4-2 ここまでされるとは予想外だよ



「まぁったくよぉ……さっきからガキの乳臭ぇ匂いで酒がまずくってかなわねぇ。なあみんな、そう思わねぇかぁ!?」


 誰がどう見ても私を嘲ってるとしか思えないくらい分かりやすく侮辱してくれやがれば、そいつの周囲からも次々と同意の声が上がっていく。

 口々に煽り立て、今どき演劇の下っ端役でも言わないような安っぽい下品なセリフの数々ばかりで、いやはや、どういうお育ちをしてくればいい歳こいた大の男がそんな言葉を吐けるのか、私としては甚だ疑問でしかたがないのだがここは黙っておこうか。


「っ……、離してくださいっ」

「良いから座ってろ」

「でもっ……」


 私を当てこすってるとさすがにニーナも気づいて、珍しく不愉快さを隠そうともせず立ち上がりかけたのだが、すかさずその腕を掴んで引き止めた。今お前に動かれるともったいないからな。

 ニヤッと笑う私を見てニーナも何か察したらしいが、未だ不貞腐れたまんまだ。だからしかたなくちょっとばかし頭を撫でてやると、今度はコロッと頬を押さえて幸せそうに表情を緩めてくれた。ったく、単純なやつだ。

 さて。

 一方で露骨に侮辱された私だが、こういう時はあからさまに反応してしまうと相手の思うツボである。別に最終的に金を巻き上げる結末は変わらんので手っ取り早く相手の意図に乗ってやっても構わんのだが、わざわざ相手を喜ばせてやる義理もない。

 なもんで、チラッと横目で私をバカにしてきた連中と目を合わせる。そして連中を鼻で笑い、眼中にありませんことよ、と視線で丁寧に伝えて酒を飲み干してやった。そうすると、あら不思議。だいたいどの連中も決まって私に近寄ってきて――


「おい、テメェ! ガンつけてきといてシラ切ってんじゃねぇぞっ!」


 などとのたまいながら自分のグラスをカウンターに叩きつける、と。毎度別人なのに決まって同じ行動を取ってくれるんだよな、これが。


「分かった分かった。で? わざわざ酒がまずくなると分かってる相手に突っかかってくるマゾヒストが何の用だ? ガキに貴様のちゃちなマスでも掻かせたいのか? とんだド変態だな」

「誰がンなこと言ったよっ!?」


 ため息まじりに振り返って見上げると、酒のせいなのか怒りのせいなのかよく分からんがとにかく顔を真赤にした三人組が立っていた。いかにも荒事は任せろと言わんばかりの貫禄ある体つきである。しかし……ある一定の層には需要はあるんだろうが、私はヒゲとハゲとデブはお付き合いはお断りだな。

 とか言ってやったら――


「テメェ! ヒゲとハゲとデブをバカにすんじゃねぇ!!」


 怒られた。別にバカにはしてないんだが。ちなみに後ろから店主の「別にヒゲでもハゲでもいいじゃねぇかよぉ……」という弱々しいボヤキが聞こえた。すまん、店主にダメージを与えるつもりはなかったんだが。

 さて、冗談はさておき。


「いいか? 遠回しに言ってもガキの頭じゃ分かんねぇだろうからハッキリ言ってやる。ここはな、俺らお・と・なの男が楽しむ場所なんだ。テメェみてぇな乳臭えガキとか、酒の味も分からねぇ女がいるとな、それだけで酒がまずくなるんだよ。だからとっとと出ていきな」


 そう言ってヒゲが義手に収めていたソードを引き出してカウンターに突き刺した。どうやら脅してるつもりらしい。もっとも、そんな脅しが私に通じるわけもないわけで、ため息まじりに連中に背を向けてグラスを傾けた。


「こぉんのガキが……無視してんじゃねぇっ!」


 すると、私の手からグラスが男に抜き取られて。


「はんッ、ガキのクセして生意気に良い酒飲みやがって。そんなに酒が飲みてぇんなら――」


 そしてボドボドと私の頭に飲みかけの酒が注がれていったのである。

 伸びた前髪を伝って滴り落ちる私の酒。そしてすっかり濡れ鼠になった私。それを見た連中が腹を抱えて笑い出す。んで、一頻り笑って満足したのか、「よく見たらこっちの嬢ちゃんは結構美人じゃねぇか!」などと私を放置し、鼻の下をいやらしく伸ばしてニーナにちょっかいを掛け始めてくれやがる始末である。

 ――さてさて。


「確かに煽ったのは私だがな」


 ここまでされるとは予想外だよ。これは久々に――気ままに暴れてもいいよな?


「店主。こんな有様にされたわけだが、私はどうすれば良いと思う?」

「俺が止めたところで聞きゃしねぇくせに」

「いやいや、主の許可くらいは取っておこうと思ってな」

「……店を壊さねぇなら文句は言わねぇよ」


 オーケー、それで十分だ。

 さて、と。店を壊すな、というオーダーである。ならば、だ。


「アーシェさん?」

「はっ! ようやく出ていく気になりやがったか」

「せいぜいママに慰めてもらうんだな! ひゃっひゃっひゃっ!!」


 びしょびしょのまま椅子から降りて入り口に向かう。扉を明けて楔で固定してから戻ってくると何人かの客とすれ違った。そそくさとグラスを持ったまま店の外に出ていく奴らは全員が常連連中。察しが良くて助かる。

 三人組以外にも人を小馬鹿にしてニヤニヤしてやがる連中がまだ店内に残っているが、こいつらも三人組と同罪だな。誰が何と言おうと私が決めた。


「おら、どうした? 戻ってきたってテメェの席はねぇんだよ。酒だったらほら、床に溢れたのがあるだろ? それでも飲んでろよ」

「いや、なに。私はお前に用があったのを思い出してな」


 そう言ってやるとヒゲが訝しげに睨んできた。なので私はコイツが言うとおり、ガキらしくそれはもう天使も裸足で逃げ出すような無垢で純真な笑顔で返してやって。

 ――顎を思い切り蹴り上げてやった。


「がっ、あ……!」


 サマーソルトの要領で一回転。軽やかにスチャッと着地すれば、ヒゲが白目を向いて背中から床と仲良しになり、そのまま泡を吹いて動かなくなった。


「さて、次はどいつにしようか?」

「っ、このガキが――」


 次の獲物を品定めしようとしたら、ハゲが太い腕を私目掛けて振り下ろしてきた。

 体をすっと半身にして避ける。胸元を通過していくその毛むくじゃらの腕を掴みあげると、そのまま巨体を持ち上げてやった。

 私の腕で支えられただけの強制空中逆立ち状態になったハゲが目を白黒させ、私と目が合うと降ろせだの何だのと騒ぎ始めた。その姿があまりにも必死なので、心優しい私は心打たれて即座にリクエストに応じてやった。もちろん逆立ち状態のハゲをそのまま離してな。


「へぶしっ!?」

「なっ……! このガキィィィっっっ!!」


 ハゲが床にディープキスをしたところでデブが後ろから掴みかかってきて、そのブヨブヨとした締りのない腕で私を締め付けてくる。


「ぐへへへ、どうだ? これでもう……おおおおぉぉぉぉっっ!?」


 実際私に比べると何倍ものかさ・・と体重があるんだろうが、実に残念ながらその程度で私を押さえ込むのは無理だ。

 背中から抱きつかれたままデブを持ち上げる。そして私に巻き付いた腕を力任せに引き剥がし、そのままテーブル席で汚い笑い声を上げていた奴ら目掛けてぶん投げてやれば、デブの巨体が連中をまとめて押し潰した。


「ストライクっと。やっぱり的も球もでかいと狙いやすいな」

「アーシェっ! テメェ、店壊すなっつっただろうがッッッ!!」

「店は壊してないだろ?」


 グラスとかは粉々になったがな。とはいえ、壊れたテーブルとか割れた皿とかを見た店主が段々と熱々スチームポットよろしく蒸気を噴き上げそうである。ならばそろそろ仕舞いにするかね。


「このクソガキが――あべしっ!?」

「調子乗ってんじゃはぶぅっ!?」


 デブの下敷きになった連中が這い出して殴りかかってきたのをとりあえず連続で返り討ちにして、予め開けてあった入り口目掛けて次々と外に放り出していく。一方で外に避難してた常連連中はその様子を酒の肴にちびちびやってるのが見えたので後で見物料でも巻き上げてやるとしよう。


「いつつ……どわぁっ!!」


 ハゲとデブも外に投げ飛ばし、最後に目を覚ましたヒゲをボウリングみたく床を滑らせて外へ放り出して終了っと。


「すぐ終わらせてくるからちょっと待ってろ」


 空っぽになった店内で呆れているニーナに声を掛けて外に出ると、叩き出した連中が総出でお迎えしてくれた。いやはや、そんな盛大にお迎えしてくれて光栄だね。


「ガキだと思って大目に見てやってりゃあ……」

「大目に見るような優しい大人はガキの頭に酒をぶっかけないと思うんだが」


 というか私はガキじゃないし。


「うるせぇっ! もう許さねぇ……! ぶち殺してやるっ!!」


 ヒゲが吠えると他の連中も同じ気持ちらしく一斉に私目掛けて襲いかかってきた。

 ったく、大の大人が情けないことだ、と思うがやむをえまい。阿呆共をしつけるのもシスターの大切な役割だ。もっとも、神の顔に唾吐きかけるようなシスターだがな。

 ため息をつきながら迫ってくる荒くれどもを次々と叩きのめしてやる。近づいた奴から片っ端に殴り、蹴り上げて、投げつける。傍から見れば子ども一人に大人たちが総出で掴みかかっていくという何とも恥ずかしい光景で、通りがかりたちはハラハラして見ていたようだが、途中からは逆にちっさくて可憐な私が荒くれ連中を叩きのめしていくという爽快さに、だんだんと歓声が上がっていった。


「どこが可憐なんでしょうね……?」


 ニーナのぼやきが聞こえた気がしたが無視して叩きのめし続ける。と、不意に周囲の野次馬共から悲鳴が上がった。

 ついで私の足元で小さな爆発。見れば、ヒゲが義手に埋め込んだ銃口を向けて薄ら笑いを浮かべていた。もっとも、殴られ続けたせいで顔はすっかりボコボコだが。


「へっへへ、へへへ……動くなよ? その可愛らしい顔に穴なんて開けたかねぇだろぅ?」

「だが今更泣いて謝ったって許してやらねぇがな」

「ガキだろうが構わねぇ……! 物言えなくなるまでボコボコにして、その上で犯しまくってやるっ……!」


 他の連中も見てみれば、術式銃だったりナイフだったりと全員が武器を手にしていた。

 武器を取り出したことで自分たちが有利になったと思ってるんだろう。程度の差はあれ、全員がまた下卑た笑いを浮かべるくらいには余裕を取り戻したらしい。


「……はぁ。阿呆は阿呆か」


 コイツらが素手だったから私もそれに付き合ってやってたんだが。だがまあ武器を使うというのならば――遠慮は要らないな?


「さんっざん好き勝手やってくれたなぁ……」

「どうしてやろうか……そうだな、まずは地面に這いつくばって――」


 連中が買った気分で皮算用を始めたのをよそに、私はこの身に眠る無数の魂たちにアクセスし、術式を展開していく。いつもどおり――いや、いつも以上に全身が青白く光っていく。今日はどうやら調子が良いらしい。普段は感じていた気分の重さは微塵もなく、逆に気持ち良いくらいだ。


「さて――私を這いつくばらせて、なんだって?」


 そうして私の周囲に浮かび上がった無数の魔法陣。夜空を赤黒く染める大小様々のそれを、連中はポカンと間抜け面を晒して見上げていた。

 ゆっくりと明滅を繰り返す魔法陣が動きを止める。それを発動の前兆だと感じ取った連中が一斉に両手を挙げ、持っていた武器をガランガランと地面に転がっていった。


「さあ選べ。魔法陣こいつらにぶち抜かれるのと、無駄にした酒と私たちへの仕打ちを謝罪するのと、どっちが好みだ?」

「へ……へへ、そ、そんな決まってるさ……」

「そ、そうだよ。が、ガキだなんてバカにしてす、すまなかった。あ、アンタがそんな大層な魔術師だなんて思ってもみなかったんだ……」

「ももももちろんダメにした料理と酒の代金は全部俺らがもつからさ、だ、だからその物騒な術式を……へへへ、しまってくれよ。な?」


 全員が後ずさりながら、顔を全力でひきつらせて謝罪を口にしていき、心の広い私は慈悲深く笑顔を浮かべてみせた。


「なるほど、後者を選んだというわけか。まあいいだろう」

「そ、そうか! 許してくれ――」

「しかしせっかく謝罪をしてくれたんだが、実はこの術式はな」

「この術式は……?」

「――途中解除できないんだ」


 そう告げると連中の顔がみるみる青ざめていく。それを見て私はニッコリと笑って指をパチンと鳴らし。

 直後に連中の悲鳴と盛大な爆発音が田舎の町中に響き渡ったのだった。





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