第6話 おもてなしは心

囲炉裏の周りに陣取り、厳つい大男を上座に右手に小柄な男性、左手に長身の女性が座った。

俺はもてなす側なので、土間側の下座に着いた。

全員の前には、石の皿に乗った串の焼鳥が一人8本程と、木の椀に入った干し肉と山菜のお吸い物擬き、デザートのブドウ味パパイヤを各自に1個ずつ用意した。

箸を使えるとは思えないので木の匙を使ってもらう。


もうすっかり日も暮れているため、明るさ確保の為に部屋の四隅と囲炉裏の上に光源を用意した。

粗鉄の皿に獣油を溜めて、森で見つけた綿花っぽい植物を捩じり合わせて芯を作り皿に浸すと行燈皿になる。

燃えている間は匂いが気になるが、夏の間は窓を開けて解決している。


昼間ほどの明るさはないが、陽が落ちる間際の空くらいの明るさはある。

周りに光源がないこの世界では、これぐらいでも夜を過ごせる。


お互い名前も知らないことに気づき、食事の前に自己紹介をという流れになった。

3人とも騎士団の所属で、森には調査任務で派遣されてきたという。


騎士か…、かっこいいなぁ。

俺も男の子だからね、そういうのに憧れる気持ちはあったもんだ。

それぞれから名前を聞いて、次は俺の名前を、という段になってハタと気づいた。


…名前、どうしよう?


元々この体は俺のものじゃない以上、名前を持っていたはず。

本来であればそれを名乗るべきなのだが、記憶にない以上は俺が勝手に新しく名乗ってしまってもいいのだろうか?


いっそ前世の名前を名乗ろうかと思ったが、それはなんか違う気がするし。

そう考えて返事を出来ずにいると、隊長さん(他の二人がそう呼んでいるから俺もそう呼ぶ)から話しかけられた。


「少年、もしや何か名乗れない理由があるのではないか?だとするなら無理に聞こうとは思わんぞ。こんなところに一人で暮らしているくらいだ、何かしらの事情があってもおかしくない。そのことに深く追及する気はこちらには毛頭ない。無論、犯罪に関わっているなら見過ごせんがな」


そう最後に冗談めかして言うと、エレイアとテオも頷きながら揃って暖かい目で見てくる。


違うんです、そんな壮大な設定を抱えてるわけじゃないんです。

ただ、説明できないことが多すぎるだけなんです。


いや、ある意味壮大な秘密といえるものは確かに持ってるけど。

心の中を全部ゲロってしまえれば楽なのだが、これを口にしても信じてもらえるとは思えないので、やはり口を噤むしかできない。

暖かい目で見られることに居た堪れなくなって俯いたとき、ティンと天啓が下りてきた。


「いえ、そういうわけでは無く、ですね。…どうやら記憶を失っているようなんです。気が付いたらここで倒れていて、僅かに残っている知識を頼りに、必死に日々を過ごし、今日まで来ましたもので。なので生まれも名前も解らないんです…」


そう言って苦笑しながら、さも参ったなーという感じで頭を掻くしぐさを挟む。

記憶喪失でほとんど覚えていない、だから名乗れないんですよーの術。

今閃いたにしてはいいんじゃないか、これ。

これならここで生活していることにも説明がし易いんじゃないか?




周りの空気が何とも言えない重苦しいものに変わったことに気付いたが、多分記憶喪失の部分に同情的になっているだけだろうから、あまり気にしないでおこう。


そう思っていると、エレイアが膝を使いこちらににじり寄り、突然肩を掴んで自分の方へ引っ張った。

不意のことで油断していたため、あっという間にエレイアに抱きしめられる形になった。


女の人ってなんでイイ匂いがするんでしょうね。


「あぁ、可哀想に!記憶も何もかも失って、こんなひどい所へ一人放り出されるなんて!まだこんな幼いのに!もう大丈夫、大丈夫だからね!あぁー可哀想に!」


そう言ってまた強く胸に引き寄せられた。


エレイアさん、2回可哀想って言ったけど。

大事なことなんですね?


しかしまぁ、なんというか、本当に居た堪れない。

咄嗟に思い付いた手垢のついた設定に、ここまで感情移入されると胸が痛む。

とりあえあず、他の御二方に助けを求める意味を込めて視線を送る。


だが、テオは涙ぐんで目元を拭っているし、隊長は目を閉じて腕を組み、何かを考えているみたいだが、目元が少し濡れて光っている。

だめだ、これは長くなるぞ。


それからしばらくして、辺りに響いた俺の腹の音で、みんな冷静になり、食事に移るのだった。

だがその間も、エレイアは俺の隣にぴったりと張り付いて離れなかった。

めっちゃ食いにくかった。


食事の後片付けの最中もエレイアは手伝ってくれて、一緒に広場の流し場で食器を洗う。

時折、不意にこちらを見て涙ぐんで抱きしめて来るのでやりにくいことこの上ない。

使った食器はまとめて藤っぽい植物で編んだ笊に立てて入れて、家の中で風通しのいい場所に置いておく。


食事が終わったので次は風呂に入る。

この風呂も手作りで、一度魔法で地面を高く盛りあげてから穴を掘って、底を固めてから平らな石を並べると、相撲の土俵ぐらいの広さの露天風呂風に出来上がった。


排水は側面下の丸い石を捩じりながら引き抜くと、そこから風呂の水が出てきて、広場の排水路に合流して流れていく。

これを作るために3日間細かい調整と整地のため、寝ずに頑張った。

この村一番の自慢がこの風呂だ。


「エレイアさん、そろそろ風呂の支度をしたいので家の方へ戻ってもいいですよ。あとは俺だけで十分ですから。用意ができましたら、呼びに行きます」


なるべくきつい言い方にならないように言葉を選び、やんわりと向こうへ行けと促す。

これ以上構われると罪悪感で一杯になって土下座をしてしまいそうだ。

そう思ってエレイアを遠ざけようとしたが、これは失敗に終わる。


「嘘!お風呂あるの!?こんな森の中でお風呂入れるなんて…。あ、もしかして温泉かしら?うんうん、温泉いいわよねぇ、ずっと前に家族で行ったことがあってねー」


なにやら一方的に話し始めたぞ。

この感じだと付いて来そうだ。


いかん、これでは追い払うこともできない。

…まぁいいか。

悪意があるわけじゃないし、純粋にこちらを気遣っての行動だし邪険にするのも失礼か。


「温泉ではありませんよ。これから沸かすんです。あっちの衝立の向こうにあるんですが、見ますか?」


そう言って指さしながら歩く。


「今から沸かしてたら時間が掛からない?それに薪も勿体ないでしょ。…もしかして私たちの為にわざわざ?だとしたら嬉しいんだけど、ちょっと気を使い過ぎよ?」


どうやらこちらが無理をしてもてなそうとしていると思い込んでいるようだ。

いや、本当に大したことはしないんだが。

料理に使う程度の量のお湯は薪で沸かすが、風呂となると普通に沸かしたりはしない。


「そういうことではないんですが。風呂は毎日入ってるんですよ。それに薪は使いませんから、気にしないで下さい。あ、そこ段差ありますよ」


そう言って2段のみの階段に注意を促し先を歩く。

薪を使わずお湯を沸かすのが想像できないようで、後ろからは疑問の声がかけられるが、見せたほうが早いので宥めておく。


風呂場についてから、淵に立ててある金属の棒に手を触れ、気持ち強めに電気を流す。

なにをしているかというと、この棒のうねうね曲がった先が水の中に浸かっており、電熱線の効果で熱が水に伝わると、あら不思議、ただの水がお湯になっていくじゃありませんか。


まあ要はただの電熱線湯沸かしの要領なのだが。

抵抗値の高い金属を土魔法で集めて成型したこの湯沸かし棒は、強い電力を流すとすぐにお湯が沸くので、今まで考えたどんな便利道具よりも最高の発明だ。


「ちょ、ちょっと待って。なんでこれだけでお湯になるの?火もないのよ?え、なんで…」


俺が棒に触ってるだけで水がみるみる内に湯気が立ち、張っていた水がお湯になっていく光景に、ちょいとしたパニックになっているようだ。

もういい感じかなと思って、電流を止め少し待つ。


これは俺の感覚での話だが、電熱器で急に沸かしたお湯は待つことで肌への当たりが丸くなる気がするため、少し間を開けてから入ることにしている。


「さて、これで準備できましたよ。入る順番を決めてちゃっちゃと済ませちゃいましょう」


そう言って家に戻って他の2人にも声をかけに行く。

その途中、エレイアの質問攻めにあい、一つ一つ答えていく内に家に着いたので続きは明日にしてもらって風呂に入ってもらった。


最初はエレイアから入ってもらい、次に隊長、テオの順番で決まった。

俺はもてなす側なんだから、当然最後に入る。

ぬるくなったらもう一回沸かすと言ってあるが、むしろ熱いらしく、水を足していた。

日本人の基準で熱い風呂にしてしまったのはよくなかったか。


その後、風呂上りに縁側で風に当たり、少しマッタリした後、体が眠気を訴えてきた。

なんだかんだ夜遅くまで起きてるのは燃料の消費的にもあまりよくないので、話は明日してもらうことになった。


家の中を寝床に提供したのだが、外で十分と言い張っていたため、強く勧めて渋々だが了解してもらった。

俺の寝る場所を気にしていたが、別の所に小屋があると話し、なんとか納得してもらった。

もちろんそんな小屋など無いのだが。


―ないのなら 作ってしまえ 土魔法― ななし


家の外に出て裏手に回り、土魔法で小屋を作る。

完成したのは炭焼き小屋の様な三角の屋根だけの形だ。

簡素な造りの為に使った魔力もそれほど多くなく、残った魔力で小屋の中の地面を柔らかくし、持ち込んだ毛皮をかぶって寝転がる。


明日は早起きして、朝食を4人分用意しないと。

手間は増えたが不思議と嫌な気持にならず、明日のことを想像したら少し嬉しい気持ちに気付いた。

今日の出会いに、満たされた気持ちになって眠りについた。






SIDE: エレイア・アテックス



夜も更けて、私たちに宛がわれた家の中で3人で携行ランプの灯を囲んで話をしていた。

借りた家の備蓄を使ってまで夜更かしをするわけにもいかないため、自分たちのランプで明かりを確保している。

隊長が明日の行動指針を説明していく。


「しばらくはここを拠点に周囲を調査する。それに備えるために、装備の点検も兼ねて、明日は休息日としよう。明後日はテオとエレイアで組んで、辺りを簡単に調査してくれ。その間、俺は少年から何か情報がないかを聞いてみる。何日かかるかわからんが、もしかしたら一度報告に戻るかもしれんからそのつもりでな」


「了解です。あの坊主としばらく一緒に暮らすことになりそうっすね。しかしそうなると名前がないのも不便ですね。いっそ俺たちで名付けをしてやるってのはどうです?」


「テオもたまにはいいことを言うわね。隊長、私は賛成です。ずっと少年や坊主じゃあんまりですよ」


あの時、記憶がないという話を聞いて、思わず抱きしめてしまったが、私じゃなくてもそうしただろう。


自分が何者かも知れず、一人孤独と戦い、今まで過ごして来たのだ。

あんな小さな子供がこんな場所で寂しかったに違いない。

まだ親の暖かさも恋しいでしょうに。


皆が平等に与えられるはずの名前がないというのも可哀想だ。

そういえば私達が名乗った時も羨ましそうな、眩しそうな顔だった気がする。

思い返すだけで視界が滲んできた。


「…2人の意見には俺も同意だ。名付けの経験があるわけではないから、いくつか候補を出し合って、明日少年に選んでもらう、というのでどうだ?…よし、異論はないようだな。エレイア、書き取りを頼むぞ」


3人でいくつか候補が出されたが、圧倒的に男性陣の方が多く候補が出てくる。

私もいくつか出したが、女性の名前っぽさが感じられるとのことで、あまり採用はされなかった。

こっちの方が可愛いのに。


名前候補を書いた羊皮紙を畳み、脇に置いておいた背負い鞄に戻す。

明日見せる前に見つかっては、驚かせがいがないからね。


「そいえば隊長。私、あの子と一緒にいてすごいもの見ちゃったんですけど」


「すごいもの?そういえばテオも何かそんなことを言っていたが」


テオも?

一緒にいなかったから同じものを指してるわけじゃないだろうけど。

先にそっちから聞こうと促すと、テオは少し考えて立ち上がって部屋の隅に歩いていき指さした。


「この家、よく見るとおかしいんですよ。ここ、柱が地面と一体化してるんすよ。それだけじゃなくて、こっちの壁の土が有り得ないくらいツルツルしてて、硬いんです。こういうのって土系の魔術で土の壁を作った時の特徴にそっくりだと思いませんか。無いとは思いますが、もしもあの坊主が魔術でこれをやったとしたら、とんでもないことですよ」


言われて見てみると、確かに魔術で作った特徴がわかる。


「隊長、私も多分同じ話です。火を熾す時とお風呂を沸かすときに魔術を使ってたみたいなんですけど、それが変なんです。火の魔術以外で全部やってたんですよ。あんなの見たことないですよ。本人は至って普通みたいな顔してましたけど、絶対変ですよ」


魔術で火を熾すのはあり得ないことではない。

騎士団員にも何人か火種を作る程度の魔術を使える者が存在する。

そういった場合、手の先から小さな火を出して着火するのだが、あの子は火を出さずにパチパチ音のなる光で薪に着火していた。


お風呂に至っては、棒に触れて立っているだけで、こちらも火の姿を一切見せることなく、極短時間で張っていた水がお湯に変わっていった。


抵抗値やら電熱線やら原理の説明はしてくれたが、半分も理解できなかった。

本職の魔術師ならともかく、ただの騎士の自分ではあれがなんなのか推察することすらできない。


そのことを説明していくと、隊長の顔がだんだん険しくなっていった。


「…俺だけでは判断できんな。魔術は門外漢だが、聞く限りでは相当異質に感じる。土とよくわからない属性の2種類をあの年で使えるだけで、かなりの才能だと思える。できることなら団の幹部候補に勧誘したいくらいだ」


隊長の才能を見抜く目は確かだ。

事実、自ら冒険者から引き抜いたテオを含めた何人かは、現在の騎士団で充分立派にやっている。

それを聞いて間髪入れず、テオが提案する。


「なら、隊長。帰還するときに一緒に連れて行ったらどうです?ここに一人で置いてくより、その方が安心できます。もちろん坊主の意思を尊重するべきですが」


テオの性格からして子供を見捨てるような真似はできないから出た言葉だろう。

確かにここに残して行くよりは、保護の観点からも連れ出した方がいい。


「テオにしてはいい案ね。明日本人に聞いてみましょう。しばらくここに留まるんですし、じっくり考えてもらいましょうよ」


「お前はいつも一言多いんだよ、エレイア」


テオの声を無視し隊長に注目する。

腕をくみ、開放されている窓に視線を向け、今の案について考えているようだ。

長い時間が経ち、やがて口を開いたその言葉に、笑顔でテオと顔を見合わせた。


SIDE:OUT

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