2-3 ネズミを捕まえてくるだけだ

 爆発が起こった現場へと警備隊の面々を連れて駆けつける。せっかく優雅にコーヒーでも飲みながらゆったりした昼休みでも過ごそうと思っていたというのに、私の目と鼻の先で事件を起こしやがったのはいったいどこのどいつだ、チクショウが。


「ああクソ、面倒くさい……っ!」


 あれだけの爆発だ。被害の調査もせねばならんし、犯人共とその背景も調べなければいけなくなる。いくら軍本部が捜査の主体となるとはいえ、しばらくのんびりする時間はなくなるぞ。決めた。犯人共捕まえたら全員ボコボコにぶちのめしてやる――


「いや、もしかしなくても全員殺してしまえばいいんじゃないか?」


 そうすれば死人に口なし。すくなくとも取り調べの手間はなくなるし、書類も「何も分かりませんでした、てへぺろ(意訳)」のテンプレで乗り切れる気がする。


「物騒なことを考えないでください」

「冗談だ」


 アレクセイにツッコまれてすぐに撤回。いい手だと思ったんだが、まあさすがにそういう訳にはいくまい。マティアスに小言を言われるのもそれはそれで面倒だしな。

 ともかくも工廠から南に三ブロック下った中央三番街に急いで駆けつけると、すでに辺りは騒然としていた。王国のメインストリートだけあって、邪魔な野次馬共も相当集まっていた。遠巻きにわいわい眺めてやがるノーテンキどもを怒鳴りながらかき分けて最前列へやっと到着し、現場がようやく見えてきた。

 現場は首都の中央を走るメインストリートに面した四階建ての建物で、一階の正面玄関ドアや窓のガラスは飛び散っていて黒い煙がもうもうと昇っている。


「あそこは確か王立銀行のはずです」

「なるほどな」


 アレクセイが教えてくれる。となると、銀行強盗の類か。開店直後を狙うのはセオリーといえばセオリーだな。


「どうするよ、隊長? 突っ込むか?」

「なにか起こったのは事実だ。状況が分からん以上、慎重に近づくぞ。あと野次馬共をもっと下がらせろ。迷惑極まりないが守るべき市民だからな。丁重に扱え」

「了解っ、と。ノア、聞いてたな? 辺り一帯を封鎖するぞ」

「りょ、了解しましたっ!」


 カミルがノアと他数人の隊員を引き連れていく。野次馬どもはアイツらに任せておけばいいだろう。

 さてさて、単なる事故であってくれればずいぶんと助かるんだが、果たして何が出てくるかね?


「やっぱり銀行強盗ですか? 首都は安全だって聞いてたんですけど、物騒ですねぇ」

「さあな。だが可能性は大きいだろうよ。人口が多いだけ頭がイカれた奴も多いからな」

「そうなんですね。あ、だとしたらひょっとして、あの荷馬車って逃走用に犯人たちが準備したものだったりします?」

「あ?」


 隣でニュッと伸びた腕の先を辿っていくと、建物の影に隠れるようにして馬車が一台、待期してあった。馬車は場所を取るからな。普通は広い通りに停めて、あんな狭い路地側に停めはしない。なるほど、妙だな……って。


「……貴様、なぜここにいる?」

「へ?」


 どういうわけか、私の隣にいたのはニーナ・トリベール特務兵である。お前は工廠で上司に叱られてる最中のはずだろうが。


「なんでって……全員続けって言われたからつい……てへ?」

「アホか」


 いや、アホだな。確実に。でなきゃこんなとこにいるまい。


「関係ないやつはさっさと下がれ。ここは貴様のような丸腰の人間がいて――」


 追い返そうとニーナのそれなりに豊かな胸を押した時だ。正面玄関でもう一度爆発が起きると、膨れ上がった煙の奥から三人が飛び出してきた。モヒカン野郎にグラサン野郎に、いかにも薬をやってそうなイカれた野郎。どこにでもいてもらっちゃ困るがどこにでも一人はいそうな風体の若造三人組だ。

 それだけならまだ別に大したことじゃあないんだが――


「――厄介ですな。連中、武装しています」


 アレクセイがつぶやいたとおり、連中の手や脚は金属製の義手や義足になっていて、遠目じゃわかりにくいが、それぞれに術式魔法陣が刻まれている。加えて義手には結構な刃渡りのソードのおまけ付きだ。おいおい、ありゃ制式品から解除されたとはいえ、元々軍用の武器じゃないか。

 武装だけでも厄介なのに、ソードがヤク中野郎の腕の中にいる人質の女性に突きつけられていた。ああ、クソったれ。ますます面倒くさい。


「クソッタレッ!! なんでもう軍警察が来てやがるッ!!」

「知るかよッ! あの野郎の立てた計画がザルだったってことだろうがッ!」

「ひぇっひぇっひぇっ……! 何だっていいさぁ……金が手に入って、ついでに人間を斬れるんならなぁっ!!」


 私たちの姿を見て三人が喚いているが、当然だろう。まさかこんなに早く我々が到着するとは想定していなかっただろうしな。そういう意味では無駄に工廠前で時間を費やしたニーナのお手柄かもしれん。


「わ、私の手柄ですかっ……!? テヘヘ、参ったなぁ……」

「皮肉だ、バカ――」

「軍警察だろうが、こうなったら構わねぇッ! テメェら、やっちまいなッ!!」


 ニーナがバカな事を言うのとほぼ同じく、三人組のグラサンが叫んだ。

 各々の義手や義足が変形し、銃口が露わになっていく。あろうことか連中、こちらとやり合う気だ。金属製の手足に刻まれた術式が一気に光り始める。

 ちっ、これだからバカは嫌いなんだ。話し合いってものを知らない野蛮人が。


「撃てぇッッッ!!」

「ヒィィィッ!」

「後ろに下がってろ」


 ニーナを私の後ろに下がらせるや否や、連中が一斉に射撃を開始した。

 膨大な数の術式が迫ってくる。軍用品を使った破壊力十分な一撃だ。だがその程度、大した話じゃない。

 すでに解析完了済み・・・・・・の時間認識と空間認識拡張の術式を適用。高速で迫るはずのそれらが私の認識上では急減速。稼いだ時間で脳裏から防御術式魔法陣を引っ張ってくる。必要な環境条件を代入し、高速並列演算開始。即、完了。

 頬が熱を持ち、微かに光を発して消える。同時に右手を横薙ぎに一振り。周囲の防御術式展開が完了した。

 着弾し、連中がぶっ放した爆裂や貫通、火炎といった術式類が一斉に炸裂する。が、私が展開した防御術式を破るには至らない。というか、この程度か。正直拍子抜けだな。素の威力は中々だが、やはり素人だ。魔素の伝導性も低いし演算理解力も悪い。武器の性能が泣いているぞ。使うならもうちょっと勉強して出直してこい。


「ちっ、マジかよ……!」

「おいっ! 高火力の武器じゃ無かったのかよっ!?」


 いやいや、武器の威力は十分なんだが。それこそ現在の軍の正規品と比べてもそこまで劣ってないからな。この場合、貴様らがボンクラなのと相手が悪かったということだ。


「む?」


 煙幕が晴れると、連中はすでに逃げ出そうとしていた。肩におそらくは札束が入っているだろう袋を担ぎ、荷馬車目掛けて駆け出していた。攻撃が通らないのを見て不利を悟ったか。悪くない判断だ。


「だが――逃げられると思うなよ?」


 再び術式を展開。切断術式を引き出し、演算を即座に完了。手をかざし、切断の術式を放った。

 閃光が犯人共――ではなく、荷馬車の車輪へ向かった。鉄製のそれに軽く切れ目を入れておくと、狙い通りに連中が飛び乗った途端にその弾みで折れてくれた。荷台が地面に激突した衝撃で馬がいなないた。すまん、しばらくそのまま我慢してくれ。そう言えば人質もいたんだったな。まあいいか。男がクッションになったみたいだし。

 ともかくも荷台に飛び乗った連中は札束と一緒に地面にリリースされて、勢い余って石畳と熱いベーゼを交わしてくれた。散らばって札束をモヒカンがかき集め始めたが、うちの連中の反撃を受けて慌てて荷馬車の影に頭を引っこめたが、モヒカンの一部が刈り取られて情けない悲鳴が聞こえてきた。

 絵面としてはなんとも間抜けだが……


(……間抜け過ぎるな)


 軍警察相手にいきなり術式をぶっ放したり、わざわざ巡回の時間帯に銀行に押し入ったり。ルートはランダムだが時間帯など、この街に住んでる者ならちょっと調べれば分かるだろうに。

 かと思えば、逃走用の荷馬車を予め準備しておいたり、武装は元軍用品まで揃えていたりと容易は周到である。どうにもこの頭がイカれた連中の仕業とは思えないな。


(そういえば――)


 さっき、計画を立てた人間が他にいるような発言をしていたな。となれば……

 頭の中から索敵術式を取り出す。複雑な魔法陣が思い浮かべ、目の前の建物を中心として展開させる。当然ながら街の人間も引っかかってしまうが、それらは排除。さて、引っかかった中に怪しい動きをしている奴は、と。


「――いた」


 頭の中に形作られたマップ。様々な人間が動き回っている中で一人だけ明らかに異様な場所を走っている奴を見つけた。すぐに飛行術式を即展開し、軽い体が宙に浮かんでいく。


「アレクセイ、ここの指揮を貴様に任せる」

「はっ。中尉はどちらへ?」

「なに」思わず皮肉げに笑いがこみ上げる。「こっそり逃げ出したネズミを捕まえてくるだけだ。人質はできるだけ傷つけるな。犯人共は……まあ喋れれば問題ない」


 そう告げて一気に加速し上空に舞い上がる。風を切り、立ち並ぶ家々を眼下に収めながら、私は逃走しているであろうもう一人の犯人の元へと向かっていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る