第3話




 知らないままなんてイヤ。



 私は、先輩が何を考えてるか知りたいの。



 だって、大好きだから。





 ◆◇◆




 私は先輩にメールしてからバイト先のお店に向かった。

 先輩はシフトは6時過ぎ。今は5時前だから、先輩が来るまでに少し時間がある。私はお店に入り、制服に着替えてカウンターでケーキの補充をしてる店長さん、織部颯太おりべそうたさんに挨拶した。


「店長さん、おはようございます」

「おはよう、絢さん。今日もお元気そうですね」

「はい! それだけが取り柄ですから!」


 店長さんは物腰が柔らかくて、凄く優しい人。ほんわかして、何て言うか理想のお父さんみたいな人。

 確か、年齢は30歳くらいだったかな。見た目はもっと若く見えるんだけどね。それ言うと、童顔なんですってちょっとしょんぼりするの。商店街に買い物に来る奥様方に人気なんだよ。


「直嗣は6時からでしたね」

「はい。さっきメールしたら、ちょっと早めに来れそうだって言ってました」

「そうですか。待ち遠しいですか?」

「そ、そんなことないですよ。店長さんが気を利かせてシフト合わせてくれてるので……その、あの……」

「本当はそういうのいけないんでしょうけどね。直嗣には色々世話になっていますから」


 店長さん、本当に優しいなぁ。

 ななちゃんも優しいし、二人は良い夫婦になりそう。私、二人の子供に生まれたかったよ。そしたらメチャクチャ幸せだろうなぁ。

 いや、今でも幸せだよ。両親とも仲良いもん。


 それから暫くして先輩が来た。

 私の頭を撫でて、更衣室に入っていった。

 こういうことを自然に出来ちゃうんだもんなぁ。なんか、ちょっと悔しいかも。

 私はそういうの知らないし出来ないもん。なんか先輩といると、自分が子供っぽい気がして悲しくなることがある。

 まぁ、子供っぽいのは事実なんだけど。先輩が大人っぽいんだもん。大人すぎるんだもん。

 私も、先輩みたいに大人になりたいよ。


「店長さん」

「なんですか?」

「どうしたら大人になれるんでしょうか」

「それは……難しい問題ですね」

「そうですか?」

「僕は年齢だけだったら十分大人、というかオッサンですけど……」

「店長さんはオッサンなんかじゃないですよ」

「ありがとうございます。でも、僕でもたまに思いますよ。何が大人なのかなって」


 店長さんでも考えることがあるんだ。

 大人って、難しいな。

 私だって年齢だけなら大人だもん。だって二十歳だもん。


 でも、お酒も飲まないし煙草も苦手だし、おとなっぽいこと何も出来ない。

 身長はもう伸びそうもないし、この童顔も変えようがない。

 どうしたらいいんだろう。


「絢ちゃん、何考えてるの?」

「先輩」


 制服に着替えた先輩がフロアに出てきた。

 先輩はやっぱり大人っぽいな。カッコいいし。


「先輩」

「はーい?」

「私、どうしたら大人っぽくなれますかね」

「えー!? 絢ちゃんは今のままで十分可愛いよ」

「カワイイより、カッコいい女性になりたいんです!」

「ダメ。絢ちゃんは可愛くていいの!」

「ええー」


 先輩が真剣な目でそう言う。

 先輩は可愛い女の子の方が好みなのかな。でも私は大人っぽくなりたいんだけどなぁ。


 私は少ししょんぼりしながらカウンターで接客を始める。

 先輩も厨房でケーキ作ってる。

 店内には甘い匂いが香って、少し私の心のモヤモヤを払ってくれる気がする。





 閉店時間になり、他のみんなは帰っていった。店長さんも戸締りを先輩に任せて帰っちゃった。

 先輩はもう何年もここで働いてるから、店長さんからの信頼が厚いみたい。まぁ、閉店作業はもう終わってるから、あとは鍵絞めて帰るだけだもんね。


「絢ちゃん。今度の休み、どっか出掛けようか?」

「どこかって……?」

「どこでもいいよ。遊園地でも映画でもいい」

「先輩は、どっか行きたい場所ないんですか?」

「俺は絢ちゃんが行きたいところならどこでも」


 またそうやって私を甘やかす。

 子ども扱いしないでください。私も、先輩の隣に立ちたいんだから。


「な、なお先輩……」

「うん?」

「先輩、私にしてほしいことないんですか?」

「え?」

「私、いつも先輩にワガママ聞いてもらってるから……たまには先輩は望むこと、してあげたいです」


 なんか、ドキドキしてきた。

 緊張する。胸が痛い。

 先輩は目をパチパチさせて、いつものような笑顔を浮かべて私を抱きしめてくれた。


「ありがとう、嬉しいよ」

「先輩……」

「俺、十分絢ちゃんにワガママ聞いてもらってると思ってたんだけどなぁ」

「え? そんなこと……」

「絢ちゃん優しいからね」


 頭を優しく撫でてくれる。

 大きくて優しい、先輩の手。いつも私を包み込んでくれる、大好きな手。


「先輩……私、もっと先輩のこと知りたいよ……」

「……絢ちゃん」

「私、誰かと付き合うの初めてだから知らないこといっぱいあるけど……先輩に、色んなこと教えて欲しい」


 私は先輩の服をギュッと掴んだ。

 声が震える。なんか泣きそう。

 でも、先輩の彼女として色んなこと知りたい。先輩に色んなことしてあげたい。


「お願い、先輩……」

「絢ちゃん……」



 先輩の声が、低くなる。

 そして、私の頬をそっと掴んで、熱の籠った視線で見つめてくる。



 先輩。




 直嗣先輩。




 教えて。先輩の気持ち。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る