第5話 4人、そして邂逅へ

SIDE: ギリアム・スーラウス


歩き始めて大分経ち、木々の隙間から見える空の色も赤が滲み始めている。

森の中では夕方に入り始めた時点で、暗さが気になり始めていた。

件の立て札のあった場所を発った時は昼を大分回った頃だったはずだから、二刻ほどは歩いてきた計算になるか。


あれから人の手の入った道を何度か通ったが、最初の立て札以降、人工物には出会っていない。


前を行く2人の背中からは焦りや疲労といったものは感じられないが、なまじ目的地があるだけに、どれくらい先なのかわからないまま歩くのは精神的にくるものがある。


不意に先頭を歩くテオが足を止め、右手を握ったまま頭の高さまで上げる停止の合図を出す。

なにか異常を発見したのだろうか。


しばらくテオの挙動に注視していたが、こちらを振り向き手招きをしている。

危険は無いようで、そのまま進み、エレイアと一緒にテオの横に並ぶ。

それを待って、テオが口を開く。


「隊長、あそこ見てください。どうみても塀としか思えないんですが、その塀に矢印があるのが解りますか?」


見ると確かに少し先の森の切れ間から土で出来たと思われる塀が垣間見える。

その塀の壁に矢印が刻み込まれており、右側に向かって矢印が連続している。

随分立派な作りの塀だが、森の中で安全な居住地を確保する為のものとして十分納得できる。


近づいていき、左右に広がっている塀を見るとかなりの長さで、恐らくぐるりと囲んでいるであろう中の広さは、そこそこの村の大きさが予想される。


「確かに矢印が続いているな。それに、かなり立派な造りの塀だ。エレイア、この場所に村はあったか?それとテオ、明かりを用意してくれ」


そう言ってエレイアは地図を取り出し、夕方の森の暗さが気になったため、テオにランプの準備をさせる。

しばらくすると明かりが灯され、3人で地図を囲んでこの場所の目星をつける。


「ちょっと待ってください。…これですかね?ここ、冬の狩りの拠点だったみたいですよ。でも3年前に放棄されてますから、今は無人ですね」


そう言って地図の隅の走り書きを指さし説明をする。

モトック村の住人から聞き取った情報も追記してある地図だけに、情報の信頼性は高いはず。


冬の狩りにしか使わない村にこれだけの塀を作るとは随分と豪勢な話だな。

森の中にある安全地帯としては最上の拠点にできるだろう。


「…おかしいな、それだとさっきの立て札の説明がつかねぇぞ。隊長の話じゃ立ててまだ日が浅いって話だったろ」


テオの言葉にエレイアも頷いている。

そう、さっきの立て札は最近立てられたものだ。

この村に人がいなくなってから、3年経っているはずなので、それを行える人間は存在しない。

とすれば、この村に新しい住人が出来たことになる。


とりあえず、矢印に沿って進んでみた。

一度角を曲がったところで、塀の中間地点に門と思える切れ間が見えた。

近づくと、確かに門だった。


丸太で組まれた簡素な門だが、幅は馬車が余裕で通れる広さだ。

今は閉じられているが、両開きする型か。

中々頑丈そうだ。


開門させるための声をかける必要があるが、一応攻撃される恐れも考慮して、門から何歩か下がって立つ。

今から言う内容次第では一方的に敵対行動をとられる恐れもあるため、念の為に2人をさらに後ろに下げ、いつでも動けるように注意を促す。


後ろの2人に目で確認をし、頷きが帰ってきたところで息を吸い、声を発する直前、門が開き始めた。

いざを潰された形になってしまい、門が開くのを見守るしかなく、一体どんな人物が出てくるのか気になり、そこに視線が捕らわれていた。


門全体の半分ほど開いたところで、そこにいる人物が確認できた。

中から現れたのは黒髪黒目の彫りの浅い顔立ちの、年の頃は10を数えるかどうかの幼い少年だった。

住人の誰かの子供だろうか。

衣服は農民が着るような簡素なものだが、汚れが少なく、清潔な印象を与える。


少年をじっと見つめていたため、目が合うとお互い動きが止まってしまう。

相手の目から警戒の色が浮かび始めたため、下がっていた2人を呼び寄せこちらの正体を明かす。


「まずは突然押し掛けた形になったことを詫びよう。我々はヘスニル騎士団の者。任務の最中であり仔細は伏せるが、調査のため森の探索をしていた折に偶然この村を見つけ、立ち寄った次第。すまないがこの村の代表を呼んでもらえないだろうか?あとは…あぁそうだそうだ、こちらに害意がないことを誓う」


なるべく悪印象を持たれないように、居丈高な言い回しを使わず、頼み込む雰囲気を匂わせる。

エレイアが呆れたように息を吐き、なんとなくだがテオは肩を竦めたような感じがした。

2人が小声で何か話しているが、何を言っているのか聞こえずとも大体想像がつく。

大方今の台詞のを突いているのだろう。


騎士という身分にある者は侮られないようにするために、こういった場面の定型文があるのだが、普段言いなれない口調に後半でボロを出しつつ少年に語り掛けた。

そもそも、俺自身がこういう言い回しを好まないため、普段は砕けた話し方をするし、部下にも公の場以外では楽な話し方を許してきたのだ。

使いなれない言葉を、流れるように口にするのは期待しないでほしい。


後ろの二人を目線で黙らせ、少年の方へ向き直る。

身長の差のせいでこちらを見上げる形になっていたが、少年はポカンとした顔をしている。


むぅ、子供には少し難しい言い方だったか。

仕方なく、解り易いように話し方を変えて声を掛けようとした時。

はっと意識を持ち直した少年が咳払いをして口を開いた。


「失礼、突然のことで驚いてしまいました。この村の代表者とのことですが、現在住人は自分のみでして。しいて言えば自分がそれに当たるかと」


子供の見た目に反して、大人とさして変わらない、いやむしろ端々に教養を感じさせる言葉遣いで話すことに驚いたが、それ以上に言った内容に驚かされた。

こんな森の中に子供が一人で暮らしている?

大人の力もなく一体どうやって?


2人も同様だったようで、困惑している空気が伝わってきた。

こちらの疑問の解消の為に、質問をしようとしたが、浮かんでは消える想像・推測で頭が占められ、話す言葉を選べずにいた。

それを察したのか、少年が微笑を浮かべ門の方に手を向け中に招いた。


「ここで話すのもなんですし、どうぞ中へ。じき陽も落ち夜になります。大したものも用意できませんが、体を休めることはできましょう」


そう言って先導し門へ進んでいき、全員が塀の内側に入ると、少年が門扉を閉ざしていく。

音からすると片方の扉だけでもかなりの重量に感じるが、軽々とこなしている。

なにか特別な工夫でも施してあるのか?


少年がこちらの視線に気づき、微笑を浮かべた。

秘密を明かすことはできない、ということか。


色々疑問も湧き上がるが、まずなによりも聞かなくてはならないことがある。

非常に重要なことで、そのために森を歩き回っていたのだ。

期待を込めて乾いた唇を開いた。


「少年、ここに水場はあるか?」


SIDE:OUT







いつものように、朝から食料調達に動き回り、昼頃には拠点へと戻ってきた。

今日の収穫は、見た目はパパイヤで味はブドウっぽい果物が8個、ゼンマイに味も見た目も似ているが倍以上でかい山菜が3本、途中で見つけて電撃で撃ち落としたママチャリぐらいのでかさがある鳥1羽、以上。


途中の川で水の補充に寄って行き、水魔法で川の水を操作し、直径1メートルくらいの水球を作り、それを浮かべたまま家に帰っていく。

いちいち水を汲みに行くのが面倒で、一度に大量に運ぶ手段をと考えた結果、このやり方に落ち着いた。

水球が浮かぶ原理が理解できないが、そこは魔法の力ということで納得している。


広場の脇に用意してあった巨大な水甕に水球を落とし込み、食材を広場の真ん中に持っていき調理にかかる。

鳥は羽をむしり内臓も余すことなく頂く。


羽は集めて枕を作ろうと思っている。

最初は羽毛布団を目指していたが、一度に手に入る量があまりに少なく、枕へと妥協した。

それでもまだまだ量が足りず、先は長いが。


山菜はいつものようにあく抜きをし、今食べる分以外は塩蔵にまわす。

塩漬けなら保存できるかも、と思い塩蔵に着手したがこれもまだまだだ。

時間が経ったあとの塩抜きが上手くいかなかったり、腐らせたりと、試行錯誤の最中だ。


そうして調理に取り組んでいると、塀の向こうから人の気配を感じた。

この暮らしを始めてから、五感が鋭くなって、気配に敏感になってきた。

そうならなければ食料の調達も安全にできないし、森の移動だけで命を落とすこともあるからだ。


ただ、今感じられる気配は、動物なんかとは少し違う感じがする。

気配の質というべきものが、今まで感じた事のない種類のものだった。

気配の移動していく方向を探ると、門の方に向かっているようだ。

ということは壁に描かれた矢印に誘導されていると考える。


絵を認識できる程度には知性がある。

一番可能性があるのは人間ということか。

気配の数から人数は多分3人。


急いで門のところに行き、門扉を開けるべく、取付けてある閂を抜いていく。

普段は裏口を使っているため、この門も作ってから結構長い時間放置していたせいでちゃんと開くか心配だったが、力を入れて押すと、見た目通りの重さを返しながらゆっくりと開いていった。


この世界で暮らして来て、初めての自分以外の人間に会う。

正直ワクワクしている。


そして、門が全体の半分ほど開いたところで、扉の向こうの人物と目が合った。

やはり3人いて、一番前に立っている、茶髪の180センチを超える筋肉質の男の青い目とがっつり見つめあった。


何か話さなければと思ったが、ふと疑問が湧く。


―異世界の住人と会話をする、果たして日本語が通じるのだろうか?


そう考えると喉まで出かかっていた言葉も急速に胸の内に戻っていく。


―ジェスチャーならいけるか?


いや、でも文化が違えば何が失礼にあたるかわかったもんじゃない。

うかつに動かない方がいいかもしれない。

でも黙ってたら相手に悪い印象を与えてしまうかもしれないし。

うーん、どうすれば…。


だが、それは杞憂に終わる。

男が口にした言葉はきちんと理解できたし、こちらの言葉も通じた。


この村の責任者が存在しない旨を伝え、そのことに驚いたようだが、ともかくせっかくの客だ。

出来る限りのもてなしをして、聞けるだけの情報を集める。


この機会を逃すわけにはいかない。

そう思い、門の中に招きいれた。


門を閉める際、なにか奇妙なものを見たような怪訝な表情を浮かべていたが、この門の造りの雑さに気づかれたのだろうか。


確かにこうしてみると酷い出来だ。

今ならもっと洗練されたものに出来るはず。

昔の自分の素人大工をみられると恥ずかしい限りだ。


あんまりじっくり見ないでほしいという気持ちを込めて、秘技『日本人の曖昧な微笑み』で場を濁しておいた。


水場の位置を聞かれたので川の位置を教えたらすぐ向かおうとしたので、水甕の所に連れて行ったら、腰に括り付けてあった皮の水筒を水に沈め、中が満たされた水筒をがぶ飲みし始めた。


どんだけ喉が渇いていたんだ。


聞くと森の中で水が心許なくなって、地図に載ってる水場の位置もあてにならず、困っていたそうだ。


「ところで少年、ここに来る途中にあった立て札は君の手によるものか?書かれていた絵の意味をこちらで推測したがあっているか教えてくれるか?」


俺が設置した立て札を見てここに辿り着いたそうで、書かれていた絵の話になったが、どうやらちゃんと意味は伝わったらしく、少し頭の回る人間には解読できるとのお墨付きをいただいた。

残念ながら来たのは商人ではなく騎士だったが。


あれを理解できるだけの頭のいい人間なら、仕官なり商人になるなりして賊になることもないため、特定の職業の相手に必要な情報だけを伝えるのには、そこそこ有効な手段だそうだ。


…なるほど、そんな意図が。


まさか、日本語だと不安だし、絵なら伝わるんじゃね?といったフワッとした考えで作ったとは、恥ずかしくて言えんな。


ここはクールに同意しとこう。

わかってやってました感を演出するんだ。


「ええ、大体その意味で合ってますね。絵で表していたのは、私は文字が書けないので、万人に伝わりやすいように、簡略化した絵を書きました。商人であれば頭の回転が悪いはずもないでしょう?」


これが図に当たったようで、案内の役割とこちらの意図の伝達をある程度果たしてくれた。

先ほどの指摘に補足すると、しきりに感心していた。

ついでに聞いたが、使われている言語は共通語というやつで、試しに地面に書いてもらった文字も見たこともないものだった。


交わした言葉は少ないが、会話というものに飢えていたことに、この時になって初めて気づかされた。


先に自分の家に案内し、そこで待っててもらい今日の収穫分と合わせて、保存してあった食料を足して人数分の調理に取り掛かった。


途中で女性の騎士が手伝いを買って出てくれて、いつもよりスムーズに迅速に料理が出来上がっていく。

誰かと一緒に料理をするなんていつ以来だろう。

少なくとも前世を含めても思い出すのに時間が掛かるほどに久しぶりだと言うことだ。

竈に火を入れる時、薪に雷魔法で着火したのを見たらギョッとした顔をしていたが。


え、これなんかやばかった?


一瞬だけ空気が凍った瞬間があったが、それ以外は和気あいあいと進み、途中から匂いに誘われて男性陣が出てきたため、出来上がったものから家に運んでもらった。

一人じゃないっていいもんだ。

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