4-1. 奴は私の敵か、味方か




「ん……よし。これで――本日の分は終了、と」


 一振りして土を落としたシャベルを肩に担ぐと思わずため息が漏れた。

 目の前にこんもりとした土盛りの数々。いったい私が山の中で何をしているかといえば、言わずもがな埋葬作業である。それも何十人分もの、だ。

 先日の夜中の襲撃から三日。さすがにあの人数を一晩で埋葬しきるはずもなく、かといって日中は日中で本来の目的である吸血鬼の調査を行わねばならん。必然、空いた時間を見計らって少しずつ埋めていっているというわけである。

 別に体力的にきついわけではないが、やはりこうも連日穴を掘って埋めてと繰り返してれば気持ちも滅入ろうというものだ。ましてそれが死人を埋めるものともなれば気分が上向くはずもない。とは言え、自分が言い出しっぺなので文句が言えるはずもない。


「……まだまだ、だな」


 振り返ってすっかり過ごすのに慣れた平屋を見下ろす。三日も経てば初日の襲撃数はかなりさばいてしまったはずなのだが、まだまだ家の裏手にはたんまりと死体が転がっていた。

 それは何故かといえば――端的に言えば、死体の数が増えたからに他ならない。

 さすがに初日ほどじゃなかったが、次の日も、その次の日の夜も屍鬼による襲撃があった。しかも人間の屍鬼が減って、ミスティックの屍鬼が増えるというおまけ付きで、だ。

 ミスティックが増えたせいで多少厄介にはなったものの撃退には問題なく、初日同様に死んだ人間の屍鬼は順次埋葬中というわけである。ちなみにミスティックの屍鬼は私の腹の中である。同類として同情はするが、さすがに彼らにまで慈悲をくれてやるには私の器は小さすぎるので諦めてもらおう。もっとも、連中に埋葬なんて習慣はないのだが。


「まあ、埋葬は時間をかければそのうち終わる。大問題なのは――」


 本来の調査の進捗が芳しくないことである。

 もちろん調査自体は行っている。吸血鬼は日光に弱いが、昼間であっても日当たり次第では襲撃される恐れもあるからバラバラに散るわけにもいかない。なので、三手に別れたいところをカミルとニーナをペアにして二手に別れて山の中を一日中歩き回ったりもしたし、屍鬼から血を頂戴して手がかりがないかも調べた。

 が、結果は今のところすべて空振り。今のところ明確な痕跡は山の中には見つかってないし、屍鬼の血を飲んでも死んだ時に記憶が壊れてしまったのか、それともそういうふうに吸血鬼が術式に細工をしていたのかは分からんが、残念ながら奴の居所に辿り着けそうな情報は得られなかった。なので今後襲撃があった場合は、わざと逃して後を追跡することも考えている。


「しかしまあ――」


 分かったこともある。

 屍鬼となったアイゼンフート軍曹を詳細に調べてみれば――申し訳ないが心臓を喰らわせてもらってすでに埋葬済みだ――どうやら彼は単に噛まれて屍鬼になったわけではないらしかった。

 屍鬼となるには通常、吸血鬼か別の屍鬼に噛まれることが必要だ。で、軍曹はどうも屍鬼の方に噛まれたみたいだが、屍鬼に噛まれた場合は魂の拘束に時間がかかるし、噛まれた相手の抵抗力によっては屍鬼とならずに済むケースもある。それほど屍鬼の力は弱いものだ。

 ところが今回、軍曹の血を解析すると術式による拘束がさらに加わっていたことが判明した。これが何を意味しているかというと、端的に言えば、軍曹は主に術式で操られていた可能性が高い。

 おそらくは軍曹が屍鬼に噛まれたのは相当に前の話。で、その時に紛れた血を楔として吸血鬼が術式で魂を拘束したのだと思われる。だからこそ私たちを案内している時は普通の人間として振る舞うことができて、その後の夜中にトリガーが引かれて屍鬼として覚醒、私たちを襲撃したというわけだ。


「厄介極まりない話だが……」


 吸血鬼が直接噛んでしまえばそう時間を掛けずに支配できるというのに、わざわざそんなまどろっこしいことをする理由がいまいち分からん。先日の夜中みたいに奇襲を掛けるメリットはあるといえばあるがどうも腑に落ちんのだよな。

 だがその理由を差し置いても私が厄介だというのは、敵が単なる「脳筋」じゃない可能性が高いからである。

 脳筋と言ってしまえば少々語弊があるが、吸血鬼としての能力でゴリ押しするだけで頭を使わないのであればこちらとしても与し易い。なにせ思考が単純だからな。

 しかし今回の相手は術式の扱いに長けている可能性が高い。ただでさえ魔術的な素養に優れる吸血鬼が術式にも詳しいということは、吸血鬼としての能力に頼らず知略・戦略を駆使してくるかもしれないということだ。

 つまり、結構な手練。リスティナの話からして多少は覚悟していたがいやはやどうして、これはマティアスとリスティナの二人から追加手当もらってもバチが当たらないくらいの相手かもしれん。


「しかしどうして吸血鬼がそこまで術式に詳しいんだ……?」


 そろそろ遠くの町へ買い出しにでかけたニーナとカミルも戻ってくる頃合いなので、浮かんだ疑問に思いを巡らせながら家の方へ戻っていく。

 術式は生物的に弱い人間の知恵と努力の結晶だ。吸血鬼に限らず知恵あるミスティックは普通そんなものに興味を示さない。中にはリスティナみたいな酔狂なミスティックもいないわけじゃないが――


「……ひょっとして」


 敵は――元人間かもしれんな。そんな考えがふと頭を過ぎった。


(彼の目的もアナタと同じみたいよ?)


 そうするとリスティナが去り際に言い放った言葉の意味もより理解が深まってくる。

 敵は、真祖に噛まれた元人間。そいつは元へ、人間へと戻りたがっている。どうやってそれを実現しようとしているのかは分からんがすでに何らかの手段を持っている、もしくは目処を得ているのかもしれん。だからこそリスティナは私に話を持ってきたのか。ったく、二重の意味で食えない奴だ。

 だがしかし、そうすると、だ。


(奴さんは私の敵か、それとも味方か……)


 もちろん軍人としてのアーシェ・シェヴェロウスキーにとっては敵である。こんな大掛かりに人間をさらってくような頭いかれた野郎を放ったらかしにしておくなど、いくら日和見な私でも職務上見過ごすわけにはいかない。

 しかし、アーシェ・シェヴェロウスキー個人にとって、もっと言えば■■・■■という人間にとってはどうか。敵どころか、ひょっとするととんでもない味方になるかも――


「アーシェさーんっ!」


 ――とそこで思考は中断させられた。いつの間にかうつむいて考え込んでた顔を上げれば、パンッパンに膨れ上がったリュックを背負ったニーナが斜面を駆け下りてきていた。


「見てくださいっ! 思ったより安くて食材たっくさん買って――わ、た、たたたひぃぎゃあああぁぁぁぁっ!?」


 あ、コケた。アホめ、重い荷物を持ってるのに調子に乗るからだ。


「だだだだ誰かとととと止めてぇぇぇぇっっっ!! かかかカミルさぁぁぁぁんっ!!」


 ……なんだろうな。ゴロゴロと大玉転がしの玉状態になってるニーナを見ていると、小難しいことを考えてる自分がアホみたいに思えてくるな。


「く、くくっ……」


 ニーナに対してか、それとも敵にさえ手を借りようとしている自分の節操の無さに対してか、思わず笑いがこみ上げてきた。

 ともかくも、だ。話は吸血鬼を探し出してしまってからだな。そいつが敵か味方か、直接会ってからじゃなきゃ判断もできん。なのでまずは――せっかく買った食材をダメにしてしまいかねんニーナを止めるとしようか。


「アーシェさぁぁん! たたた助け――へぶぅっ!?」


 ニーナが転がる先を爆破して地面に穴を空けると、そこにニーナがスポッとはまった。うむ、ナイスホールインワン。


「……ありがとうございます」

「なにやってんだ、貴様は」


 足をひっつかんで穴から引っ張り上げると、逆さ状態のままニーナがニヘラと愛想笑いを浮かべた。まあ怪我もないようだし、わざわざ町まで買い出しに行ってもらったわけだしな。ニーナの間抜けさ加減は今に始まったわけじゃないし、とりあえず「気をつけろよ」とだけ言って下ろしてやる。


「帰ったぜ、隊長」

「カミルもご苦労。ずいぶんと買い込んだようだな」

「まーな。いつまで掛かるか分かんねぇし、あんな遠い町まで何回も買い出しに行くのも面倒だしな。どうせ隊長がいりゃあ保存にゃ困んねぇだろ?」


 私は冷蔵庫か。確かに私であれば長時間冷却の術式を使ってもなんとも無いからいいが、こちとら今の今まで土木作業をやってたんだ。少しは労ってほしいものだ。


「癒やしが欲しいですか? でしたら私が――」

「……大丈夫だ。うん、この程度で疲れるような鍛え方はしてないから問題ない」


 ニマァ、と擬音がしそうないやらしい笑みを浮かべたニーナを見て前言を撤回する。危ない危ない、またニーナにベッドに潜り込ませる口実を作るところだった。どうもコイツ、最近ますます欲望ダダ漏らしになってきてるんだよな。まあ少々暑いという点を除けば私も別に悪い気は……って違う違う!


「何やってんだ、隊長?」

「なんでも無い」


 急に頭を振り始めた私を見たカミルが怪訝そうな目を向けてくるが適当にごまかし、「それよりも」と強引に話を切り替える。


「町の方はどうだ? 吸血鬼の手はそっちまで伸びてそうか?」

「町に屍鬼がいるかってぇと、雰囲気だけじゃそんな感じは無かったな。ここらの村で人が消えてってるのもどっか他人事みたいだったしな」

「軍の人にも話を聞いてきましたけど、誰か行方不明になった、みたいな事件は最近はないみたいですねぇ」


 そうか。ならばまだ町までは吸血鬼の手も伸びてないというわけか。誰にも気づかれずに進めている可能性までは否定できないが、ひとまず安心だな。

 そう口にすると二人とも頷きはしたが、どうにも浮かない顔だ。なんだ、どうした?


「実はですねぇ、探索がてら行きと帰りで別ルートを通ってみまして」

「帰りはあっちの」カミルが、今やって来た方を指差した。「坂の上り下りが激しい林の中を通ってきたんだけどよ、妙な痕みてぇなもんがあってな」


 妙な痕、か。それは聞き捨てならない情報だな。どんな痕だ?


「それなりに時間が経ってるみてぇだから断言はできねぇが、俺にゃ血の痕に見えたな。量はそうでもなさそうだったが、それが何箇所もあった」

「もしかしたら吸血鬼に誰かが襲われた痕かもしれないです。私たちでもうちょっと付近を探してみようかと思ったんですけどぉ……」

「俺が止めた。荷物のこともあるし、慣れない土地だからな。俺らだけで深追いは危険だと判断したよ。なにより、隊長愛しのニーナに怪我させちゃあまずいからな」


 最後がニヤニヤしながらなのが非常に腹立つし、そもそも誰が誰の「愛しい人」なのかさっぱりなんだが、それはそれとして判断としちゃあ間違ってない。ちょっとだけ、ちょっとだけ、と言いながら深追いしていった兵士が帰ってこなかった、みたいな事例には事欠かないからな。まして危険な香りがするなら準備は万全にしていくべきだろう。


「距離は?」

「ここから歩いて三十分ってとこだな」

「分かった。ならばそこに案内しろ。装備を整えて十分後に出発する。いいな?」

「了解」


 二人に指示を出し、私は家の中に入って防寒着に袖を通す。購入した非常食や救急道具をリュックに詰め込み、外で待機していた二人に先導をさせて山の奥へと向かっていったのだった。





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