月に帰るって楽じゃ無い!

山岡咲美

月に帰るって楽じゃ無い!

 白銀の月明かりが高校から帰る2人に影を落とす。


「田舎帰るんだって」


チャリチャリと昔と変わらない自転車のチェーンの音がする中、僕はそれを押して彼女と歩く。


「まー帰るったって、産まれてからずっとこの街で過ごしてたから帰るってより行くって方が近いんだけど…」


彼女は白い息を吐き清んだ夜空を見上げる。


アスファルトの感覚を足の裏で感じとれる程の静寂が2人を包んでいた。


「でも大丈夫?」


「大丈夫って?」


「ほらニュースでやってんじゃん、僕は心配だよ」


「ああ、でも随分離れてるから…」


「どのくらいだっけ?」


「真裏だから17379キロメートル位?」


「単位が意味を無くしそうな距離だね…」


「まあね」


「カグちゃん本当に月に帰っちゃうんだね」


「うん、帰っちゃうんだよアポロ君」


カグヤちゃんの両親は月に居る、彼女の母は妊娠が確認されると出産のため地球へと降りた、赤ちゃんには地球の重力が必要だった為だ。


「お母さん軍の人だっけ?」


「そっ司令官、私産んで直ぐUターンだよ」


ちなみに僕の両親も月で働いていたが、同じく母の出産の為に地球へ帰り、そのあと産まれた妹と父母僕の4人地球で暮らしている。


カグヤちゃんとは同じ病院で産まれてからの幼馴染みだ。


「まだ裏側でドンパチやってるらしいね」


「まっ戦うのはロボットだから別に平気よ」


月の資源戦争は資源ロボットを無駄にしながら17年も続いていた、確かにロボット達が戦争の主役になって100年、人が死んだなんて話は聞かない。


お金と資源の無駄使いと思いつつ、そのお陰で生まれた技術の事も考えてしまう。


「本当に帰るの?」


「うん、だってやっと18歳よパパもママもモニター越しじゃなく会えるって楽しみにしてるんだもの」


月に行く為には最低年齢と言うものが有る、あまり低い年齢で長期滞在すると体が地球の重力に耐えられなくなるからだ。


短期なら可能らしいがコスト的に現実的じゃないとの事、当然地球へ降りるのも同じだ。


「月まで384400キロかー」

僕は彼女と話す時この数字にあんまり意味を感じなくなっていた、あまりに数字が大きくて実感がわかないのだ。


「宇宙エレベーターからだとたった3日で月だよ、近くだよ!」

彼女は明るくそう言った。


「でも利用料がお高いしなー」

地球宇宙エレベーター→地球月往還船→月宇宙エレベーターのルートで片道が大卒の初任給1年分を吹っ飛ばすレベルだ。


「なに?寂しいの?」

彼女が少し意地悪な感じで聞いて来る。


「イヤ別に…」

僕は彼女の言葉に少し耳が赤くなり、顔をそむける。


「本当かなー」

そむけた顔を覗き込むのは止めて欲しい。


「でもやっぱり高校の卒業式までは居られないの?」

僕は話をそらす。


「私も卒業式は出たかったけど、月の大学に合わすと地球と月で2週間の検疫があるからこっち早く出ないとあっちの授業に出遅れちゃうの」

彼女は少し寂しそうな顔をする。


「月に病気持ち込む訳にいかないもんね」

僕は物分かりのいい振りをした。


「……」

彼女は黙ってしまった、本当なら笑顔で送りださなければいけない筈だ、だって小さな彼女が両親と会えない事でどれだけ寂しい思いをしてたかを一番知っているのが僕じゃないか?


「カグヤちゃん、いつか僕も月へ行くよ、そしたら月を案内して」

精一杯の言葉がそれだった。


「………」


「カグヤちゃん?」


彼女の目からボタボタと大粒の涙が零れ落ちる。


「どうしてそんな事言うの?」

彼女の声からは怒りの感情が溢れている。


「あの………」

僕はかなりうろたえた、僕は彼女の事を思い言った言葉だ…あまりひつこく止めては迷惑だし、めんどくさい奴だなんて欠片も思って欲しくなかった。


「止める理由なんていっぱい有るでしょ!」


止める理由?


「今、月戦争してんのよ!」


でもさっき裏側って?


「月までいくらかかると思ってんの?簡単に行き来出来る場所じゃ無いの!もう会えないかも知れないのよ!!」


たった3日だって……


ってよりって方が近いんだけど…』


アポロ君』


モニター越しじゃなく会えるってしてるんだもの』


『なに??』


僕はバカか?


「カグヤちゃん月には行くな!僕とずっと地球に居てくれ!!」


彼女の口元が笑顔で緩む。


「もっと早く止めろよな!」



***エピローグ***



「確かにもっと早く止めるべきでした…」

僕はもっと自分に自信をもって素直に生きようと思った。


「いやあ、キャンセル料って結構したねー」

彼女は結構スッキリした感じだ。


僕が高校時代バイトで貯めたお金は地球宇宙エレベーター、地球月往還船、月宇宙エレベーターのキャンセル料で吹っ飛び、彼女の預金は月大学のキャンセル料へと変わった。


さすがにこれを彼女と会うのを楽しみにしていた彼女の両親に払わせる訳にはいかない。


「アポロ君、取り敢えず食費切り詰めていくから!」


「カグヤちゃん、新生活始まったばかりで悲しい現実突き付けるの止めてくれるかな?」


僕の大学生活と彼女の浪人生活は、お金の節約の為仕方なく…あくまでも仕方なく一緒に暮らす事になった。



END

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