2-4 カミルさん……ぼく、生きてます……!
――Bystander
アレクセイは空へと遠ざかるアーシェを見送ると再び視線を犯人たちへと戻した。
壊れた荷台の影には犯人三人と人質が一人。
アレクセイたちと犯人たち、双方が銃口を向け、状況は膠着。数の上ではアレクセイたちの方が有利だが、相手は人質を取っている。うかつに行動はできなかった。
動きが消えたことで緊張が周囲一帯に張り詰めていた。着任早々に緊迫した事態に遭遇したノアの背におびただしい汗が流れた。
「カミル」
「すでに連中は包囲したよ。ついでに言えば、広域防御術式も展開済み。目の前の建物を除きゃあ少々暴れたって周りに被害は出ねぇから安心して暴れられるぜ」
近寄ってきたカミルの応答に、アレクセイはうなずいた。
「どうする? 狙撃か?」
「そのつもりだ。初撃は私が行う。カミルたちは人質の救出と制圧を頼んだ」
了解、とカミルが応じて離れていくと、アレクセイは狙撃用スコープを覗き込んだ。だが彼が狙いを定める前に、敵の銃口がきらめいた。
「ちっ……しゃらくせぇッッッ!!」
状況にしびれを切らしたか、サングラスをかけた犯人が術式銃を放つ。爆裂術式が爆音を残して発射。白い閃光がアレクセイたちへと迫っていった。
「防御術式展開っ!」
アレクセイたちは自身の正面に術式を展開し、それらを防いでいく。だが、他の犯人二人も術式を乱射し、次々と炸裂。熱と暴風が圧力となって十三警備隊の面々を押し込んでいった。
「くっ……!」
「ちっ、なんだってコイツらが軍用品をっ!」
あくまでアレクセイたちが装備しているのは、街中に現れる悪漢鎮圧用の通常装備に過ぎない。軍用の武装など想定しておらず、防御術式も連発には堪えられない。初撃が全く通じなかったのはアーシェの規格外の術式だったからだ。
やむを得ず途中から回避へと対応を変更する。そこら中で炸裂する術式を縫い、貫通術式の銃撃をかわしながらアレクセイは銃を構えた。照準器を覗き込み、しかしその瞬間には次の術式が飛来して狙いを絞れない。
「へっ! 不良品かと思ったが、結構使えんじゃねぇか、コイツぁよぉッ!!」
自分らの攻撃が有効と気づいた犯人たちは勢いづいて、街中でも容赦なく術式を放っていく。だからといって警備隊たちも反撃を、とはならない。下手に応戦して人質を万が一にも傷つけるわけにはいかなかった。
「――っ、おいおい……」
銃撃が一旦弱まり、カミルは術式の爆煙に軽く咳き込みながら顔を上げる。そして、その目に入った武器を見て顔色が変わった。
犯人連中が荷台の中から取り出したのは、肩に抱えるほどに大型の銃口――いや、砲口だった。
砲身に浮かぶ巨大な魔法陣。それが物理的な威圧感を伴っていて、モヒカン男が目を血走らせると興奮して口から飛沫を飛ばした。
「ヒャぁッはぁッ!! とっておきのヤツぁくらいなぁッ!!」
「退避――ッッッ!!」
地響きのような轟音を響かせ、放たれる魔術。そのあまりの反動に、放ったモヒカン男が後ろに倒れて荷台に叩きつけられた。
放たれた巨大な術式が白閃をなびかせ街を走る。避ける警備隊の面々の合間を縫っていき、その先にいたのは――
「逃げろ、ノアっ!!」
入ったばかりのノア・リッツだった。彼は迫りくる巨大な迫力に飲まれていた。訓練は受けているとはいえ、実戦が事実上初めてである彼は呆然と立ち尽くし、何も考えられなくなっていた。
「あ――」
意識が現実に追いついた時、すでに彼の体は閃光に飲み込まれようとしていた。死が、そこにいた。
だが――死に噛み砕かれることはなかった。
「ッ――!!」
彼の目の前に展開された五つの金属片。それが魔法陣を形成し、砲撃魔術を受け止めていた。
「な、なにが……」
「伏せてッ!!」
ノアを押し倒すように覆いかぶさったのはニーナだった。二人が折り重なって倒れると、直後に砲撃魔術が爆発した。
激しい熱と圧力が押し寄せ、魔法陣が砕け散る。それでもその魔法陣は砲撃を受け止めきっていた。
「なぁんだとぉッ!? クソ、もう一発だ!」
モヒカン男がもう一度バズーカを肩に担ぎ、術式を放とうとする。だが構えて魔法陣が一瞬光ったところでその体が傾ぎ、膝を突いた。
「ち、クソがッ! 魔素切れだとォッ!?」
巨大な砲塔だけあって、使う魔素の量も相当なものだ。モヒカンは苛立たしげに肩のバズーカを放り捨て、代わって衝撃に備えて引っ込んでいたサングラス男が再びニーナたちに向かって義手から術式を放った。
それにニーナも即座に反応した。義手である左手の一部がスライドすると、そこから棒状の金属を取り出して放り投げる。すると空中でまた魔法陣が浮かび上がり、放たれた術式を全て防いでいく。
「こっちだノア、嬢ちゃん!」
カミルが二人を呼び寄せると、二人は顔を見合わせ息を合わせて走り出した。次々と相手の術式が炸裂する中、カミルが展開した防御術式にかろうじて守られながら、転がるようにして彼の後ろに逃げ込んだ。
「か、カミルさん……ぼく、い、生きてます……!」
「おう、生きてる生きてる。よく生き延びた」
今更になってようやく恐怖がこみ上げてきたノアが体を震わせ、カミルがその赤髪をガシガシと撫で回して宥める。
「しかしよくあんな軍用の術式魔装具持ってたな、嬢ちゃん。あれか? 特技兵だから携帯まで許可されてんのか?」
「え? あ、あはは……」ニーナはバツが悪そうに頭を掻いた。「私、魔装具を弄るのが好きで……実はあれ、家で分解するためにこっそり持ち出したんです」
テヘ、とニーナは舌を出した。まさかの告白にカミルはポカン、と口を開けるがすぐに豪快に笑い始めた。
「はっはははっ!! なるほどな、それでウチのルーキーが無事だったんならどうこう言えた義理じゃねぇよな! オーケー、黙っといてやるよ」
「あうぅ……助かります」
「トリベール一等兵」
近くに止まっていた荷馬車の影に隠れていたアレクセイがニーナを手招きした。身をかがめながらニーナが近づくと、彼は尋ねた。
「助力を願いたい。君は他にどんな魔装具を持っている?」
「えっと、後は……閃光の魔装具が二セット、後は風向き変更用くらいしか……」
「なるほど、それだけあれば十分だ。魔装具の使用に支障は?」
魔装具の性能を十全に発揮するには、それなりに魔装具に刻まれた魔法陣の理解と十分な魔素が注がれているかが重要になる。それらが欠けていた場合、発動こそするものの、威力はずいぶんと劣ることになる。故にアレクセイは尋ねた。
「大丈夫です。問題はありません」
「――ならば重畳だ。では」
自信満々のニーナの返事に、アレクセイはそう応えるとカミルとノアを交えて作戦を伝える。二人が離れ、所定の位置についたことを確認するとアレクセイはハンドサインで隣のニーナに合図を出した。
彼女の手から魔装具が離れ、上空へ舞い上がっていく。
浮かび上がる大きな魔法陣。それが確認できるほどに光を発すると同時に風が吹き荒れ始めた。西から東の一方向に強い風が吹き、砂塵を舞い上げていく。
「くぉ……いったい何だってんだよッッ!?」
「知るかッ!」
叩きつける砂に犯人たちは顔を背け、銃撃が一時的に止んだ。
その中でアレクセイは一人、冷静にスコープを覗き込んでいた。狙うは人質を取っている薬物中毒が疑われる男。これまでは敵が術式を乱射していたのに加え、風向きが頻繁に変わっていたせいで中々照準を絞れなかった。
だが今、ニーナの魔装具のおかげで風は一方向に固定されている。であれば、彼にとっては無風状態となんら変わりなかった。
狙撃用に特殊な術式が刻まれた銃。その先端を固定。風の強さを考慮し、人質を傷つけず、相手だけを無効化する場所へ。魔法陣が光り始め――そして、彼は引き金を引いた。
「……っ、なんだぁ!?」
放たれた切断術式によって薬物男の義手が砕け散る。金属片が散らばり、人質に突きつけていたソードが落ちていった。それを確認したアレクセイは即座に叫んだ。
「トリベール一等兵っ!」
その声にニーナもすぐに反応した。予め準備していた魔装具の安全ピンを外し、相手に向かって放り投げる。気づいた相手がそれ目掛けて術式を放ち、放られた金属製の筒を破壊した。
直後、目がくらむ程に激しい閃光が辺り一帯を白く染め上げた。
「があぁぁぁッッッ……!」
予想外だった犯人たちはその光に視力を一瞬で奪われた。何も見えず、ただ目に猛烈な痛みを覚えてもがき、人質が犯人たちの手から離れた。女性はすぐに駆けつけたノアによって手を引かれ、その場に伏せる。
次々と襲いかかる術式の数々。男たちの義手や義足が破壊され、やがてアレクセイたち警備隊の隊員たちが犯人たち全員を地面に組み伏せた。
「確保、完了」
アレクセイは男の頭に銃口を突きつけながら、冷静にそう告げた。束縛術式で手足を縛り上げてしまうと、彼は息を吐いて安堵。そして空を見上げた。
その視線の先には、彼らの方へ帰還してくるアーシェの姿があった。
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