第2話






 大学生にもなって恥ずかしいけど、しょうがないじゃん。


 だって私、知らないことばっかりなんだもん。





 ◆◇◆




 先輩とは私が大学に入って半年してから中庭で出逢ったの。丁度、10月になったばかりのとき。

 私はそのとき、バイトを探していました。なかなか目に留まるものが見つからなくて、大学の中庭で求人雑誌を睨み付けてたら、声を掛けてくれたの。


「バイト探してるの?」


 先輩のことは前から知っていた。

 だって、みんなが口を揃えて言ってたもん。メッチャかっこいい先輩がいるんだって。

 それが直嗣先輩。噂通り、先輩はカッコよかった。ふわって笑った顔が特に素敵。優しさが滲み出るような表情、柔らかくて芯の通った声。風に揺れた茶色の髪。

 なんか、マンガの世界から飛び出してきたみたいな、そんな印象だったのを今でも覚えてる。

 聞けば、先輩は大学の近くにある商店街の洋菓子店で働いてるんだって。親戚の人のお店で、高校生のときからバイトさせてもらってるって。

 そこで今バイトを募集してるから、私に声を掛けてくれたんだって言ってた。

 私は接客業とか好きだったし、洋菓子店で働いたことないから興味もあった。だから先輩の誘いを受けて、そのお店で働かせてもらうことにしたんです。


 それから二年。先輩は想像していたイメージとは少し違った。

 なんていうか、最初はクールな感じだと思っていたの。でも実際はただのイタズラ坊主というか、子供っぽい。

 甘いもの大好きだし、いつもイタズラ考えてる。そういうところが可愛いなって、密かに思っていたりして。

 好きになるのに、時間は掛からなかった。

 カッコよくて優しくて、一緒にいて楽しくて。好きにならないとか普通に無理だよ。

 でも先輩は、物凄くモテる。手の届かない存在。高根の花、は女の人に言うんだっけ。男の人はなんて言えばいいのかな。


 まぁとにかく、そういう人なの。

 私なんて、大学の後輩程度にしか思われてないって思ってたの。

 でも、それでも良かったの。バイトでも一緒にいられるし、先輩も優しくしてくれるし。不満なんてなかった。


 だからね、去年のハロウィンのときに告白されて驚いた。

 まさか先輩が私のこと好きだったなんて。

 それから私は先輩と付き合うようになったんです。

 大学では周りから物凄い注目、というか女子からの視線を受けまくりですけどね。まぁイジメられるとかないから安心ですけど。大学にいるときは先輩が一緒にいてくれることも多いし。


 でも、ね。

 たまに不安に思うこともあるんだよ。だって先輩モテるから、本当に私でいいのかなって。

 私は誰かと付き合うの、先輩が初めて。何もかもが初体験なの。キスだって、そ、そそそれ以上だって、当たり前だけど初めてなんだよ。

 付き合うようになって半年が経つけど、まだドキドキする。キスするとき、心臓が止まるんじゃないかって思うくらい心臓バクバクなんだもん。

 先輩は、そんな私のことを大事に触れてくれる。慣れてない私の為に、優しくしてくれる。

 触れる手はいつでも暖かくて、私を安心させてくれるの。

 そんな先輩が、私は好き。今まで以上に大好き。

 だから、何でも先輩の気持ちに応えてあげたいって思うんだよ。

 だけど、経験がない私は臆してしまう。先輩は大丈夫だよって言ってくれるけど、本当にそれでいいのかな。彼女として、もっとしてあげなきゃいけないんじゃないのかな。

 先輩、私にしてほしいこととかないのかな?

 気になっちゃうなぁ。


「うーん……」

「どうかしたの? 絢」

「あ、ななちゃん」


 学食でお昼ご飯を食べていると、友達の戸鴇奈々実とときななみが声を掛けてきてくれた。

 ななちゃんは大学に入ったときに出来た友達。学科は違うけど、多分一番仲良い子。

 そういえば、ななちゃんって長年付き合っていた彼氏と結婚するんだよね。いいなぁ。


「ねぇ、ななちゃん」

「なに?」

「結婚おめでとう」

「まだ早いわよ。卒業してからだもの」


 ななちゃんは、可愛くて清楚で家庭的で、自慢の友達。

 ちなみに、婚約者は私が働いてるバイト先の店長さんなんだよ。優しくて良い人なの。


「そういう絢はどうなの? 大江先輩と」

「どうって……まぁ、普通……かな?」

「ふふ。二人は仲良いわよね。みんな羨ましがってるわよ」

「……私、女子から嫌われてたりしない?」

「あら、絢が嫌われるわけないじゃない。こんなに可愛いのに」


 何それ、意味わかんない。

 可愛いからって嫌われない理由にはならないじゃん。てゆうか可愛くもないし。

 ま、ななちゃんにさえ嫌われなきゃいいや。


「なーなちゃん」

「なぁに?」

「恋人って、何したらいいんだろ?」

「……何、って?」

「私、誰かと付き合うとかしたことないんだもん……」

「そんなの気にすることないわよ。絢は絢のままでいいの」


 私のままで、か。

 ななちゃんはニコッと聖母のような笑顔を浮かべてる。

 持つべきものは頼れる友達ね。ななちゃんさまさまです。


 今日もバイトで先輩と一緒。

 帰りに聞いてみようかな。先輩、私にしてほしいことないですかって。

 あ、その前に名前呼べるようにならなきゃ……



 なお先輩。なお先輩。なお先輩。


 な、直嗣先輩。



 なお、なおつぐ……




 うう。

 なんか恥ずかしくなってきた……





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