6-6. ずいぶんと丸くなったものだ
「――で、結局どう処理したんだ?」
いつもどおりサイドボードから値の張る酒を取り出しながら、机にかじりついて書類とにらめっこしているマティアスに尋ねた。
勝手知ったる我が家とばかりにソファに体を投げ出してこれみよがしにグラスを掲げて誘ってやれば、マティアスも苦笑いと共に書類を放り出して私の向かいに座る。
そういえばこの執務室で酒を飲むのも久しぶりだ。最後に飲んだのは私が休暇を取る前だったし、ここ最近に至ってはコイツも入院してたからな。途中で強引に退院させたが。
「ブルクハルト准将たちのことか?」
「そうだ。見捨てられたアスペルマイヤーと違って現役の貴族連中だろう? 処理が大変だったんじゃないかと思ってな」
「珍しいな。お前が私を気遣うなんて」
私だって鬼じゃあない。情けなくも恨みを買って、仮にも軍人だというのに一般人に一方的にボコボコにされた挙げ句に殺し屋に殺されそうになった可哀想な王子様を気遣うくらいはできるさ。
「……随分棘がある言い草をしてくれるな」
「事実だろうが。書類仕事で忙しいのは理解するが、せめて逃げられるくらいには体を鍛えとけ」
「反論の言葉もないよ」
「まあいい。そこはいざとなれば私が直々に鍛えてやるとして、だ。結局お忙しい王子サマは有力貴族サマが急に消えたことをどう納得させたんだ?」
「別に特別なことはしてないさ」
グラスの酒を一気に流し込むと、マティアスが大きくため息をついた。言葉の割りには大変だったようだな。
「ありのままの事実を伝えたまでだ。ブルクハルト准将、およびビアンキ中佐はヘルベティア王国王子であるこの私を私欲のまま弑そうとした。両名を逮捕するために警備部と共に向かったところ、激しく抵抗。そのまま戦闘となり、その結果死亡した。
何も間違っては無いだろう?」
「確かに間違っちゃないな」
二人とも死亡というか、グートハイルを含めて仲良く私の胃の中だがな。ま、この世にロング・グッバイという意味では何も間違ってない。
「そのうえで両名死亡のまま爵位は剥奪。ただしこれまでの功績に応じてブルクハルト家は取り潰しではなく、息子を新たな当主として存続させることとする。そこを落とし所として納得させたよ」
「いくら大罪を犯したとはいえ、貴族連中がよく首を縦に振ったもんだ」
「爵位の任命権は王族の特権だぞ?」
「実権の無い王族が何を言ってるんだか」
もっとも、そんな王族だからこそマティアスもここまで疲れてるんだろうだがね。自分を殺そうとした連中の後始末までやらねばならんとは、つくづく王侯連中の世界というのは面倒くさいもんだ。
「おかげで溜め込んでた貴族たちの弱みをだいぶ放出してしまったよ」
「お前のことだ。そう言いつつ、まだまだネタはいくらでもあるんだろ?」
「爵位が上がれば上がるほど、叩くだけ埃が出てくるからな。とはいえ、それは
「お前の身の上の話とかな」
「よせって。ところで、今度は私からも尋ねていいか?」
「なんだ?」
「結局のところ――私はどうして准将に狙われたんだ?」
直前までの苦笑いが消えて、マティアスが真顔で尋ねてきた。空になってたグラスに酒を注いでやっても、そのままじっと液面で揺れる自分の顔を睨んでいた。
少し茶化してやろうかとも思ったがそんな雰囲気でもないな。
「裏切られたからには気になるか?」
「裏切られた、なんて表現は好きじゃないな。そこまで他人に期待してないさ。だがまあ……一番近い言葉はやはり裏切られた、ということになるか」
「そうか、なら教えてやるよ。
喜べ、マティアス。お前はブルクハルトに認められてたんだ」
喰ったからこそ正確に分かるんだが、奴がマティアス殺そうとしたのはコイツの存在が驚異になると思ったからこそだ。
会議では基本的にニコニコして「任せる」「異議なし」しか言わないお飾り将校を演じているマティアスだが、どうやらブルクハルトは前々からその姿に違和感を覚えていたらしい。
密かに調べていくと、突然将官や貴族が更迭されたりしたケースの多くにマティアスの影がちらついていた。加えて、詳しく王子について調べようとしても過去は極秘。自身の情報網を使って動こうとすれば、謎の連中に妨害される。
そこで奴はある仮説に思い至った。
実はマティアスはお飾りでも無能でもなく、逆に非常に優秀な人間だがわざとそのように振る舞っているだけなのではないか。
そんな疑念を抱いていたところに、先日の会議の一幕があったというわけだ。
会議ではホンの一端がマティアスの苛立ちと一緒にお披露目されただけだが、疑っていたブルクハルトにとっては確信に至るのに十分だったらしい。奴自身も裏で貴族たちの弱みを調べ上げて交渉の材料としながら出世を重ねてきたみたいだからな。このままだと、いずれマティアスは自分の前に立ちふさがる厄介な相手になる。いや、むしろ権謀術数な戦いでは到底敵わない。そう思って暗殺を企てた、というのが今回の動機らしい。
「喜べ、と言われてもな……まったく嬉しくないんだが。むしろ彼のような優秀な人材を失わなければならなかったことが非常に残念だよ」
「性格は真面目で優秀。奴がお前の部下だったら、今頃もっと楽だっただろうな」
あくまでも今回の事件は奴の猜疑心と野心が起こした事件だ。私欲の結果ではあるが、性根が腐った人間ではなかったらしい。
スラムの連中が何人か死んでも気にすることもなかったが、腐った部分というのはその程度だ。なもんで魂の味も期待したほど美味くはなかった。ビアンキ? ああ、奴はめちゃくちゃ美味かったよ。
「しかし、なら彼は会議の後になぜ私に警告してきたんだ? 殺すつもりだったならそんな必要もなかっただろうに」
「そりゃあ単純な理由だ。単にお前の暗殺の容疑者から外れるためさ」
口先だけじゃなくて、本当に親身になって忠告してやれば疑われる可能性は低くなる。実際、捜査の途中でマティアスからはブルクハルトの名前は一度も出てこなかったしな。
それに、少々忠告したところで計画に影響を与えることはないだろうとブルクハルトも踏んでいた。その証拠にコイツはほいほい夜中に出歩いてたし。そう言ってジロリと睨んでやるとマティアスに目を逸らされた。
「ところで、店でのアベルはどんな感じだ?」
マティアスを襲撃したとはいえ実際に攻撃はしていないアベルは、マティアスの口添えもあって特に罰せられることなく釈放された。泣きじゃくりながら弟たちのもとに戻り、今はマティアスが経営している店の店員として絶賛勤労中だ。もちろん真っ当な賃金でな。ついでに店舗の上の階にある空き部屋に兄弟揃って暮らさせてる。
なぜそうなったかと言えば、私がマティアスに相談したからである。
スラムに住み続けてればロクな死に方をしないのは分かりきった話ではあるが、だからといって他人の人生に首を突っ込むのは嫌いな私である。なもんで、そんな相談するつもりなど微塵も無かった。
が、ニーナに徹夜仕事のご褒美としてアベルの処遇を懇願されてしまっては、やらねばならなかった。部下の努力には最大限応えてやるのが私のモットーではあるし、加えてアベル本人からも自分を変えたいだのなんだのと強く頼まれてしまった。どうしたものかと途方にくれてマティアスに相談した結果が奴の店で雇うというものであり、まあそういうことで今に至るというわけだ。
「ああ、彼ならとても真面目に働いてくれているよ。それに教えたことはすぐに覚えるし、ちゃんと教育すれば将来的に店を任せてもいいかもしれないとも思い始めている」
元々アベルも意欲はあったしな。ただ最初の雇い主がクソッタレだっただけで。
その点、マティアスの店なら安心だろう。もちろん経営としてはシビアに判断するから使えないとなったらクビにされるかもしれないが、マティアスの口ぶりだと問題はなさそうだな。
やれやれ、私も肩の荷が下りた気分だよ。誰かの人生を左右するような相談事なんて受けるもんじゃない。そうぼやきながら首の骨を鳴らしていると、マティアスがグラスに口をつけながら私の顔を覗いていた。
「変わったな、お前」
「そうか? 何処がだ?」
「何というか、雰囲気というべきかな。前のお前だったらアベルくんたちの相談だって突っぱねるだけだったろ?」
雰囲気についてはまったく心当たりはなく、正直「何言ってんだ?」とマティアスの頭の中でも覗いてやりたい気分だが、アベルに関してはコイツの言うとおりかもしれない。
繰り返しだが誰かの人生を背負い込むのなんてうんざりで、以前の私であれば「自分で考えろ」で済ませてただろうな。
まったく、一文の得にもならないってのに私もずいぶんと丸くなったものだ。鼻で笑いながらグラスの酒を飲み干して顔を上げると、マティアスがまだ私の瞳を見つめたままだった。
「まさかとは思うが、アーシェ……」マティアスがグラスを置いた。「気が変わったりはしてないよな?」
「ひょっとしなくても計画のことを言ってるのか? つまらない冗談だ。あんまりトボけたこと言うなら貴様のドタマぶち抜いてやっても良いんだぞ?」
そう脅しながらジロリと睨み返してやると、何故かマティアスが安心したように笑った。
「ならば良いんだ。つまらないことを言った。忘れてくれ」
「当たり前だ。今度ふざけたことを言ったらお前を頭から喰ってやるからな」
毒づいてやるとマティアスはさらにクツクツと喉を鳴らして笑った。
本当にふざけたことを言いやがる。
いまさら考えを変えるつもりも、立ち止まるつもりもない。そうするには計画は進みすぎてるし、立ち止まろうと思えるには多くを失い過ぎた。
だから、私たちは反逆する。世界に、そしてクソッタレの神どもに。
(無かったことにしたい、ですか?)
不意にニーナの声が胸の内で湧き上がる。それが苦さとなって喉に張り付き眉間にシワが寄ってしまう。
ボトルをひっつかんで乱暴にグラスに注ぎ、度数の強い酒を一気に流し込む。すると一気にアルコールが喉を焼いて痛みが走った。
けれども。
それでも喉に張り付いた苦さは一向に取れる気配はなくって、諦めた私はため息とともにソファに身を投げだして目を閉じたのだった。
File7「王都の影にはびこる陰謀」完
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あとがき
これにてFile7は完結。
一旦いつもどおりお休みいただいて、File8が書き上がり次第(たぶん1ヶ月くらい)また連載を再開致しますので、どうぞご了承くださいませ。
最後に、File7をお読み頂きありがとうございました。
File8でもお付き合い頂ますよう、何卒宜しくお願い致します<(_ _)>
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