5-2 早々に切り上げねばならん理由ができた




「やれやれ……ずいぶんと準備が良いことだな」

「命乞いしたってもう遅いよ? 僕の誘いを袖にした報いを受けてもらおうか」

「アーシェさん……」


 ニーナが不安そうに身を寄せてくる。触れた腕も冷たくなっていて、ずいぶんと緊張しているようだが当然の話ではある。あくまでニーナは戦う人間ではないからな。

 だからまあ――今回は私が守るとしようか。

 そう内心でうそぶいてニーナの頭を撫でて前に出る。そして背を向けたまま伝えた。


「さて……せっかくのバカンスだが、早々に切り上げねばならん理由が二つできた」

「アーシェさん……?」

「一つは見てのとおり、今晩の寝床さえ無くなってしまったからな。別に屋根なんぞ無くても寝れることは寝れるが、バカンスなのに野宿というのもさすがに遠慮したい。

 そしてもう一つは――」


 髪を掻き上げる。ため息が億劫そうに肺から吐き出されていって、それに乗せて目の前の連中に告げた。


「共和国のバカを一刻も早くぶちのめしてやらねばならないからな」

「殺せぇッ!!」


 名家のご子息らしからぬ怒鳴り声をチャラ男――ここからはちゃんとピエールと呼ぼうか――が上げる。その直後、取り囲んでいた連中の術式銃が一斉に火を噴いた。

 最新式なのだろう。優れた連射能力によっておびただしい数の術式が教会の炎に負けないくらいに輝きを放ちながら迫ってくる。視界が無数の術式で埋め尽くされ、逃げる場所なんてどこにもなかった。

 もっとも――逃げる必要も無いがね。


「なに……?」


 覆い隠していた煙が晴れ、青白く光を放つ無傷の私たちが現れる。ピエールたちは唖然として目を丸くしてるが……まさかこの程度で「紅」である私をどうにかできると思ってたんじゃないだろうな?


「だとしたら、ずいぶんとバカにされたものだな」

「止めるな、撃ち続けろッ!!」


 さっきまでと違って焦りを含んだ声でピエールが叫ぶと、一度は止んだ術式の弾幕が再び押し寄せてくる。あくびが出るくらいつまらん芸当だが、いい加減うざったいな。

 なので。


「ふっ!!」


 右腕に魔素を込め、体に刻まれた極々簡単な術式を行使。すると途端に周囲に突風が吹き荒れて砂埃が舞い上がると共にピエールたちをまとめて吹き飛ばしていく。


「くっ……! いないっ……!? どこに……?」

「上だっ!!」


 転がった連中が私を見失い、その隙にニーナを抱えて夜空へと舞い上がっていく。普段なら綺麗に星が瞬いてるはずなんだが今日はまったく光が届かない。なんとも趣のない夜空だよ。


「なら、まずは邪魔な教会の火を消すとするか」


 オンボロではあるしいっそのこと神の像ごと燃え尽きてしまえとも思ったがやはり長く住んでるとそれなりに愛着が湧くもので、朽ち果てさせるのも惜しい。

 さて、消火できるような術式はあっただろうか、と考えつつ無数の魂が眠る深層まで意識を潜り込ませていく。最近の術式はもっぱら戦闘用ばかりだからあまり期待はしていなかったんだが、やはりというかなんというか、ドクターの魂に使えそうな術式がいくつか眠っていた。

 それを引っ張り出して術式方程式を解いていく。あまり洗練されてないし、色々と気に食わない術式だがそこに目をつぶって魔素を注ぎ込めば巨大な魔法陣が現れ、大気中の水分を凝縮してできた局地的な積乱雲が夜空へ伸びていった。

 術式を行使するとすぐさま土砂降りの雨が教会に降り注いでいき、火の手がみるみるうちに弱まっていく。

 こっちはコレでよし、と。んで、今度は――


「アーシェさん、後ろッ!」


 向かい合う形で抱きかかえていたニーナが私の後ろを指差して叫んだ。

 振り向く。すぐ、目の前。そこには巨大な砲弾があった。

 閃光、そして破裂。凄まじい爆風と熱風が私とニーナを飲み込んでいく。灼熱があらゆるものを焼き焦がし、溶かし、粉々に吹き飛ばしてしまうだろう。


「やった……か……?」


 だがそれも普通の人間ならば、だ。この程度の威力で私をどうこうできると思ってもらっては困る。

 とはいえだ。せっかく焼け残った教会が砲弾でふっとばされるのは困るし、飛んでくる度に迎撃するのも邪魔くさい話ではある。

 なので。


「ニーナ、さっきの砲弾がどっちから飛んできたか分かるか?」

「……え? あ、はい。確か……あっちです。飛んできた角度からすると、たぶん距離は――」


 呆けてたニーナに尋ねると、方向だけでなくおおよその距離までも教えてくれた。前々から思ってたんだが、コイツは技術屋としてだけじゃなくてスポッターとしても優秀なんだよな。

 頭を撫でて褒めた途端に出てきたほっこり笑顔を眺めながら、索敵術式をニーナの示してくれた方向へ伸ばしていく。

 やがてここから遥か数キロは離れた場所。広がる森の中にポッカリとできた空白地帯。ニーナが予想した場所とそう離れてないその場所に、空に向かって伸びる高射砲があるのを望遠術式を通じて確認した。


「何を……――まさかっ!」


 どうやらピエールの取り巻きの一人が私の意図に気づいたらしい。足元で叫び声がし、遅れて銃撃が一層激しくなってくるが、すべてが防御術式に阻まれて微かな痛痒さえ私に与えることはない。

 断続的に響くそれらの音を聞き流しながら高射砲を睨みつける。思わず口元が歪んでしまうのをこらえながら魂の深層にアクセスし術式を展開。湧き上がる魔素を魔法陣に注ぎ込んでいけば、目の前に広がった複雑な魔法陣が輝きを増していって、やがて赤黒く禍々しく染まっていった。


「恨んでくれるなよ? 先にちょっかい出してきやがったのは貴様らなんだからな」

「退避ィィッ!! 大至急退避と伝えろッ!!」


 ピエールの取り巻きが無線機を背負った仲間に怒鳴りつける。が、もう遅い。

 魔素ではちきれんばかりだった術式を解放。魔法陣の光が一瞬消える。けれど次の瞬間には凄まじい光が私たちを一気に白く染め上げていった。

 伸ばした腕の先へと駆け抜ける光の柱。遠くから眺めている分には、星空に映えてさぞ綺麗だろう。だが――高射砲の場所で照準を覗き込んでる連中にはどう見えているだろうか?

 術式が着弾し、高射砲もろともその周囲を光が飲み込んでいった。ここからでも分かるくらいに光のドームが出来上がり、遅れて風が私たちのところまで押し寄せて木々を激しくざわめかせていく。

 やがてそれらが収まれば――森の中にあった空白地帯が、ずいぶんな大荒野になり果てていた。


「っ……!」

「……お、応答せよッ! 繰り返す、応答せよッ!」


 ピエールは唖然と立ち尽くし、連絡員が無線機に向かって叫ぶがまあ当然応答はない。生きてるか死んだかまではさすがに知らんが、少なくとも連絡を取れる状態にはないだろうよ。


「さてさて、すまない。お待たせしてしまったかな?」


 地上に降り立ち、ニーナを燃え残った教会の方へ退避させてピエールたちの方へにじり寄っていく。どうした? さっきまでずいぶんと楽しそうにじゃれ合ってくれてたというのに、今はずいぶんと顔色が悪いじゃないか。別に私の目なんて気にしなくって良いんだぞ?


「な、なんということだ……!」

「ピエール様はお下がりください……! 撃てッ! 絶対にピエール様に近づけさせるなッ!!」


 取り巻きの号令を受けてまたしても一斉に術式が放たれてくる。が、当然何一つ私には届かない。というか、さっきので無駄だと分かっただろうに……芸がないな。


「はぁ……この分じゃあ共和国に行ったとしても退屈しそうだな」


 まあそもそも行く気もなかったんだが。

 それにしても、上層部の息子がこんな様子じゃ親もたかが知れてるな。革命を起こした祖先はある程度の純粋さで平民の地位向上を願ってたんだろうが……息子の言動を聞く限りだと今じゃ自分たちがかつての王侯貴族と同じことをやってそうだ。過去は置き去りにされ、思いは泡沫に消える。時間は実に残酷だな。


「このぉっ!!」


 一向に術式が効いた様子もない私にしびれを切らしたか、一人が銃を捨てて腰のソードで斬りかかってきた。

 が、ロクに訓練もしてないようで剣筋は単純、動きは軸がブレブレ。威勢は買うが武器を持たされただけの完全な素人だな。これじゃウチの部隊員でも余裕で制圧できそうだ。


「このッ! 避けるなッ! 斬り殺されろガキ……がッ!?」

「分かった」


 避けるな、と言われたのでリクエストどおり避けずに剣を受け止める。そして男の口元を押さえるようにつかんで持ち上げていった。

 さっきから感じていたが……コイツからもえた、中々に美味そうな匂いがするな。酒場でぶちのめした連中よりよっぽど良い匂いだ。うまいことピエールに取り入って、裏でずいぶんと悪どいことやってたんだろうよ。

 誇りある戦士でもない、欲まみれのただの阿呆。ならば――私が美味しく頂いたって問題はないよな?


「うぎゃあああっ! あ? ああ!? へ? お、俺の腕がぁっ……!?」


 腕にかぶりつき、噛みちぎる。血が噴き出し、久々に私の顔が血で汚れていく。

 男の口からは混乱して悲鳴ともつかない声が上がった。おいおい、喜べよ。こんな美少女に「喰われる」なんて経験、そうそうないぞ?

 男がいよいよ激痛で泣き叫びだしたところで首に喰らいつくと、耳障りな声がすぐに聞こえなくなった。おとなしくなった男を今度は頭から喰らっていく。

 皮膚を突き破り、肉ごと骨を噛み砕く。血と肉が喉を通る度に魂が吸収されていき、まるで情事で果てた後のような快感が駆け回るせいで口元がだらしなく緩んでしまう。

 これでも淑女レディを自認している私だが、久々にこんな美味い人間を喰ったのだ。多少のはしたなさは許して欲しい。







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