4-4. こういうのも悪くない






 連中の瞳から攻撃的な輝きはなおも失われてはない。だが今度は俯いてウロウロとしながら地面を掘り返したり腕を叩きつけたりと奇妙な行動をし始めていた。


「どういうことだ?」


 統率を失ったように見える奴らの様子に私の方が困惑する。吸血鬼に操られていたのでは無かったのか?

 吸血鬼本体に何かあったのか、それともミスティック連中は始めからこの場所が目的だったのか。


「だとすると――」


 後者の場合、この場所に連中を引きつける何かがあるのか。あるとすれば……関係しているのは巨大な魔法陣くらいしかない。魔法陣を守ろうとしている? しかしその割には魔法陣を破壊しかねんことをしているしな。ダメだ、よく分からん。


「何にせよ、連中を引きつけねば話は進まんな」


 このまま居座られては発掘調査もままならん。

 再び術式を展開し貫通術式の準備をする。連中が止まってくれたおかげで落ち着いて術式を構築できる。さっきよりも広範囲に、そして密度を上げたものを構築して掲げた両腕を振り下ろした。


「■■■■■――ッッッッ!!」

「……さすがに耳障りだな」


 聞いているだけで頭が痛くなりそうなほどの咆哮というか悲鳴を聞きつつ眼下を確認。それなりの「格」のミスティックはまだピンピンしているが、雑魚はだいぶ一掃できたようだ。


「雑魚とはいえこれだけの数を喰えれば、結構満たされそうなんだがなぁ……」


 魂喰いである私にとっては雑魚だろうがミスティックはご馳走でもある。数が減ったせいで精神的な余裕が生まれたからだろうが、急に食欲が出てきた。最終目的のためにも魂の数が欲しい私としては有象無象だろうがぜひ喰ってしまいたいところではあるんだが……今回は諦めるしかないか。


「おっと」


 そんなことを考えていたら、残ったミスティックたちからの攻撃が飛んできて私の頬をかすめていった。振り返れば斧が回転しながら、ミノタウロスの手の中へ戻っていっていた。

 どうやら生き残った連中はたいそうおかんむりらしい。今までにも増して情熱的で攻撃的な真っ赤な瞳と共に他のミスティックも一斉に攻撃を繰り出し始めた。

 ウィスプ系のような術式を使える奴は術式を、そうでない奴は今のミノタウロスのように特殊な武器だったり、あるいは咆哮だったりと持てる能力を使って私を害することに全力を尽くし、おびただしい数の攻撃を放ってくる。


「ふっ!」


 攻撃の隙間を縫い、あるいは防御術式で跳ね返しながら回避を続ける。幻想種の攻撃はいかに私と言えども食らえばダメージは免れんので、特に注意して避けていく。

 基本的に回避に注力し、しかし少しずつ後退を続ける。ニーナたちが逃げた村の方向とは別の方角へと敵を誘導して魔法陣から引き剥がしていく。雑魚どもならともかくも幻想種ともなれば頭も回る。なので本来なら私の意図に気づいて追いかけるのを止めそうなもんなんだが、未だ吸血鬼の制御を受けているのか、はたまた頭が働かんほどに私に対してお怒り遊ばせてるのかは知らんが、こちらの狙い通りに付いてきてくれていた。


「後少し、後少し……――」


 退きながらも、でかいのをお見舞いできるよう並行して演算を開始。魂を大量に使って並列計算し、魔法陣の展開一歩手前の状態で待機させて頃合いを見計らう。

 そして。


「……もう大丈夫か」


 つぶやきながら視線を上げていく。魔法陣らしき血の跡があった場所からはずいぶんと離れ、少なくとも視認できる範囲ではすべてのミスティックが私に付いてきていた。後はニーナたちが近くにいなければ遠慮なくぶっ放せるんだが。

 とか思っていると、離れた場所から盛大な閃光が上がった。距離があるのでさすがに目がくらむほどの光量はここまでは届かないが、雪雲に覆われてすでに薄暗くなっていた空の元では十二分な存在感を放っている。


「……ずいぶんと気が利くようになったじゃないか」


 その光を見つめながら思わずニヤついた。打ち上がったのは間違いなくニーナの閃光魔装具だ。正確な意図までは分からないが、おかげでアイツらの位置は把握できた。村にほど近い場所まで到達しているようで、だとしたら――


「――本気を出して構わないということだな」


 これだけ離れていればニーナたちを巻き込むことはない。そう確信した。

 ならば遠慮はいらない。アクセルを全力で踏み込むように、待機してあった術式が耐えられる限界まで一気に魔素を注ぎ込んでいく。

 目の前に直径十メートルはあろうかという巨大な魔法陣が浮かび上がった。淡い桃色のそれが魔素が充填されるにつれて赤黒さを増していき、最終的には白く昼間の太陽のような色合いに変化した。


「■■■っ、■■……!?」


 ミスティックどもの沸いた頭でも状況は理解できるらしい。飛んでくる攻撃は激しさを増すがやがて抵抗が無駄だと悟ったようで、攻撃がピタリと止むと今度は一斉に逃げ出し始めた。


「残念ながら――」


 逃がすわけにはいかん。誰にともなくそう告げると、両手を前にかざして。

 そして、術式を発動させた。

 瞬間、周囲から色彩が消える。雪降る日暮れの空も、足元の黒い山林も、すべてが等しく白で塗りつぶされていく。

 それを為すのは魔法陣から放たれた白閃。巨大な光の柱が連中を飲み込まんと背後から迫っていく。

 人間と同じ様な悲鳴が聞こえた。今のこの瞬間だけは瞳から赤い攻撃色が消えて正気に戻ったみたいだが、もう遅い。

 着弾。断末魔が上がるがそれさえも衝撃と轟音が飲み込んでいく。激しい光に無意識に目を細め、遅れてやってきた爆風が髪と服を強く揺らした。

 空高くキノコ状の雲が立ち上っていく。下手すれば帝国が攻めてきたのかと誤解されかねんな、これは。後で連絡を入れておかねば。

 そんなことを考えつつ視線を上からゆっくり下ろしていく。

 足元の景色は一変していた。

 林立していた木々はすべて吹っ飛んで、ところどころ残っていた白い雪は周囲一帯完全に蒸発している。なにより――あれだけうごめいていたミスティックたちが消え失せていた。

 山肌は完全に崩壊。クレーターどころか斜面が陥没してしまっていて、ぽっかり空いた穴に砕け散った岩石が乱雑に積み重なっている。


「……さすがは幻想種だな」


 瓦礫の中に一体だけケンタウロスが転がってるのが見えた。頑健な肉体がウリなだけあってきちんと体は残っていた。他の幻想種も肉体は残っているだろうからできれば今のうちに「核」を引き抜いてしまっておきたいんだが……どうやら無理そうである。もうちょっと頭を使えばやりようはあっただろうが、うん、なんというか、我ながら考えなしの阿呆である。

 とりあえず頑張った自分への褒美としてケンタウロスの体を腕で貫く。血塗れの核を引き抜いてその場で頬張ると、美味なのはもちろん滋味が全身に広がっていくかのようで、こんな状況にもかかわらず思わずとろけるようなため息が漏れてしまった。


「はぁ、たまらんな、この味は……」


 味も魂のサイズもさすがは幻想種。魂喰いとしての空腹が満たされるのに加えて、ストックされた魂の総量としても大きく増えたような気がする。


「しかし……少々疲れたな」


 緊張が解けたせいだろう。肉体的疲労より精神的疲労の方がしんどい。このまま酒でもかっ喰らって大の字になって寝てしまいたいところだが、仕方なかったとはいえ自分がしでかした惨状である。関係各所に連絡する程度の事後処理はせねばなるまい。

 血で汚れた口元を拭い、飛行術式で閃光魔装具が打ち上げった方へとのんびり飛んでいく。


「そういえば……」


 アイツらに頼んだ買い出し。ちゃんと酒も買ってきてくれたんだろうな。まずはそこを確認せねば。

 飛んでいくと、地上からこちらに向かって大きく手を振るニーナたちの姿が見えてつい頬が緩んだ。待ってくれていることになんとなく安心感を覚え、そんな自分の変化がむずがゆく感じなくもない。


「こういうのも悪くないな」


 私は一人つぶやき、ニーナたちの方へとゆっくり高度を落としていったのだった。



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