3-2 ツンデレとしか言いようがない
「――で、お前はまた新しい仕事を見つけてきた、というわけか」
昨夜の出来事を報告すると、マティアスがため息まじりに頭を抱えた。
私だって仕事が増えるのは大っ嫌いだ。だからその気持ちは分かるがな、マティアス。
「随分と棘のある言い方をしてくれるじゃないか」
わざと不愉快そうな態度を表に出して食ってかかるとマティアスは一瞬キョトンとして、それから目元をグリグリともみほぐし始めた。
「……すまない。少々気が立っているようだ」
「珍しいな。何かあったのか?」
「まあな」
そう答えながら金色の髪をガリガリとかきむしった。どうやら相当にアレなことが起こったらしいな。
「なに、この国は戦争が無いと頭に花畑が広がる連中が多いらしくてな。少しうんざりしてたんだ」
「なんだ、今頃気づいたのか?」
「再認識というやつだ。まあ気にするな。お前には関係ない話だからな」
ふむ、コイツがそう言うということは、本当に私の仕事に関係ないか、或いはまだ私に話す段階に無いということか。ならこれ以上面倒な仕事はまっぴら御免だし、ツッコむのはやめておくかね。
「それで……お前の話は事実なんだな?」
「まず間違いないだろうと思っている」
あの女の神の使い――ここでは使徒とでも呼ぶか――がこの街にいたことは間違いない。それは感じた匂いでもそうだし、ミスティックのここ最近の増加もその事実を示唆してると言えるだろう。
アレクセイも指摘した、異常な出動頻度。ミスティックが活発に動いているのはあの使徒がこの街にいたからと考えて間違いないだろう。
ミスティックどもが共通して憎んでいる相手。怒りに飲まれて「堕ちる」ような存在。そんなもの、落ち着いて考えてみれば一つしかいない。神しか、な。
「何を企んでいるのやら知らんが、どうやら神は我らが王国をお気に入り頂いたようだぞ。もっと喜べよ」
「ありがた迷惑だよ、まったく。それで、その使徒とやらはまだ街にいるのか?」
「いや、おそらくもういないだろうな」
雨で匂いが流されてしまったが、そもそもがかなり匂いが薄かったしな。気づいた時点で離れてそれなりに経ってたんだろう。
「そうか……ならばその女が何をしようとしていたのか探るのは難しいか」
「かもな。探ってみるか?」
「そうだな……いや、今はその使徒の警戒に留めておこう」
「いいのか?」
「良くはないが無駄な労力を払うのももったいないからな。神の使いなら簡単に気取れる痕跡など残してないだろうし、今はミスティックが増加した方の原因を探ってもらいたい。その使徒とやらとは原因が別の可能性もあるからな。
使徒の方は、ひとまずは次に備えて対策を考えておいてくれ。捕まえるまではいかずとも足跡は追えるようにしておきたい」
ふむ、対策……ね。どうしたものか。聖教会も迷惑してるようだし、アレッサンドロを利用するかね。アイツを使った場合、対価として「踏んづけて犬と呼んでくださいっ!」とか言い出しそうでゾッとするが。まあその時は踏み倒してしまえばいいか。
「了解だ。ところで相談なんだがな」
「……なんだ」
私がニヤッと笑ってみせると、マティアスが心底嫌そうな顔で私から目を逸らした。いやいや、そう警戒するな。たいした話じゃない。
「私の可愛い可愛い部下たちが、だ。自身の健康も危険も顧みず夜な夜な職務に勤しんでいるわけだ。上司としては当然その頑張りに報いてやらねばならん。そうだな?」
「まあ……そうだな」
「だろう? だから――分かるよな?」
口端を上げていやらしく笑ってみせると、マティアスは口を引くつかせて深いため息をついたのだった。
さて。
無事にマティアスからニーナたちへの臨時ボーナス (もちろんマティアスのポケットマネーからだ)の約束を取り付けた私は意気揚々と引き揚げていた。
うむ、やはり持つべきは優秀な上司だな。目に見える形で褒められればやる気も出るというもの。いやはや、その事を十分理解している上司を得て私は幸せ者である。
ちなみに私のボーナスはマティアス秘蔵の酒で合意した。というか合意させた。全ての交渉が終わった後でマティアスが机に突っ伏して動かなくなっていたような気がしたが、私は何も見ていない。きっと気のせいだろう。そうに決まっている。
「とはいえ、約束を取り付けた以上は責任を果たせねばな」
つぶやきながらできることを頭の中でピックアップ。とりあえず、まずはアレッサンドロと面会するとしようか。正直なところ聖教会には脚を運びたくない。だがこちらの手数は足りんし、あの宗教ネットワークは脅威ではあるものの、こちらと足並みを揃えてさえいれば頼もしいこともこの上ないしな。
そんなふうに頭の中で算段をつけながら本部の廊下を歩いていると、
「おや」
正面から珍しい相手が歩いてきていた。向こうも私に気づいたようで、私の前に立つと眼鏡の下のツンとした鋭い眼でジロリと見下ろしてきた。
「シェヴェロウスキー大尉か」
「クルーガー少佐。お久しぶりですな」
アルフレッド・クルーガー少佐。リンベルグ大佐ほどではないが、コイツもまたそれなりに古い付き合いだ。
諜報畑一筋で生きてきた人間で、それがどうして私の様な人間と顔見知りなのかと言えば、詳しくは省くが戦時の作戦中に幸か不幸か偶然にも共に戦うハメになったからに他ならない。以来、戦争が一段落してからもお互いに首都での職務に勤しんでるわけだから、たまにこうして顔を合わせることもある。
もっとも――
「少佐殿が昼間に起きてらっしゃるとは珍しい」
「ふん、お前と違って私は色々と会議に出席せねばならん立場なのでな。街をテクテク歩いて回るだけで給金がもらえるお前が羨ましい限りだ」
「ええ、おかげさまで堂々と太陽の下を歩いておりますよ。影しか歩けない少佐殿たちと違ってね」
「たかが街の兵隊さん風情が言ってくれるじゃないか」
「ロクに他国のスパイも防げない諜報機関もどきよりは役に立っているかと」
「クックク……」
「フフフ……」
――だからと言って仲が良いとも限らないがな。
とはいえ、仲が悪いとも言えない。さんざっぱらこうしてお互いの職務をけなし合ってはいるが、これはこれで私たちの挨拶みたいなものだしな。実際、私の方が階級が下だから今みたいな口の聞き方をすれば普通なら懲戒処分ものだが、今の今まで一度たりともそういった叱責を受けたこともないし。
その証拠に。
「ふっ、しかしお前が元気なのは何よりだな」
とまあ、こういうことを臆面もなく言ってのけるのだからまったく、ツンデレとしか言いようがないな。
「つんでれ、とはなんだ?」
「気にされずとも大丈夫です。私の地元のスラングみたいなものですから」
そう言ってやるとなんとも腑に落ちない顔をしたが見えてないフリをした。
さて、皮肉でもなんでもなく少佐殿は私よりも相当に忙しい御方であることだし、久々に友好を深めるのも悪くないが長々と立ち話をするのもご迷惑だろう。
というわけで適当に一言二言交わして互いに辞そうとしたところ少佐殿は何かを思い出したようで私を呼び止めた。
「ちょっとこっちに来い」
そう言うとさっと音もなく誰もいない会議室へと私を連れ込んでしまった。まったく……
「いつから少佐殿は少女趣味になられたので?」
「違う!」
思いっきり否定された。人気のない場所に連れ込んだので、てっきりアレやコレやするのかと思ったんだがな。
「だいたいお前を力づくでどうこうできる人間がいるか」
「私をご理解頂いているようで何よりです。しかし、そうなると如何なる御用で?」
すると少佐殿は部屋に盗聴などの術式が掛けられてないか確認するよう求めてきた。言われるがままに術式のチェックをしてみて、特に問題ないことを確認したが……どうやらふざけた話じゃあなさそうだな。
「ずいぶんと厳重な警戒っぷりですね」
「おいそれと聞かせられない話だからな。
……実は私の方で不審な金の流れを見つけて追っている。そしてその多額の資金が首都に流れ込んだ可能性がある。この意味、シェヴェロウスキーなら理解できるな?」
少佐殿の怜悧な瞳が向けられる。ええ、なんとなく理解しましたよ。呆れとも情けなさともつかないため息を吐きながら「はい」と返事をした。
「多額の金が首都に入ってくる……つまりは不正な金が軍に流れ込んでいると踏んでいるわけですね?」
尋ね返すと少佐殿は首を縦に振ってくれやがった。
ヘルヴェティア王国の首都・ベルン。この街で一番金が回るのは軍関連だ。ネジから戦車や魔装具まで、生産高の殆どが軍関係品と考えても差し支えない。そんな街にただ事ではない金が流れ込んだとなれば、その行き着く先は阿呆でも分かろうというものだ。
「そうだ。だが……情けない話だが、首都の手前でその糸がプツリと途切れて追えていない」
「つまり軍に流れてはいるだろうと推測はできるものの、何処の誰に金が流れ着いたかまでは分からないということですね?」
「或いは政治家たちの懐に繋がっているのかもしれん。いずれにせよ、シェヴェロウスキー。日常業務の範囲で構わん。もし怪しい奴だったり不審な動きをする人間がいたらすぐに私に知らせろ」
なるほど、さっきマティアスが呆れてたのはこの話を耳にしたからだな。王子としても軍人としてもそりゃあ頭の一つでも抱えたくなるか。
しかし、話は分かったが……
「別に構いはしませんが、まだ諜報部や上層部の一部しか知らない話なんでしょう? それを部外者の私に教えて宜しいので?」
「良いわけはない」少佐殿は丁寧にセットされた黒髪を掻きむしった。「だが……元々こういう人間が集まっているのか、それとも戦争が終わった反動なのかは知らんが、軍も政府も金と政治に明け暮れるクソばかりだ。正直、信用できる人間を探す方が難しい」
「それにはまったく同意しましょう」
常々思っていたが、どうも大規模な戦争が終わってからというもの、上層部は汚職塗れで無能ばかりがはびこっているように思えてならん。戦争で国が焼かれるか、無能とクソに国を食い潰されるかの二択など、最低最悪の選択肢だな。国民は実に不幸だよ。
「だから今は信頼できる味方が一人でも欲しい。シェヴェロウスキー、お前のことはハッキリ言っていけ好かないが、仕事ぶりは誰よりも信用している。お偉いさんだろうが何一つ忖度しないからな」
別に出世なんぞ欲しくもないし、金に困ってるわけではないからな。酒をダシにされたら自信はないが、そこは黙っておいた。
さて、話は承知した。少佐殿のセリフではないが、私も少佐殿の王国への忠誠心と職務への誠実さは信用している。諜報部故に嘘を吐きもするし騙しもするが、王国を裏切るような真似はしない。そう信じられるくらいには彼のことを知っている。
であるなら。
「承知しました。そういう話でしたら協力致します」
断る理由はない。
私が敬礼で応じてみせると、少佐殿は「頼む」と少しだけしかめっ面を緩めて忙しなく会議室を出ていき、その後ろ姿を見送りながら私は部下たちへどこまで話を伝えるかを考え始めたのだった。
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