4-3. 助かりたかったら振り返るな




 木と木の間から垣間見える赤い瞳。到底人間では纏い得ない攻撃的な雰囲気。そいつらがおぞましい群れとなって、じわじわと私たちへと迫ってきていた。


「っ……!」


 全容を窺い知れないほどの数に、すべてを飲み込まんばかりの圧力。思わず息を飲む。だがこうしてぼさっと突っ立ってるわけにはいかん。


「全員、全速で退避だっ! 急げっ!」

「は、はいっ!」

「ニーナ、閃光魔装具を寄越せ!」


 怒鳴りつけて全員を急かし、ニーナから受け取った魔装具を上空めがけて全力で放り投げる。

 枝葉を蹴散らしながらクルクルと飛んでいき、獰猛な群れの頭上で破裂すると晴天さえも凌駕するほどの光が撒き散らされる。さすがはニーナ謹製というべきか、通常よりも遥かに強力なその閃光は私たちを覆っていた木々の葉をも貫いていって、おかげで敵の大まかな全体像が確認できた。


「……まさに怪獣大集合とでも言うべきだな」


 あるいは妖怪見本市とでも言うべきか。ともかくも迫ってきてるのはなんともバラエティに富んだ面々だ。屍鬼はもちろん妖精種にグールやウィスプ系、デュラハンまで揃ってやがる。


「おいおい、ありゃあ……ミノタウロスにケンタウロスじゃねぇか」


 加えて、いわゆる幻想種とも呼ばれるほどレアな奴らまでお出ましである。しかも全員が何もせずとも人間に目視可能になるほど我を失ってる状態だ。いつからここは魔獣大戦争の最前線になった?


「ボヤいても仕方ない……!」


 気分としてはどこかで私を見ているであろう神どもの顔面に犬のクソでも塗りたくってやりたいが、残念ながらそんな妄想さえしている時間が惜しい。

 飛行術式で木々の間を高速で突っ切っていき、空高く舞い上がって連中を見下ろす。上空からは、数百メートルに渡って赤い瞳が連なり一定のペースで淡々と行進を続けている様子がハッキリと分かった。

 これまでの短い人生でそれなりに修羅場もくぐってきたつもりではある。が、いかな私でもこれは背筋が凍りそうな景色だよ。一見の価値はある。一見もしたくは無かったが。

 しかしだ。もしこれだけの数を、それもミスティックを件の吸血鬼が操っているとしたら――


「奴は、魔女の類にまで達してるのか……!?」


 術式に長けただけの単なる魔術師ではなく、悠久を生きるほどに古今東西の術式を極めた存在。まるで、ドクターのように。


「ありえない話じゃないか……」


 人間より遥かに長命である吸血種。連中が本気で術式を極めれば十分あり得る話だ。

 だが吸血鬼の正体がなんであれ、今すべきことは目の前の連中を蹴散らすことに他ならない。

 一網打尽にするべくいつもどおり魂の深層にアクセス。全身から青白い光を立ち上らせながら内包する大量の魂を使って術式を演算。頭の上に巨大な術式方程式の魔法陣を展開して連中をふっ飛ばそうとしたが――


「クソッタレ、さっき自分で言ったばかりじゃないか……!」


 足元にはどこまで広がってるか分からん魔法陣が埋まっている。ここで下手にぶっ飛ばせば何が起こるか想像もつかん。事ここに至っては、ただ付近が吹っ飛ぶくらいなら必要経費だと思って構わず術式をぶっ放すが、二度と生命の生まれない不毛の地と化すなんてことだって考えられる以上は下手を打てん。


「仕方あるまい……!」


 展開した術式をキャンセルし、急降下。木々の間をすり抜けながらニーナたちを追いかければ、二人とも時折振り返りながらミスティックどもに術式銃や魔装具を放って、なんとか時間を稼ごうとしていた。


「カミル、ニーナっ!」

「隊長っ! どうすりゃいいっ!?」

「貴様らはロハネブルク村まで全力で逃げろっ! 絶対に足を止めるな! コケたやつは私が術式で強制的に空中遊泳させてやるから覚悟しろっ!」


 カミルたちに叫ぶと、私は踵を返してミスティックどもの方へと飛んでいく。


「アーシェさんっ!? 何するつもりですかっ!?」

「私は連中を足止めするっ! 助かりたかったら振り返るなっ!!」


 駄賃代わりに全員に身体補助の術式を掛けてやる。他人に使うと効果は激減だが、しないよりはマシなはずだ。

 さて。


「やれるだけ……やってみるか」


 これだけの緊張を覚えるのも久しぶりだ。湧き上がる身震いに口端を吊り上げる。そして、地響きと共に迫ってくるミスティックたちの正面に着地した。

 一斉に向けられてくる真っ赤な瞳。それを受け止め、大きく息を吸い込む。

 意識を集中させ魂の深部にまでアクセス。術式を高速で構築、さらにそこへ強化の術式を強引にねじ込んでいく。

 赤黒い魔法陣が目の前で旋回を始め、込められた魔素の量に反応して加速。やがて魔法陣が赤白くまばゆい光を発したところで、私は雄叫びと共に腕を突き出した。


「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」


 私の背丈ほどもある閃光が魔法陣から飛び出していく。真正面から迫っていたミスティックどもを閃光が飲み込んでいき、そこからさらに腕を横に振って術式で真横に薙いでいった。

 立ち並ぶ木々ごとミスティックどもの体をえぐり取っていく。妖精やデュラハンどもの上半身が切り取られ、残った下半身が時間差で倒れていった。だがウィスプ系にはそもそも効果が薄いうえに、細かい起伏のせいで倒せたのはほんの一部に過ぎない。転がった死体を後ろからやってきた奴らが踏み潰し、倒れた木々を次々乗り越えてくる。ったく、ミスティックどもは立ち止まるということを知らないから困る。


「ならば無理やり止めるまでだっ!!」


 再び魂の深層へアクセス。取り込んだ様々な魂どもに取り込まれないよう記憶の海をすり抜け、眠っていた必要な情報と最近仕入れたばかりの新しい術式情報と組み合わせていく。


「コイツならどうだっ!?」


 普段よく使うものとは違う、一風変わった魔法陣が構築されたのを確認して両腕を勢いよく左右に伸ばす。慣れない術式の上、まだ伝達効率の最適化が完了していないため半ば力技での発動だ。そのせいで腕にきしむような痛みが走るが構うものか。

 発動から数瞬の間が生じた。その間にもミスティックたちの津波が押し寄せてくるが、広範に及ぶ連中の足が唐突に「びたんっ!!」という音とともに止まった。最前列に居並ぶ連中の顔を見れば、どいつもこいつも押しつぶされて立派に変形してやがる。どうやら上手くいったらしい。


「……こうしてみるとアイツの術式も大したもんだ」


 取り入れたのはニーナのあの、見えない壁の術式だ。もちろんニーナの術式そのままだと強度に乏しいので私の方で改良は加えているが、なかなかどうして、こうして足止めという意味では立派な術式だよな。

 とはいえ、この術式だけじゃせいぜいが数メートル程度の長さしか作れない。なんおでそこは有り余る私の魔素に任せて強引に補強しながら数十メートルにまで薄く伸ばしていくしかなかったが、さて、果たして――


「ちっ、やはりダメか……!」


 一旦止まりはしたが、後ろからの圧は一向に収まるどころかますます増すばかりである。最前列の妖精種が押しつぶされてザクロになってしまってるが、当然の様に気にする素振りなく壁を突き破ろうとひたすらに前進してくる。

 メキメキと透明なはずの壁にヒビが入っていく。ダメだ、これ以上は術式を強化したところで逆に強化に耐えきれず壊れてしまうか。


「数は力だと言うが……」


 実に的を得た表現だと思う。私一人じゃ最早どうしようもない。

 振り返り、ニーナたちの姿を確認。かなり離れてはいるが、まだ私も離れるには早い。


「ならば――できる限りこの腕で蹴散らすまでだっ!!」

「■■■、■■■■■っっ!!」


 耳をつんざくミスティックたちの雄叫びと同時に術式が破れ、ガラスが割れるのと同じ音が響き渡った。だがそれを聞くよりも早く私の足は地面を強かに蹴っていた。

 術式による効果を重ねがけして加速。枯れた足元の草を蹴散らし、低空を這うように走る。流れる景色に目もくれず、視線は私目掛けて押し寄せてくる連中に固定して離さない。

 先鞭をつけた妖精の鋭い爪が振り下ろされる。それを体を捻ってかわしながら殴り飛ばすと、さらにその奥へと私は飛び込んでいった。


「うぅぅおおぉぉぉぉぉっっっっ!!」


 四方を取り囲まれたところで足を止め、目の前にいたグール目掛けて腕を突き出す。ずぶりという感触の後に腕が心臓をつかみ取り、引き抜く。倒れてきたグールをそのまま蹴り飛ばし、後ろにいた連中もまとめて吹き飛ばしてやった。

 普段ならここで心臓を味わうところではあるが、今はそんな余裕はない。心臓を丸呑みしながら背後から寄ってきたやつを蹴り飛ばし、その反動で体をひねって足元にきた敵へ踵を振り下ろす。

 頭がグシャリとひしゃげ、撒き散らした血を浴びながら殴り飛ばす。そして一瞬生じた私と敵の間の隙間をかいくぐり、敵を引きつけながら駆け抜けるて一度空へと舞い上がった。

 連中の様子を確認すると、幸いにしてかなりの数が私の方へ寄ってきていた。が、それもホンの一部。両端にいる奴らは未だ私など眼中にないようで行進を続けていた。


「行かせるかっ!!」


 地面の魔法陣を破壊しないよう威力を抑えた貫通術式を大量に射出。豪雨のように光の筋が降り注ぎ、次々と雑魚が動かなくなっていく。それでもやはり少々手強い連中相手には多少の足止め程度にしかならず、動きを止めるには至らない。

 まあでも私に対するヘイトは稼げたようだ。大量の赤い瞳が私へ向けられ、連中の大部分が進行の向きを私へと変えた。

 が。


「……動きを止めた?」


 ミスティックどもが私から視線を外してピタリと止まった。しかしそれも程なく終わりを迎えると、今度は隊列を崩してあちこちへと広がっていったのだった。




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