8-1. DXMとは何だ?
気がつけば辺りは全部真っ黒だった。
ついさっきはDXMから放たれた光で真っ白に染まってたというのに不思議な話である。が、それは私が目を固く閉じているからだという至極まっとうな理由にたどり着いて、自分の間抜けさについため息が漏れた。
あまりに光が鮮烈だったから目一杯まぶたを閉じたのだが、そのせいか上下のまぶたは接着剤で貼り付けられたように頑なで、けれども指先で緊張を解してやるとゆっくり開き始める。
そうして飛び込んできた光景に、私は目を奪われた。
「ここは……?」
パステルカラーの青を基調とした広大な空間がそこにはあった。
いくつもの光が上下に、あるいは左右に走り抜けていって、時に真っ直ぐ、時に曲がり、あるいは基調の青と混ざり合ってマーブル状の模様を形作っている。
足元に地面はなくて頭上に空はない。逆に言えばどこまでも地面でどこまでも空。足元にハッキリとした地面はないというのは落ち着かないが、それでも私は立っているという確かな実感はあった。
――と、周囲を観察していて私はハッとした。
「ニーナたちはどこだ? どこに行った?」
光に飲まれた時、私の周りに全員いたはずだ。あれから何がどうなったか、どれだけの時間が経過したのか一体全体さっぱりだが、私の感覚を信じるならばそう時間は経ってないはず。ならば近くにいるに違いない。
「アーシェさん……?」
背後から私を呼ぶ声。振り返れば、ニーナがそこにいた。
いや、ニーナだけじゃない。さっきまで誰もいなかったはずの場所。そこにアレクセイにカミル、アレッサンドロ、そしてヴィクトリアまでも揃って立っていた。
たぶん私も同じような顔をしてたんだろうが、揃いも揃ってキョトンと間抜け面を晒していた。唯一ヴィクトリアだけは顔色一つ変えず興味深そうに不可思議な空間を眺めていたが。ホント、コイツの心臓は何で出来てるんだろうな。嫌いな奴だがつくづく感心してしまう。
それはともかくとして、ボーッと突っ立っていたニーナだったが、私の姿を認めると顔をクシャリと歪ませて駆け寄ってきた。
「アーシェさぁんっ!!」
涙を流しながら両手を広げ、私に向かって飛び込んでくる。
なもんで私は迷わず――
「良がっだですぅぅぅ――ひでぶっ!?」
一歩横にズレた。真横をダイブしたニーナが通り過ぎていって、そのまま顔面から着地したのを私は優しい目で見送った。
「……ひどくないです?」
「ひどくないな」
ったく……ここがどこかも分からんのに気を抜きやがって。だがまあ……ニーナを含めて全員無事で良かった。ニーナの手を引いて起こしながらホッとしていると、後ろから生暖かい視線を感じた。カミル、アレッサンドロ、ニヤニヤしてこっちを見てるんじゃない。それとアレクセイ、貴様もほっこりした顔をするな。
そんな私たちを他所に、一人平然と明後日の方向目掛けて術式をぶっ放したりと色々試していたヴィクトリアだったが、何をしても変化がないと分かったようでこちらに訝しげな視線を向けてきた。
「シェヴェロウスキー。ここはどこだ? 貴様が知っている事を教えろ」
「教えろと言われてもな」
私の方が正直教えてほしいところだよ。とはいえ、DXMを起動させた直後にこうなったんだからだいたいは予想がつくが。
「DXMが作り上げた特殊な空間、とでも言えば伝わるでしょうか」
だが私が答えるよりも早く正解が背後から聞こえてきて、私たちは振り向いた。
「――クロノス……か?」
するとそこにはニーナ――じゃあなくて、ニーナに似た雰囲気を持つ見知らぬ女がいた。透き通るような白い肌で、けれども使徒の女とは違ってどこか血の通っているようにも私には見える。白と黒が入り混じった髪は腰まで長く伸びていて、ニーナと違って表情から感情が見えづらいが、それでもニーナっぽく見えてしまうんだから不思議だ。
「はい、そうです。こうしてお会いするのは初めてですね」
そう言ってクロノスは微笑んだ。笑うと、アレだな。ニーナにますます雰囲気が似てくる。
「クロノス……? 古い文献に出てくる神様たちン中にそんな名前があった気がするんスけど……」
「ああ、本人だよ」
時と空間を司る、神々が一柱であるクロノス。アレッサンドロに説明してやると、目を丸くして固まってしまった。
そんなアレッサンドロはさておき……やはりここはDXMが作り出した空間か。
ということは、だ。
「ここはあらゆる時間と空間が繋がったトンネル……そう考えていいな?」
「ええ。そのとおりです」
クロノスから肯定をもらって、改めてグルリと視線を巡らせる。
ここから私は戻れる。願って願って願ってやまなかった場所へ、私がいた場所へ戻れるんだ。願いがまもなく成就する。そのはずなのに――どうしてだか胸が軋んだ。そんな気がした。
「待て」
胸の痛みが体の奥に染み込んで、動けなくなりそうになる。だがヴィクトリアが声を発してくれたおかげで私は痛みから目を逸らすことができた。
「そもそもDXMとは何だ? アレは古代兵器ではないのか?」
まあヴィクトリアからすればそこからになるわな。事情を知っているアレクセイとカミルは別として、ニーナとアレッサンドロも同じように私とクロノスに視線で説明を求めていた。
「……そうですね」クロノスはやや考えながら首を縦に振った。「確かに兵器、と呼んでも差し支えはないでしょう。あれは貴女たちからすれば遥か昔の人々、そして私が作り上げた神々へ反逆するための装置です」
「神々に、反逆……?」
ニーナがつぶやくように零すと、クロノスはどこか懐かしむように目を細めた。
「
神々は焦りました。そこで、力を完全に失う前により強行な手段で世界に介入し始めたのです。あらゆるところで奇跡を起こし、自らを狂信的に崇拝する組織を作らせ、時に戦争を起こす。それにより神々の支配はより強固になる一方で、反発する者たちも多くいました」
「その人たちが、DXMを作ったってことですか?」
「はい。私と彼らが作り上げたデウス・エクス・マキナ……機械じかけの神とも呼ぶべきそれは、世界を巻き戻すための装置です」
「世界を巻き戻す、だと?」
訝しげにうめいたヴィクトリアに、クロノスは表情を変えず大きくうなずいた。
「神々によって歪められた世界を、あるがままの姿の時代に巻き戻す。同時に、神々そのものも時空の果てへ追放する。それが彼らの、そして私の目標でした。他の神々にバレぬよう私の力と知識を貸し、ミーミルの泉も持ち出して与え、あと一歩というところまで来ました」
「だが計画は失敗した。貴様がニーナの中で眠っていたということは、そういうことだな?」
私が確認するように尋ねると、クロノスの表情が微かに動いた。
「はい。すべての手はずが整い、しかし実行の直前に計画が神々に露見してしまったのです。幸いにしてDXMそのものについては神々に見つかる前に地中深くに埋めて隠すことができましたので、いずれやってくる機会を待つことにしました。ですが、それは訪れませんでした。
彼ら……当時の人間たちが作り上げた文明は、神々から力を授けられた者たちによって滅ぼされてしまったのです。私も力を封じられ、地上へと追放されました。せめて一矢でも、と思って抵抗しましたが……できたのは他の神々の時間を多少巻き戻し封じたことくらいでした。所詮それも時間稼ぎに過ぎず、アーシェ、貴女もご存知のように再び神々は世界へと介入を始めてしまったのです」
神の列に連なっていた者として謝罪する。クロノスはそう言って私に頭を下げた。
アレッサンドロなんかは、神が謝罪したことにオロオロとしているが謝罪なぞ私にとってはどうでもいいし、クロノスに謝罪される謂れもない。謝るなら、あのクソッタレどもに謝ってもらわねばな。もっとも、今さら謝られたって許すわけもないんだが。
それより、だ。
「王国で発掘したあの装置もDXMだと思ってたんだが、DXMは二つあったということか?」
「いえ、そうではありません」クロノスは頭を振った。「DXMは二つで一つ。王国と帝国の両方にあるDXM、それぞれが起動して初めて本来の役割を果たせるのです」
そう言ってクロノスが説明してくれた。その内容をかいつまんで説明すると、二つのDXMは地下深くの地脈を通じて繋がっているらしい。
どちらも魂をエネルギーとして駆動することに変わりはないが、簡単に言えば王国側が燃料タンクで帝国側が制御器に相当するらしい。どちらか一方だけだと失敗のリスクが跳ね上がるのだとか。まあ燃料があっても制御できなきゃ暴走するし、制御器だけじゃ世界を巻き戻すなんて馬鹿げた芸当ができるはずもないか。
加えて、正規に起動するには資格がある人物――つまり、今となってはクロノスだけだ――の承認か完全なミーミルの泉が必要らしい。そうでない人物が認証を行おうとしたり、不完全なミーミルの泉で起動させようとすると、保護機構が働くのだそうだ。その結果が大量に現れたあのロボットたちというわけだ。
「話は分かった。で、私たちはどうなる?」
「DXMはすでに起動しました。世界が刻んだ時は一度巻き戻された上で別の時を刻んでいます。この空間を出れば再び同じ時代へと戻っているでしょうが、そこは貴女がたが知る世界とは異なる世界になっているはずです。そして……ここにいる貴女がたは望む世界と時間へと飛ぶことが可能になっています。それはヴィクトリア・ロイエンタール、貴女も同様です。この世界の新たな歴史の中に踏み出すも、まったく別の世界と時間へ飛ぶも自由です」
「……なるほどな。つまり、どうあがいても私は元いた場所へは戻れんのだな?」
「はい、少なくとも歴史が変わった世界へと降り立つことになるでしょう」
クロノスとヴィクトリアの会話を聞きながら私は一度目を閉じ、小さく息を吐いてからヴィクトリア、それとアレッサンドロを見上げた。
「すまない」
「謝罪など要らん、シェヴェロウスキー。私は別にどんな世界だろうが一向に構わん」ヴィクトリアは鼻を鳴らした。「どこに行こうと私は私だ。新しい世界にも依るが……そうだな、今度は傭兵にでもなってみるのも良いかもしれんな。それなら戦争に困ることはなさそうだ」
……ったく、この女は。分かっちゃいたがとんだ戦争狂だな。だが、そう言ってくれると勝手に巻き込んでしまったこちらとしては少し気持ちが軽くなった気がする。
「さて、それでは急ぎましょう。
この空間は本来の時の流れから切り離されてはいますが、あまり遅くなると完全に繋がりが絶たれ、そうなればDXMの復活に尽力してくださった方々の願いを叶えることができません」
「なんだと?」
それはまずい。マティアスを始め、エルディスや実際に手足を動かしてくれた連中がいたからこそ、DXMがDXMとして起動できたんだ。彼らを差し置いて私だけ、だなんてできるはずがない。
「DXMの光は今や世界のすべてを包み込みました。距離や次元は意味を成さず、あらゆる場所とこの場は繋がっています」
それはつまり、どこの誰であってもこの場に招き寄せられるということだな?
「そうです。そして、アーシェ。その者をどうぞ貴女が選んでください」
「……いいのか?」
「はい。すでに申し上げましたとおり、貴女にすべてを託しましたので」
周りを見渡す。全員が私を見てうなずいた。
であれば。目を閉じて、呼び寄せる連中の事を頭に思い描いていく。何年も共に歩んできた奴らだ。改めて考えずとも、自然と全員の姿が浮かんできた。
閉じていた目をゆっくり開く。変わらないマーブル模様の不思議な空間が視界に飛び込んでくるが、やがてそこに光の塊がいくつも生まれて、最後に目もくらむほどに鮮烈に輝いて弾けた。 そして光があった場所に現れたのは――
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