2-2 愛想を振りまくのも職務

 翌日、朝一で私は軍本部にあるマティアス・カール・ツェーリンゲン准将兼王子の元へ出頭した。

 本来の職務外の余計なことに首を突っ込みたくはないのだが、いかんせん見つけた場所が場所である。ある程度は第十三警備隊の仕事となることは覚悟せねばなるまい。

 それに軍人である以上、王国に害をもたらさんとしている何者かについては排除せねばならないからな。私は王国を別に愛しているわけではないがクソッタレの影響力が強い他国よりかは愛している。目くそ鼻くそ程度だが。

 人気のない廊下を抜けてノックをし、その返事も聞かずにマティアスの執務室のドアを蹴り開ける。するとそこには、秘書兼護衛役に注いでもらって優雅な朝のコーヒータイムと洒落込んでたらしい王子様が憮然としていらっしゃった。


「……ノックくらいできないのか、お前は」

「ノックはしたさ。返事を聞く前に入りはしたがな。

 おはよう、クローチェ少尉。朝からコイツの相手とはご苦労なことだ」

「いえ、准将に愛想を振りまくのも職務のうちですので」

「ちょっと待て。毎朝の笑顔は仕事なのか?」


 そもそもそんなに愛想を振りまかれてない、とマティアスが主張しているが二人揃って無視した。相変わらずコイツもいい性格をしている。

 金髪をアップにまとめ、丸顔の上にクリっとした大きな目という可愛い系の要素満載なレベッカ・クローチェ少尉。涼しい顔をして今みたいにさらっと毒を吐く彼女とはどうも波長が合うようで、いつも他愛もない会話を楽しんでいるが、今日はそういうわけにはいかない。


「クローチェ少尉。仕事だ」

「畏まりました。席を外します」

「悪いな。今度飲みに行こう。おごるぞ」

「いいえ。どうせ朝の愛想業務は終わりましたので。おごりなら付き合いましょう」


 チンと打てばカンと響く小気味良い会話を交わしてレベッカが退室する。そうして機嫌を急降下させた我らが上司と向き合った。


「どうした、朝から不景気な顔をして」

「お前のせいで爽やかな朝が台無しになったからな」

「そうか。残念ながら今からもっと台無しになるぞ」


 そう言うと、マティアスも単なる冷やかしで私が来たわけではないことに気づいたようで、手に持っていたカップをソーサーに置くと、眉間にシワを寄せた真面目な表情に切り替えた。


「聞こう。何があった?」






「そうか……」


 報告を聞き終えると、マティアスはそれだけ小さく漏らすと背もたれに体を預けてため息をついた。が、それだけで特に驚いた様子はなかった。ひょっとして――


「もう報告を受けてたか?」

「ああ、いや。そうじゃない。スパイの話は初耳だが、近い話が先日幹部会議で共有されていたからな」

「近い話、だと?」

「そう。本来ならまだ将官レベルの話だがお前になら良いだろう。

 ――最近開発されたばかりの魔装具がB/S(ブリティッシュ・サクソニアン帝国)で目撃されたらしい」


 ちょっと待て。それはウチとしてはかなりやばい話じゃないか?


「まずいもまずい、相当にまずい話だ。だから今、上は大慌てだ」

「そう言う割にお前はずいぶんと余裕だな」

「所詮私は王族の腰掛け将官だからな。私には聞かせたくない話らしいから聞いていないふりをしてやってるよ」


 そう言ってマティアスは、どこか小馬鹿にしたように笑った。

 腰掛けなんて言ってるが、実態はそうじゃないことを私はよく知ってる。十年前はそうだったかもしれんが、今は軍部でも指折りの実権の持ち主だ。もちろん王子という肩書抜きで。


「お前には改めて説明する必要はないだろうが、シュオーゼ大陸一の、それこそ他国の追随を許さないほどの魔装具の開発力。これによって私たちヘルヴェティアは周辺大国の侵略から独立を維持できている」


 ヘルヴェティアを囲む大国。東のラインラント帝国、南の神聖ロマーナ皇国、西のランカスター共和国、そしてランカスターと海を挟んだ島国のブリティッシュ・サクソニアン帝国。人口も国土も生産力も桁違いな国々と曲がりなりにも軍事的、外交的、そして政治的にも対等に渡り合えてるのは機械術式技術、特に魔装具の技術開発に特化したおかげだ。

 今や戦争するにも日常生活を便利に送るにも欠かせない技術だ。おかげで私たちは夜でも昼間のように明るい中で生活できるし、手足をぶっ飛ばされても不自由なく生きていける。が、その最先端の技術が他国に流出したとなれば圧倒的な技術力という安全保障上の大前提が吹っ飛ぶことになる。なるほど、さぞ上層部は現在忙しく踊り回ってるだろうな。


「幸いにも目撃されたのは、すでに輸出が許可されている技術を寄せ集めただけの代物で、組み合わせこそ最新の技術だが目新しい技術ではない。だからと言って良かったわけではない」


 そらそうだ。今回が単に幸運だっただけで、ひょっとしたらそれこそ最新技術が盗まれるかもしれないからな。どこから情報が漏れたか、そこを叩かねば意味がない。


「保管されていたのは工廠からだろう。警備兵は何と言ってるんだ?」

「調査の結果、記録上軍関係者以外の外部の人間の出入りはなかった。ついでに工廠全体を総ざらいして怪しい通路や抜け道がないか徹底して捜索したがそれらしいものも無かったよ」

「となれば――」


 マティアスがハッキリうなずいた。


「そうだ。軍関係者の何者かが意図的に持ち出した可能性がある」


 裏切り者、というわけか。まあそうだろうな。

 言っても軍工廠の警備は厳重だ。最新式の警備魔装具を惜しみもなく投入していて、外部からの侵入は難しい。だが身内である軍関係者ならば話は変わってくる。可能性が「ある」と控えめな表現をマティアスはしたが、実際内部犯が持ち出し、或いは手引をした可能性の方が高いだろう。


「改めて確認するが、お前が見つけたその男の素性は分からないんだな?」

「さっぱりだな。B/Sブリティッシュ・サクソニアン人だろうってことくらいだ。強いて付け加えるなら、逃げ切れないと分かれば即座に首を斬るくらい職務に忠実なプロだったということくらいか」

「分かった。諜報部が中心に動くが、魔装具開発に関しては私の管轄でもある。私の権限でアーシェたちに動いてもらうこともあると思うが、今は通常職務に当たってくれ」

「承知しました」


 事が事だ。普段のおふざけは止めて真面目に敬礼し、マティアスの部屋を出ていく。

 さて、とりあえずは通常任務と言われたわけだが、軍本部の廊下を歩きながら頭の中では事件のことを考え続けていた。

 昨晩のスパイだが、技術漏洩の件と合わせて考えればまず間違いなくB/Sの仕業と考えて間違いないだろう。だが証拠がない以上、B/Sを問い詰めたところでしらばっくれるのがオチだろうから王国としても攻めどころがない。何かしら証拠を掴みたいところだが、さて、スパイを一人失い、王国に警戒されているのが分かっている中でB/Sが動くだろうか。


(――いや、動くだろうな)


 タイミングは分からんが、マティアスの話が本当だとすれば新しい技術は奪われてない。言ってみれば、相手にしてみれば失ってばかりで何ら成果はないに等しいからな。相当な自制心が無ければ成果を挙げに動くはずだ。


(しかし……)


 あの男から感じた匂い。あれがどうにも気になる。どこかで同じ様な匂いを嗅いだような気がするんだが……思い出せん。


「うーん……誰だったか――」

「おう、シェヴェロウスキー中尉じゃないか」


 頭を悩ませながら歩いていると声を掛けられた。誰だ、と振り返ると白髪交じりのメガネを掛けた御人がいた。


「ゲッツェン中佐」

「久しぶりだな。相変わらずやりたいようにやってるのか?」

「ええ。相変わらず好き勝手させて頂いていますよ」


 そう答えると、ゲッツェン中佐は愉快そうに肩を震わせた。


「そうか。ま、軍でお前さんに勝る経験と実績を挙げてる人間はいないからな。椅子にふんぞり返ってる連中じゃ、せいぜい陰口を叩くくらいしかできまい。頑張った特権と思って問題にならない範囲で好きにするがいいさ。どうせ出世も望んじゃいないんだろ?」


 数少ない私を気にかけてくれる中佐殿と並んで歩きながら思うのは、相変わらず明け透けにしゃべるおっさんだということだ。だが、我々現場の人間を理解してくれるし、裏表がなく気持ちの良い御人だから私としては好感が持てる。


「それで、今日はどうした? また准将と悪だくみか?」

「似たようなものです。中佐殿は……ずいぶんと疲れているようですね」


 どことなくうんざりしているような雰囲気を感じて指摘してみると、中佐殿は顎を撫でながら苦笑いした。


「やっぱ分かるか?」

「中佐殿は普段がお元気ですから。何かありましたか?」

「なぁに、いつもの三男坊の駄々を聞いてやっただけだよ」


 ああ、なるほど。カールハインツ――あの豚にやられたのか。首都の警備隊は中佐殿の管轄だからな。ご苦労なことだ。


「ったく、今の階級がさぞ不満なんだと。二言目にはやれ我は伯爵家だ、やれ我は誇り高きなんちゃらだ、と汚ぇ顔近づけてご高説のたまいやがる。たまったもんじゃねぇ」

「没落したとはいえ仮にも伯爵家。無下にもできませんからね」

「ぉんっとによぉ。今の大尉待遇だって相当過分な評価だってのに、あの野郎ごときが佐官だぁ? ふざけんじゃねぇって話だよ。あー、頭いてぇ」


 頭を押さえて一頻り愚痴っていたが、気が済んだのか今度は私に水を向けてきた。


「中尉、君のことも聞いてるぞ? 度々やられてるようじゃないか」

「たいした話じゃありませんよ。阿呆の踊りにちょっとばかり付き合ってやってるだけです」


 実際そんなものだしな。まあ、いつかシメてやろうとは思っているが。

 苦笑を交えながら中佐殿にそう返すと、急に声をひそめて話しだした。


「それならいいが、奴さんには気をつけな」

「何かありました?」

「どうにも噂聞いてりゃ、奴さん、なにかと名目付けては見知った下士官連中を相手に金をせびってるらしい。

 シェヴェロウスキー、お前さんは別に適当にあしらうだろうが、お前の部下連中は強く出られたら断りきれんだろう?」


 いやはや、そこまで金に困ってるのか。没落したとはいえ、伯爵家ともあろう人間が平民に金せびりとはなんとも情けない話だな。誇りの高さはどこに行ったのやら。


「分かりました。注意しておきましょう」


 とはいえ、実際問題私の不在中にやってこられたら何かと面倒だ。こんな情けないことに頭を使わねばならんことに頭痛を覚えながら、中佐殿と別れて私は軍本部を後にしたのだった。

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