異世界転生前相談

七四六明

異世界転生前相談

 某月某日、今日も私は忙しい。


 特別、日本人に多く行われる魂の異世界転生。

 これに適合する魂を見極め、さらにその魂と面談。要望を聞いて、出来る限りその魂が行きたいと願う世界に転生させるのが、神たる私の仕事だ。


 他の神からは「そんなの適当に送り込んでおけばいいんだよ」と言われるのだが、私はどうにも悪い気がして、他の神々と比べると効率はずっと悪いのだが、それでも私は一人一人の話を聞くようにしている。


 まぁ、それでもすべての魂が行きたい世界に行けるわけではないのだが。


「さて、と……じゃあ次の方、どうぞ」


 例に漏れず、日本人の男性。

 本当に、日本人の男はどうしてこうもすぐ死ぬのか。ほとんどが異世界転生に適した魂の持ち主であるのか、調べたいくらいによく来る。

 と言うか、こうして話を聞いている大体が、日本人の男性だ。九分九厘そうである。

 まぁそのお陰で、日本人の男性が好む世界は大体把握できて来たし、始めた頃よりかは日本語も達者になったものだが。


「あの、貴方様は……」

「あぁ。まぁそうだよね、混乱するよね。まずは状況整理から、始めよっか。私は……まぁ、信じ難いかもしれないけれど、俗にいう、神様ね。で、私の役目は適性のある魂を異世界に転生させること」

「異世界に、転生」

「そっちの世界だと、昨今の芸能分野は異世界転生に明るいって聞いてるけれど……あまり興味ないって感じ?」

「あぁ、いえ、すみません。私も詳しくはないのですが、そういう題材が若者の間で流行っているというのは聞いたことがあります」


 珍しい。

 異世界転生に関して反応がここまで薄いのは、適正のある魂の持ち主にしては珍しい。

 大体が異世界転生と聞いた時点で、手を上げて喜ぶものだが。


 まぁ珍しいだけで、今までいなかったわけではない。

 普段は省く説明手順を踏むだけだ。逆にちゃんと説明できるので、説明も碌に聞かずに転生した先で散々文句を言われるよりずっとマシとも言える。

 ケータイを買う際に店員の説明をちゃんと聞かず、聞き流して契約し、買ってしまう輩がいると聞くが、要はそういうことだ。


「えっと、ごめんなさいね……お名前これ、なんて読むのかな」

「あぁ、はい。五百磐いにわ朔夜さくやと読みます」

「五百磐さん、ね。へぇ、珍しい苗字……長いことこの仕事やってて初めて見たかも」

「私も自分の家族以外、聞いたことがありません」

「――と、話が脱線するところだった。悪いけれど、こちらの仕事をさせて欲しい。五百磐さん、あなたには異世界転生に適性がある。適性のある魂を別の世界に飛ばし、魂の循環をよりよくするのが私の仕事だ」

「私を、異世界に?」


 興味がないというか、嫌なのだろうか。

 あまり異世界転生に関して、関心がないように見える。

 というよりもまず、この人はおそらく――


 こちらには彼の生前の履歴――誕生から死ぬ直前までの、すべての記録が載った履歴書のようなものがある。

 だから前もって、その魂がどのような異世界を好む傾向にあるかを知ることが出来ている。


 けれど彼――五百磐に合う世界となると。


「あぁ……ぶっちゃけて聞くけれど、どんな世界がいいとか、何か希望はある? なければ、こっちで勝手に決めることになっちゃうんだけれども」

「そう、ですね……しかし、私もそこまで詳しくないので、これと具体的に出すことが出来ません。何かその、具体例と言いますか……そういったのを教えて下さると嬉しいです」

「あぁそっかそっか、そうだよね。じゃあいくつか人気の世界を紹介するね」


 と、神の手から立体映像が映し出されても、彼の反応はやはり薄い。

 まだ自分が死んだことが信じられずに困惑しているのか、それとも状況理解ができずに混乱しているのか、はたまた両方か、それとも――


「例えばこの世界は、自然の豊かさが売りかな。特に争いもないし、のんびり生活できると思う。まぁ、魔法とかはあるけれど、君の世界ほど文明が発達してないから、正直に言って自然の脅威には負けちゃうかな」


「ここはロボットとか、機械好きな人にはたまらない世界だね。まぁそのせいで戦いが絶えないけれど、激熱の展開を求める人が行くことが多いよ。まぁ、操縦できるかどうかは、その人の素質次第なんだけれども」


「ここは他の世界より剣とか魔法の要素が強いかな。モンスターを倒してお金貯めて、みたいな君達にとって一番オーソドックスな世界じゃないかな。もちろん、剣や魔法に生きる必要はないけれどね」


 どれもこれも、反応は薄い。


 だが反応が薄いだろうことはわかっていた。

 彼はどの異世界にも転生したがらないだろう。

 彼の生涯を綴った履歴が、それを物語っている。


「転生は、したくないか」

「……したくないわけではないのですが、特別したいとも、思いません。元の世界に遺して来てしまった家族については心配ですが、元の世界に戻るということも、できないのでしょう」

「まぁ、あの世界はもう人がいっぱいでねぇ……それに異世界転生が私の仕事なもんで――」


 言い切ろうとして、やめた。


 こういうことがあるから、異世界転生っていうのは難しい。

 誰もかれもが皆、異世界転生を求めているわけではない。


 そもそも、記憶も何も残した状態で転生できるだとか、現代の知識で無双できるだとか、そんな都合のいい転生ができると思っている人が多い。

 日本の作品がそういうもので溢れかえっていることは知っているが、考えてみて欲しい。


 自分自身が生まれた世界で、前世の知識など表に出てきたことがあったか?


 ないだろう。つまりはそういうことだ。

 人生をもう一度やり直すとか、チート機能で無双するとか、ハーレムとか夢見てる人には申し訳ないが、そんな都合のいいものでもない。

 そういった都合のいい展開が詰まった世界を、フィクションと言うのだ。


 まぁ神様と対話できる世界も、彼らからしてみればフィクションに近いものだろうが。


 と、愚痴を漏らしている場合ではない。仕事をせねば。


「五百磐さん。正直に、本当、正直に言って欲しいんだけども、戻りたい?」

「しかし、戻ったところで……」

「あぁいや、転生するには変わりないんだ。だから、だから元の家族のところには戻れない。けれど、けれど、だ。もしも、の話。母親の下に戻れると言ったら、どうする?」


 表情が変わった。

 これ以上なくあからさまに。

 だが悪いとは思わない。こちらがそう仕向けたのだから。


「お母さん、五百磐さんが十二歳のときに亡くなってますね。お父さんが蒸発して、一人でずっと育てて下さって……ですか。苦労してたんですね」

「……私は、そこまで苦労しませんでしたけれどね。母の姉が私を引き取り、育ててくれましたから。お陰で大学まで進学し、そこで会った今の妻と結婚して、子供にまで恵まれました。ですが、私を育てるため、毎日死にそうになりながら働いてくれた母のことが忘れられず、このままではいけないと思いながらも、私は母の幻影を追うように家族のためと体を酷使した結果、家族を遺してしまった……」

「苦労してるじゃあないですか。頑張ったことには変わりないですって。それに立派な母親を若くして亡くされたんですから、背中を追うのもしょうがないですって」

「しかし、何故母の話を?」

「あぁ……これも可能性の話なんですが。あなたの母親が女性ながら、珍しく異世界転生の適性を持ってまして、私ではないのですが、他の神がご案内したみたいなんですよ。で、もし向こうが了承してくれた場合、五百磐さんを母親のお子さんとして、転生させようかと」

「――!」

「ただし!」


 ここで念を押しておかなければならない。

 いい話をしているようで、彼に希望を持たせているようで、これは希望ばかりのある話ではないのだから。

 何度も言っているが、異世界転生はそんな都合のいいものではない。


「了承が得られない場合ももちろんですが、転生した場合、五百磐さんは記憶を引き継いでいない可能性が高く、仮に引き継いでいても、母親の方が引き継いでいない可能性もあり得ます。それでも、母親の下へ戻りたいですか? 新たな地で、共に暮らしたいと思いますか」

「私、は……私は……!」


 ▽  ▽  ▽


「お疲れ様です」


 神とて仕事終わりには酒くらい飲む。酒の神様がいるのだから、そりゃあ飲む。

 それでも私は他の神と比べると、下戸の方であったが、今日は飲みたかった。


「突然連絡してきたから、驚いたよ」

「すみません。突然無理言って。一杯奢りますよ」

「じゃ、遠慮なく」


 結果から言って、五百磐さんは母親の下へ転生した。

 今頃生まれただろうか。こちらと各異世界とで時間間隔が違うからわからないが、まぁおそらく生まれた頃合いだろう。


「幸運を祈ろうじゃないか」

「神様の私達が、誰に祈るんですか」

「いいじゃないか。異世界転生は確かに救いじゃあないが、子が親を選べるんだ。それだけでも、充分救いだと思わないか?」

「……そうっすね」


 異世界で幸せになるか、絶望を喰らうか、それに足掻くか。

 それらは結局その人次第で、絶対なんて保証はないし、約束もしない。


 だが今日、思い続けて来た母の下へ帰った青年の幸せを願うくらいは、許されるのだろう。

 それでも、願うことしかできないのだが――


 まったくもって、異世界転生は難しい。

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