7-4. 安らかに眠れ
「ったく……今月はいったいいくつ墓を作ったんだろうな」
まるで墓屋か戦時中の兵士みたいなことをぼやきながら、土で汚れた手を洗い流す。
周囲を見回し、誰もいないことを確認。気配を探っても人っ子一人どころか野生生物さえいない。ただでさえ田舎なんだが、集落からも少し離れてるからな。百年前にここがどうだったかは知らんが、きっと今とそう変わってないに違いない。煩わしい人付き合いからは距離をおいて静かに暮らしていたんだろう。家族と、な。
「……さて、着替えるか」
誰もいないなら憚ることはない。その場で作業服を脱ぎ散らかして下着姿になり、トランクからシスター服を引っ張り出して着替えていく。
「正直コイツを身につけるのは勘弁、と言いたいところだが……」
ま、今日くらいは耐えてやるとしよう。ばっちい物を触るようにつまんで十字のロザリオを首に掛け、息を一度吸いこむ。そしてその場にひざまずいて私は手を合わせた。
「安らかに眠れ、バーナード」
それだけを告げ、無言で祈る。教会の連中が口にするような長ったらしい説教なんざ覚えていないからな。悪いがそこは大目に見てほしい。こちとら、なんちゃってシスターなんだ。
「貴様とはしょせん十数分殺し合っただけの間柄だ。だから好みなんて知らんが……ま、付き合えよ」
祈りを終え、わざわざ王都からえっちらおっちら持ってきてやった真新しい墓石の前にどかっとあぐらをかいて座る。カップに酒を二杯注いで並べてからタバコも二本火を点けて、うち一本をバーナードが眠る地面に立てた。残りのもう一本をくわえて大きく吸い込み、ゆっくりと曇天の空に向かって吐き出していけば、ゆるゆると揺れながら煙が昇っていった。まるで、バーナードの魂が昇っていくみたいに。
「もう、十日か」
指にタバコを挟んだまま頬杖を突く。そのまましばらく、名前が刻まれた墓石だったり煙だったりをぼーっと眺めてれば、慌ただしかったここ数日のことが勝手に思い出されてきた。
とりあえずの全てが終わったあの後、私はバーナードの遺体と一緒に王都へと帰還した。事件の犯人だからというのもあるが、どちらかと言えば奴を弔ってやりたいという思いの方が強かった。
なので遺体は術式で凍結処理して保存しつつ事件の処理を進め、一方でマティアスには奴の無駄に広いツテを目一杯使わせて、まだバーナードが人間だった頃に住んでいた場所を探させた。
なにせ何十年も前の、しかも当時は単なる一般人だ。見つからないまま捜索が終わることも覚悟していたが、さすがは一国の王子というべきか。思った以上にあっさりとバーナードの出生地が見つかった。
もらった情報によると、バーナードは共和国の人間だったらしい。なもんで、奴を弔おうとすれば私も共和国に入国せねばならんわけで、入国に際してはまあ……なんやかんやあったわけだがこうして私はバーナードの遺体と、急ぎ墓屋に作らせた重たい墓石を持ってこんな山の中までやってこれたわけである。中々に骨な道程だったが――
「まあ気にするな。たいした苦労でもない」
私が勝手にやったくせに偉そうにそううそぶいてやると、「頼んじゃいないんだけど」とバーナードがボヤいた気がした。
「そう言うな。貴様はどうも他人には思えなくてな」
それに、家族に会うのを食い止めた私が言うのもなんだが、誰にも見送られず一人ぼっちというのも、寂しいだろう? 嫌だろうが、せめて私くらいは見送らせろ。
「しかし……つくづく貴様の境遇には同情するよ」
核を喰らってコイツの人生をおおまかに把握したうえで思うのは、バーナード・ファーナーはまず間違いなくただの人間として生きて、ただの人間として死ぬべき運命だったということだ。
元々少々偏屈だったようだが、それを受け入れてくれる婦人も見つかり子供も生まれた。幸せに生き幸せのまま死ぬ人生。それが狂ったのは何の変哲もないある一日だった。
畑仕事をしている最中、突如奴に天啓が下りた。それは比喩なんかじゃなくって本当にクソッタレの神どもがもたらしたものだ。ちなみに天啓の中身自体は不明。神が細工したのか、それとも単に情報が劣化したのかは知らんが、まあ経験上ロクなもんじゃないのは確かだな。
で、その天啓にしたがって山を下りてた途中で――これは神の思し召しでもなんでもなく本当に偶然っぽいんだが――血に飢えた吸血鬼、それも真祖に襲われた。
本来ならそこで奴の人生は終わり。屍鬼となって日の当たらない場所で意思もなく生きながらえていくか、あるいは私みたいなのに討伐されて死ぬかのどちらかになる――はずだった。だが、これはもう不幸と言ってしまっていいだろうが、バーナードは吸血鬼に対する親和性が高すぎた。
それはおそらくは先天性のもので、非常に稀なケースではあるが、おかげで屍鬼じゃなくて後天的な吸血鬼となってしまったわけである。
当時のバーナードがひどく混乱しただろうことは想像に難くない。何かに襲われて気を失ったのに、気づけば何事もなくただ道端に横たわっていたんだからな。おまけにショックで記憶も曖昧になってしまって、何故山から下りようとしてたのかも分からなくなっていた。
「しかし何より最悪なのは――……」
吸血鬼に襲われた自覚もなく、家に帰ってしまったことだろう。
人間から吸血鬼に体が作り変えられていった直後だ。帰り着く頃にはさぞひどい飢餓感に襲われて、今すぐにでも血を飲みたくて仕方なかったはずだ。
そんな奴を真っ先に出迎えたのは――
「……辛かったよな」
酒を飲み干し、そんな言葉がポツリと口をついて出た。
愛すべき妻と娘。バーナードを出迎えたのは確かにその二人だったのに――途絶えた記憶の続きに映っていたのは、干からびてミイラになった妻と娘の姿だった。その絶望と罪の意識たるや、核を喰らっただけの私でも察するにあまりある。
それからの奴の人生はひたすらに苦痛の中にあった。自分が殺した家族を取り戻すためにすべてを注いだ。苦悩にまみれ、悪夢に苛まれ、何度となく罪の重さに押しつぶされそうになりながら、それでももう一度帰る場所を探していた。
そう、奴は帰る場所――還る場所を求めていた。私のように。
コイツはずっと還りたかっただけだった。幸せだった頃に、記憶にある優しい妻と可愛い娘のところへと還りたかっただけだったんだ。そのために術式を学び、研究し、百年の年月をかけた。結局は目的の術式を完成させるには至らず、人間としての意識を保つ限界を迎えようとしていた。
そこに現れたのが、あの女――使徒だ。時間がほとんど残されてなかった奴にとってはまさに神の恵み、それこそ天啓に思えただろうな。
ミーミルの泉を完成させれば、念願の術を手に入れられる。あの宝石なら確かにそれは叶っただろうさ。だが、時間が無かったバーナードが取った手段がまずかった。生きた人間から魂を大量に奪い取るなど、私じゃなくっても許容できるはずがない。
「ま、私が言うのもおこがましい話だがな」
注いだ酒を一気飲みし、また新たな一杯を注ぐ。バーナードの手段を許容できないと言っちゃあいるが、私たちの計画だって到底褒められたもんじゃない。確かに人間を殺しはしないが、ある意味、多くの人間を巻き込むようなものだからな。
「だがな、バーナード。貴様の努力は無駄にはしないさ」
あの洞窟の棲家にあった無数の研究の数々。必然的に魂を吸収するためのものが多かったが、それ以外にも奴が元々研究していた術式に関するものも多々あった。アレを地下で発掘した機械の解析に当たってる連中に渡せば、計画が予定よりも早く進むかもしれん。
「もし計画が上手くいったなら……バーナード、貴様の運命も変わるかもな」
いや、「かも」じゃないな。確実に変わるはずだ。新しい運命を与えられた貴様はこうして私の足元で眠る貴様とはまた別人だろうが……少なくとも神に翻弄されることはない。そうなれば貴様の苦難も努力も、少しは報われてくれるだろうか?
そんなことを考えている自分に気づいてつい笑ってしまう。死んだ後で勝手に成果を持ち出しておいて、なんとも恩着せがましいことだ。シンパシーを感じてこうして埋葬してるのだってしょせん自己満足にすぎないというのに、まったく、どこまで私という存在は厚かましいのやら。
「……帰るか」
どうやら私はずいぶんと物思いにふけっていたらしい。気がつけば持ってきてた酒瓶は空になっていて、あぐらをかいた足元にはタバコの灰と吸い殻が山を作っていた。
やりたいことはやった。もう十分だ。灰を散らし吸い殻を術式で燃やし尽くすとなんちゃってシスター服から私服へと着替える。酒瓶とかと諸共にトランクに押し込み、最後にもう一度バーナードの墓を眺めると、なんとも言えない寂寥感が胸に押し寄せてきた。
「じゃあな。二度とここへ来ることはないだろうが……安らかに眠れ。それくらいの祈りはどこからだろうが捧げてやる」
そう言い放つと冷たい風が吹き付けてきた。それは「そんなのは結構」と拒絶の返答だったかもしれん。だがここまでおせっかいを焼いたんだ。思い出す度に祈ってやる。この私の祈りを受けられる相手などほとんどいないんだ。せいぜい喜んでろ。
心の中でうそぶき墓に背を向ける。誰もいない田舎道を一人寂しく踏みしめながら顔を上げれば、木々の連なる緩やかな上り坂が続いていた。
まるで私の教会に続く道みたいだ、と思い至ると、折に触れて幾度となく思い出してしまうニーナの問いかけがまた頭をよぎった。
「過去を無かったことにしたいか、か……今回みたいなことだったら胸を張って首を縦に振るんだがな」
バーナードの術式によって確かにニーナもカミルも死んだ。だがその直後に二人とも生き返った。死んだという過去が無かったかのように。
「……結局、アイツは何者だったんだろうな」
ニーナの皮を被った正体不明の存在。一応後処理が落ち着いた頃にニーナを問い詰めてみたがさっぱり覚えてなかったし、むしろ私が蘇生させたものだと思ってたくらいである。なもんでアイツから情報を得られそうな気配は微塵もない。
「そういえば前に――」
術式銃をロクに扱えないからと原因調査のためにニーナの血を吸った時のことを思い出した。確かあの時にとんでもない魔素を内包していたことが分かったんだったな。
「……魂にニーナ以外の誰かが住み着いている、ということしか考えられんな」
私みたいなのは例外として、ただの人間であっても複数の魂を一つの肉体に宿すことはまれにある。ニーナもその例の一つだということなのだろうが……
「だが……人間にあんなことができるはずがない」
時間が経って落ち着いて当時を回想したからこそ言える。間違いなくあの時、ニーナもどきは時間を巻き戻した。
私の記憶は連続しているし戦闘の痕も残っていたから何もかも、というわけじゃないだろうが、少なくとも魂を吸収する術式、それとニーナ、カミルの二人に関する事象については時が巻き戻ったとしか思えん。でなきゃミーミルの泉を覆っていたケースの傷が消滅していた理由がつかん。
そして当然、ニーナどころか人間にそんなマネができるはずもなく、ミスティックだってそんな種族がいるなど聞いたことはない。魂にアクセスして情報を検索してみてもそれらしい存在など、せいぜい――
「……止めよう」
他人について余計な詮索などしないに越したことはないし、正体が分かったとして私はニーナをどうするつもりだ?
計画に取り込む? それとも邪魔されないように監視? あるいは……排除でもするのか? 自分に問いかけてから首を横に振った。
「アイツを巻き込むべきじゃない……」
ニーナはニーナだ。大切な部下であり、まあなんだ、気のおけない友人みたいなものでもある。ましてアイツは今を生きている。どんなに辛いことがあろうとも過去を否定せず、今という時間を大切にしているんだ。そんなアイツを、私たちの馬鹿げた計画に巻き込んでたまるか。ニーナはニーナらしくこの世界を生きていけばいい。
「だがせめて――」
計画が成就して飛び立つ。そんな時が来たなら――最後はアイツに笑顔で見送ってもらいたい。
それが決して叶わない願いだと分かっていても願ってしまうのは、きっとニーナという人間の存在が私の中で大きくなりすぎたからだろう。
ため息が漏れる。心が揺れる。けれどももう立ち止まることはできない。
見上げれば急な坂道が立ちはだかっていた。ともすればくじけてしまいそうな脚を軽く叩き、私はやってきた道をただただ戻り続けたのだった。
File8「人が消えた山奥で彼/彼女は願う」完
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あとがき
本作をお読み頂き、誠にありがとうございます<(_ _)>
これにてFile8は完結。
いつもどおり一旦お休みいただいて、File9が書き上がり次第また連載を再開致します。
どうぞご承知おきくださいませ。
なお、次のFile9がラストになる予定です。
ぜひとも最後までお付き合い頂けますと幸いです<(_ _)>
ではまたFile9でお会いしましょう。
それではっ! (・ω・)ノ
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