第2話




 ずっと、君といられる方法はなんだろう。



 そればかり考える。




 僕は、君と離れたくない。





 ◆◇◆



「はい、利津」

「ありがとう」


 お風呂から上がり、僕は郁の部屋で休ませてもらった。

 渡されたカフェオレを手に取り、「ふぅ」と息を吐く。甘い香りが心を癒してくれていくような気がする。一口、口に入れて、温かいのが喉を通っていく。それだけで落ち着く。


「ねぇ、何があったか……聞いても平気?」


 郁が訊いてくる。

 もしかしたら郁は何となく察しているような気がするけど。

 だって郁は僕らとずっと一緒にいたんだ。僕ら二人のことを、ずっと見ていてくれていたんだ。咲良に映画に誘われたって話をしたときも、珍しく自分も行きたいとか言わなかった。

 昔は僕らがどっか出掛けるって言うと、決まって連れていけと駄々を捏ねていたのに。


「郁は、気付いてた? その、咲良のこと……」

「うん、何となくね。利津もさくちゃんも、いつもお互いのこと見てたもんね」

「……そっか」

「さくちゃんと何があったの?」

「……」


 僕は今日のことを話した。

 郁は黙って僕の話を聞いてくれた。

 郁は、どう思っていたのかな。僕ら二人のこと。小さい頃からずっと、僕らは一緒だった。ただ郁は年下だから、僕らが小学校を卒業してからは当然ながら学校は別々。郁が中学に上がる時に僕らは高校に進学してしまった。

 もし同学年だったら、どうなっていたんだろう。

 郁は、咲良を好きになったのかな。

 咲良は、郁のことを好きになったのかな。


「……そっかー。それで、利津はどうしたいの?」

「僕は……」

「二人は両思いなんだよ。好きならそう言えばいいのに、なんでそう言わないの?」

「簡単に言わないでよ……」


 両思いになったからって、そんな簡単に付き合いましょうとは言えないよ。

 恋人になるってことは友達には戻れないってことだ。僕たちは今までずっと幼なじみ、友達だった。

 今は良いかもそれない。付き合えて、それで幸せかもしれない。

 でも、いつかその関係が終わったら。

 そうなったとき、僕たちはきっと友達には戻れなくなるかもしれない。

 そうなったら、後悔する。絶対に。


「……あのさ、利津」

「なに」

「後悔先に立たずって、言うでしょ」

「そうだね」

「やってみなくちゃ、後悔も出来ないよ」

「……その後悔しないように、僕は」

「後悔って、絶対に避けなきゃいけないもの? 後悔したら死んじゃうものなの?」


 え。

 郁は真剣な顔で、言う。

 普通、後悔しないようにするんじゃないのか?

 別に後悔したら死ぬわけじゃないけど、でも、避けて通るものだと、思う。


「後悔することを避けていたら、前に進めないよ。後悔は先に立ってない。だから、今自分が進もうとしてる道に本当に後悔があるのかも分からないんだよ」

「……」

「利津が今向き合わなきゃいけないのは、後悔とかそういうんじゃない。さくちゃんだよ」

「郁……」

「俺、間違ったこと言ってる?」


 いや、間違ってないよ。

 郁、いつの間にそんな成長していたんだ。まさか郁に諭されるなんて思いもしなかった。

 そう、なんだよな。分かってる。分かってるよ。

 僕が今、考えなきゃいけないのは咲良のこと。

 ちゃんと咲良と向き合わなきゃいけない。


「……でも、怖いよ」

「大丈夫だよ。何があっても、俺が二人を繋いでてあげるから」

「郁……」

「ね?」

「ありがとう」


 情けないな。弟のように思っていた郁に元気づけられるなんて。

 でも、助かる。

 余計なこと考えないで、真っ直ぐ咲良と向かい合おう。


「郁、変わったね」

「そんなことないよ。俺は俺のまま。利津やさくちゃんだって、そうでしょ?」

「……そうだね」

「僕らは、きっとこれからも一緒だよ。それだけは、変わらない。そう信じないと」

「うん。なんか、すっかり郁に助けられちゃったな」

「俺だっていつまでもガキじゃないよ」

「そうだな」


 そうだよな。

 子供は大人になる。変わらないものなんてない。

 だからこそ、大事にしなきゃいけないんだよな。


「ねぇ、郁」

「なに?」

「もし、郁が僕たちと同い年だったら……郁は咲良を好きになった?」

「は?」

「いや、ちょっと気になって。咲良も、もしかしたら君のことを好きになったのかなって……」

「あのね、そんなこと気にしてどうするのさ。もしも、なんて考えてたらキリがないよ」

「そっか」

「そうだよ。君はさくちゃんが好き。さくちゃんも君が好き。それが全てだろ」


 そうだね。


 逃げちゃいけない。




 僕はもう、君から逃げない。




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