第3話




 変わりたいなんて思ったことはない。





 でも、たまに苦しいんだ。




 好きすぎて。





 ◆◇◆



 熱い。

 苦しい。

 ただの風邪だと思って油断していた。こんなに熱が上がっていたなんて。

 みんなに迷惑かけちゃったな。


「逢来……大丈夫?」


 声……?

 シンの、声?

 僕はゆっくりと目を開けた。


「……し、ん」

「逢来。気が付いた?」


 あれ、ここは?

 霞む視界で辺りを見渡す。ここは、保健室だ。そっか、倒れた僕を運んでくれたんだ。

 ゴメン、って言いたいけど声が上手く出せない。頭がボーっとする。


「熱、まだ上がってるのかな……」


 そう言って、シンは僕の額に手を当てた。

 冷たい。ひんやりして、心地良い。

 僕はまた目を閉じて、シンの手の感触に身を委ねる。


「し、ん……」

「ん?」

「ご、め……」

「なに? 何で逢来が謝るのさ。いいよ、気にしなくて」

「……」

「うん? 何?」


 なに、言おうとしたんだっけ。

 ダメだ、分からない。

 頭が朦朧とする。

 シンに伝えたいこと、何かあったっけ。

 何だろう。何だろう?

 僕がシンに言いたいこと。そんなの、一つしかないよ。

 一生言うことのない、僕だけの秘密。



「好き、だよ」



 そう。

 これは、僕だけの秘密だ。




 ◆◇◆




 あれ。

 これは夢かな。何か大事なことを口にしたような気がする。


「……あれ」


 少しだけ体が楽になったような気がする。

 何時の間に眠っていたんだろうか。ゆっくり目を開けると、見慣れた天井が見えた。


「起きた?」


 聞こえてきた声に、僕は視線を横に移す。

 そこに居たのは、シン。なんでシンが僕の部屋にいるんだ?

 それに、僕の服も着替えられてる。頭にも冷たいタオルが乗ってる。

 シンが看病してくれていたのか。


「あ、ありがとう」

「いいえ。逢来には散々世話になってるんだから、これくらい当然だよ」


 今は何時なんだろう。

 ベッドの横に置いてある時計に目を向ける。え、0時? そんな時間まで寝ていたのか。っていうか、こんな時間まで起きていてくれていたのか?

 なんか、本当に悪いことをしたな。


「悪い、シン……こんな時間まで」

「気にしないでいいよ。それより、さ」

「?」


 シンは手に持っていた雑誌を床に置き、僕の目を見た。

 何? なんでそんな、真剣な目を僕に向けるの。


「逢来、保健室で言った言葉……覚えてる?」

「え?」

「俺のこと、好きって」

「……!?」


 夢じゃ、なかった。

 どうしよう。どうしよう。言っちゃいけないことだったのに。


「ご、ゴメン……」

「ゴメンじゃなくてさ……俺」

「ゴメン、ゴメン……! 忘れていいから。別に、そういうんじゃないから!」

「ちょ、逢来。落ち着いて」


 イヤだ。知られたくなかったのに。

 いや、違う。本当はずっと言いたかったのかもしれない。自分の気持ち。ずっと一人で抱え込んでいたくなかったんだ。

 でも、でも、知られたくなかった。

 お前にだけは、知られたくなかった。


「ゴメン……!」


 何度も何度も、僕は真に頭を下げて謝った。

 ゴメン、シン。

 僕は君を困らせたくなんかないんだ。


「……逢来」

「え」


 低い声で呼ばれ、僕は反射的に顔を上げた。

 そうしたら、シンは僕の肩を押して、ベッドに押し倒してきた。


「……シ、ン」

「……あのさ、俺は謝ってほしいとか思ってないから」

「でも」

「別に嫌だとも思ってない。ただ、逢来の気持ちをちゃんと聞きたかったんだ。ちゃんと聞かなきゃ俺も何も言えないし、もしかしたら俺の聞き間違いかもしれなかったし……好きって意味も俺の思い違いだったらって……」

「……」

「俺だって逢来のことは好きだよ。一番の親友だから。でも、逢来はそうじゃない、んだろ? 違った?」


 僕はゆっくり首を横に振った。

 違くない。違くないよ。

 ずっと、好きだった。


「僕は……ずっと、シンが好きだよ。本当に、好きだよ……」

「……うん、ありがとう」


 シンは僕の上から退いて、そっと頭を撫でてくれた。


「俺、ちゃんと答え出すから。友達だからとかそういう半端な答えは出したくないし……待っててくれる?」


 シン……

 当たり前だよ。お前がそう言うなら、僕はいくらでも待つ。


 ったく、シンには適わないな。

 だから好きだよ。

 何にでも、そうやって真っ直ぐ向き合ってくれる君のこと。


「シン、ありがとう」

「こっちの台詞だよ」



 大丈夫だ。


 これからも、僕らは一緒だよな。




 今までも、これからも。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る