2-1 いい加減その口上をやめてくれ
「いや、ホンっっっっ……トーに凄いですよ! 魔装具なしに複数の術式を同時展開! しかもあれだけ安定して発動させて! 加えてほとんど発動までのタイムロスもなしで!」
泥棒騒ぎが終わって再び街の見回りに出発したわけだが、すでに私は仕事を放り出したい衝動に駆られていた。
実力を疑ってたノア隊員に良いカッコをしてみせたは良いが、その後に続いたのはうんざりするような賛辞の嵐。しかも私の渾身の人情裁き――ではなく、術式についてばかり褒めそやしてくる。
(参ったな……)
どうやらノアは術式マニアらしかった。
私の術式にいたく感動してくれやがったらしく、称えるその語彙が枯渇することもない。さすがは軍大学卒の秀才だと妙に感心さえしてしまうが、おべんちゃらでもない褒め言葉をひたすらに聞かされ続けるのもある意味拷問だとここに至ってようやく気付かされた。とんだ失態だ。
「おまけに魔装具なしの飛行術式まで使いこなすんですよ! 分かります!? これらがどれだけとんでもないことか! 隊長を見た目だけで判断していた自分が恥ずかしいです! 凄すぎてもう信じられない――」
「あー、分かった、分かったからいい加減そのむず痒くなる口上をやめてくれ。頼むから……」
……いったいどうしてこうなった。いつにもまして賑やかに見回りをする私たちを街の奴らが見ては、微笑ましさのこもった生暖かい視線を向けてくるのが痛い。
「良かったじゃねぇか、隊長。また一人信者が増えたぜ」
「……やかましい」
振り向かずとも分かるニタニタ笑いを浮かべてカミルが寄ってきたので、こっそり術式を展開して狙撃用の空気弾(弱)をケツの穴にぶっこんでやった。するとクリーンヒットしたようで悲鳴を上げてタップダンスを踊り始めた。いい気味だ。隣でアレクセイの無表情が「自業自得だ」と物語っていた。
「それで隊長! いったいどうやってあんなに高速で複数の術式を使ったんですか!? なにか秘密があるんですよね!?」
「秘密という程ではないがな。あと、顔が近い。離れろ。じゃなきゃ見せてやらんぞ」
目を輝かせて鼻息を荒くするノアの顔を押し返してそう言うと、ようやく正気に戻ったか「し、失礼しました!」と敬礼とともに一歩後退してくれた。が、まだ碧色の瞳をランランと輝かせて、うずうずしていた。ちょっと焦らしてやろうかとも思ったが、そうするともっと礼賛の言葉を頂戴してしまいそうだったので断念して両腕の袖をめくった。
「これは……」
「魔法陣だ。任務に必要そうな術式を予め腕に刻んである」
私の腕には両手のひらから肩に掛けてびっしりと魔法陣が刻んであった。
「凄い……体に直接術式を刻む方法は確かに聞いたことがありますけど、こんなにいっぱい……
あれ、でも術式を体に刻むのはかなり効率が悪いんじゃ……?」
ほう、よく知ってるな。さすが軍大学を卒業しているだけはある。いや、コイツの場合は大学は関係ないか。
「確かにそうだ。人間の体は基本的に魔素伝導率が低い。だから術式を直で刻んだところで痛い思いをするばかりで屁の突っ張りにもならん性能しか出ん。が、たまに伝導率が高い特殊な人間がいる」
「それが隊長だというわけですか」
「私だけではないぞ。軍で名の馳せた方々の中にも多く私と似た体質の方がいる。有名どころで言えば『爆撃』の異名を持つコード准将とかだな」
「はー……なるほど。だから複数術式の併用も可能だったんですね」
ま、今の説明は半分ダミーなんだがな。実際に腕の術式を使うことも多いからあながち嘘というわけでもないが本当は、あらゆる術式は私の
世の中知らなくても良いことは確かにあるのだからな。
とまあ、いつもより賑やかな巡回は、その後は特に何のトラブルもなく進んだ。泥棒どころか夫婦喧嘩一件すらなく、すこぶる順調。いつもこうだったら良いのだがな。ノア・リッツの熱も冷めてくれたようで今はおとなしくアレクセイの隣で歩いている。
「ここは――」
そうして巡回コースの終盤。高い塀と有刺鉄線その他諸々で厳重に囲まれた一角にたどり着き、ノアが怪訝そうに見上げた。
無駄に広い敷地に、クソつまらん灰色の壁ばかりがどこまでも続いている。せっかくなのだから芸術家気取りの落書きでも書かせてやったらいいのに。まあ、軍の設備だからまず無理だろうが。
「軍の工廠と王立研究所だ。ノアは首都に来たのは初めてか?」
「はい。軍の本部とは別の敷地なんですね」
「万が一のリスクヘッジというやつだな。近年は首都近くまで攻め込まれることはなかったが、過去には軍の施設を占領されかかったこともあるからな」
「場所を覚えておいてください、リッツ准尉。我々の部隊は新装備のテストにも駆り出されることもありますし、補充装備もこちらへ取りにくることになりますので」
アレクセイの説明に返事をするノアの声を聞きながら進むと、長い壁が途切れてようやく入り口が見えてくる。門の前には歩哨の兵士が立っていて、銃を抱えてピンと背筋を伸ばしている。
相変わらず真面目だな、と思っていると近づいてきた私たちに気づいたようで、歩哨兵は気持ちの良い敬礼と軽い笑みを向けてくれた。
「おはようございます、シェヴェロウスキー中尉」
「おはよう、フンメル兵長。朝からご苦労さん」
「いえ、これが小官の任務ですから。本日はどうされました?」
「なに、新人が入ったからな。巡回がてら見学だ。リッツ准尉、こちらがフンメル兵長だ。見張りに立っていることも多いから、気に入ってもらえると色々融通が効くぞ? しっかり挨拶しておけ」
「勘弁してください、中尉……仕事とはいえ夜間に侵入なさった時は、さすがに私も肝が冷えましたよ」
苦笑いしながらもフンメル兵長の目はどこか楽しそうなのが分かる。四角い顔のごつい体に違わず仕事ぶりは真面目だが、なかなかどうして、話が分かる男だからな。何にでも多少の遊び心は大事だ。
くだらん会話を挟みながら、ともかくもノアとフンメルで挨拶を交わしたので、これで今日の目的は完遂だな。後は東一番街の方を通りながら詰所に戻れば朝の巡回は完了、と。
ポケットから懐中時計を取り出せば、時刻は十時前といったところだった。戻ったら昼間で面倒な書類を片付けてしまうか。
ではな、とフンメル兵長に敬礼をして引き返そうとしたのだが、その時、何かが近づいてくるのが見えた。
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