第4話 3人が行く

アシャドル王国の南部最大の交易都市ヘスニル。

そのヘスニルの東に広がる森の近くに小さな村がある。

森とヘスニルとの間に挟まれた村の名前はモトックといい、農業と林業の2つが主な産業だ。


この村の近くに広がる森はどういうわけか、ゴブリンやコボルトといった、通常の森では必ず存在する魔物の類が見られることがない。

村の老人の言葉では、森の主が一切の魔物を許さず、森の中を見回っていて、魔物を駆逐していったといわれているそうだ。


この話を信じるかどうかは別として、実際に森で魔物を見る事が無いのは事実である。

稀にどこからか流れ込んで来るのか、少数の魔物を見たという人間もいるが、その後しばらくするとその魔物を見かけることはなくなる。


魔物が存在しない森の林業は、一気に村の主要産業へと押し上げられた。

広大な森の木は質が良く、他の地域のものに比べて加工がしやすく、加工後の乾燥による変形が非常に小さく抑えられるため、大工や細工師などに非常に評価が高い。


そのため、木材の確保を目的に村人が日常的に森に分け入り、木を伐採・加工し、村の外へと次々と売られていく。

ここから出ていった木材は、国内の各地で消費されていく。

まさに森の恵みに生かされている村といったところか。

この営みはもう何十年も繰り返されているものだ。


そんな村である日、一人の木こりが作業中、行方不明になる。

この村では年に何度か、森の中で作業をしている人間が迷ってしまって、捜索隊が組織されることがある。

大抵は森を熟知した村人達によって助け出されるのだが、中には運悪く、森の動物に襲われたり、崖や川に落ちたりなどして命を失うこともある。


この時も最悪の状況を考えつつも、すぐに見つかるだろうという、ある種楽観的な考えであった。

だがこの考えは脆くも崩れ去る。


捜索を開始して、間もなく、森の中に断末魔の絶叫が響き渡った。

捜索隊の誰かが何かに襲われたのだろうと判断し、声のあった場所に全員が集まってきた。

人数が揃えば狼程度であればすぐさま撃退できると思っていた。


だがそこにあったのは、濃密な死の匂いに彩られた恐怖をその身に纏う、一匹の獣だった。

食い千切られた何人かの体の一部が散らばっており、その中心で巨大な獣がまさに今、捜索隊の村人だったものを咀嚼している。


長年森で暮らしてきた村人たちには、それがただの獣ではないことが理解できた。

森の他の動物に比べて巨大な体に、通常はありえない明らかな異形。

それは『魔物』と呼ばれる、あらゆる生物の天敵だった。


そこに集まった村人たちは、声を発することもできず、ただ目の前の光景を見続けることしかできなかった。

声を出せば、あの魔物が食っている人だったものが未来の自分になってしまう気がしていたから。


咀嚼音が唐突に鳴りやんだ瞬間、その場にいた人間は一人の例外もなく身を翻し、一目散に逃げだした。

食事が終わったらその牙の向く先は次の獲物だ。

自分が捕食される恐怖に追い立てられ、体中からあらゆる体液を撒き散らしながら只管駆け抜けた。


遠くで誰かの悲鳴が響く。

運悪く魔物に追いつかれたのだろう。

犠牲になった者への悲哀の気持ちとともに、自分とは別の方向に魔物が行ったということに安心する気持ちもあった。


村の入り口へと命からがら帰ってきた捜索隊の人数は半分以下に減っていた。

すぐさま村の住人を集めた話し合いが開かれ、生き残った者たちの話をまとめた結果、冒険者組合への依頼を飛び越して、騎士団へ救援要請をという結果になった。


通常、魔物の対処に騎士団がすぐに動くことはない。

しかし、村人に少なくない犠牲が出ていることに加え、モトック村の経済への影響を考えると、騎士団による早期の解決が望ましいと判断が下された。


こうしてヘスニルに駐在する騎士団に連絡が行き、モトック村の要請は異例の速さで受理された。

ただちにモトック村へとヘスニル騎士団第2中隊、総勢16名の騎士が派遣された。

森の危険度を鑑み、村側に仮設の防護柵を配置し、森の入り口を封鎖し出入り禁止にしている。

そのため、今のところ犠牲者は先の捜索隊以降は確認出来ていない。


なお調査に際し、聞き取りを行った村人の話では、魔物の姿は3メートルを超える巨体に4本腕を持ち、二足歩行する猪の様な魔物だということだった。






SIDE: ギリアム・スーラウス



俺は今、交易都市ヘスニルの東に広がる森の中にいる。

木々に囲まれた中で、ポッカリと開いた広場のような場所で木に背を預けて立っていた。

自分を含めて3名の騎士が、森の中を徒歩で探索している。

森の木々に邪魔されて馬が使えない以上、斥候役の騎士を含めた3名という人数が効率的に活動できる構成だ。


モトック村から救援要請があって直ぐに、調査隊の選抜が行われた。

まず先遣隊として2名の騎士を派遣。

その後、本体との合流で人数を5名に増やすため、第二陣に騎士3名の派遣が決定された。


俺が入ったのは先遣隊との合流を目指す、調査隊の第2陣だ。

メンバーは俺の他に、テオという斥候役の男とエレイア・アテックスという女性騎士の3名で構成される。


テオは俺が冒険者から引き抜いた連中の一人で、斥候としての能力は団の中でも随一だ。

一応俺の部下という立場だが、その能力の高さゆえに、時々他の隊に手伝いに行かせている。


150センチ程の細身の体はどんな場所でも入り込めるため、木々の密集した森の移動や身軽さで斥候として適している。

調査任務においては、俺達の中でも最も重要な役どころであるため、場合によっては誰よりも生存が優先される立場にある。


茶色の長髪は軽薄そうな印象を与えるが、見た目に反せず軽薄な男で間違いない。

女癖は悪く、情には厚いため、娼館ではよくカモられている。

本人はそれに気づいているが、特に不満はないらしく、毎回収入の大半をつぎ込んでしまい、よく俺に金を借りに来ていた。


そんな軽い性格と相まってだらしない生活を送っているため、しばしば騎士としての品格について同僚に説教されているが、本人はどこ吹く風で、直す気はないらしい。


唯一、自身の低い身長を気にしていて、そのことをイジると途端にへこんでしまい、しばらくは使い物にならなくなるのため、団の中ではそのことには触れないようにしている。


エレイアは騎士団と憲兵隊の兼ね合いの所属で、腕前と見た目の良さでよく話題に上がるため、団の中では目立っていた。

銀髪を肩口で切り揃え、170センチを少し超える長身はよく鍛えられ、一見華奢に見える体は引き締まった筋肉が覆っている。


それでいて女性特有の柔らかい曲線は失われていないのだから、他の女性団員から羨望の眼差しを注がれることも少なくない。


女性ながら剣の腕では我が騎士団の中では団長に次ぐほどの実力者だ。

にもかかわらず、一騎士のままで、小隊を任されることもなく、憲兵隊副官補佐に収まっている。


エレイアは特に気にしていないのだが、団の中では彼女の実力と階級が釣り合っていないことが度々議題に上がる。

残念ながら、彼女の実家が騎士爵しか持たないため、今以上に出世するにはよっぽどの活躍をするしかない。


剣の腕前はもちろん選考基準には重要だし、何かしらの活躍の機会を与えようという、そんな思惑も絡まって今回の調査に推された形になる。


そして俺、ギリアム・スーラウス、この小隊の指揮官となっている。

剣の腕はそこそこ自信があったし、一時期は冒険者として活動していたこともあったため、斥候職には及ばないが探査能力もそこそこある。


小隊指揮官の中で戦闘と探査をある一定の水準でこなせる者を隊長に据えたかったのだろう。

確かにその選考基準では俺が選ばれるだろうとは思う。

いや、どう考えても俺しかいないな。


幸い男爵家の3男の身、今更いなくなっても実家に面倒は掛からないだろう。

なにも憂いは無い身である。


始めは厄介な任務を任されたと思っていたが、人員構成を見たところ、騎士団の本気さが窺え、任務の重要性を理解したため、今ではやる気で満ちている。


この3名が最少人数で最大効率を発揮できる組み合わせだった。

目的は魔物と思しき目標の情報収集と先遣調査員の救助だ。


だが後者はもう絶望的だと見ている。

なにしろ時間が経ち過ぎているからだ。


騎士団の上層部も生存はほぼ諦めているが、遺体の一部だけでも持ち帰ってもらいたいと、暗にそう仄めかされてもいた。


最初の調査には騎士2名が送られた。

熟練の騎士と魔術が得意な若手騎士の組み合わせで、不測の事態にも対応が取り易いはずだった。


万一魔物と遭遇、戦闘に陥ったとしても、十分逃げ切れるだけの能力を持っていた。

最悪、どちらかでも戻ってくれば、情報が手に入る。

そうすれば脅威度の設定ができ、他の街に救助の要請も出せる。


とにかく情報とともに帰還するのを待ち続けた。

だが終ぞ、待ちわびた帰還がなされることはなかった。


先遣の騎士の実力を知っているだけに、今回の魔物の脅威は一体どれほどなのか?

あるいは魔物以外の何かによって調査を阻害される可能性は?

考える限りの安全策が有効に働くかなど、出来得る限りに備えるときりがない。


想像だけで脅威を強大化するのはよくないのだが、過小評価で油断するよりはましだ。


今回は魔物自体の討伐は任務に含まれていないが、それでも遭遇戦も視野に入れるべきだ。

いざとなったらと撤退となるが、できるなら部下だけは無事に帰したい。

最悪の事態が起こることも覚悟しておくしかない。



「…ぃちょう、隊長、ギリアム隊長!」


「っと、なんだエレイア、問題発生か?」


考え事に集中し過ぎていたようだ。

部下のエレイアに声を掛けられて、意識を研ぎ澄ませる。

少し無防備だったか、組んでいた腕を解き、腰の長剣の柄に手を這わせ、いつでも抜けるように備える。


「違います、テオが戻ってきました。どうしたんです?ぼうっとして。なにか心配事でも?」


そう言ってこちらを心配げに見つめる。

思ったより長い時間考え事をしていたらしい。

部下に心配させるとは、隊を預かるものとしてはこれではいかんな。


「いや、なんでもない。テオはどこだ。報告を聞こう」


そう言ってエレイアに案内を促すと、目線を前方の藪に向ける。

藪の中からツヤ消しの施された革鎧を着た、小柄な男が出てきた。


音をほとんど出さずに草の茂った道を歩くとは、斥候としての能力の高さゆえか。

こちらに近づいてくるテオの顔を見るが、なにやら妙な表情が張り付いている。

困惑しているような、驚いているような、そんな顔を浮かべる何かがあったのだろうか。

いい報告が聞けるといいんだが。


「まずは無事に戻って何よりだ、テオ。報告を聞かせてくれ」


そう言って話を促すと、表情を新め、順番に説明しだした。


「了解っす。まず水ですが、近くに川や泉といったものは確認できなかったっすね。昔川があったらしい痕跡は見つけましたけど、もうずいぶん前に枯れたみたいで、水場の方向を探ることも出来そうにないですね」


そう言って眉を寄せて悪い報告をすることで苦しそうに息を吐く。


現在、我々は各人が持っている水袋の水しか持っていない。

夏も終わりに差し掛かっているとはいえ、まだ暑い中の移動で水の消費を抑えるのは容易ではない。


そのため、水場のある場所を地図で確認しながら進むのだが、どれだけ探しても川どころか水溜まりにすら出会わない。


行軍訓練を行う騎士が地図を見間違えることなどありえない。

ならば考えられるのは、地図が間違っているか、水場が消えているかのどちらかだ。


「そうか…。参ったな、このままじゃ明日の分の水を確保できないな。エレイア、水を節約して進むとして、どれくらいもつ?」


「今以上に節約するんですか?したとしても明日分も残ってませんよ」


そう言って腰に括り付けてある水袋を軽く上げ下げするが、帰ってきた音から中身は半分も入っていないだろうとわかる。

このまま明日いっぱい移動して水場が見つかる可能性にかけるか、引き返して装備の更新をしてから再度調査に臨むか、選択を迫られる。


「それと、妙なものを見つけました。いや妙っていうかなんつーか、とりあえず俺一人じゃ判断できないんでほっといて一旦戻ってきたんですけど」


テオの口からなんとも歯切れ悪く言葉が出てきた。

斥候として情報を持ち帰って来たのなら余すことなく報告するのだが、口籠るということはよほど酷いものか、あるいは本当に理解できない何かがあったということだ。


「判断できないって…なにを見たのよ?」


エレイアはそう言ってテオに先を促すが、テオはどう説明したらいいのか悩んでいるようで、しきりに唸っている。


「どうやら説明し辛いもののようだな。危険は無いんだろう?なら行って見て判断するしかない。案内してくれ」


そう言って賛同するテオについていく。

エレイアを間に俺は後ろの警戒をしながら、目的の場所に向かっていった。


しばらく歩くと、なるほど、テオの言っていた妙なものが解ってきた。

森の真ん中にポツンと明らかに人工物と思しきものが存在していた。


一本の木の棒が地面に突き刺さっており、棒の先端に板の面がこちらを向いて張り付けてある。

板の形はそれ自体が矢印になっており、向かって左側を指している。


間違いない、これは立て札だ。

それもつい最近作られたものだろう。

板の断面がまだ新しい。


見ると、文字ではなく絵が書かれている。

馬らしき絵と、それに引かれる箱、おそらく馬車のことを簡易的に書いているのだろう。

絵自体は下手くそだが何とかわかる。


その下に丸を3つ並べて、×を上書きして、その隣には折り畳まれた布だろうか?

それを2つ離して書き、矢印で互いを指している。


「なんなんすかねぇ、これ。文字は無くて絵だけって。誰が何の目的でこんな人も来ない森のど真ん中に立てたのやら」


そう言ってテオは立て札を手の甲でコンコンと叩く。


「誰がってのは私には解るわよ?ほらこの立て札の高さ見て。私の胸の辺りしかないでしょ?きっとハーフリングが仲間に向けて立てたのね。この絵は仲間内だけで分かる印だったのよ」


そういって自慢げに胸を張って説明するが、テオから厳しい言葉が飛ぶ。


「馬鹿言え、ハーフリングがこんなとこにいるかよ。こんなとこでうろちょろしてたらすぐに他の動物に襲われちまうっての」


確かにハーフリングは安全な場所を離れないで生活を送る。

戦闘能力も低く、手先の器用さのおかげで仕事に困らない街中を離れて、危険な森の中で暮らすはずもない。


「じゃあこれを作ったのって誰なのよ。ハーフリングじゃないとしたら子供ぐらいの大きさの誰かってこと?それともわざと小さく作ったとか言わないでしょうね。立て札よ?これだと目立たないじゃない」


自分の意見が即座に否定されて、少し不機嫌になりながらそう返す。

確かにエレイアの意見に同感だ。

2人は気づいていないがあの絵が俺の推測通りなら、この立て札の矢印の先には人がいるはずだ。


よく見ると、地面が少し踏み均されており、細い道のようなものが出来ていた。

獣道とは明らかに違う証拠に、道の先の藪が刃物で切り払われているようだ。


「2人とも、そこまでだ。お前達の意見も聞いたし、次は俺の意見を聞いてくれ」


あーでもないこーでもないとやりあう2人を静止して、今わかったことを説明する。

立て札の形状から判断して、人の手の入った道の先に何者かがいて、そしてこちらとの交流を求めている、と。


あくまで俺の推測でしかないが、自信はある。

そう説明するとエレイアが挙手をして質問をする。


「隊長、どうして交流を求めていると判断したんです?立て札にはなにも文字は書いてありませんが。頭の悪いテオならともかく、私でも読み取れない何かが隠されていたということですか?」


「頭が悪いは余計だ。お前も俺と大して変わらねーだろうが」


そういって目線で火花を散らしあう。

まったく、こいつらときたら…。


普段は意思の疎通もしっかり上手くやれるのに、ちょっとしたことで張り合うのがこいつらの悪い癖だ。

大方立て札の解読について意見を交わしあって、その余韻が残ってるのだろう。


立て札の前に立ち、一つ一つ絵を指さし説明をしていく。

絵の見方は一度わかれば後は単純だ。

馬車の絵は商人を意味しているのだろう。

その下の丸い輪3つは恐らく貨幣、布は商品、矢印は交換の意思と理解した。


「…つまりこれを繋げて読むと、『商品を持っていたら物々交換をしよう』と言っているのではないか、とな。まあ、あくまで俺の推測に過ぎない。全く違う可能性がないこともないが、単純な絵でこれ以上を推し量れってのは無理な話だ」


そういって2人を見ると、ポカンとした顔を浮かべ、やがて感心した表情に変わっていった。


「さすが隊長ですね、これだけの情報でそこまでわかりますか」


「いやーほんとそうっすよ。やっぱり隊長は着眼点が違いますね。エレイアとは大違い」


そう言ってまた睨み合う。


「ほら、じゃれてないで行くぞ。ここからどれくらいの距離になるかわからないんだ。明るい内に先に進むぞ」


そういって返事を待たずに矢印の方向へと歩き出す。

後ろから慌てて出された了解の返事を聞きながら行く先のことに考えを向ける。

物々交換を望んでいるくらいだ。

会って早々、攻撃を受けることはないと思いたい。


だが何があるかわからないため、不測の事態にはいつでも対応できるようにしておかなくてはな。


SIDE:OUT

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