第3話 今の生活はまあまあ

SIDE:森の強者


夏も盛りを過ぎ、日差しを遮る木々の間を涼しい風が通るようになってきた。

四季のうち、最も生命力溢れる夏は森の生命を育み、また多くの生命が淘汰されていく。


来る秋に備えて、装いを整えようとし始めているはずの森は今、不自然なほどに静かだった。

一切の生命が息を潜めて、嵐が過ぎ去るのを待っているような、暗い静寂が漂っていた。


そんな森の中を一匹の獣が歩いている。

見た目は巨大な猪だが後ろの足で立って歩き、前腕が4本ある姿はまさしく異形と言っていいだろう。


3メートルを超える身の丈により発生する足音は、姿を見ずとも重量感を伝え、その威容の一端を想像させるだろう。


細い獣道を歩くには体が大きすぎるため、4本の腕を使い、藪を掻き分け、枝を払い進む。

通常、動物は音を立てるのを嫌い、自分の痕跡を辿られないように本能で分かっているため、こういった騒音を立てて歩くことはありえない。


しかし、獣はそんなことなど関係ないとばかりに、愚直に僅かな道をひた進む。


その獣はこの森で強者だった。

自分と似た姿をした動物もいたが、手足は合わせて4本しかないし、大きさも小さかった。


なにより二本足で立ち、腕を自由に使えるのは自分だけで、それは闘争においてなによりも武器になった。

牙を突き立てるより、手で掴み力ずくで引き裂くことで多くの敵を圧倒してきた。

縄張りを広げる闘いの日々を送るうちに、気付けば自分に立ち向かう敵はいなくなった。


結果、周りは全て捕食対象になり下がった。


今日も目に付くものから食ってやろうと周りを見渡し、森を歩き回る。

いつもなら自分が歩き回るだけで、藪から飛び出し逃げ惑う獲物を追い回し、食いたいだけ喰らうのだが、一向に獲物に遭遇しない。


本来ならば縄張りの内を探すのだが、全くと言っていいほど獲物に出会わない。

そうなると縄張りの外へ足を向けるしかない。

マーキングの匂いを感じられるまでの距離を限界とし、それでも獲物に遭えなければ引き返すつもりだった。


探し始めてだいぶ経ったが、未だ獲物は見つからない。

どれだけ強者として力があろうと、そもそも獲物に遭遇しなければその力も発揮できない。

イライラが溜まり、今日は塒に戻ろうかと思い足を止めたその時。

自分以外の匂いを感じた。


獲物だろうか。

いや、関係ない。

今はとにかくなんでもいいからイライラをぶつける対象がほしかった。


精々いたぶってやって、迫りくる死の予感に絶望したところで一息に殺し、喰らってやろう。


そう残虐な思考に染まり始め、匂いの場所を捉え、一足飛びでかかろうと足を撓め、力の解放を待つ。


向こうもこちらに気付いているはず。

反撃の隙も与えず、初撃で戦意を奪う。

いざ飛びかかる瞬間、まさにその時だった。


パンっと軽い音が鳴った瞬間、獣はその生涯を終えた。


SIDE:OUT







目の前には3メートル越えの巨体が痙攣しながら倒れている。

殺傷方法のせいで筋肉が痙攣しているが、すでに命はないだろう。

山菜を取っている最中に、突然襲い掛かられそうになったので、咄嗟に強めに電撃を放って仕留めた。

仕留めたはいいが、あまりのデカさに驚愕する。


「ふぅー、びっくりした。思わず殺っちまったが…。なんだこいつ、猪…で合ってるのか?」


普段遭遇する猪は精々が1メートル、でかくても2メートルはいかない大きさがほとんどだ。

それが、目の前には3メートルを優に超える巨体が転がっている。

毛の一本一本が針金並みに太く、触ると刺さるように硬い。


まず沸き上がった疑問としては、これは食べられるのだろうか?ということ。

パッと見て腕は多いが猪の姿をしているので問題ないと思い込み、貴重なたんぱく源としていただこう。


最近は鳥か兎ばっかりだったから、久しぶりの大物に心が沸き立つ。

血抜きをして解体する必要があるが、とりあえず場所を移すことにする。

森の浅い所だとはいえ匂いを嗅ぎつけて、他の動物が寄ってくると面倒だ。


巨体を担ぎ、速足で森を抜ける。

3メートルの巨体を小柄な少年が軽々担いで歩く姿は、普通の人間が見たら驚愕で目を見開くことだろう。


300キロ近いものを担ぎながら、重さをまるで感じさせない足取りで歩いているが、これには秘密がある。

体の内側から支える感じで魔法の力、魔力を血流のイメージで循環させると体が頑丈になり、力が増すというのを発見した。

便宜上、強化魔法と名付けている。


重いものを持ち上げたり、速く走ったり、高く跳ねたりといった身体能力の大幅な向上が発現した。

これを使うことで300キロ近い重さも、体感的には5キロの重りを持っている程度にしか感じなくなる。

おかげでこうして狩りの獲物を持ち運ぶのに非常に重宝している。


あの穴掘り事件からすでに1か月ほど経つ。

あれから魔法の研究と活用に重点を置いて生活を送ってきた。

様々試したが、俺に使えたのは土、水、雷の3系統の魔法だけだった。


土魔法はあれから試行錯誤を繰り返した結果、大分上達し、初めは土を盛り上げたり穴をあけたりぐらいしかできなかったが、今では一息に土の小屋を作り出すことが出来るまでになった。

簡素化したものであればある程度形に融通が利くので、森での休憩の際に役立っている。


水魔法は水自体を生み出すのに苦労するが、空気中の水分を集めるというやり方を意識することで、魔力の消費を抑えて使うことができたのがよかった。

どうも水魔術は水を生み出すより、その場に存在する水を操るというのが本来のやり方なんじゃないだろうか。

そうするほうが断然楽だし、魔力の消費もグッと少ない。


近頃は川のすぐ横に穴を作って水を引き込み、中の水の流れを操って渦を作り出し、洗濯機のように使って服を洗っている。

今のところは水を生み出すには魔力の消費が激しいせいで、飲用など料理に使う水は川から汲んでくることにしている。


…その方が健康にいいし。

飲み水を魔法で簡単に作れないことは全然残念じゃないし。

…ほんとだよ?


雷魔法に関しては、火を使おうとしたら、雷のほうが出てきたという感じだ。

前に焚火を起こそうと小枝への着火を試したのだが、一向に火が出てこない。

早い段階で気づいてはいたが、どうやら火魔法は俺には使えないようだった。


それでも火種だけは用意したいので、しつこく試していたら、突然指先から放電が始まって、それがきっかけで小枝に火がついて燃え始めた。

想定とは違ったが結果オーライだ。

便利なのでこのまま放電式着火のやり方で今までやっている。


強めに力を込めて使うと、さっきの化け猪のように大概の生き物なら一発KOできる。

今はもっと強力な攻撃方法に使えないか研究中だ。

ゆくゆくはレールガン的な使い方もしていきたい。

ロマンが溢れて止まない。


これら3つをゲーム的に考えるなら属性というものになるのだろう。

思うにこれらの属性が使えるのは、前世で深く関わったものに起因するのではないか?


土は農家だったから身近にあったし、いつもいじっていたから馴染みがあった。


雷は電気製品に囲まれた生活を送っていたからだ、と無理やりに思うことにしている。


水は…まあこれも現代日本ではふんだんに使えていたから、とこれも無理やり感はあるがそういうことにしておこう。


…やっぱり土以外は関係ないのか?

いやいや、水も電気も一般の科学知識で発生や効果のメカニズムは解るのだから、関係ないこともないはず。

まあ、魔法などという今まで存在を肌で知らなかったものの考察を始めるときりがないので、今はこれ以上深く考えるのはよそう。

ラノベなんかでも設定を詰め込み過ぎると話がくどくなるしな。


考えながら歩いていると、すぐに家の前へと着く。

初めてこの世界に来てから、この村も随分手を入れてある。

村の周りは土魔法を使い、高さ2メートルほどの高さの塀で囲っている。

獣の侵入を恐れて、厚さは1メートルほどにし、塀の上には木の枝で外に向かって返しを作ってある。

この塀の作成には、毎日コツコツと寝る前に残った魔力をつぎ込んで、約2週間かかった。


門の部分は出入りを考え、横倒しにした丸太を4本積んで、真ん中辺りをギザギザに切り、地面に突き刺した2本の丸太を門柱として植物の蔓を何十本も使って結び付け、外に向けて観音開きになるようにした。

素人大工なので、見栄えはよくないが門としての機能は満たしているので概ね満足している。


そこを素通りして、塀をグルリと回り込んで門とは正反対の場所に向かう。

ここには裏門を作っている。

正門に比べると小さいが、それでも大型の獲物を抱えたままで通れるだけの余裕はある。

いちいち開けるのに大袈裟になる正門より、裏門を使った方が楽だし早い。


寝泊りに使っている家は新しく土魔法で建てた。

イメージは日本昔話に出てくる、昔ながらの家だ。

土間が4畳、上がった先が20畳くらいと結構広めに作った。

もちろん、囲炉裏も備えている。


障子が似合うと思うのだが、残念ながら用意できそうにないので木の板で代用した。

南向きの板戸を引き開け、全て開放すると縁側もあり、気持ちのいい風が部屋を渡る。

壁は土で出来ているが、一応茎のしっかりとした植物を混ぜ込んだ土を土魔法で壁に成形しているのでそう簡単に崩れたりはしないはず。

当然作り方などわからなかったので、手探りの連続だった。


魔法で建てたといっても全部土で出来ているわけではなく、石も組み合わせている。

基礎には大き目の石を何個か集めて使っているし、柱は木材を石で補強したものを苦労して作った。


さすがに屋根は自分で一から作るしかなく、バナナの葉のようなデカイ葉っぱを見つけたので、それを何十枚と集めて屋根に重ねて敷き、その上からこれまた森で見つけた茅のような植物を向きをそろえて重ねていき、茅葺屋根風に仕立てた。

雨漏りの実験として屋根から水を流してみたが、漏れもなく実用に耐えると判断した。


かつて残っていた家屋の残骸は、もうほとんど存在しない。

目ぼしいものは俺の住んでいる家の材料として流用したし、それ以外の細かいものは少しずつ焚火の燃料にしていったので、今では初日に眠ったときに使った家が残ってるくらいだ。


これもやがては解体し、薪として使われていくだろう。

まあ、今は森から木を調達しているから、しばらくはそのままだが。


今の家の前には広場のように開けた場所ができている。

土魔法で地面を一段高く均して水はけも考えてある。

石を組んだ竈のようなものや、3本の細い丸太を三角錐状に組んで頂点から蔓を垂らし、そこに獲物を吊り下げて血抜きをするためのものなどがあちこちに存在している。


竈は平たい石を積み、間を粘土っぽい土で埋め、竈の中で火を焚いて焼成の工程をそれっぽくやることで、中々いい具合に出来上がった。

一度側面に罅が入ったが、作った時と同じ粘土質の土と細かい砂利を混ぜ込んだ、似非コンクリートのようなものを塗り込んで補修した。

今のところ他に問題は起きていない。


煮炊きをするにはこんなもので十分なのだ。

普段はここで採ってきた食料を調理や日用雑貨の作成、魔法の訓練をしたりと日中の時間のほとんどはここで過ごしている。


廃村になったこの場所で必要な道具類がそうそう手に入るはずもなく、無いなら作るしかないと木で大概の道具を賄っている。

うれしい誤算だったのは、土魔法で土中から金属を抽出し、雷魔法でほぼイメージ通りに変形と生成ができることだ。

これで食器や単純な刃物なども作れるようになった。


ナイフにシャベル、手斧の刃や釘・針など、品質はともかくとして多くの鉄製品は生活をどんどん便利にしていった。

とはいえ、魔力の消費がとんでもなく激しいので、そうポンポンと作れないのが惜しい。


今日は肉が手に入ったので早速解体に移る。

しかし、相当の巨体のために血抜き用の木組みの吊り下げ台に収まらない。

仕方なく、吊り下げ台の下の穴を深く掘り下げなおし、手足を蔓でまとめて吊り下げた。

大きさが大きさなので時間が掛かるだろう。

その間に火を起こし、少しだが手に入った山菜の灰汁取りにかかる。


鍋は土鍋っぽいのがある。

これも魔法で作成した。

正直、土鍋の材料がなんなのか解らなかったので、とにかく色々な土を集めて、成型しては焼いての繰り返しでようやく満足のいくものができた。


一度雷魔法を使って電気炉の要領で一気に温度を上げて焼いたらどうかと思い、実行したが、途中までいい感じで進行して鍋が爆発した。

余りにも驚いて漏らしてしまった。

横着はいかんということを学んだ。

素直に焚火の火でじっくり焼いてゆっくり冷やす、これに尽きる。


沸いた大量のお湯に塩を溶かし、山菜を入れて湯がいて、水にさらす。

さらにそのまま一時間寝かす。


この山菜はこれで灰汁が結構抜ける。

何度か試して辿り着いた調理法だ。

多少灰汁が残るがこれも味の一つとして受け入れている。


これに塩をつけて食べるだけ。

単純だがこれがうまい。


ちなみに今手元にある塩だが、以前鹿っぽい動物の群れの後をつけていったら、崖の斜面の土を動物たちが食っている光景に出くわした。

動物たちが去った後に調べてみると、土に多量の塩分が含まれているのがわかり、この土を持ち帰り、塩分の抽出を試みて、四苦八苦しながらゲットした。


この日の食事はいつもの何倍もうまかったのを覚えている。

後になって土魔法で簡単に塩だけ抽出できたことに、膝から崩れ落ちたが。


それはともかく、血抜きを終えたら毛皮と肉に分けて、内臓は今日のうちに食べてしまおう。

柑橘系の香りのするハーブと一緒に煮込んでもつ鍋にするのもいいかもしれない。


毛皮は皮に付いている脂肪などの余分なものを刃物で少しずつ削り、叩いて揉んでを繰り返してと快適に使えるようになるのに時間が掛かる。

冬に向けて必要になるのだし、これは丁寧に取り掛かりたい。


そう思い最低出力の雷魔法を手の平に纏わせて、毛皮の表面を撫でていく。

こうすると毛皮を傷めずにノミを駆除できるのだ。

今まで2匹の鹿っぽい生き物の毛皮で試したが、効果は抜群だ。


肉は今日の分を取り分けて、残りは干し肉に加工だな。

塩を大量に使ってしまうが、せっかくの肉を腐らせるわけにもいかないだろう。

明日は塩の補充に出かけることにしよう。


あと解体中に見つけたが、心臓の近くに500円玉くらいの大きさの、丸くて赤い石が癒着してあったんだが、これなんだろ?

ちょっと綺麗だから取っとくか。


なんだかんだ、ここの暮らしに順応していく中で、この世界で生きて死んでいくことを受け入れてしまい、いまでは前世のことを思い出して落ち込む時間はほとんど無くなっている。


それでも便利な暮らしを知っている身では今の生活に到底満足はできない。

自給自足にも限界があるし、いずれは外との交流も考えなくてはならない。

そうなった時、貨幣を持たない俺は物々交換をする羽目になるだろうから、今から金目の物を探すか作るかしないといけない。


まずは交流の第一歩として、こちらの意思を相手に伝える必要がある。

となるとあれが必要だな。

材料と作り方等、それを考えるだけで夜は更けていく。

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