1-3 我が家で食事でもどうかと思ってね

「コイツに術式を込めてやれば、銃一丁で色んな術式を発射できるって寸法です」


 術式銃のメリットはその速射性と連射性だが反面、一丁の銃に刻める魔法陣に限りがあり、特殊な金属と技術を使ってもせいぜいが二つ。そのため状況に応じて術式を変えられないのがデメリットだ。

 そのデメリットを解決するため、銃は単なる魔素伝達装備にして術式自体は弾丸に刻んだ、というわけか。ふむ、単純ではあるがこれまでありそうで無かった発想だな。


「なるほど、面白いコンセプトですね」

「でしょう! さあさあ、ぜひ試してみてください」


 マンシュタイン殿に促されながら、用意された的めがけて銃を構えた。貫通術式から始まって様々な術式を順次発射したが、弾丸ごとの特性が見事に発現できている。うん、悪くない。これなら戦場のゲームチェンジャーとまではいかずとも、補給の面で大きな変化が起きるかもしれんな。

 しかし、だ。


「……発想としちゃあ悪くないと思うぜ」少し考え込みながらカミルが私と同じ感想を口にした。「けど、実用化するにゃあちょいと課題も多そうだな」


 そう言ってもう一度術式を発射すると、爆発して的の一部が焦げた。


「今のだって的をふっとばすくらいのつもりで撃ったんだけどな。やっぱ銃そのものに刻むよりエネルギーのロスが大きいな」

「実戦で使うには量産性も重要でしょう。大量の弾丸を用意できることが必要になりますが……この小さな弾丸に複雑な術式を刻むのは骨が折れる作業になりそうですな」

「それに」


 カミルを下がらせ、私も銃を構える。少々本気で弾丸に魔素を流し込んで引き金を引く。すると弾丸が発射される前にけたたましい音を立てて炎と煙が上がり、それが晴れると途中から銃身が吹き飛んでいた。


「威力を上げるために少々多めに魔素を流してみたが……耐久性にもまだ課題がありそうだな」

「なるほどなるほど……」


 私たちが口々に課題をしゃべるが、マンシュタイン殿は気にした様子もなく熱心にメモを取っていく。これが他のプライドが高い研究員だと「使い方が荒い」だの「運用でどうにかしろ」だのと難癖をつけてくるんだが、彼の場合こうして素直に耳を傾けてくれるから非常に仕事がやりやすい。


「いやぁ、ありがとうございます! こうして意見頂けるのは助かりますよ。なにせ我々は頭でっかちなばかりで実戦など経験したことがないものでしてね。

 ご指摘の量産性についてはなんとかなる目処は立っているんですが、ロスと耐久性については……ううむ、中々解決にはもう一捻り必要そうな印象ですなぁ」


 うなりながらマンシュタイン殿はペンを放り出すと、椅子に座って考え込み始めた。

 ふむ、ロスと耐久性の問題さえ解決できれば結構面白いんだがな。そう思いながらここまで無言のままだったニーナを振り返れば、コイツは口元をムズムズさせて何かを言いたげだった。どうやら自分も発言して良いものか迷っているらしい。


「マンシュタイン殿は寛大で公正な心の持ち主だ。遠慮せず意見を言ってみろ」

「良いんですか?」

「ああ、構いませんとも。アイデアなんてものは誰が出そうと結構ですからな。課題を解決すること以上に重要なことなんてありませんよ」

「えっと、じゃあ……」


 水を向けてやるとニーナは嬉しそうにマンシュタイン殿に近づいて、弾丸と銃を覗き込み始めた。


「あ、やっぱりここはこんな風に術式を刻んでるんですね。銃の方は普通のものと同じなんですか?」

「ええ。なので銃そのものは耐久性を上げる術式を刻めば問題ないでしょう。だが弾丸の方となると……」

「でしたら、術式をこんな風に書き換えてみたらどうなんでしょう? これだと弾そのものも頑丈になると思うんですけど」

「ほう、なるほど。ですがその場合だとここがこうなるだろう?」

「あ、ホントだ。うーん……あ、そうだ。ここをこうして――」

「ああ、そうか。そういう事だね。だとすると――」


 最初は普通に質問だとかのやり取りだったんだが、魔法陣を具体的に紙に書き始めた頃から二人の様子が変わっていき、終いには私たちそっちのけで議論し始めてしまった。

 一応基本的な技術や術式そのものは詳しいと自負があるが……さすがに専門家とまではいかないからな。もはや完全に二人だけの世界と化した中で飛び交うちんぷんかんぷんな単語の数々。アレクセイたちと思わず顔を見合わせたが苦笑いしか出てこない。とりあえず……我々は我々で報告書の内容でも考えとくか。


「――失礼します。マンシュタイン主席はいらっしゃいますか?」


 報告書の下書きをしながら放置してたが一向に終わる気配は見せず、コイツら夜通し話し続けるんじゃなかろうかと本気で心配になり始めた頃、試射室に入ってきた別の研究員が終止符を打ってくれた。いや、実にありがたい。放置して帰ろうか本気で検討し始めたところだったからな。


「ん? どうした、トライセン君?」

「いえ、会議にマンシュタイン主席がいらっしゃらないので」

「……げっ!? まずいっ、もうこんな時間だったか……!

 ニーナ殿、シェヴェロウスキー中尉、すみませんが――」

「ああ、お構いなく。時間になれば勝手に帰らせてもらいますよ」


 そう告げてバタバタと慌てて部屋を飛び出していくマンシュタイン殿を見送る。やれやれ、慌ただしいことだ。

 軽くため息をついてアレクセイたちと報告書の話に戻ろうとしたのだが、こちらに向けられた視線を感じた。振り向けば……トライセンと言ったか? マンシュタイン殿を呼びに来た研究員の男が、クマのできた垂れ目で我々をジトッと睨めつけていた。


「何か?」

「いえ、別に……」


 尋ねるとねちっこい視線を最後まで残しながらスッといなくなる。


「何だったんでしょうか?」


 さあな。だが、どうせろくな用事じゃないだろうよ。ただでさえここの連中と我々は相性が悪い。マンシュタイン殿は例外だが。

 なんにせよ、ちょっかいを出してくるならば叩き潰せばいい。相手がエリートだろうが偉い野郎だろうが構うものか。そう鼻で笑い飛ばして、残りの時間で済ませようと報告書作成に勤しんだのだった。




 そうしてしばらく時間が経って定時を告げる鐘が鳴った瞬間、反射的に私はペンを放り出していた。

 今日の仕事はこれにて終了。残業のつもりも無し。報告書もだいたい出来上がったしな。明日の巡回後に清書してマティアスに送ればこの仕事は完了である。


「相変わらず切り替えはえーなぁ、おい」


 背伸びしてオフモードになった私を見てカミルが苦笑いしていた。何を言う。こういうのはな、メリハリというのが大事なんだよ。いつまでもダラダラ仕事したって時間のムダと言うやつだ。

 未だマンシュタイン殿との議論が後を引いているらしいニーナの尻を叩くと、そそくさと部屋を出る。さて、今晩はどうするかな。いつものパブでも良いが、たまにはそうだな、飯をメインでワインと洒落込むのもいいか。

 となると誰かを誘いたいところだが。


「なんですか?」

「いや、なんでもない。気にするな」


 一瞬ニーナを誘うかとも思ったが、こないだのパブでの酒豪っぷりが頭を過ぎって閉口した。酒をあまり飲んだことが無いとかぬかしてたくせに、まったくとんだウワバミだった。おかげでしばらく安酒しか飲めなかったぞ。


「たまにゃ酒を我慢するって選択肢はねぇのかよ?」


 バカ野郎、カミル。そんな事できるか。

 ともかくもニーナは無しだ。しかたない、一人で酒の美味そうなレストランを探してみるか、と宿舎の周りにある店を思い浮かべていたところ、後ろから大声で呼び止められた。振り向けば、大きな体を揺らしながらマンシュタイン殿が駆け寄ってきていた。


「はぁっ、はぁっ……良かった、間に合った」


 一体何のようだ? まさか……これからさっきの続きを、とか言うんじゃないだろうな。


「いやいや、今日は私もあがりだよ」

「でしたらどのようなご用件で?」

「なに、よかったら我が家で食事でもどうかと思ってね。仕事で君らにはずいぶんと助けられてると妻に話したら、ぜひとも御礼をしたいと言ってきたんだ。どうだろう?」

「あー、申し出はありがたいんですけど、俺ぁちょっと今日は行かなきゃいけないところがあって……」

「私も所用がありまして。お気持ちだけ頂きましょう」

「ええっと、私は大丈夫ですけど……良いんですか?」

「もちろんだとも! 先程はとても有意義な議論だったよ。君にはぜひ参加してほしい。食事をしながら議論の続きをしようじゃないか」


 どうしたもんか、と思ってるうちにカミルとアレクセイに先手を打たれ、いつの間にかニーナは大歓迎で参加が決定していた。

 ……正直、私は断りたいところだ。マンシュタイン殿は尊敬しているし個人的に交友を深めるのも吝かではない。

 が、家族ぐるみとなると私には少々どころかだいぶ荷が重い交友関係になってしまう。まして今の話だと、私はマンシュタイン殿とニーナに置いてけぼりにされることは確実。初対面のご家族とすんなり会話を弾ませるような社交性は私は持ち合わせてないぞ。


「どうだろう、シェヴェロウスキー中尉?」


 うむ、やはり断るべきだ。ニーナ一人で十分だろうしな。

 丁重なお断りを告げようとしたが、その前にマンシュタイン殿はニヤリと眼鏡の奥の細目をさらに細くし、とっておきの言葉をのたまった。


「二十年物のスコッチ、飲みたくはないかね?」


 ――その一言で呆気なく陥落した私を、誰が責められるだろうか。

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