case25.佐々木純

第1話





 私がもっと可愛ければ、



 もっと、女の子っぽかったら。



 ◆◇◆


「はぁ……」



 私は教室の一番隅の席で溜め息を吐いた。

 理由は、あの二人。

 私、佐々木純ささきじゅんの昔からの友人、清水麻里奈。そして、穂住円香のこと。

 一ヶ月前、私は穂住さんに傘で殴られた。理由は嫉妬だ。私は麻里奈と仲良くしてるからって、そんな理由で私は彼女の反感を買ってしまったのだ。

 今は麻里奈が彼女に付きっきりだから、そんな問題は起きない。

 ただ、麻里奈まで穂住さんに構いっぱなし。お互いが依存し合ってるみたい。二人だけの世界に閉じこもってると言うか。

 話しかければ応えてくれる。そこは今まで通り変わらない。

 でも、やっぱり違う。空気感というか、そういうのが。

 何に対しても穂住さん優先。彼女が嫌がるようなことは絶対にしない。だから、私と遊びに行くとかはしなくなった。

 どうやら、穂住さんは麻里奈の家で暮らしてるみたい。麻里奈の親も許可していて、海外にいる穂住さんの両親も許しているそうだ。

 付き合いは私の方が長いのに。なんか、ショック。

 今、二人の間には誰にも入り込めない何かがある。誰も近寄らせない。邪魔させない。そんな雰囲気。

 あの二人を見てると、時折思う。

 どうして麻里奈の隣にいるのが、私じゃないんだろうって。

 私の方が、仲良いのに。

 悔しい。悔しいよ。

 ずっと一緒だと思ってたのに。


「はぁ……」


 陸上部の練習中。

 私は溜め息ばかりしか出ない。真面目に練習しないとダメなのに、どうも力が入らない。

 ダメだな。やる気でない。家に引きこもりたい気分だ。


「……ん?」


 グラウンドの隅で誰かがウロウロしてる。うちの制服、てゆうか中等部の制服着てるけど何してるんだろう。そっちは高等部の校舎しかないのに。

 新入生なのかな。もしかしたら迷子かも。うち、中高揃ってるから結構広いんだよね。私も中等部の頃はたまに迷ったっけ。


 私は彼女の傍に駆け寄った。

 困った顔で周りをキョロキョロ見渡してる、ショートカットの可愛い女の子。誰かに似てる気がするけど、誰だったかな。


「ねぇ、あなた」

「え?」


 ビクッと肩を震わせて彼女は振り向いた。

 うわ、凄い可愛い。なんか小動物みたい。


「どうしたの? こっちは高等部だよ?」

「あ、あの……姉に呼ばれて……」

「姉?」

「い、井上遥って、ご存知ですか?」

「ああ、遥先輩。うん、知ってるよ」


 そっか。遥先輩の妹さんなんだ。

 遥先輩は陸上部の部長。確かに遥先輩に似てるかも。

 あれ、でも先輩に妹がいるなんて聞いたことないけどな。弟ならいるって聞いたような。

 聞き間違いだったのかな。


「ちょっと待ってて。先輩呼んでくるから」

「ありがとうございます」


 笑った顔も可愛らしいな。

 私もあんな風に可愛かったら、何か違ったかな。

 身長ばっかり伸びて、顔も父さんに似たのか男っぽくてさ。何度男に間違えられたことか。

 まぁ、服装のせいもあるんだろうけど。でも私、黒とか男っぽい格好しか似合わないんだもん。


「先輩、妹さんが呼んでますよ」

「え? 妹?」


 遥先輩に声を掛けると、思いきり首を傾げられた。なんでだろう。

 でも、直ぐに「ああ!」と声を上げて妹さんの元に走っていった。


「ゴメンねー、唯。無理に頼んじゃって!」

「次から気を付けてよ。僕、もうこんなことしたくないからね」

「ゴメンって。でも、その服よく似合ってるじゃない」

「嬉しくないよ」


 妹さん、可愛い顔してボクっこなんだ。


「先輩、妹さんいたんですね」

「え? ああ、やっぱそう見える? だよね、妹だよねー」


 何? 先輩、メッチャ笑ってるんだけど。

 横にいる妹さんも困った顔してる。なんで?


「あ、ねぇねぇ。二人並んでよ!」


 先輩は妹さんを押して、私の横に並ばせた。

 妹さん、小さいな。私の身長が170あるから、155……160くらいかな。肩も華奢で、細くって、なんかふわってした雰囲気が可愛らしい。


「わぁ! お似合いじゃない! 美男美女って感じ?」

「先輩……私、女なんですけど」

「分かってるわよ。でも、二人並んだらそう見えちゃうんだって。性別交換したらいいのにー」

「はい?」

「姉さん、何言ってるんだよ!」


 妹なんだから、性別交換したって変わらないんじゃ……

 あれ? もしかして、私の思い違いとかじゃなくて……


「先輩、もしかしてこの子……」

「うん、私の弟」


 嘘……

 こんなに可愛いのに!? 男の子なの? こんなに女子の制服が似合ってるのに?


「この子は弟のゆい。こんな顔してるけど、空手部に入ってて、メッチャ強いのよ?」

「こんな顔って……」


 妹、じゃなかった。弟の唯君がムスッとした顔で言った。

 世の中にこんな可愛い男の子がいたんだ。なんか、物凄い衝撃的なんだけど。


「で、でもなんで制服……」

「ああ。今日提出の課題、家に忘れちゃってさ。だから唯に持ってきてもらったんだけど、うちって男子禁制でしょ? だから女装してもらったの」

「そんなことしなくても、家族なら関係者出入り口から……」

「そんなことしたら先生にバレちゃうじゃん!」


 まぁ確かに、誰かしら先生呼ばないと開けてもらえないもんね。

 それにしても、そんな理由で女装させられちゃうなんて、唯君も災難ね。


「それじゃあ、僕もう帰るよ」

「うん、ありがとねー」

「バイバイ、唯君」

「は、はい。ありがとうございました」


 唯君は礼儀正しくお辞儀をして帰っていった。

 うん、やっぱり女の子にしか見えない。可愛いなぁ。


「さてと。それじゃあ純、私、これ先生に渡してきちゃうから」

「あ、はい」


 先輩は急いで校舎へ入っていった。

 それにしても、本当に可愛かったな。




 私も、あんな風に可愛くなりたかった。



 あんな風に……



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