5-2 何を血迷ってるんだ私は

 私が笑いながら吐き捨てると、戦闘態勢に入った連中が散開していった。

 四人で我々を取り囲んで一斉に術式銃を発射。次々と防御術式にぶち当たるが、しょせん威力は並より多少強い程度か。これなら私じゃなくともカミルが少し気合い入れて頑張れば十分防げるレベルだな。


「曹長。連中は手足を折ったところでなんの痛痒も感じんらしい。頭か心臓を一発で仕留めろ。ああ、できれば頭をやってくれた方が嬉しい。心臓は私が喰らうからな。カミルは曹長の攻撃を援護だ」

「了解」


 落ち着いた返答を聞き、地面を蹴る。再び私に向かって一斉射した術式が降り注ぐが、この程度避けるまでもない。

 防御術式で攻撃を弾き飛ばし、跳躍。目の前にいた一人の頭を蹴り飛ばし、そのまま空中で姿勢を制御。倒れた相手の顔を踏み潰す。グチャリと肉が潰れ、頭蓋骨が砕ける感覚がブーツ越しに伝わってきた。が、どうやら我ながら絶妙な力加減に成功したようで、かろうじて生きてはいるらしい。無論、死にかけではあるが。


「一人目ッ!」


 そのまま頭を足場にし、迫ってきていたナイフをのけぞって避けると、バク転してその腕を蹴り上げた。腕が奇妙な音を立ててへし折れ、それを聞きながら続いて腹に膝を入れてやる。

 白装束の体がくの字に折れ曲がり、目の前にやってきた首を掴んで――喰らいついた。


「二人ぃッ! そしてッ!」


 肉を血管ごと引きちぎれば血のシャワーが降り注ぐ。私にとっては単なる水でしかないそれを浴びながら掴んだ白装束を一旦捨て置き、三人目に向かって走る。


「――……」


 無言のまま敵が私に銃口を向けた。だがその途端、男の腕が弾き飛ばされ、術式が明後日の方向に飛んでいった。ナイスだ、アレクセイ。

 がら空きになった敵の懐。小さな体を活かしてそこに潜り込むと、自分の口が愉悦に歪んで吊り上がっていく。


「三人目ッ!!」


 腕を突き上げれば、強化された腕が肉をえぐっていく。肋骨を粉砕し、心臓を掴みながら背中の皮膚を貫いていけば、白装束の体がビクンと一度痙攣して動かなくなった。

 さて、時間にして一、二分というところか。完全に動かなくなった三人目の心臓以外を放り捨てて振り向けば、残った一人もアレクセイとカミルのコンビで難なく撃退が完了したところだった。しかも私のリクエストどおり頭を撃ち抜いてくれたらしい。うん、優秀な部下は好きだぞ。


「問題は?」

「ありません」


 抜き取った心臓をほぼひと飲みしながら聞けばアレクセイの即答が返ってきた。よろしい、ならば行くか。


「と、その前に――」


 他の連中からも心臓を回収回収っと。

 ずぶりと心臓だけを抜き取って手のひらに乗せる。いつもなら肉体ごと喰らうところだが喰ったところで旨味があんまり無いのはこないだ食べて分かってるしな。とはいえ、多少のエネルギーの足しにはなるから後で喰うが。

 さて、改めて心臓を眺めてみる。前回戦った時は気づかなかったが、やはり普通よりも小さいよな。なんたって私の小さな手のひらに、積み重ねてるとはいえ三つ分が乗るんだからな。

 だとすれば、やっぱりコイツらは人間じゃないのか? それかふわっと記憶が過ぎったように、術式で作られた人造人間とか。

 ……喰っても大丈夫だよな? 今更だが。


「隊長よ。メシに見とれんのは良いけどよ、ニーナを早く助けに行こうや」


 おっと、失礼。つい心臓を前にして考え込んでしまった。


「後でニーナに伝えといてやるよ。隊長はお前よりメシの方が大事だってな」

「それは困るな。なら口止め料として貴様の演奏でも今度聴きに行ってやるよ」


 隠し階段の蓋をアレクセイが外している隣でカミルとそんな軽口をかわしつつ、ふと思った。

 ……ニーナに伝えられると、本当に困るのか?

 いや、確かにニーナからすればいい気分はしないだろうさ。たとえ冗談だとしてもだ。

 が、建前は別にして実際のところ私にとってはたかが・・・人間一人よりもこの身に貯まるエネルギーと魂が増える方がよっぽど大事だ。人手が減れば仕事に支障をきたすし、別段私だって部下を可愛くないと思ってないわけじゃないから守りもするし敢えて嫌われようとも思わないが、嫌われたって別に構わない。はずだ。

 だというのに――今しがた感じた微かな疼きはなんだ?


(バカバカしい……)


 しょせん一時の付き合いだというのに。嫌われるのがイヤだ、などと思ってしまったというのか? バカな……何を血迷ってるんだ私は。頭を振って過ぎったくだらない考えを振り払い、手に乗った心臓をかじりながら階段を降りていく。


「……なんつーか、後ろでトマト喰ってるみてぇな音を立てられっと、心臓がすげぇ健康的な食べもんに思えてくるな」

「実際、動物の心臓は滋養に良いらしいぞ。そうだ、今度貴様らにも喰いやすいよう料理して詰め所の机に置いといてやろう」

「冗談。俺ぁカニバリズムにゃ興味ねぇんだ。アンタ一人で楽しみな」


 大柄な体をこれみよがしに揺らしてクツクツとカミルが笑う。アレクセイもそうだが、カミルとはこうしてよく馬鹿話をする一方で、何処か私とは関係が近くなりすぎないよう距離を置いていると思う。だが我々にはこれくらいが丁度いい。てか、ニーナのやつが初っ端から馴れ馴れし過ぎたんだ。


(忘れませんからっ!)


 夜の街で叫んだニーナの声が頭の中で反響した。バカなやつだよ、まったく。私なんかと関わったからこんな危険な役目までさせられて。あの晩で全てすっきりさっぱり忘れてしまえば良かったんだ。

 そうすれば、そうすれば――


「大尉」


 振り払ったはずなのに一向にニーナから離れない思考に没頭してしまっていたが、先頭を進んでいたアレクセイの声でハッと我に返った。


「大丈夫ですか?」

「……悪い。少し考え事をしていただけだ」


 ったく、敵の本拠地を前にしてこの体たらく。気が緩んでるな。情けない。

 半端にかじった状態で止まっていた心臓をまとめて飲み込んで前二人の巨体から覗き込めば、なんとも頑丈そうな扉があった。振り返ってみると、入ってきた床扉がずいぶんと高いところにあった。地下室にしてもバカみたいに深いな。頑丈な鉄扉とこの深さ。少々の音じゃ外にも漏れないだろうな。


「離れてろ」


 アレクセイと先頭を入れ替わる。ここに来て慎重に行く必要はない。中に何人いるかは分からんが、急襲して一気に制圧するぞ。

 そう伝えて魔素を体に巡らせていく。地下階段が私の体を反射して一気に青白くなり、そして術式が炸裂した。

 頑丈な鉄扉が呆気なく吹っ飛ぶ。爆風の余波が吹き荒び、埃が混じった熱い風が私の赤髪をなびかせながら外へと一気に駆け抜けていった。


「ニーナッ!」


 防御術式を展開して三人で突入。アレクセイたちは銃を、私はいつでも即座に応戦できるよう術式を待機状態で周囲を見渡せば意外と空間は広く、ずっと奥の方まで明かりが伸びていた。

 そんな白煙が舞い上がる中、壁際のベッドに座っているニーナを見つけて駆け寄った。


「大丈夫か?」


 声を掛ける。が、ニーナは私の姿が目に入らないかのように背後を見つめたまま震えていた。

 どうした、と軽く頬を叩いてみる。と、ようやくニーナの瞳の焦点が私で結ばれた。


「あ、アーシェさん……」


 もう一度大丈夫か、と聞いてみる。だがニーナはそれに応えず、代わりに震える腕で私の背後を指差した。

 ゆっくりと振り向いていく。未だ辺りには白煙が立ち込めてその先に何があるか分からない。少々派手にやりすぎたようだが何が出てこようが問題ない。全てを蹴散らしてやろうじゃないか。警戒態勢を取って待ち受ける。

 次第に煙が晴れていく。

 やがて現れたのは人工的な巨大なカプセルだった。ガラス張りにされたその中に液体が満ちて、足元からは淡い緑色のライトが照らしていた。

 そしてその中に入っていたのは。


「大尉……」

「マジかよ……」


 言葉が出なかった。

 腕が、足が震えた。

 なぜなら、そこには――朽ち果てた人だった・・・ものがあったのだから。

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