3-1 何故……この街にいる……?

「――目標、捕捉」


 押し殺したアレクセイの声が耳に届いた。

 私も壁から顔を出し、手元のレーダー表示と目視で敵を数えていく。

 表示されているのは六体。そして目視で確認できるのも六体。よし、見落とし無し、と。

 さてさて。こんなことを確認しているということは、だ。

 今日もまた夜のお仕事に勤しんでいるわけで。ニーナたちいつもの面々といつものように地下のくっさい場所で愉快な時間外労働である。


「ひょっとしてアレってヒトダマ……ですか?」


 覗き込んだニーナが体を震わせながら尋ねてくる。なんだ、ニーナ。もしかしてお前、幽霊とかダメなタイプか?


「うぅ……正直、得意じゃないです」


 得意じゃないどころか結構ダメそうだな。震える腕で私の肩を思いっきり掴んでくるニーナを見てるとついついいじめたくなる嗜虐心が顔を覗かせてくるが、それを鋼鉄の理性で抑え込んで本当のところを教えてやる。


「なら良かったな。レイスはヒトダマに見えてアレはアレで独立した生物だ。ついでに言えば残りの首無し鎧デュラハンも人の怨霊が宿ってるとかそういうことはないから安心しろ」


 そう伝えてやると幾分ニーナの震えは収まったようだ。もっとも、レイスは死んだ人間の怨念が形になったものだとか、デュラハンも首をはねられた昔の騎士の魂が定着したものだとか色々と説があるんがそこは黙っておいてやろう。そして後でバラしてやるんだ。


「何考えてっか丸わかりだぜ、隊長」

「なら先に教えてやるか?」

「バッカ、ンなつまんねぇことすっかよ」

「カミルよ、お主も悪じゃのう」


 なんてバカなことをカミルと密談してると、アレクセイ先生の咳払いが飛んできた。

 おっといかん。ちゃんと仕事はせねばな。

 改めて敵を観察する。目標はレイス四体にデュラハン二体。少々数が多いが、まあ問題ないだろう。


「レイスは術式銃の効果が弱い。私が引き受けるからデュラハン二体は貴様らで相手しろ。とはいえ、デュラハンは中々強敵だ。無理だと判断したら速やかに遅滞戦術に移行。私が駆けつけるのを待て。いいな?」


 三人が私の指示にうなずく。それを認めると、暗闇の中をさまよい歩くミスティックたちへ向き直り、呼吸を整えた。

 短く鋭く息を吐き出し、物陰を飛び出す。湿った地下道のコンクリートを蹴って加速しながら術式を展開。様々な魔法陣が体に浮かび上がり、青白く辺りを照らし出す。

 いつもどおり奇襲を狙って飛び出した我々だが、デュラハンの反応は早かった。私が飛び出すのとほぼ同時に首のない顔をこちらに向け、錆びた長剣を構えた。

 首なし騎士がこちらへ踏み込んでくる。なるほど、真偽はともかくも元々が騎士だったという説が納得できそうな鋭く、良い踏み込みだ。


「だがな――」


 私を捉えられるほどじゃあない。

 滑らかな軌道でデュラハンが剣を横薙ぎにしてきたが、それを跳躍で避けると空中で一回転。そのままデュラハンの空っぽの首を蹴って前列の二体を飛び越していく。

 と、目の前で魔法陣が瞬いた。


「アーシェさんっ!!」


 激しい光と熱が押し寄せてくる。この火炎術式はおそらくレイスどもの魔術だろう。中々の威力だし、並の術者なら呆気なく黒焦げになってもおかしくない。

 しかし、だ。この程度――


「破るには至らんよっ!!」


 ちょっとばかし防御術式越しに熱が伝わってきたが、それだけだ。せいぜいサウナに丁度いい程度といったところかね。

 一度地面に着地し、地面スレスレの低空を這うように跳ぶ。

 レイスのような魔素で出来たミスティック用の特殊な術式を展開。両手足にそれをまとわせて、レイスめがけ腕を振り上げた。

 指先に作り上げた長い爪がレイスを斬り裂きながら天井に叩きつけてやる。直後に横から飛んできた術式を避けると、お返しとばかりに貫通術式を打ち込んでやった。

 爪と同じ様に特殊な細工を施したそれがレイス二体のど真ん中を貫通。壁に縫い付けられ、脱出しようとヒトダマがゆらゆら揺れていた。だがな、貴様らにその術式は破れんよ。


「そしてぇッッ!!」


 残った一体がもう一発術式をぶっ放してくる。しかしそれを右腕で殴り飛ばして距離を詰め――そのままレイスに喰らいついた。

 ゆらゆら揺れるヒトダマチックな肉体を半ばから噛みちぎる。実体は無いはずなので普通ならこんな芸当できるわけないんだが……これも魂喰いという能力が為せる業かね?

 体を半分失ったヒトダマはフラフラと漂っていたが、他二体と同じように貫通術式で壁に縫い付けてやる。これでよしっと。

 いや、しかしレイスみたいなエネルギー体を相手にすると楽だな。普通は血なり肉なりを喰らわないと魂を私に縫い留められないんだが、コイツら相手だと攻撃が通るだけでそれができるからな。


「さて、こちらは終わったが……」


 アレクセイたちの方はどうかな、と振り返って見てみればちょうど二体目のデュラハンがガシャンとけたたましい音を響かせて倒れたところだった。

 近寄ってみればデュラハンの弱点でもある、鎧の首部分にある魔法陣が見事に撃ち抜かれていた。さらに手足には最近も見かけた白いトリモチ的な何かがべっとりとまとわりついてて実に哀れな状態である。

 いつもながら、妖精みたいに浮いてる相手には意味ないが、地に足をつけて戦うタイプにはとんでもなく威力を発揮するな、あのトリモチ兵器は。というか、あれの接着力半端ないんだがどうやって作ってるんだ?


「大尉、こちらは制圧完了しました」

「ご苦労。被害は?」

「カミルとニーナに擦り傷がある程度です」


 上等な成果だ。やはりニーナが増えただけでもかなり安定するな。もちろん敵からすればターゲットが分散されるというのもあるが、アタッカー、足止め、防御と役割が固定できるのが大きい。

 さて、これで任務完了だ。後は――


「――美味しく頂くとしようか」






「鎧とかもお構いなしなんですね……」


 バキバキベキベキとあるまじき音を立てる私の食事風景を見て、ニーナがなんとも形容し難い顔をした。

 一体どういう原理で鎧が私の中で消化されていってるのか、言われてみれば不思議なものである。腹の中の反応に私も非常に興味があるところではある。もっとも、それを調べる術はないので諦めるしか無いが。

 ちなみにデュラハンはたいして美味くなかった。いや、デュラハン自体はきっと美味いんだろうが鎧の食感と鉄錆の味が邪魔をして美味しく感じられないという方が正しいか。よく血を鉄の味がするとか例えるが、一緒にするなと声高に言いたい。血は鉄とは比べ物にならないほどに美味なんだぞ。まあそう主張したところで誰一人賛同者は得られんだろうが。


「しかし、大尉」


 私の食事中はたいてい無言で立っているアレクセイが珍しく口を開いた。

 ちょっと待て。壁に刺しているレイスの串刺し三本セットを取ってくるから。こういう言い方すると串焼きみたいだな。レイスも焼いたら美味いんだろうか。そう思って持ってきながら試しに炙ってみたらこんがりと香ばしくなった。マジか。


「焼けんのかよ……」


 たぶん私によって存在が固定化されたからだろうな。でなきゃ到底無理だろう。

 それはともかく。


「どうした、曹長? 気になることでも?」

「はい。個人的な感想ですが……最近、ミスティックどもが活発すぎる気がしまして」


 確かにな。これまでせいぜい月に数回程度だったのが、この二週間でもう五回目だ。異常なペースではある。

 ミスティックの数が増える原因はだいたいが他所の国で大規模な掃討作戦が行われたケースだ。これだと人間に近いミスティックだけじゃなくて、レイスみたいな存在も一緒に王国にやってきて根付いてしまうパターンが多い。

 後は、そうだな、ミスティック連中が怒りに飲まれると堕ちてしまう場合が多いとは聞いたことはあるが……そこまでの怒りを抱く対象など存在するか?

 理由はまだハッキリしないが、確かに無視はできまい。


「そのうち原因の捜査を行わねばいかんかもしれんな」

「うぅ……夜のお仕事が増えていく」


 そうは言うものの、もう少し様子見だな。他国でそんな作戦が行われたなんて話は聞いてないが、マティアスに報告がてら聞いてみるか。

 何にせよ。


「ま、俺たちは俺たちの仕事をするだけだな」


 カミルの言う通り、我々は害を為すミスティックが現れればそれを駆除するだけだ。

 肩を落とすニーナを軽くなだめつつハシゴを登っていく。マンホールの蓋を押しのけて外に出れば湿った風が吹いていた。空を見上げれば、仕事前には微かに覗いていた月は分厚い雲に隠れて、遠くでは稲妻が雲の間を走っていた。


「もうすぐ一雨来るかもしれませんね」


 ニーナが鼻をスンスンと鳴らした。そうだな、なんとなく雨の前特有の土っぽい匂いがしてるし、これは早いとこ撤収した方が良さそうだな。


「急ぐぞ。夜中に濡れ鼠になりたくなかったら――」


 一番体力のないニーナの装備を奪い取りつつ、飛行術式で浮かび上がった時だ。

 微かな匂いが、した。


「おい、どうしたよ隊長……っておいっ!」


 一瞬動きを止めた私だったが、装備をその場に放り捨てカミルの制止にも耳を傾けずに飛び出した。

 忘れもしない匂い。戦った後は人間にはありえないくらいに無臭だった印象しかないが、それでも腕を喰らったおかげか、今なら分かる。

 他の誰よりも微かなのに、確かにここにいたのだと確信。間違いない、間違いないぞ。この匂いは間違いない。


「逃さんぞっ……!」


 いつも以上に魔素をつぎ込んで夜中の街をかっ飛ばす。稲光が頭上で光ったかと思うとあっという間に土砂降りの雨となって私の顔を穿ち始めた。ずぶ濡れになりながら、ひたすらに匂いを辿っていく。

 だが。


「っ……ここまでか」


 雨によって匂いが薄くなっていき、やがてぷつりと完全に途切れた。強くなる雨脚の中で索敵術式を使ってみるがそれらしい反応は無く、地上に降りてみたものの痕跡らしいものは何一つ見つからなかった。

 息を吐き、気を落ち着ける。この雨だ。匂いは全て流されてしまっただろうし、もうとっくの昔に街を離れてしまっている可能性は高い。なら焦っても仕方あるまい。


「だが何故……何故この街にいる……?」


 何かをしでかそうというのか。それとも、何かをしでかした後か。

 だがいずれにしろロクな事じゃあるまい。連中は福音と称して余計なお節介しかしてこない。ならば、私は全力でそれを跳ね除けてやろうじゃないか。

 そして――


「今度こそ……魂ごと喰らってやろうじゃないかっ……!」


 あの女――神の使いを。

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