第2話





 その子は周囲を気にすることもなく、わんわんと泣いていた。

 俺はどうしたらいいんだろう。声を掛けた方が良いのか、放っておいた方が良いのか。


「なによ!!」

「へ!?」


 俺が起きていることに気付いていたのか。

 真っ赤にした目で、彼女は俺を睨み付けてきた。逃げられなかったか、残念だ。


「えっと」

「なによ!! 人のことジロジロ見て!!」

「いや、見てたつもりはないんだけど……ここで寝てたら君が入ってきただけで」

「私が悪いって言うの!?」

「だから、そういうことじゃなくて」

「全部全部私が悪いって言うんでしょ!? そうなんでしょ!? 彼氏にフラれたのも全部全部……うわああああああああ!!!」


 フラれたんだ。それで泣いてるんだ。

 失恋って、やっぱりツラいものなんだな。


「俺、邪魔なら出ていくよ」

「邪魔なんて言ってないじゃない!!」

「え、あ、はい」

「邪魔したの私でしょ!? そうでしょ!?」


 なんていうか、どうリアクションしていいのか分からない子だな。


「邪魔じゃないよ。なんなら、話聞こうか? それとも、放っておいた方がいい?」

「……聞いてくれるの?」

「うん」


 俺が頷くと、彼女は制服の袖で少し乱暴に涙を拭った。

 そして話し始めたのは、ついさっき彼氏にフラれたってことだ。


「まだ付き合って一週間だよ!? まだ一回しかデートしてないのに、それなのに今朝メールでやっぱり無理って言ってきたのよ!? どういうこと!? 信じられない!!」

「そ、そうなんだ」

「彼が大人しい子が好みだって聞いたから頑張って大人しい子を意識して告白して、付き合ってからも頑張って、頑張って……それなのに……!!」

「……」


 彼女の言葉に俺が首を傾げると、掠れた声で「なによ」って言ってきた。

 いや、なんていうかさ。そういうのって、なんか違うような気がしたんだよね。


「それ、相手は本当に君のこと好きだったの?」

「え?」

「だって、それって大人しい子が好きで付き合っただけで、君自身が好きで付き合った訳じゃないでしょ?」

「……っ」

「相手の好みに合わせることが悪いとは言わないけどさ、でもなんか違う気がする」


 そう言うと、彼女は黙り込んでしまった。

 ヤバい。失恋してる彼女を気遣うようなこと言えばよかったのに、なんで傷口を抉るようなこと言っちゃったんだ!?

 こういうときに素直にならなくていいんだよ、俺!


「わ……」

「え?」

「わかってるわよ、そんなこと!!! だから毎回毎回長続きしないんだってことも分かってるわよ! でもしょうがないじゃない! 素の自分なんて好かれるわけないんだから!」

「そんな決めつけなくても……」

「だって私なんて可愛くもないし素直じゃないし性格だって面倒だし女の子らしくもないし……! そんな子、誰からも愛されるわけないじゃない! だから猫被っていくしかないじゃない!」

「でも、それじゃあ本当の君を好きになってくれる人は現れないよ? 寂しくない?」

「う、うううう」


 あ、ヤバい。また言っちゃった。

 どうしようか、これ。どうしたら収集つくんだ?

 てゆうか、恋愛ってそんなに面倒なことだったのか? いや、この場合は彼女の方に問題がある気がする。

 彼女は自分に自信がなさすぎるんだ。可愛くないって言ってるけど、顔は普通に可愛い方だ。今は涙でボロボロだけど。


「あのさ……そんな風に言わなくても、いつか好きになってくれる人が出てくるって。まだ中学生なんだからさ」

「……いつかって、いつよ」

「それは俺にも分からないけど……」

「じゃあ、あんたは私のこと好きになれる?! こんなギャアギャアうるさい女を好きになれる? 無理でしょ!?」

「さっき会ったばかりだから、何とも言えないんですけど」

「絶対無理よ! 無理に決まってる!」


 そうかなぁ。

 確かにちょっと面倒だなって思うけど、こういう子を好きだっていう人はいるんじゃないのかな。


「少なくとも俺は、可愛いと思うけど?」

「は?」

「君のこと。十分素直じゃん。それにさ、そうやって泣くのも、彼のこと本気で好きだったからでしょ? 一途ってことじゃん」

「……」

「これから先、色んな出逢いがあると思うよ。悲観しなくていいよ」

「……じゃあ」

「じゃあ?」


 いきなり彼女が俺の胸ぐらを掴んで、思いっきり顔を近付けてきた。

 うん、ドキッとした。あまりの眼力にヒヤッとした。


「あんた、私のこと好きになってみなさいよ!」

「は?」



 てゆうか、俺……まだ君の名前も知らないんだけど。





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