないため、お答えすることは叶わないことを先にお断りさせていただきます。礼儀を知らず、至らない点もございますので、ご無礼、平にご容赦を」
こんな感じでいいかな。
いいというまで頭を下げたままにしておくって前世で誰かが言ってた。
しばらく静寂が流れたが、隊長の言葉で時は動き出す。
「団長、声を」
「あ、ああそうだな。頭を上げていい。いや、見た目よりしっかりしていて驚いた。それだけ話せる人間はそういないぞ?教育の跡を疑うに、身分ある生まれかもしれんな」
ふぅー、どうやらこれでよかったようだ。
まさか、いきなり無礼討ちは無いと思ったが、地位ある人間には遜っておくのが正解だろう。
「恐縮です、閣下」
「閣下はよせ。堅苦しい言い方はこの辺でいいだろう。わしはアデス・ハルア。ヘスニア地方騎士団の団長をしておる。とにかく掛けろ。立っていては落ち着いて話も出来ん」
突然砕けた雰囲気になって改めて着席を促してくる。
こちらの方が素なのだろう。
「失礼します」
着席を確認してから、団長から質問が飛んできた。
内容は魔物の事についてだが、俺から話せることあまりなく、隊長から先にある程度話を聞いていたのだろう。
時折、隊長に目線を送り、報告との摺り合わせをしているようだった。
俺のことについても記憶喪失が根幹にあり、あまり話すことはなかった。
話の途中、何度か同情の視線を向けられるが、嘘をついている俺からしたら、居た堪れない。
その苦悩を勘違いしたのか、話を変えてくれたりと気を使っているのがわかり、さらに申し訳ない気持ちが強まった。
「なるほどな。大体ギリアムから聞いていた話と変わらないな」
「隊長さんから聞いていたのなら俺の話は必要なかったのでは?」
「これでも団のトップを預かる身だ。直接話を聞ける者がいるなら出来る限り聞くのがわしの責任というものよ」
確かに、報告というのは主観が混じるうえに、いくつか中継されると内容が正確に伝わらないというのは往々にしてある話しだ。
直接当事者から聞くというのは、正確なうえに新たな発見も出来たりするので、非常に有効だ。
そこから俺の使う魔術の話になったが、土と水の応用の広さは驚かれたが理解はできたようで、普通に受け入れられたが、雷に関しては今一つわからないようでかみ砕いた説明をしても最後まで理解されなかった。
よくよく考えてみると、現代日本でも雷の仕組みは正確にはわかっていない。
まだこの村しか文明の程度はわからないが、それでも電気を生活に利用しているとは思えない。
そんな世界で雷の発生を説明しても到底理解できるとは思えない。
仕方ないので大半をそういうものだと誤魔化して説明し、お茶を濁した。
そういえば、この世界にお茶はあるんだろうか?
紅茶はありそうだが、緑茶はどうかな。
機会があったら探してみるか。
「興味深い話だった。さて、突然だがアンディよ、一つわしと腕試しをせんか?」
いたずらを仕掛けるような笑い顔で話しかけられてやっぱり来たかと思った。
隊長も同じ気持ちのようで、溜息を吐いている。
実際は頼まれている形だが、団長から感じられる雰囲気は獲物に飛びかかる寸前の肉食獣の様な獰猛なものだ。
どうも提案を流せるような気がしない。
「はぁ……、わかりました。でも俺のやり方でやらせてもらいますよ?それでいいならお受けしましょう」
「よし!決まりだ!外の広場を使うぞ。誰かわしの剣を持ってこい!」
満面の笑みを浮かべてバタバタと天幕を出て行った。
外の広場と言われても俺は場所を知らないんだが。
その意味も込めて隊長をジッと見つめると、肩を竦めながら席を立ち、先導してくれた。
村の前に扇状に広がる広場は、本来であれば行商や、もっと大規模な軍の駐留などに使われるスペースで、地面は固く踏み締められており、足場のしっかりした場所として模擬戦を行うのには適しているのだろう。
現在、その広場の周りに松明が焚かれており、充分な明るさを確保できている。
更にその外側には見物に来たと思われる、騎士たちが立っていた。
一角にテオの姿が見えたが、何をしているのかと思ったら、なにやら木の札を渡している。
引き換えに何かを受け取っていたのがチラっと見えたが銀貨だった。
賭け事の胴元を仕切っているようだ。
何で俺をだしに稼いでんの?
「いいんですか、あれ」
せめてもの抵抗に隊長にバラす。
「多少の息抜きになる。あれくらいは見逃す」
頭を抱えながらの言葉ということは、褒められたことではないのだろう。
なら叱ってくれてもいいのに。ぬぅ。
そこから視線を剥がし、歩みを再開する。
円状に光源が囲んでいる中央の場所に団長が立っている。
傍らには長さ2メートルはある幅広の大剣が鞘に納まって地面に刺さっている。
あれが団長の武器なんだろう。
某ベルセルクの人みたいだな。ハゲてるけど。
「遅い!こっちは準備出来てるぞ。そっちは武器はどうした?」
別に遅くない。
普通に歩いて来たんだ、あんたが早すぎるだけだろ。
「武器はありませんよ。ずっと村暮らしだったので」
これは半分嘘だが、実際武器は使ってはいなかった。
基本魔術で事足りたから、余分な荷物は持つ必要がなかったのだ。
唯一、武器らしいものとして槍擬きがあったが、雑貨屋で売り払ってしまい手元にはない。
「なんだと。…仕方ない、少し待ってろ」
そう言って周りで見ていた一人に指示を出す。
しばらくまっていると、箱に色々と武器を詰め込んで運んできた。
目で確認すると頷かれたので、ここから好きなのを選べということか。
どれも刃引きをされているため、殺傷能力は低そうだが、当たれば普通に痛そうだ。
適当に長さの短い剣を選んだ。
いわゆるショートソードというやつだな。
開始位置と思われる線の所へ行き団長と向かい合う。
「よーし。それでは始めよう。降参するか武器の喪失、もしくは戦闘継続が不可能と判断した場合に限り、外野から止められる。それ以外は何をしてもいい。あと、なるべく殺さないように、も加えよう」
なるほど、このルールなら俺にも勝ちが狙えるな。
同意の頷きを返し、団長から開始の声が掛かった。
団長は剣を脇に構えたまま動かない。
こちらの出方を見ているのか、先手を譲る気らしい。
なら、作戦通りにいっちょかましてやりますか。
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