case30.小早川利津
第1話
よく、変わったねって言われる。
何も変わっちゃいないのに、変わったと言われる。
変わらないよ。
変われないよ。
僕は、あの頃のままだ。
◆◇◆
気付いたら、雨が降っていた。
一人で誰もいない廊下に立ち尽くしたままの僕は、その音を聞いていた。
咲良。
幼稚園の頃からの幼なじみ。
ずっと一緒にいた、幼なじみ。
その彼女が、僕のことを好きだと言って走り去ってしまった。
泣きながら、僕から離れていった。
気付かなかった。ずっと近くにいたのに。全然、気付かなかった。
きっと、さっきのクラスメイトとの会話を聞いてしまったんだろう。それで咲良は、傷付いたんだ。いや、傷付けたんだ。
僕の無神経な言葉で、彼女を傷付けた。
好きな人を、泣かせてしまったんだ。
僕だって、咲良のことが好きだ。小さい頃から、彼女が大事だった。
中学に入ってからは何となく意識するようになって少し距離を置くようなこともあったけど、僕にとって大事な女の子は咲良だけだ。
でも、咲良はそうじゃないと思ってた。ただの幼なじみとしか思っていないんだろうなって、そう思っていた。
勝手な思い込みだ。
いや、恋愛とか、そういう関係を僕は望まなかったのかもしれない。
好きだけど、今の関係を壊したくなかったんだ。
幼なじみならずっと一緒にいられるだろうと、そう思っていた。
変わることが怖かったんだ。
もし付き合えることになっても、ずっと一緒にいられる保証なんてない。いつか別れてしまうかもしれない。
そう思ったら、何も出来なかった。何もしたくなかった。
咲良との関係を、変えたくなかったんだ。
でも、結局それが彼女を傷付けたんだ。
泣かせてしまったんだ。
いつも笑顔で僕の傍にいてくれたのに。いつも優しい彼女を、僕が、泣かせた。
フラつく足で僕は教室に戻った。
その後のことは、よく覚えていない。いつの間にか授業が終わっていて、気付いたら家路に着いていた。
僕は家の前で、雨に打たれながら動けない。
今、家に帰りたくない。こんな顔で兄さんと姉さんに顔を合わせたら心配される。
でも行く場所なんてない。どうしたら、いいんだろう。
「あれ、りっちゃん?」
その声に僕は振り返る。
そこに居たのは、傘を差した女性。
巴菜さんは僕の元に駆け寄り、傘の中に入れてくれた。
「どうしたの? 大丈夫? 早く家に入らないと……」
そう言って、巴菜さんは僕の腕を引っ張って玄関のドアを開けようとした。
でも僕は動かない。足が、動こうとしてくれない。
巴菜さんは家に入りたくない僕の気持ちを察してくれたのか、ドアから手を離して、自分の家に来るように言ってくれた。
◆
「あれ、利津!? どうしたの、そんなずぶ濡れで」
「郁、あんたの着替え貸してあげて」
「あ、うん」
家に着くと、郁が驚いた顔で出迎えてくれた。驚くのも無理ないよな。いきなり家に来たと思ったらずぶ濡れなんだから。
そのまま僕は巴菜さんに浴室に連れていかれ、体を暖めるように言われた。
きっと家には連絡を入れてくれるだろう。僕は厚意に甘えて、シャワーを浴びた。
咲良。
今頃どうしているだろう。
まだ、泣いているのかな。
熱いシャワーを浴びながら、僕は咲良のことを考える。
あの泣き顔が頭から離れない。
ゴメン。
ゴメン、咲良。
傷付けるつもりはなかったんだ。
泣かせたくなんて、なかったんだ……
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